#34
キッチンから、空腹を誘うようなにおいが徐々に強く広がっていく。
琥珀が丸付けを終えると同時に、獅音が口を開く。
「お!終わった?ごめん、もうちょい待って……あ、キッチン来ちゃだめだよ!」
「うん」
いたずらな笑顔を浮かべた獅音に、琥珀は疑問を抱くも気にせず返事をする。
――集中力切れたな。……何か懐かしい匂いするし、落ち着く、ここ。
ふと琥珀の頭に昔の記憶が流れ出す。
”琥珀、美味し?”
”うん!琥珀ね、これすきなの!”
自分に向けられた母と父の笑顔。
この光景を……笑顔を何度思い出しただろう。
「あ、また描いてる」
少し低い落ち着いた獅音の声で、琥珀は我に返った。
意味もなく握っていたシャーペンは、開きっぱなしのノートの上で、勝手に落書きをしていた。
その絵は、幸せそうな笑顔を浮かべた3人家族が、食卓を囲んでいる――ついさっきまで琥珀の頭の中に流れていた記憶が、描かれていた。
「やっぱり、何度見ても綺麗な絵だな……」
普段とはまた違う落ち着いた声が、その一言に嘘も、お世辞もない、本音であるということを強くさせる。
「そんなことないから。」
獅音の思いが苦しくて、少し冷たく返してみる。
琥珀は、急いでノートを閉じ、鞄の中へとしまった。
しかし、琥珀の言葉を聞いても、獅音の瞳は、変わらず力強さを持ち続けていた。
この絵に何かを求めるような瞳を――。
獅音は、琥珀が鞄のチャックを閉めきるまで、琥珀の細くて長い、器用にそして瞬時に動く指を見つめている。
――もっと見たかったな。本当綺麗で、愛の詰まった絵……僕が求めたモノ……。
「テーブル拭く?」
琥珀の問いに、ふと我に返る。
「……あ、そ、そう!手前ちょっと失礼~、テーブル拭く!」
「貸して、拭きたい」
「え、お客さんにそんなこと!」
「いや、お邪魔しちゃってるし。手伝わせてほしい。テーブルなら俺もちゃんと拭けるもん。」
――いや、手伝わせてって、僕が呼んできてくれたのに……。しかも”もん”って……ハァ。また心臓うるさくなってきた。
「じゃぁ、お願いします」
「ッフ、急に敬語って……おう」
獅音は、自分の耳が熱く感じることを隠すようにキッチンへと戻っていった。
「拭き終わった。」
「あ、ありがとう!じゃあ、持っていくね!」
――何か、今日の僕、変だ。しっかりしないと。
そう言い聞かせながら、小鉢をもって琥珀のもとへと向かった。




