#6
授業が終わり、チャイムが鳴る。周りの学生がぞろぞろと立ち上がる中、彼……琥珀は誰よりも先に教室から出ていった。
――また逃げるかの如く、出ていったな。なんか授業前目が合ったような気がするし、今度こそ話しかけられるんじゃとか思ったけど、無理だったか。
そんな思いを込めた周囲にばれるほどの小さなため息をついた獅音は荷物をまとめ教室から出ようとドアの方へと向かった。
するとふと通りかかった誰もいない席に一冊のノートが置かれていた。
――あれ、ここって確かあの人が座ってた場所じゃ。
獅音はそのノートを手に取る。そこには細いペンで書いたのだろうか、細く小さく、でも綺麗で丁寧な字で名前が書かれてあった。
――黒田琥珀。
ただ、名前を知っただけなのに、どこかうれしさを感じた。少し彼……黒田琥珀に近づけたような気がした。
――授業に必要なものとかだったらすぐに届けなくちゃ。
「ごめんなさい。」
許可なく人のノートを除いてしまうことに、申し訳なさを感じたのか、小さく謝罪の言葉を言いながら、獅音はページをそっと開いた。すると見覚えのある絵が獅音の視界に入った。
それはあの夜、1人静かに教室で黙々と琥珀が描いていたあの絵だった。
――やっぱ、すごい綺麗だ。
獅音は不思議に思った。絵のぇまい下手なんか分からない。ましてや絵に興味なんて持ったことがなかった。でもなぜかこの絵だけは、言葉では表現できないがどこか惹かれてしまう。そしてこの絵を描いていた時の彼の表情。
――あの人……黒田……さんは何を思ってこれを描いていたんだろう。
黒田琥珀……ただ彼の名前を知れたというただそれだけのこと。
しかしそれが鍵となって獅音に対する琥珀の存在が無意識のうちに今までよりも大きなものへと変わった事をまだこの時の獅音は気づいていなかった。