#38
「それじゃ、また。きょ、今日はお邪魔しました。」
靴を履きながら、言う琥珀の背中に獅音は視線を向ける。
「うん、今日は来てくれてありがとう!今度会える時は、動物園かぁ~。頑張れそうだわ、俺!」
「おう、なら……よかった?」
琥珀は、靴ひもを結びながら、今獅音と目を合わせずに済んでいることに、ほっとしていた。
――いや、待て、よかったってなんだよ……俺。
「それじゃ、お邪魔しました。」
「うん、また!今度は……動物園ね!」
琥珀は、ドアノブに触れるも一瞬動きを止める。
だが、なぜ今手が止まってしまっているのか琥珀自身も分からなかった。
「……それじゃ」 「……あ」
2人の声が重なる。
「ん、どした。」
「あ!いやその。駅まで送りたいなと……。」
獅音のその一言に一瞬どこかうれしさを覚えるも、すぐに冷静さを取り戻した。
「いや、平気。……んと、もうすぐご家族も帰ってくる時間だろ。朝からお邪魔しちゃってるし、これ以上長居できない。ここで大丈夫。」
琥珀は、自分の言葉に誤解が生まれていないか不安な気持ちを抱きながら、獅音の顔を伺う。
獅音は、納得したように頷き――
「そんな!邪魔とかないのに。……でもそうだよね、とりあえず動物園いけるんだし、てかテスト勉強も頑張らなきゃだし!今日はここで解散にしよう!」
――そうだ、動物園で会えるんだ。わがままなんて言うな、琥珀が困ってるだろ……。
「それじゃ。」
「うん、また来てね」
獅音のその一言を背中で受け止め、強くドアノブを握りながら外へと出た。
少しずつ歩きながら自分の掌に視線を落とした。
ドアノブが重く感じたのはなぜだろう、来る時簡単に獅音が開けていた様子を思い出し、立ち止まる。
獅音は深く呼吸をした。
リビングに戻りながら、ズボンのポケットからスマホを取り出す――と同時に、玄関の鍵がポケットからこぼれた。
鍵を拾うため、立ち止まる。
そして、2人はそれぞれ、何かを期待するように、玄関先へと振り向いた……だが、ドアは閉められたままだった。
それは、何かの境界線のように感じた。
「帰りたくないな……」「帰っちゃったな……」
お互いの声が聞こえるはずもなく、2人はドアに背中を向けた。
琥珀は、今日のことを思い出しながら空に目を向ける。
それは少し寂しくも、温かい淡いオレンジへと染まりつつあった。
――空、綺麗だな……。
って俺、久しぶりに空見たかも。
こんなに綺麗だったんだな。
――よし、門限までには帰ってこられた。
玄関を開けると、人の気配はなく、家の中は静まり返っていた。
目の前に広がる光のない、静かな廊下を見ながら、ふ、と鼻で笑った。
――さっきまでとは大違いだな。
部屋に戻り、ベッドに横たわる。
”今日はありがとう”
獅音との連絡先に文字を打って数分、自分の打った文章を見つめていた。
――こういうのって送るものなのか?
いや、でも礼儀として……。
でも家出る時も言ったししつこすぎか?
……まぁいれるとしたらこんな感じか。
そのとき。
「琥珀。」
低く、太いその声が、下の階から聞こえた。
突然の、その声に方が跳ね、指が反射的に画面を押していた。




