そして今
窓から差し込む光が、向かい合うリーナとハルトをやわらかく照らしている。
「気づいたら、俺はとある貴族の家に生まれていました」
「上の兄たちが優秀で、俺は割と自由に学べたんです。そこで職人と関わったり、道具作りに夢中になったり……それが今につながっていて」
「今は魔石を使った道具を開発して、それを売る仕事……ですかね」
リーナは目を丸くした。
「魔石道具を自分で……!」
「ええ」ハルトはうなずいた。
「職人と協力して、試作を重ねたり。ランタンとか、冷蔵庫とか……今は日常を便利にするものを作ってます」
リーナの瞳が輝き始めた。
身を乗り出すように、ハルトの方を見つめる。
「もし、もし可能なら――」
リーナの声が弾んだ。
「作ってもらいたいものが!」
「え、ええ。何でしょう?」
ハルトが少し戸惑ったように答える。
リーナは一気に畳み掛けた。
「持ち運べるコンロです!」
「持ち運べる、コンロ?」
「はい!」
リーナの目が輝いている。完全に前のめりになっていた。
「騎士団の厨房にあったコンロ、本当に画期的でした! 火加減が自由に調整できて、すぐに温まって――」
リーナは興奮したように身振りを交えて話す。
「でもあれ、持ち運べないじゃないですか」
「持ち運べる……」
ハルトが呟く。
「はい! テーブルの上に置けるような、小さなコンロです!使いませんでした?」
リーナの声がさらに熱を帯びた。
「これから寒くなったら、鍋、したくないですか?」
「な、鍋?」
「熱々の鍋をみんなで囲んで、温まりながら食べるんです! でもそれには、テーブルの上で使えるコンロが必要で――」
リーナは両手でテーブルの上に何かを置くような仕草をした。
「前世では、カセットボンベを付けるだけで、どこでも使えるコンロがあったじゃないですか」
「食べたいですよね、鍋!!」
ハルトは圧倒されたように目を瞬かせた。
「あ、ああ……確かに、ありましたし、便利かもしれませんね」
「それと、お湯を沸かすポット!」
リーナは続ける。
「朝の仕込みで何度もお湯を沸かすんですけど、その度に火を起こして、沸くまで待って……すごく時間がかかるんです」
「ボタン一つで数分で沸いて」
リーナの声が懐かしそうに震えた。
「あの便利さが忘れられなくて……」
「そ、そうなんですね」
ハルトが何か言おうとするが、リーナは止まらない。
「あと、冷凍庫も!」
「冷凍庫……ですか」
「はい! 食材を長期保存できます」
リーナの瞳がさらに輝きを増す。
「肉や魚を新鮮なまま保存できたら、仕入れの計画も立てやすくなるし、食材を無駄にすることもなくなります」
「前世では当たり前にあったものが、この世界にはなくて……」
リーナは少し寂しそうに笑った。
「氷の魔石を使えば、何とかなりませんか?あれ?そもそも氷の魔石ってあるんですか?」
「あ、ああ……理論的には何とか……でも氷の魔石はとんでもなく高価なんだが」
ハルトが戸惑いながらうなずく。
リーナは一瞬だけ躊躇したが、思い切ったように言った。
「一番欲しいのは……電子レンジなんですけど」
「電子、レンジ」
「はい。便利でしたよね。冷えた料理を数十秒で温めたり。野菜の下ごしらえに使ったり」
リーナは両手で四角い箱を作るような仕草をした。
「でも、難しいですよね? 仕組みもよく分からないし」
リーナは少し申し訳なさそうに笑った。
「あ、あとハンドミキサーとか!」
「ハンド、ミキサー……」
ハルトが完全に圧倒されている。
「クリームとかを泡立てる道具です! 回転するホイッパーが高速で回って、クリームを空気と混ぜて――」
リーナは泡立てる仕草をしながら続けた。
「手で泡立てると、腕が疲れるし時間もかかるんです。でもハンドミキサーがあれば、数分で完璧な固さに仕上がって……」
「ケーキやマヨネーズを作る時に、本当に便利で」
リーナの目が遠くを見ていた。前世の記憶を辿っているようだった。
「他にも、フードプロセッサーとか、オーブントースターとか、炊飯器とか――」
「ちょ、ちょっと待って!」
ハルトがついに手を上げた。
リーナははっとして、我に返った。
「あ……」
顔が少し赤くなる。
「す、すみません。つい、熱くなってしまって……」
「い、いえ……」
ハルトは困ったように笑った。
「その、たくさんあるんですね。欲しいものが」
「はい……料理人なので、つい」
リーナは恥ずかしそうに視線をそらした。
ハルトは苦笑した。料理のことになると、本当に人が変わる。
前世でも電子レンジやポットは使っていたが、料理はほとんどしなかった。今世は王子だからなおさらだ。だから、これらの道具が料理人にとってどれほど必要なものか、今まで思いもしなかった。
店内に、少しだけ気まずい沈黙が流れる。
ハルトは何か言おうと口を開きかけて――。
バタン!!
乱暴にドアが開け放たれた。
二人の視線が、一斉に入口へ向いた。