#23
琥珀のスマホが机の上で小刻みに揺れると同時に、琥珀は画面をのぞき込む。
――文末とかどうすればいいんだ……?ま、いっか。
『図書館がいいです』
誰もいない教室でただ1人密かに考えた後、琥珀は一言だけ返し次の授業の教室へと向かった。
――放課後か。次の授業、休校にならないかな。そしたら帰る口実ができるし……ま、家にも帰りたくないけど。
小走りで移動しながら、学校用のメールアプリを開く。一応下へとスクロールし、更新させてみたものの新しいメールは来ていなかった。
琥珀が後ろのドアから教室へ入る。それと同時にチャイムが鳴り、教員は前のドアから教室へ入ってきた。
――授業中、動物とか出てきて休みになったりとかしないかな……。この学校自然多いし、蛇とかたまに見るし……うん、あるな。
授業の内容は風のようにすっと頭をすり抜けていく。
琥珀は授業に集中でできず、ただ無意識に想像力だけを働かせていた。
シャーペンを握る左手の指先だけが動く。そのせいか、集中していないことを教員に気づかれることはなかった。
授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り、琥珀は我に返る。そして自分のノートへと目を落とした。
――え、何で俺……ライオンなんて描いてるんだ?
琥珀の視線の先には、一匹のライオンがこちらをじっと見つめていた。そのライオンは何か物欲しそうにこちらを見ている。
「ライオン……。」
無意識の行動に琥珀は驚き、思わず心の声が漏れる。
それと同時に琥珀のスマホが小刻みに揺れた。
『図書館の入り口の前で待ってる!』
画面に映るその文字を合図に琥珀は教材などを鞄の中にしまい、図書館へと向かった。
――結局逃れることはできず……か。
図書館の近くまで来ると、入り口近くで立っているある人物が見えた。その人物は、琥珀が見えるとすぐに手を振る。その姿が琥珀にはしっぽを振る子犬のように見えた。
――藤田獅音……。
「来てくれてよかった~!なんとなくだけど、帰っちゃうかなとか心配だったんだ~」
「帰らない、課題だし。成績とか重要になってくるから。」
獅音と会う数秒前まで考えていたことが見透かされていたことの焦りを隠すかのように、琥珀は平然を装った。
獅音は、納得と嬉しさを含んだ笑みを浮かべる。
図書館へ入ると、二人は4人席の椅子に腰を下ろし各々教材、パソコン等の準備を始める。
琥珀は、椅子の堅さからなのか中々しっくりくる定位位置が見つかず落ち着きがない。
その隣で獅音はすでに課題に取り掛かろうとしていた。
――なんでこいつは4人席なのに隣に座ってくるんだ?普通向かいの席に座るだろ……何でわざわざ横なんだよ。
琥珀の思いに気づくことなく獅音は教材を見つめている。
「あれ、どんな感じでプレゼン資料作ればいいんだっけ?うわ……メモしておけばよかった~」
獅音の普段とは違う小さく少し低い声に琥珀は少し驚く。
「あ、それなら俺メモした。」
驚きという色を別の色で塗りながら琥珀も小さい声で呟くように言うと、英語の授業用ノートを開いた。
「ん?ライオン?」
獅音の一言に琥珀の手が止まった。
――やっべ、こっちのノートに描いてたんだった。
「た、ただの落書き……だから。俺にも分かんない。」
言い訳めいた琥珀の言葉に、獅音は思わず小さく笑う。
「無意識でこのクオリティーって、すごいし。まじ上手いし。にしてもこのライオンちょっと僕に似てない?」
「は?」
「いや、ほんとに。てか僕ライオンが動物の中で一番好きなんだよね、ほら普段かっこいいのに不意に見せる可愛さとかさやばくない?じゃあ、琥珀は……トラかな。動物園とか一匹でいるイメージ強いもん。何か一人でもやっていけますよっていう雰囲気出してはいるんだけど、そこがなぜか見ててほっとけないというか、構いたくなるというか!」
――何言ってんだこいつ。
琥珀は、冗談っぽく鼻で笑った。
「あ、今冗談だと思ったでしょ!これ、本気ね、琥珀はトラ。なんか一人でいるイメージだけど、そこか放っておけない感じ!」
「は?んだそれ俺は……」
そう琥珀が話を続けようとした瞬間、図書館の司書が隣にいることに気づいた琥珀は話をやめた。
「あの、お二人、図書館内では静かにしてくださいね」
不意に声をかけられ、2人同時に肩が少し上がった。獅音が会釈したと同時に司書はその場から立ち去った。
「図書館のバイトしてるのに、大声出すなんて」
「いや、お前が先に……」
琥珀が反抗しようとしたと同時に獅音の人差し指が琥珀の口元近くへと置かれる。
「シー。このフロアでは私語厳禁ですよ」
獅音の言葉に思わず琥珀は彼の目を見る。すると獅音と目が合ってしまい、即座に琥珀は視線を下ろす。
――何かこの感じ……前にもあったような気がする。
そう思うと同時に琥珀の頭の中で、バイト先のあの出来事が流れ始めた。
不意に蘇る映像に小さく息を呑む。
「……っ」
琥珀が何か言い換えそうとした途端、獅音が立ち上がった。
「それにまた怒られちゃう……外出よっか」
数分前までの慣れない獅音の声が、突然と知ってるものへと変わった。
琥珀は一瞬心臓が跳ねるような感覚を覚える。
しかしその違和感を振り払うように琥珀は席を立った。