第四章 第四節 赤鉄工房
グラン=ドラム王城を後にしたレオンハルトとリリシャは、城下の中央区画へと足を運んでいた。
目指す先は、王家直属の鍛冶場――《赤鉄工房》。
城壁の内側でもひときわ高く煙突が並び、空へ向かって黒煙を立ち昇らせている。
「すごいね……さっきまでの街より、こっちの方がもっと熱い」
リリシャは額の汗をぬぐいながら、工房の前で立ち止まった。
重厚な鉄扉と石造りの壁の奥からは、ひたすら槌音と火花が途切れることなく響いてくる。
まさに“鉄と火”が息づく場所だった。
入り口では、屈強なドワーフたちが出迎えていた。
その先頭に立つのは、赤銅色の髭を揺らす鍛冶師――トラバン・スチールクラフト。
「よく来たな、レオンハルト殿」
腕を組み、にやりと笑う。
「ここの責任者、《赤鉄工房長》でもある俺が、直々に案内してやる。お前さんの剣……いや、“本当の武器”を作りに、な」
「感謝します、トラバン殿」
レオンハルトは静かに頭を下げた。
その隣でリリシャは、周囲のドワーフたちの視線を感じ取り、そっとフードを被り直す。
「……ここでもエルフは珍しいの?」
「ここの連中は腕と素材しか見てねぇ。種族がどうこうより、自分たちの道具に手を出されるのが嫌いなだけだ」
トラバンは肩をすくめつつ、リリシャをちらりと見た。
「フードを被るのは好きにしろ。ただし、素材置き場には近づくな。あいつら、自分の鉄に他人の手垢がつくのを何より嫌う」
「う、うん……気をつける」
トラバンが鉄扉を開くと、途端に熱気と硝煙の香りが二人を包み込む。
中はまさに「鍛冶の聖域」だった。
幾本もの熔炉が赤々と燃え、上半身裸の職人たちが黙々と鉄槌を振るっている。
打たれるのは剣だけでなく、大槌、戦斧、槍、盾、甲冑――
壁には完成した武具がずらりと並び、そのすべてが美しさと強さを兼ね備えた“戦う芸術品”だった。
「わあ……」
リリシャが思わず感嘆の声を漏らす。
「街の鍛冶屋さんとは、全然違う……」
「当然だ。ここは王国随一の工房。ドワーフ職人たちの矜持がすべて詰まっている」
トラバンは歩きながら、レオンハルトに問いかけた。
「さて、何を求める? 前と同じ“大剣”か?」
レオンハルトは少し考え、静かに頷く。
「……ああ。ただ、“壊れない”だけでは足りない。“俺自身”になってくれる剣が欲しい」
その答えに、トラバンはにやりと口元を吊り上げた。
「いい目をしてる。なら、見せてやろう。お前さんに相応しい鉄をな」
工房の奥、大熔炉の前に立つと、トラバンは職人たちに声をかける。
「おい、持ってこい! 例の“蒼鉄”だ!」
しばらくして、数人のドワーフが運んできたのは、鈍く青く輝く巨大な鉄塊だった。
「これは……」
レオンハルトが目を細める。
「ドワーフ王家に伝わる“蒼鉄鉱”だ。鍛えるには癖が強いが、仕上がりは最高級。“折れず、曲がらず、貫く”──お前の望む剣は、これでしか作れん」
トラバンはその青い鉄塊を叩き、にやりと笑った。
「運命だな、ルシアード。お前の剣は、ここで生まれる」
リリシャがそっとレオンハルトを見上げる。
「レオン様……!」
レオンハルトは静かに蒼鉄に手を伸ばし、拳を握った。
「……頼む。俺に、もう一度“振るうべき剣”を」
「任せろ。俺たちドワーフの誇りにかけて、必ずお前の剣を鍛えてみせる」
***
「さて――始めるぞ」
トラバンは手袋を嵌め直し、肩を回すと、二人に鋭い視線を向けた。
「見物はさせねぇぞ。お前たちも、鍛冶の“戦”に参加してもらう」
「俺たちが……?」
レオンハルトが目を細めると、リリシャはぱっと顔を輝かせた。
「わっ、本当に!? 鍛冶屋さんごっこじゃなくて、ちゃんと手伝えるの?」
「ごっこじゃねぇ。お前たち自身の剣を、お前たち自身の手で打つ。それがドワーフ流だ」
トラバンは熔炉の前に積まれた蒼鉄を指差す。
「これを叩き、鍛え、命を吹き込む。その過程で、この剣はお前たちの“覚悟”そのものになる」
リリシャは小さく息を呑み、レオンハルトは黙って頷いた。
「熔炉、全開! 火力を最大まで上げろ!」
トラバンの声が工房に響き、職人たちが一斉に動き出す。
***
「おい、リリシャ! 炭は均等に入れろ! 温度ムラが出るぞ!」
「は、はいっ!」
リリシャは汗だくになりながら、熔炉の側で炭をくべ続けていた。
慣れない手つきながらも、真剣な眼差しは職人たちの間でもひそかに評判になっていた。
一方、レオンハルトはトラバンの隣で、大槌を振るう。
「次はここだ。叩く角度、間違えるなよ」
「……了解」
赤く熔けた蒼鉄が取り出される。
レオンハルトは無駄のない動きで大槌を振り下ろし、鉄を伸ばし、形を整えていく。
一撃、また一撃。
静かな瞳の奥には、確かな決意の炎が宿っていた。
「ふむ……やるじゃねぇか、人間」
トラバンは感心したように唸る。
「おい、エルフ娘。お前も気を抜くな。冷却の準備だ」
「うん!」
リリシャは火ばさみを手に取り、打ち終えた蒼鉄を水槽へ運ぶ。
ジュウッと蒸気が立ち昇り、工房の空気が一瞬、白く霞む。
その瞬間、リリシャはふと水面に映る自分とレオンハルトの姿に目を留めた。
「……レオン様」
「どうした?」
「この剣、本当に私たちの手で作ってるんだね」
「ああ。だからこそ、“俺たちの剣”だ」
リリシャは小さく微笑み、火ばさみを握り直す。
「じゃあ私も、手を抜かない。レオン様が持つ剣なら、誰よりも強くなきゃダメだから」
「ふっ……頼む」
二人は再び、鍛冶作業に戻る。
昼夜を問わず、火花が舞い、汗と鉄の匂いが重なっていった。
***
数日後。
工房の奥、静かに置かれた一本の大剣。
青銀の刃は冴え渡り、刃紋には淡く脈打つ蒼き光。
「――完成だ」
トラバンは誇らしげに言い、レオンハルトにその大剣を差し出す。
「その剣の名は《蒼刃》」
レオンハルトは静かに剣を受け取り、軽く振るった。
手に吸い付くような重み。
まるで自らの意志を映したような、静かで鋭い佇まい。
リリシャは隣で目を輝かせた。
「すごい……! あのときの火花も、汗も、全部、この剣の中にあるんだね」
「この剣はお前たち自身だ。どんな敵が来ようと、もう折れやしねえ」
トラバンはにっと笑う。
「さあ、これで準備は整った」
レオンハルトは静かに、そして確かに頷いた。
「……ああ。この剣と共に、必ず」




