王との朝食
翌朝、いつもより少し早く目が覚めた俺は、身支度を整えてから朝食の間へ向かった。
王宮の朝食の間は、晩餐の大広間とは違い、こぢんまりとして親しみやすい雰囲気だ。窓から差し込む朝の光に照らされた円卓は大理石で作られているが、そこには不思議な温かみがあった。きっと毎朝ここで家族が顔を合わせるからだろう。
「おはようございます、父上」
既に席に着いていた父上に挨拶すると、穏やかな笑顔が返ってきた。
「おはよう、レオンハルト」
王としての威厳を崩さぬまま、どこか優しさを帯びたその顔を見ていると、この人は王である前に父親なのだと実感する。
兄上たちは今日も来ないらしい。第一王子のアルバート兄上は政務で忙しく、第二王子のリカルド兄上は早朝から軍の訓練に出ている。母上は……まだ休んでいるのだろう。ここ最近の朝食はたいてい俺と父上の二人きりだ。
「父上、昨日お話しした水道設備なのですが――」
パンを手に取り、思わず声が弾んだ。
「ついに完成いたしました!」
父上の手が一瞬止まり、すぐにゆっくりと笑みが浮かぶ。
「そうか。よくやったな、レオン」
その声には、心からの賞賛が込められていた。
「王宮中の者が喜んでいるぞ。特に厨房の者たちが大喜びだそうだ」
「それは良かったです。ヒューゴのおかげです。私一人では絶対に無理でした」
「謙遜するな。発想はお前のものだろう?」
父上は紅茶を口に含み、ふとじっと俺を見つめた。その瞳に探るような光が宿る。
「……しかし、どこでそんな仕組みを思いついた?」
――来たぞ。ついに覚悟していた質問が。
「えっと……本を読んだり、色々と考えたりして……」
「ほう。本で、ね」
父上の声音には疑念が滲む。ただ厳しく問い詰めるのではなく、何かを含んでいるような間の取り方だった。
「どのような本だった?」
「古い東方の書物です。建築に関する記述がありまして……」
半分は本当だ。実際に読んだが、水道の知識などは全く書かれていなかった。前世の記憶なんだから、書いてあるわけがない。
「古い東方の書物……ね」
父上は一度黙し、深く考えるような顔をした。
「……レオン。お前は六歳だな?」
「え?あ、はい」
「六歳で職人をも驚かせる発想をするとは。普通では考えられない。私の息子は優秀過ぎる」
背筋がひやりとした。褒め言葉なのに、試されているように感じる。
「昔から特別な知識を持つ者がいると言われてきた」
――どくん。
父上の言葉に心臓が跳ね上がる。
「この世界とは異なる場所で得た知識を持つ者。その知識で国を大きく発展させる者もいれば、混乱を招く者もいたそうだ」
転生者……父上は知っているのか?
「だが知識は使い方次第だ。善にも悪にもなる。レオン、お前の使い方を見ている限りは大丈夫そうだ」
「父上……」
「急ぐ必要はない。話したいと思った時に話してくれればいい」
父上は追及してこない。ただ静かに見守ってくれる。その温かさが嬉しい。
「ありがとうございます」
深く頭を下げる。何に対しての感謝かは言わなかったが、父上には伝わったはずだ。
「あぁそういえば、今度は農業の改革をしたいと言っていたな?」
「はい。農業は国の基盤ですから、収穫量を増やせれば国民の暮らしが豊かになります」
「その通りだ。では、農業についても何か考えがあるのか?」
「農具の改良から始めようと思います。それと、肥料や灌漑の工夫も……」
父上はうなずきながら聞いていた。
「レオンの思うように進めるがよい。必要な支援は惜しまぬ」
「ありがとうございます!」
「ただし、一つだけ条件がある」
父上の表情がわずかに厳しくなる。
「無理をするな。お前はまだ子供だ。倒れればエルフィナが悲しむ」
「はい。母上を悲しませないようにします」
「それと――」
父上は少し間を置き、静かに告げた。
「レオンの知識がどこから来たものであろうと、それはお前の一部だ。恥じることも、隠し続ける必要もない」
父上は本当に、理解してくれている。
「いつか、お前が心を開いて話してくれる日を楽しみにしている」
「……はい」
朝食を終えて席を立つ時、思わず振り返った。
「父上、俺はこの国が好きです。家族も、国民も……みんな、みんな大切です」
「私もだ、レオン。お前がいてくれて、心から嬉しく思っている」
朝食室を後にしても、父上の言葉は胸の奥で静かに響き続けていた。
転生者であることを隠すのは、まだ怖いからだ。嫌われるのではないか、化け物だと思われるのではないか――そんな不安があるからだ。
けれど父上の態度を見る限り、いつかは話せる日が来るかもしれない。今すぐでなくても、もっと成長した時にでも。
それまでは、この国のためにできることを続けよう。