第一章 第三節 封印の揺らぎ
かつて六種族の誓いによって封印されたオルデナ遺跡は、今やその栄華の名残を留めることなく、外壁の多くが崩れ落ち、苔と蔦に覆われていた。
「……これは」
遺跡の入口に立ち、アシュランは低く呟いた。
「こいつは……かなり酷いな」
隣でグレンが鼻をひくつかせる。
「空気が澱んでる。魔物の巣にでも入り込んだみたいだ」
「いや、普通の魔物とは違う」
レオンハルトが厳しい眼差しで遺跡の奥を見据えた。
「この瘴気……封印の力が壊れかけている」
三人は無言で頷き合い、足音を忍ばせて苔むした石の階段を踏みしめる。
崩れかけた石門をくぐった瞬間、ひやりとした冷気が肌を撫でた。
「……光よ、灯れ」
アシュランが小さく呟き、光魔法を使った。掌に浮かび上がった光球が闇を柔らかく照らす。
古代文字が刻まれた石壁、崩れかけた柱、かつて祈りを捧げたであろう祭壇。
その全てが、まるで長い時を経て“何か”に蝕まれているように、朽ち果てていた。
やがて、三人は遺跡の中心、大広間へと辿り着く。
「……封印の石板」
アシュランが小さく呟いた。
中央に鎮座するのは、六種族の誓いによって魔王を封じたと言われる伝説の石板。
だがその表面は亀裂に覆われ、神聖な紋章は歪み、かすかに紫黒の光を放っていた。
「ひでぇな……もう半分崩れてやがる」
グレンが眉をひそめ、腰の双剣に手をかける。
「これほどの封印が、ここまで壊されるとは……」
レオンハルトが低く呟いた、その瞬間だった。
バキィン!
石板に走る亀裂から、紫がかった瘴気が吹き出した。
「来るッ!」
アシュランが鋭く叫ぶ。
次の瞬間。
ギャアアアアッ!!
広間の影が、音を立ててうごめく。
闇の奥から這い出してきたのは、黒い霧に包まれた魔物たち。
人間ほどの大きさの獣の姿をし、赤い双眸をギラつかせ、瘴気をまとっていた。
「構えろ!」
レオンハルトが号令を飛ばす。
最初に飛び出したのは、グレンだった。
「ったく、出迎えが派手すぎんだろ!」
軽口を叩きつつ、グレンは双剣を抜き放つ。
彼の動きは流れるように滑らかで、肩の力が抜けたまま、舞うように魔物の群れに飛び込んだ。
「おっと、こっちだぜ!」
魔物が飛びかかろうとした瞬間、グレンは転がるように足元を潜り抜ける。
腰に仕込んだワイヤー付きのナイフを手首の一振りで投げ、魔物の足に絡ませると、その勢いのまま転倒させた。
「はい、おしまい!」
転倒した魔物に双剣を突き立て、即座に息の根を止める。
同時に背後から迫る別の魔物に振り向きざま、投げナイフを放つ。
「……俺には真似できん」
レオンハルトが呆れたように呟きながらも、大剣を振り上げた。
「氷よ、鎖となれ」
足元に水の魔法陣が広がり、鋭い氷の鎖が魔物たちの足元から伸びる。
レオンハルトは無駄のない動きで大剣を振るい、足止めされた魔物たちを次々と切り伏せていく。
「レオン、右! 一体抜けた!」
グレンが叫ぶ。
「承知」
レオンハルトは振り返り、氷の鎖ごと敵を薙ぎ払った。
一方、アシュランは後方から戦場全体を見渡していた。
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彼の感応者としての能力が、魔物たちの動きを正確に捉えていた。
「グレン、左後方から三体来る!」
「おう、サンキュ!」
グレンは一歩後ろへ飛び退き、足元の瓦礫を蹴り飛ばす。
それが魔物の足に当たった瞬間、すかさずワイヤー付きのナイフを絡ませ、引き倒す。
「ほらよっと!」
倒れた魔物に、双剣が十字に閃いた。
「……あと五体」
アシュランは長剣を構え、次の動きを見据えていた。
その時。
「きゃあああああっ!」
広間の奥から、甲高い悲鳴が響いた。
「今の声……!」
アシュランが顔を上げる。
「誰かいる!」
グレンも顔を上げたが、その時。
「アシュラン」
レオンハルトが低く声をかけた。
「お前が行け」
「え?」
アシュランが一瞬戸惑う。
「お前なら感応者として気配を追える。あの声の主を見つけられるのはお前だ」
レオンハルトは魔物を一太刀で斬り伏せながら続ける。
「俺とグレンがここを抑える。お前は先に行け」
「そういうことだ、王子さま!」
グレンも軽く肩をすくめ、双剣を構え直す。
「早く行けっての。俺たちは心配ご無用、しっかり時間稼いでやるからよ!」
アシュランは二人の顔を見つめ、短く頷く。
「……頼んだ」
「行け」
レオンハルトは背中で告げた。
アシュランは奥へと駆け出す。
その背後で、グレンが魔物の群れに向かって叫ぶ。
「さぁて、お楽しみはこれからだ! こっちは通さねぇぞ、こらぁ!」
レオンハルトの大剣が、グレンの軽口に合わせるように薙ぎ払われる。
二人は、絶妙な連携で押し寄せる魔物たちを迎え撃っていた。
アシュランは走りながら、胸の奥に沈む不安を振り払うように息を吐く。
(この遺跡に……一体誰が?)




