#21
「ま、待ってたんだ……」
そう言いながら琥珀はまた獅音の持つ本に目を落とす。
「ん?あぁ、いやえっと……」
なぜか顔を淡く赤く染める獅音に気づかないまま、琥珀は率直な感想を呟く。
「料理するんだ。」
「え?あぁ、うん!基本朝食と夕飯は僕が作ってるんだ」
「フ~ン、料理好きなんだ。」
――普通両親がやるんじゃないのか。
ふと思った琥珀だったが、何が普通かなんて分からないと口を開くのをやめた。
「そ!あ、でも別にこの本は別だよ!これは、その……ある人にお礼として振る舞いたくて……。でも普段どんなもの食べてるか、どんなモノ好きかとかよく分からなくてこの本に頼ってた」
そう恥ずかしそうに笑う獅音は本を閉じ、センター分けされた前髪を少し整えた。獅音が本をしまっている中、琥珀は食券を買いに券売機のところへと向かう。
琥珀は、食券を買う列に並びながらあの本を見て真剣に悩む獅音の顔がふと頭に浮かぶ。
――あいつ、いつもヘラヘラしてるくせにあんな真剣な顔もすんのかよ。てか、そんだけ大事な奴とかなんだろうな……。大事な奴。恋人、家族……。
そう考えている間にもどんどん食券を買う順番は進んでいく。結局、琥珀はいつものようにカレーのボタンを押していた。
先に食券を買い、昼食を取りに行っていた獅音は4人掛けの席に座り待っていた。待ち時間も料理の本を読んでいる。
――またその本かよ。
そう思いながら琥珀は、まだ熱々のカレーライスが置かれたトレーを手に獅音の席へと向かう。
何とも言えない暗い色が一滴、画用紙にぽつっと落ちたようなそんな気分だった。
「お、来た来た!って本当カレー好きやん」
「え?」
「だっていつも頼んでる」
「いや、別に。……いただきます。」
――そういうわけじゃ……。食べられるなら何でもいいし。
そう思いながら琥珀は、カレーを黙々と食べ始めた。その様子を見て獅音も食べ始める。
――なんだかんだ琥珀って礼儀正しいんだよな~。
冷たく突き放されたかと思えば礼儀正しさと優しさで自分のもとへと来てくれる……そんな琥珀に何度助けられただろう。
「ね、琥珀。」
――きっと彼は、僕のことを見ない。でもちゃんと反応はしてくれる。
「ん?」
――やっぱり。もしこっちを見て……なんて言ったら琥珀は驚いてでも僕の目を見てくれるだろうか。……って、僕はいつからこんな寂しがりみたいな奴になったんだろう。最近多いな……こんな感じ。
「あ、いや。さっきの料理の話。琥珀ならどういうの食べたい?」
「知らん。」
「いいから!琥珀だったら何?」
「……和食。」
考えて出た答えが普段あの祖母が作る和食……琥珀の胸が少し痛んだ。
もう両親が作ってくれた料理の味を琥珀は覚えていない。
もしまだ家族が生きていたら、食べたいものや自分の好みを素直に伝えることが出来たのだろうか、そんなことを琥珀は考えながらまた一口カレーを口に運ぶ。
「和食か……なるほど。うん、参考にする!」
「え、いや。参考にならんと思うけど。」
まさかの言葉に思わず琥珀は顔を上げる。獅音はあの時と同じ……料理の本を見ていた時と同じ笑みを浮かべていた。強く光る星のようになぜか、その時の獅音の笑顔は、普段見ているのと違って眩しく感じてしまった。
――料理を振る舞う奴にもそんな顔すんのかな。
……って、こいつは俺と違ってたくさん周りに人がいるんだ。俺には関係ない。
これは羨ましさか、それとも別の何かか。琥珀はこの感情を何色に染めるべきか密かに考え始めた。