第四章 第二節 鉄の玉座
ドワーフの王都・グラン=ドラム。
その中心、火山岩を削って築かれた王城の最奥――〈鉄玉座の間〉。
赤銅の灯火が燃え、鍛造の音が微かに響くその場は、まさしく“鉄と火”の国の象徴だった。
玉座に座すは、ドワーフ王グルド・スチールハンマー。
長く伸ばした赤銅色の髭を三つ編みに編み込み、分厚い胸板を鋼鉄の甲冑が覆う威風堂々たる戦士王。
「おお、来たか! よくぞ参ったな、レオンハルト・ルシアード殿!」
「神聖騎士団副団長、レオンハルト・ルシアード。謁見の栄、恐れ入ります」
レオンハルトは静かに膝を折る。
その隣では、一人、フードを深く被ったまま小さく頭を下げる少女の姿。
「……リリシャ・エルヴェリオです。よろしくお願いします」
しかしその姿に、玉座の側近、大臣バラグ・アイアンヘルムが怪訝そうに眉をひそめた。
「王の御前で、そのような覆面とは無礼ではないか。顔を見せぬ客人など、信用できぬ」
その言葉に、リリシャは困ったようにレオンハルトを見上げる。
レオンハルトは一瞬逡巡した後、静かに頷いた。
「……リリシャ、構わない。ここで隠す必要はない」
リリシャは小さく息を呑み、ゆっくりとフードを外した。
淡い金色の髪と、透き通る翠の瞳――
途端、玉座の間がざわつく。
「なっ……エルフ族だと……!?」
「何故この地にエルフが!」
「陛下の御前に、エルフを連れてくるとは──」
バラグ大臣は眉間に皺を寄せ、声を荒げた。
「ルシアード殿! 王命に応じて参じたことは評価しよう。しかし、なぜエルフを伴っているのだ!」
レオンハルトは一歩前へ出ると、断固とした声で告げた。
「彼女は我々の仲間です。封印防衛のため共に命を懸ける者に、出自は関係ないはずだ」
「ふん……」
険しい表情のまま、バラグ大臣が口を閉ざした。
一同がどよめく中、グルド王が重々しく口を開く。
「……やめよ」
その声だけで、臣下たちは口を閉ざす。
「確かに、我らドワーフとエルフは、長きにわたり睨み合い、争ってきた。文化も価値観も、根本から相容れぬ存在だ」
王はリリシャを見つめ、静かに言葉を続けた。
「だがな、それはただ“違っていた”というだけのこと。違いを恐れ、拒み続けてきたのは、我々自身だ」
リリシャは驚いたように目を見開く。
「リリシャ・エルヴェリオよ。我が国に来たその勇気、確かに受け取った」
グルド王は臣下たちに向き直り、声を強めた。
「王命を告げる。この者が我がグラン=ドラムに滞在する間、誰一人として無礼を働くことを許さん」
玉座の間に、ぴんと張り詰めた沈黙が流れる。
「そして、リリシャ・エルヴェリオ。そなたには頼みがある」
「……はい」
リリシャが小さく頷くと、王は静かに微笑んだ。
「この地で見たもの、感じたものを、その目に焼き付け、いつか故郷に戻ったとき、そなたの仲間たちに伝えてくれ。我らドワーフが、どのように生き、どのように戦ったのかを」
リリシャは少し目を潤ませ、小さく頭を下げた。
「……はい。必ず」
グルド王が玉座に深く座り直すと、レオンハルトに視線を戻した。
「さて……リリシャ嬢の件は、これで良いだろう。ルシアード殿、お前の話を聞こうか」
レオンハルトは深く一礼し、静かに口を開いた。
「はっ。まずはエルフの国リィル=フェリアで起きた、封印破壊事件の件についてご報告いたします」
レオンハルトは、一つ一つ、丁寧に語り始めた。
エルフの都で起きた暗黒の教団による心核の奪取事件、
そして、王宮の中で繰り広げられた壮絶な戦い。
最終的に、戦鬼ジーク・ブライトによって封印が破壊されたこと。
その戦いの中で、自らの大剣すらも打ち砕かれ、為す術なく敗北を喫したこと。
「……これが、封印破壊の顛末にございます」
語り終えたレオンハルトの声には、悔しさと無念が滲んでいた。
グルド王は目を閉じ、深く唸るように言った。
「そうか……リィル=フェリアの封印も、エリオス殿も……惜しい方を亡くした」
レオンハルトは続けた。
「この地に参ったのは、封印防衛のため。そしてもう一つ、個人的な目的もあります」
「ほう?」
「ジーク・ブライトとの戦いで、私の剣は粉々に砕かれました。その後、戦後処理の中で、トラバン・スチールクラフト殿より伺いました」
レオンハルトはしっかりと王を見据える。
「このグラン=ドラムには、ジークにも破壊されぬ強靭な武器が、無数に存在していると」
グルド王は目を細め、豪快に笑った。
「ふははは! さすがはトラバン。余計なことまで教えおって!」
だがその笑いの中に、誇りと確信が滲んでいた。
「だが確かにその通りだ。このグラン=ドラムは、戦と鍛冶の民。その血と技は、どんな刃よりも鋭く、どんな鋼よりも硬い」
王は玉座から立ち上がり、レオンハルトを見据える。
「まずは装備を整えよ、ルシアード殿。そのために、我が王宮直属の《赤鉄工房》を紹介しよう」
バラグ大臣も頷き、補足する。
「赤鉄工房は、王家直属の鍛冶場。特別な注文にも応えられる、我らが誇る技師たちが揃っております」
グルド王はレオンハルトに一歩近づき、声を低くした。
「己の剣を手にすること。それはお前自身を取り戻すことに他ならん。戦場で剣がなければ、策も覚悟も意味を持たん」
「……ありがたきお言葉」
レオンハルトは深く一礼する。
「そなたたちは、もはや客人ではない。この地を守るための仲間だ。まずは装備を万全にし、次に備えるがよい」
「承知しました」
「では、本日の謁見はこれにて終える。ルシアード殿、リリシャ嬢。ゆるりと工房を見て回るとよい」
王の言葉と共に、玉座の間には安堵の空気が流れた。
レオンハルトは振り返り、リリシャと視線を交わす。
「行こう、リリシャ」
「うん!」
二人は玉座の間を後にし、一歩を踏み出した。




