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#17

家を出て自転車をまたぎ、20分ほど走らせ駅へと向かう。従業員用の自転車置き場に着き、定位置となっている場所に自転車を置いて建物の中に入った。エレベーターの中に入り5階に向かう間、携帯をマナーモードにする。

5 階に着くと、スタッフオンリーのドアを開け更衣室へと向かう。


――よかった、誰もいない。


人との会話を苦手とする琥珀にとって更衣室を開けるのも緊張する原因の1つだった。自分のロッカーの前に立つと私服から貸し出し用のワイシャツに着替え、紺色のエプロンを着ける。最後に鞄の中で潜むように入れてある名札を手に取り、エプロンについている胸ポケットに着ける。スマホの画面で髪の毛をチェックする。


――散々あの人たちに言われて、嫌とか思っても結局気にしてんじゃん、俺。てか癖になってるし。


そう思いながら前髪に指を通し、目を隠すかのようにすっと整えた。琥珀は更衣室を出て、職員用廊下を通った先にある職員用扉のドアノブを握る。琥珀は握ったままいつものように少し立ち止まってしまった。ドアノブを握る手はじわじわと汗が出てきている。


――よし、今日も何もありませんように。


そう願いながら、ゆっくりと深呼吸をし、ゆっくりとドアを開けた。


「あら、黒田くんこんにちは。丁度良かった、返された本戻してほしいの、頼んじゃっていいかしら」


そう琥珀に話す小林さんは、返却される本を受け取るカウンターを担当していた。変わらず朝顔のように柔らかい淡い笑顔で琥珀に話しかける。


「こんにちは、大丈夫です。やります。」


私語厳禁とする――ここ、市立図書館では会話を最小限に抑えなければならない。しかしそれが琥珀にとってはありがたかった。


「ありがとう、結構多くてカートも重いから特にお子さんには気を付けてね。でも黒田くんなら心配ないわね。」


そう微笑みながら言う小林さんに琥珀は軽く会釈をして、多くの本が並べられたカートを押し、カウンターを出た。


――近いところから片付けていくか。


祖父母に隠して働き始めてから、何か月が過ぎたのだろうか。高校では、校則上バイトをすることは許されていたものの勉学に集中しなさいという義文の言葉から何もバイトが出来ずに卒業した。バイトをして、次の日には教室でバイトの愚痴を言う、そんな周りの環境が琥珀にとって少し羨ましくもあったが、大学と違い自由に授業を組めることが出来ないことから帰宅時間もすぐにばれてしまうため隠れてバイトをすることは出来なかった。


「っしょ。」


――えっと、次はし行。


カウンター近くの場所から本をもとに戻していく。琥珀にとって家とはまた違う静けさを持つこの空間が好きだった。家とは違って自分の心臓の音がうるさく聞こえないこの空間が――。

琥珀が図書館を選んだのは、亡くした両親が本好きだったこととあまり人と関わらずに済む仕事内容からだった。琥珀と同じ年代の人達が来てバレる心配もない。もし本を借りるとしたら学校で借りてるだろうし、そもそも今時図書館で本をわざわざ借りてまで読む大学生なんて少ないだろうというのが()()()考えだった。


「あ、あのすみません。イギリス作品の本を探してるんですけど、どこにあるか教えていただけませんでしょうか」


そう丁寧な言葉で琥珀に声をかけてきたのは、琥珀より少し背の低いスラっとした男子だった。


ーー制服…高1とかかな。白が似合いそうな爽やか系だな…イギリス作品求めてるし、どっかのボンボンか?


「あ…と分かりました。ご案内します。」

「ありがとうございます!上手くパソコンでも調べられなくて…」

「大丈夫です。あ、あの少し声の音量を…」

「あぁ、すみません。」


そう言いながら男子は、照れるような笑顔を琥珀に見せた。何色にも染まってないかのような綺麗な笑顔だった。


ーー綺麗な笑顔するんだな…何か前にも見たことあるような。


まだ本がいくつか乗っているカートを押しながら琥珀は彼の求める洋書のエリアへと向かった。その後ろで男子は、周りの本にも目を光らせながらついていく。


「こちらになります。」

「ありがとうございます、助かります!」

「では。」


そう言って琥珀が本来の仕事に戻ろうとした時だった。


碧音(あおと)、見つかった?」

「あ、兄さん。うん、あったよ!」


琥珀は一瞬動きが止まった。男子……碧音を呼ぶ声は聴いたことのある声だった。碧音とその兄らしい男は、かりたかった本を見つけたことに喜んでいるのか親しげに言葉を交わす。しかし琥珀にはその音さえも聞こえなくなっていた。ただ1人、音のない世界に取り残されたような気分だった。周囲には様々な本が琥珀を囲んでいる。そんな中琥珀の目は、自分を落ち着けられる景色を探した。


――い、いや。まさかな……。


逃げ出したいより先にその声の主は誰なのか気になってしまい、琥珀はまるで銅像を回れ右するかのように重い肩を回した。

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