大発明
「出来たぞ、レオン殿下!」
ヒューゴの豪快な声が、煤と油の匂いの漂う工房に響きわたった。
ぼさぼさの髪に真っ黒な作業着、額の汗は拭う暇もないらしい。
「おはよう、ヒューゴ。ついにか!」
俺は胸を高鳴らせながら工房の奥へ進む。ここに通い始めて三年。今日で一区切りだ。
「おはようございます、ヒューゴ親方」
後ろからついてきたジュードがきちんと挨拶する。三年前より背も伸びて、琥珀色の瞳は一層まっすぐになった。
「おお、ジュードの坊主も来たのか」
ヒューゴがにかっと笑う。
そして俺の顔を見て、ふっと目を細めた。
「そういやレオン殿下も、もう六歳になるんだったか。小僧がこんなもん作っちまうとは、大したもんだ」
「作ったのはヒューゴじゃないか。僕は案を出しただけだよ」
工房の中央には、複雑に組み上げられた配管の塊。水魔石を核にした水道設備――王宮に清潔な水を送り、汚水を流すための試作品だ。
「さあ、最終テストといこうじゃねえか」
ヒューゴが水の魔石に魔力を注ぐと、青白い光が走り――ゴボッと低い音を立てて水が流れ出した。
配管に水が流れる音が響く。
「おお……!」
ジュードが感嘆の声を漏らす。
「すごいね、ハルト。本当に水が流れてる」
「ああ、うまくいった!」
「水圧も上々だ。王宮の最上階まで水を送れるぞ」
ヒューゴが満足そうに腕を組む。
「それに濾過装置だな。砂利と炭で水を浄化するなんざ、面白い発想だ」
にやりと俺を見やる。
「しかし殿下、どこでこんな仕組みを知ったんだ?」
――しまった。
「え、えーっと……」
「そういえば不思議だね。僕たち、そんなこと習ったっけ?」
ジュードが首をかしげる。疑ってる様子じゃなく、ただ純粋に不思議そうにしてるのが余計に辛い。
「先生、教えてくれたっけ?」
(やば……)
「ほ、本で読んだんだ」
「本?」
ジュードの眉が上がる。
「図書館にそんな本あったかな?僕も一緒に通ってるけど、見たことないよ?」
(おふっ!詰んだ……!)
「おお、本を読むとは偉いじゃねえか。どんな本だった?」
ヒューゴまで興味津々で聞いてくる。
「え、えーと……古い東方の書物で、今はもう残ってないやつ……かな」
「東方の書物?」
ジュードの瞳がきらきら輝いた。
「すごいね、ハルト。僕には難しすぎるかも」
……胸が痛い。こんなの嘘なのに、尊敬の目を向けられて。
「まあ、どこで覚えたにせよ大したもんだ。これで王宮中に清潔な水が届く。料理場も洗濯場もずっと楽になる」
ヒューゴが満足げに笑う。
「それで殿下、例のトイレの件も試してみたいんだが」
「トイレ?」
ジュードが首をかしげる。
「水で流すっていうあの仕組みだ。面白そうじゃねえか」
ヒューゴがにやりと笑う。
(ああ、そうだった。トイレも提案してたんだ)
三年前のあの屈辱的な体験が、ついに解決される日が来る。前世では当たり前だった水洗トイレが、この世界でも実現できるかもしれない。
「水で流すトイレって、どんなの?」
ジュードが興味深そうに聞いてくる。
「えーと...水の魔石で水を流して、汚物を排水管に流すんだ。下水道と繋げれば衛生的だし、何より臭くないんだ!」
「すごいね、ハルト。そんなことまで考えてるんだ」
また尊敬のまなざしを向けられて、居心地が悪い。
「よし、水道設備が安定したら、次はそいつも作ってみるか」
ヒューゴが腕まくりをする。
「みんな喜びますね。ハルトが考えてくれたおかげです」
ジュードの笑顔がまぶしい。
「……うん」
複雑な気持ちを隠し、俺は笑顔を作った。
「三年間ありがとな、ヒューゴ」
「俺こそ面白いもん作らせてもらったぜ。で、殿下。次は何を考えてる?」
窓の向こうに街が見える。水道は完成しつつある。俺は次にやりたいことは決まってるんだ。
「……農業」
「農業?」
ヒューゴが驚いたように目を丸くする。
「畑を耕すのにもっと効率的な道具とか……そういうのを作れないかなって思ってるんだ」
「へえ、また妙なことを考える坊主だな」
ヒューゴが感心したように頷く。
「僕も手伝いたい!農業のことはよく分からないけど、いっぱい勉強するよ!」
ジュードが身を乗り出す。
「ありがとう、ジュード」
配管を流れる水の音が、工房いっぱいに響いていた。