表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/36

第四章 第四節 赤鉄工房

グラン=ドラム王城を後にしたレオンハルトとリリシャは、城下の中央区画へと足を運んでいた。


目指す先は、王家直属の鍛冶場――《赤鉄工房》。

城壁の内側でもひときわ高く煙突が並び、空へ向かって黒煙を立ち昇らせている。


「すごいね……さっきまでの街より、こっちの方がもっと熱い」


リリシャは額の汗をぬぐいながら、工房の前で立ち止まった。


重厚な鉄扉と石造りの壁の奥からは、ひたすら槌音と火花が途切れることなく響いてくる。

まさに“鉄と火”が息づく場所だった。


入り口では、屈強なドワーフたちが出迎えていた。

その先頭に立つのは、赤銅色の髭を揺らす鍛冶師――トラバン・スチールクラフト。


「よく来たな、レオンハルト殿」


腕を組み、にやりと笑う。


「ここの責任者、《赤鉄工房長》でもある俺が、直々に案内してやる。お前さんの剣……いや、“本当の武器”を作りに、な」


「感謝します、トラバン殿」


レオンハルトは静かに頭を下げた。


その隣でリリシャは、周囲のドワーフたちの視線を感じ取り、そっとフードを被り直す。


「……ここでもエルフは珍しいの?」


「ここの連中は腕と素材しか見てねぇ。種族がどうこうより、自分たちの道具に手を出されるのが嫌いなだけだ」


トラバンは肩をすくめつつ、リリシャをちらりと見た。


「フードを被るのは好きにしろ。ただし、素材置き場には近づくな。あいつら、自分の鉄に他人の手垢がつくのを何より嫌う」


「う、うん……気をつける」


トラバンが鉄扉を開くと、途端に熱気と硝煙の香りが二人を包み込む。


中はまさに「鍛冶の聖域」だった。


幾本もの熔炉が赤々と燃え、上半身裸の職人たちが黙々と鉄槌を振るっている。

打たれるのは剣だけでなく、大槌、戦斧、槍、盾、甲冑――

壁には完成した武具がずらりと並び、そのすべてが美しさと強さを兼ね備えた“戦う芸術品”だった。


「わあ……」


リリシャが思わず感嘆の声を漏らす。


「街の鍛冶屋さんとは、全然違う……」


「当然だ。ここは王国随一の工房。ドワーフ職人たちの矜持がすべて詰まっている」


トラバンは歩きながら、レオンハルトに問いかけた。


「さて、何を求める? 前と同じ“大剣”か?」


レオンハルトは少し考え、静かに頷く。


「……ああ。ただ、“壊れない”だけでは足りない。“俺自身”になってくれる剣が欲しい」


その答えに、トラバンはにやりと口元を吊り上げた。


「いい目をしてる。なら、見せてやろう。お前さんに相応しい鉄をな」


工房の奥、大熔炉の前に立つと、トラバンは職人たちに声をかける。


「おい、持ってこい! 例の“蒼鉄”だ!」


しばらくして、数人のドワーフが運んできたのは、鈍く青く輝く巨大な鉄塊だった。


「これは……」


レオンハルトが目を細める。


「ドワーフ王家に伝わる“蒼鉄鉱”だ。鍛えるには癖が強いが、仕上がりは最高級。“折れず、曲がらず、貫く”──お前の望む剣は、これでしか作れん」


トラバンはその青い鉄塊を叩き、にやりと笑った。


「運命だな、ルシアード。お前の剣は、ここで生まれる」


リリシャがそっとレオンハルトを見上げる。


「レオン様……!」


レオンハルトは静かに蒼鉄に手を伸ばし、拳を握った。


「……頼む。俺に、もう一度“振るうべき剣”を」


「任せろ。俺たちドワーフの誇りにかけて、必ずお前の剣を鍛えてみせる」


***


「さて――始めるぞ」


トラバンは手袋を嵌め直し、肩を回すと、二人に鋭い視線を向けた。


「見物はさせねぇぞ。お前たちも、鍛冶の“戦”に参加してもらう」


「俺たちが……?」


レオンハルトが目を細めると、リリシャはぱっと顔を輝かせた。


「わっ、本当に!? 鍛冶屋さんごっこじゃなくて、ちゃんと手伝えるの?」


「ごっこじゃねぇ。お前たち自身の剣を、お前たち自身の手で打つ。それがドワーフ流だ」


トラバンは熔炉の前に積まれた蒼鉄を指差す。


「これを叩き、鍛え、命を吹き込む。その過程で、この剣はお前たちの“覚悟”そのものになる」


リリシャは小さく息を呑み、レオンハルトは黙って頷いた。


「熔炉、全開! 火力を最大まで上げろ!」


トラバンの声が工房に響き、職人たちが一斉に動き出す。


***


「おい、リリシャ! 炭は均等に入れろ! 温度ムラが出るぞ!」


「は、はいっ!」


リリシャは汗だくになりながら、熔炉の側で炭をくべ続けていた。


慣れない手つきながらも、真剣な眼差しは職人たちの間でもひそかに評判になっていた。


一方、レオンハルトはトラバンの隣で、大槌を振るう。


「次はここだ。叩く角度、間違えるなよ」


「……了解」


赤く熔けた蒼鉄が取り出される。

レオンハルトは無駄のない動きで大槌を振り下ろし、鉄を伸ばし、形を整えていく。


一撃、また一撃。


静かな瞳の奥には、確かな決意の炎が宿っていた。


「ふむ……やるじゃねぇか、人間」


トラバンは感心したように唸る。


「おい、エルフ娘。お前も気を抜くな。冷却の準備だ」


「うん!」


リリシャは火ばさみを手に取り、打ち終えた蒼鉄を水槽へ運ぶ。


ジュウッと蒸気が立ち昇り、工房の空気が一瞬、白く霞む。


その瞬間、リリシャはふと水面に映る自分とレオンハルトの姿に目を留めた。


「……レオン様」


「どうした?」


「この剣、本当に私たちの手で作ってるんだね」


「ああ。だからこそ、“俺たちの剣”だ」


リリシャは小さく微笑み、火ばさみを握り直す。


「じゃあ私も、手を抜かない。レオン様が持つ剣なら、誰よりも強くなきゃダメだから」


「ふっ……頼む」


二人は再び、鍛冶作業に戻る。


昼夜を問わず、火花が舞い、汗と鉄の匂いが重なっていった。


***


数日後。


工房の奥、静かに置かれた一本の大剣。


青銀の刃は冴え渡り、刃紋には淡く脈打つ蒼き光。


「――完成だ」


トラバンは誇らしげに言い、レオンハルトにその大剣を差し出す。


「その剣の名は《蒼刃そうじん》」


レオンハルトは静かに剣を受け取り、軽く振るった。


手に吸い付くような重み。

まるで自らの意志を映したような、静かで鋭い佇まい。


リリシャは隣で目を輝かせた。


「すごい……! あのときの火花も、汗も、全部、この剣の中にあるんだね」


「この剣はお前たち自身だ。どんな敵が来ようと、もう折れやしねえ」


トラバンはにっと笑う。


「さあ、これで準備は整った」


レオンハルトは静かに、そして確かに頷いた。


「……ああ。この剣と共に、必ず」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ