第一章 第二節 遺跡への道
王都アルディナスを発って二日目の夕刻。
アシュラン、レオンハルト、グレンの三人は、王都東方に広がる「深緑の森」の奥へと足を踏み入れていた。
「……空気が重いな」
レオンハルトが馬上から周囲を見回しながら呟く。灰色の瞳には、戦場のごとき鋭さが宿っていた。
「ほんとにな。鳥の声も虫の羽音もない……森が生きてねぇみたいだ」
グレンは鼻を鳴らしつつ、馬のたてがみに手をやる。
「昔通ったときは、もうちょっと騒がしかったろ? 魔物もちらほらいた気がするけどな」
「ああ。あのときはまだ封印が正常だったからな」
レオンハルトは頷いた。
封印、それは六種族がかつて共に魔王を封じた“要石”。
その一つが、この森の奥にあるオルデナ遺跡に存在している。
「封印が弱まってるって話、本当みたいだな」
グレンがちらりとアシュランに視線を投げる。
「なあアッシュ、今回の任務……お前はどう思ってる?」
「……母上は、“試練”だと言っていた」
アシュランは淡く答えた。視線の先には、森の奥深くが広がっている。
「つまり、“感応者”の力が必要というわけか」
レオンハルトが低く言う。
「感応者ってのはさ、ごく稀に現れる存在だ」
グレンが補足する。
「種族問わず現れるけど数は少ねぇ。感覚が異様に鋭くて、魔力や気配の察知に長けてる。人によっては特別な能力も持ってるが……」
「俺には、まだ“特別の能力”は目覚めていない」
アシュランは小さく苦笑を浮かべる。
「陛下が言うなら、いずれ目覚めるさ」
レオンハルトは即答する。
「だが、今はその鋭い“感”こそが頼りだ」
「ったく……王子と副団長に囲まれてると、気が抜けねえな」
グレンが軽口を叩き、アシュランの隣に馬を寄せる。
「お堅い騎士と王族、それに俺みたいな柄の悪い傭兵。まとまりがあるとは思えねえが……」
「でも、妙に息が合う」
アシュランは静かに笑う。
「俺は、二人の力が必要だと信じてる。誰がどこで生まれたかじゃなく、今は共に戦う仲間だ」
「……そういうとこだよ、お前」
グレンは呆れたように笑うが、その目は穏やかだった。
そんな和やかな雰囲気が、一瞬で凍りついた。
「止まれ」
レオンハルトが短く言い、馬の歩みを止めた。
風の音すらない。まるで森そのものが息を潜めているかのようだった。
「魔物も見当たらねぇ……だが、これは静かすぎる」
ガレンが顔をしかめる。
アシュランは、そっと目を閉じる。
意識を澄ませ、森に満ちる魔力の流れを感知する――それが、感応者としての彼の力だ。
(……感じる。確かに……“何か”がいる)
目を開いた彼の声が低く響いた。
「森の奥に、気配がある。姿は見えないが、確かに“何か”が潜んでる」
「魔物じゃないのか?」
レオンハルトが問いかける。
「……分からない。ただ、放っておけるような存在じゃない」
「じゃあ、どうする?」
ガレンが問いかけた。
「慎重に進もう。警戒を怠るな」
アシュランの声には迷いがなかった。
「了解」
レオンハルトが鞍から降り、背中の大剣を握る。
「……せっかくの旅が、どうせこうなるとは思ってたけどなぁ」
グレンはぼやきながらも、腰の双剣を抜いた。
三人は馬を木陰に繋ぎ、苔むした石畳の古道を、慎重に歩き始める。
時間が経つにつれて空気はさらに重くなり、木々の間から差し込む光もどこか不穏な翳りを帯びていた。
「アッシュ、もしも封印がもう壊れてたら……どうする?」
グレンの問いかけが、静けさの中に落ちた。
「封印が崩れれば、瘴気が溢れる。魔物が増えて、王都だけじゃなく、世界中が危機に陥る」
アシュランの声は静かだが、確かな強さを含んでいた。
「六つの封印が全て壊れたとき、魔王が蘇る……そうなったら、もう遅い」
アシュランが言葉を重ねた。
「……大陸中の命が、危険に晒される」
レオンハルトも続ける。
「ったく。どうして俺たちに、そんな大それた仕事が回ってくるんだろうな」
グレンは肩をすくめた。
「文句があるなら、帰っていいぞ?」
レオンハルトが真顔で返す。
「冗談だよ冗談。王子様の能力がなきゃ、俺たち迷子になっちまうだろうしな」
グレンはにやっと笑って拳を突き出す。
「……ありがとう」
アシュランは軽くその拳に応える。
そして森の奥に、不自然な空間が現れた。
崩れた石柱、苔に覆われた祭壇、漆黒の裂け目のような洞窟。
それこそが、オルデナ遺跡だった。
「……ここが、遺跡か」
アシュランが手をかざす。
空間の中心から、波打つような歪んだ魔力が漂ってくる。
「封印の力が……乱れてる」
彼は低く告げた。
「……間違いねえな」
グレンが双剣を構える。
「中に入ろう」
レオンハルトが進む。
三人は目配せを交わし、それぞれの持ち場を確認しながら、遺跡の中へと入っていく。
空は朱から群青へと変わり、夜の気配が森を包み込んでいた。




