#22
「ほーい、じゃあ来週のプレゼン課題の説明すっからちゃんと前見ろー。」
そう言いながらプロジェクターの電源ボタンを押したのは、琥珀、獅音が履修する英語教師・望月先生だった。
琥珀にとってどこかモヤっとしたあの学食の時間を終えた後、結局いつものように嘘の用事を獅音に告げ、彼を先に教室へと行かせた。1人になってから改めて考えてはみたものの、結局モヤっとした感情の色が分からず、授業が終盤へと進みつつある今もこの謎の感情が琥珀の心の奥底で真っ白のまま放置されていた。
「今回のプレゼン課題は、前回と違ってペアで行ってもらう。もちろんペアは、俺が決めさせてもらった」
『えー!!』
望月先生の言葉を予想していなかったのか、琥珀の周りではブーイングの言葉が飛び交った。
――別にどうでもよ。
そう思った琥珀は、一瞬だけ2列先の斜め左……獅音の背中を見る。……が、やはり後ろからでは獅音がどんな表情をしているのか琥珀には分からなかった。
――いや……どうでもよ。
そう琥珀は小さなため息をつく。
周りのブーイングを無視し、望月先生は話をつづけた。
「ってことで、まず内容だが今学期最後のプレゼン課題だからテーマは自由。時間は全体で8分~9分ほど。まぁ、あまり時間は気にしなくていい。ペアについては、プロジェクターに映した通りだ。知っていると思うが、このクラスは2つの学部が混合してる。だから、今回は学部が被らないように混ぜてみた。って言ってもほぼ学部別五十音順だけどな。文句はなし。文句言った奴減点な~」
――えっと……黒田琥珀、黒田。……は、まじか。
――えっと……藤田獅音、藤田。……あれ?
「もっちゃんティーチャー!これ絶対五十音順じゃなくね?」
「おっと、相澤その呼び方、減点するかー?残念ながら五十音順なんだな、これが。まぁ文学部はあ行、経済学部はわ行からにしただけだ。てことで、来週発表な。英語でプレゼンてこと忘れるなよ~。前の誰かさんみたいに日本語のパワポ作ってきたら、今度こそ大きく減点だからな~。はい、じゃあ授業終了!Have a good weekend《良い週末を》~!」
そう言い終えると、望月先生はホワイトボードに書かれた字を消し始めた。
「ね、しーちゃん、佐々木。誰とペアだった?てか違う学部とか俺ほぼ話したことないし、気まずいんですけど~。でも毎回この課題って考査並みに点数高いからサボれないじゃん~」
望月先生に聞こえないよう相澤……相澤祐は、5分ほど前に発言していた彼とは考えられないほどの小さな声で、隣の席に座る獅音と獅音の前に座る佐々木凛之助に愚痴をこぼす。すると獅音が先に笑顔で口を開いた。
「俺は黒田って子。別に俺は普段関わりたくても関われない人と仲良くなれるチャンスになるし、いいと思うけどなぁ。それに気まずさがあっても祐の積極さなら課題どんどん進むと思うし、逆に相手的にはそっちの方がやりやすくていいと思うよ。プラス優しさと面白さもあるし、なんだかんだ楽しくできるんじゃないかな!」
「し、しーちゃん……。なんかやれる気がしてきた!しーちゃん見習って俺ペアの子と肩組めるくらい仲良くなってくるわ!うし、そうとなったら……連絡先もらってくる―!2人は先に次の教室行ってて~!」
祐の明るさにあてられ疲れたのか、凛之助は小さなため息をつく。
「凛は、ペアの子の連絡先聞いてこなくてもいいの?」
「うん、平気。違う授業で一緒にグループ課題やったことある子だったから。後でそん時のグループ探して、追加すればいい。獅音こそいいの?」
「あ……うん。その子の連絡先持ってるし。一応挨拶の連絡だけ移動しながらしちゃうわ!」
凛之助は、獅音の反応の仕方にまた疑問を感じた。
――まただ。最近の獅音、時々だけど幼稚園の頃の獅音に戻ったようなやわらかい笑顔を見せること増えたよな……。
そう思いながら、凛之助は隣でスマホをいじる獅音を時々横目で見つつ、次の授業の教室へと向かった。獅音にとって難しい相手なのだろうか、時折スマホを見つめ、文章を慎重に考えている。自分とは違ってすぐに、そして優しく相手の領域へと踏み込める獅音だからこそ、その姿が凛之助には不思議に感じた。
「よし、送れた!」
「長かったな。」
凛之助の疑問や感情を混ぜたその一言に、獅音はピースと笑顔で返す。
それと同時に、まだ教室に残っていた琥珀のスマホが机の上で小さく揺れた。