第四章 第三節 漆黒の影、動く
薄闇に沈む地下聖堂の奥、静まり返った空間に、淡く青い魔法灯だけが揺れていた。
その中心、黒曜石の玉座に座す男——レイブン・ノクターンは、両の指を組み、まるで運命の糸を操るかのように沈黙を保っていた。
「……すべては、順調に運んでいる。ジークが開けた道は、無駄にはせん」
その言葉に応じて、玉座の傍らに膝をついたのは、一人の将軍。
漆黒の髪を束ね、鋭利な槍を背負う長身の戦士——
レイブン軍第一将、カイ・エンヴィラス。
“漆黒の槍王”の異名を持つその男は、余計な言葉を持たぬ武人であり、最も忠実な先鋒。
「グラン=ドラム方面への展開、すでに完了。前線拠点は制圧済み。補給線は隠密裏に確保。……あとは、号令を待つのみです」
「よい。お前の役割は“揺らす”こと。焦らせ、削り、恐怖を植えよ」
「……承知」
その背後に控えるのは、レイブンの本隊に所属する三人の将軍たち。
——酒気を帯びた声で、拳を打ち鳴らすのは、第二将 ボルグ・ザガン。
粗野な語り口と豪快な戦闘を得意とし、「戦場は拳で語る」が信条の猛将。
——静かに古書を閉じるのは、第三将 ジル・アマルガン。
七十を超える老練の将。百戦百勝の異名を持ち、知略においては誰もが一目を置く存在。
——そして、戦場に立つその姿は銀嶺のように美しくも激しい、第四将 リア=ヴァルティナ。
俊敏な騎兵戦術を得意とし、先陣を切る激情の若き女将である。
「……俺たちの出番も、もうすぐだな」
ボルグが骨太な腕を鳴らす。
「いずれにせよ、リィル=フェリアも、援軍を送る余裕など残されてはおらぬ」
ジルが静かに応じる。
「援軍は来ないわ。私たちの“姫”が、見事に種族の連携を断ち切ってくれたもの」
リアが口元を歪め、ラヴィーナの名を出さずとも、得意げに笑う。
ラヴィーナ——その名を持つ女は今や、六種族の間に深く“疑念”を植え込んでいた。
密約と偽情報、そしてささやかな“仕草”の一つ一つが、確かな綻びとなって表面化し始めている。
レイブンは静かに立ち上がった。
「……封印は、滅びるべくして存在している。そして、魔王が目覚める時、世界は正される」
その瞳に宿るのは、終わりではなく“始まり”を見据える者の視線。
「まずはグラン=ドラムだ。“破滅の檄”を送れ。守らせよ、抗わせよ。
そして、孤立と焦燥の中で、崩壊を味わわせるのだ」
「御意」
カイ・エンヴィラスが、深々と頭を垂れた。
そして、彼の横には、もう一つの影——
黒衣をまとい、無言で控える男がいた。
ジーク。
封印を破壊し、アシュランたちを震撼させた圧倒的な戦鬼。
レイブン軍本隊の将軍として、静かにその刃を研ぎ澄ましている。
「ジーク。お前には、次なる“確実なる一撃”を任せる」
「……命令、承った」
戦が始まる。
グラン=ドラムは今、黒き包囲の中で孤立しつつあった。
そして、遠き空の向こうで、それぞれの運命が交差しようとしていた。
——黒き戦の序曲は、今や確かな炎と化し、世界を焼き始めようとしている。




