第三章 第十一節 戦鬼と災厄の舞踏
アシュランの身体が疾風のように駆け、ジークへと迫る。
振るわれたその一撃は、もはや「剣技」と呼べるものではなかった。
それは、ただ「破壊」そのものだった。
「グオオオオオオアアアアッ!!」
喉を裂くような咆哮と共に、アシュランの剣が唸りを上げて振り下ろされる。
「──ッ!」
ジークは即座に覇断を振るい、受け止めた。
火花が散る。
広間の床石がその一撃で砕け、無数の亀裂が走る。
(……こいつ……この一撃、さっきまでとは別人だ)
アシュランの目は、赤く染まりきっていた。
もはや言葉も、理性もない。
あるのは、ただ――
目の前の敵を殺すという、剥き出しの本能のみ。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
アシュランは剣が弾かれると同時に、今度は身体ごとジークにぶつかる。
膂力と瘴気を纏った突進。
ジークの動きが遅れる。
覇断で押し返そうとする刹那、アシュランは地を這うように回り込み、死角から瘴気ごと拳を叩き込む。
「グッ……!!」
鈍い衝撃音とともに、ジークの巨体がわずかに揺らぐ。
「ガアッアアア!!」
アシュランは止まらない。
間髪入れず、剣を突き刺し、ジークの首筋を狙う。
ジークは覇断を旋回させ、その一撃を完璧なタイミングで弾いた。
火花が、爆ぜた。
ジークは覇断で斬撃を受け止めながら、口元に笑みを浮かべた。
「ふん……やっと、だな」
ジークは力強く踏み込み、アシュランを押し返すと、低く、呟いた。
「ここまで俺を動かした奴は、お前が初めてだ」
覇断を肩に担ぎ、ゆっくりと構え直す。
その目に、初めて宿ったのは──戦士の光。
「やっと本気を出せそうだ」
言葉と同時に、ジークの戦気が爆発する。
地が唸り、瓦礫が跳ね上がり、空気が震える。
アシュランは獣のように吠え、真っ直ぐジークに飛びかかる。
災厄と戦鬼、二つの怪物が真正面から激突した。
「グゥゥゥゥゥアアアアアアアア!!」
アシュランの拳がジークの側頭部を掠める。
覇断がすかさず振り抜かれ、アシュランの肩口を裂く。
しかし、止まらない。
アシュランは血飛沫を撒きながら、剣を振り下ろす。
ジークがそれを受け止め、膝をつく。
「アア……アアアアアアアアアアアアア!!」
アシュランの瘴気が、暴風のように広間を覆う。
ジークの戦気とぶつかり合い、空気そのものが軋んだ。
「いいぞ……もっと来い!」
ジークは笑う。
その口元には、久しく見せたことのない「楽しさ」が滲んでいた。
「《戦気掌握》──解放。」
ジークを中心に、怒涛の戦意が渦を巻き、瘴気すらも押し返す。
「アッ……!?」
アシュランの赤い瞳が、ほんの一瞬だけ揺らぐ。
だが、それすらも次の瞬間には獣のような咆哮とともにかき消された。
「グ……アッ……アアアアアアアアアッ!!」
ジークが覇断を天に掲げる。
「終わらせてやる。《奥義・断界》!!」
黒鋼の大太刀《覇断》の刃紋が、赤く脈動する。
その一振りが振り下ろされた瞬間、周囲の空間ごと裂けるような衝撃が走った。
大地が抉れ、空間が歪み、広間の床が爆発的に砕け散る。
対するアシュランは、剣に纏う瘴気を限界まで高め、正面から迎え撃った。
「アアアアアアアアアアアッ!!」
ギリギリと、刃同士がせめぎ合う中、アシュランの剣に走る亀裂。
次の瞬間、鋼が悲鳴を上げ、粉々に砕け散った。
砕けた破片が宙を舞い、アシュランの右目を掠める。
「──アガッ!!」
鋭い痛みと共に、視界が赤く染まった。
鮮血が頬を伝い、右目は閉ざされる。
それでも──
アシュランは砕けた剣の柄を握りしめ、なおもジークに飛びかかろうとする。
「グゥゥゥアアアアアアッ!!」
視界は歪み、身体は悲鳴を上げている。それでも止まらない。
その時──
アシュランの心に、微かに届く声があった。
『アシュラン……やめて』
その声に、アシュランの動きが止まる。
ジークの覇断が振り降ろされようとした瞬間──
「ジーク」
ラヴィーナの声が、広間に静かに響いた。
ジークは覇断を止め、アシュランを見下ろす。
アシュランの瞳から、狂気の赤が、静かに消え始めていた。
「もう十分よ」
ジークはゆっくりと、アシュランから視線を外した。
「……理由を」
低く絞り出すような声。
ラヴィーナは肩をすくめる。
「名推理へのご褒美よ。命くらい、残してあげてもいいでしょう?」
彼女は左手を持ち上げ、心核を指先で弄ぶ。
「それに──もう“目的”は果たされたもの」
そう言うと、ラヴィーナは心核を掲げ、漆黒の魔力を流し込む。
翠晶の心核は音を立てて、脆く、淡く砕け散った。
アシュランは、その場に膝をつき、荒い呼吸を繰り返す。右目からは血が滴り、視界は歪み、剣はもう折れていた。
「ジーク、仕上げをお願い」
その言葉に、ジークは無言で頷き、ゆっくりと歩みを進める。
彼が向かった先──
それは、広間の奥に鎮座する、封印の祭壇だった。
「...興が冷めたな」
ジークは小さく呟き、《覇断》を肩に担ぐと、躊躇いなく振り下ろした。
祭壇はあっけなく砕け散り、その中心に刻まれていた封印もまた、無惨に引き裂かれる。
広間に漂っていた魔力の流れが一瞬止まり、
そして、どこか遠くで何かが「砕ける音」が響いた。
エルフ族の封印が──今、完全に壊された。
アシュランは、その瞬間を見ていた。
動けず、声も出せず、ただ目の前で全てが失われていくのを。
ラヴィーナは静かに微笑み、アシュランの方へと視線を向けた。
「また会いましょう。次は、もっと楽しい舞台で」
その言葉と共に、ラヴィーナの姿が闇の中に溶けていく。
ジークもまた、最後に一度だけアシュランを振り返り──
静かに踵を返し、ラヴィーナの後を追った。
──残されたのは、崩れた広間と、倒れた仲間たち、
そして砕けた封印だけだった。




