第三章 第九節 戦鬼の襲来
「ご名答よ、レイ。私が……犯人よ」
広間に沈黙が落ちる中、ラヴィーナは漆黒の衣を翻し、ゆっくりと前へ歩み出る。その瞳は冷たい微笑みを湛えたまま、レイとアシュランを見つめていた。
「私はラヴィーナ。暗黒の教団の幹部、そして──あなたたちが追い求めてきたオルデナ遺跡、封印破壊の張本人よ」
ざわめく会場。エリオスは顔を強張らせ、ティリスが唇を震わせる。
ラヴィーナは手をひと振りすると、漆黒の魔力を纏わせ、ゆっくりと胸元から漆黒の宝珠──心核を取り出した。
「これが私たちの目的のひとつ。“エルフの封印”を守る翠晶の心核。これがある限り、封印は破られない。でも……」
彼女は指先でそれを弄ぶように掲げる。
「今、この瞬間から、それも終わりよ」
アシュランが一歩踏み出し、叫んだ。
「それを返せ、ラヴィーナ!」
その時──
天井が、音を立てて砕け散る。
漆黒の影が舞い降り、広間の床に重々しく着地した。
「遅れてすまない、ラヴィーナ」
ラヴィーナは満足げに微笑む。
「紹介するわ、皆さん。この男こそ、ヴォルカニアの封印を、たった一人で踏み破った強者……戦鬼ジーク・ブライトよ」
その言葉に、会場の空気が凍りついた。
ジークは無言のまま大太刀《覇断》を肩に担ぎ、静かにアシュランたちを見下ろす。
「さて……幕を開けましょうか。狂乱の舞台を」
エルフ護衛兵たちが剣を抜き、一斉にジークへと飛びかかる。
「囲め! 逃がすな!」
だが──
ジークの大太刀が一閃した。
重く、唸るような風音とともに振るわれたその一撃は、目に映らぬ速さで周囲を薙ぎ払う。
「──ッ!」
次の瞬間、護衛兵たちの半数が、その場に崩れ落ちた。
「な……!」
残された兵士たちの顔が青ざめる。
グレンとレオンハルトが前に出る。
「レオン! いくぞ!」
「ああ!」
ジークは無言のまま、ゆっくりと《覇断》を構え直す。
その隙を逃さず、グレンが地を蹴った。
「行くぜェ!!」
双剣の刃が閃き、斬撃が雨のようにジークへと降り注ぐ。だが、ジークはその巨体に似合わぬ速度で剣を振るい、一太刀ごとにグレンの刃を受け流す。
(くそっ、重い……!)
グレンは一瞬で間合いを離れ、手首のスリンガーから閃光弾を撃ち放った。
「目眩ましだ!」
白光が炸裂し、ジークの視界を覆う。
その隙にレオンハルトが魔法陣を展開。
「《氷縛鎖》──!」
氷の鎖が、ジークの両足を絡め取る。
「今だ、グレン!」
「おうよ!」
グレンはワイヤー付きナイフを放ち、ジークの腕に巻き付けた。
瞬時に自身の体をジークの死角へと引き寄せ、爆薬を取り出す。
「くらえッ!」
至近距離で爆薬をジークの脇腹に押し当て、起爆させる。
爆炎が広間を揺るがす。
だが──
煙の中から現れたジークの姿は、無傷だった。
「……嘘だろ」
グレンが呟いた瞬間、ジークの《覇断》が閃く。
「──遅い」
双剣が折れ、グレンの身体が吹き飛ぶ。
「ぐっ……!」
レオンハルトが駆け寄るが、壁に叩きつけられたグレンの身体は動かない。
「グレン!!」
レオンハルトの叫びが響く。
ジークは無言のまま、レオンハルトへと視線を向けた。
「……俺が相手だ」
レオンハルトは大剣を構え直し、水魔法で牽制をかける。
「《水弾》!」
幾つもの鋭い水弾がジークに向かって放たれる。
だが、すべてが《覇断》の一振りで弾き飛ばされた。
レオンハルトは距離を詰め、一気に大剣を振り下ろす。
剣と剣が激突し、重い衝撃が広間を揺らす。
「──まだだ!」
レオンハルトの周囲に、膨大な水魔力が渦巻く。
大剣が水の輝きを帯び、その刀身が蒼く発光した。
「《蒼刃裂破》──!!」
鍔迫り合いの状態で、大剣から放たれた水の刃が、
ジークに激突する。
轟音と共に衝撃波が広間を包み込む。
レオンハルトは荒い息を吐きながら、叫んだ。
「リリシャ! 今だ!」
「分かってる!」
リリシャが矢を番え、残った護衛兵たちに指示を飛ばす。
「一斉射撃! 撃て!」
護衛兵たちは瓦礫の陰から立ち上がり、矢を次々と射放つ。
リリシャも、二本、三本と同時に弓を引き絞り、煙の中へと放った。
矢の嵐が、爆煙を突き破り、標的へと降り注ぐ。
「これでどうだ……!」
誰もがそう願った、その瞬間。
ガラリ──と煙の向こうから、低く鈍い足音が響いた。
煙の帳がゆっくりと晴れ、そこに現れたのは、先程と変わらぬ無表情のジーク。
「少しはやるな」
ジークは矢を無造作に引き抜き、足元に投げ捨てた。
(これだけ攻撃をしても……!)
レオンハルトは膝をつきかけながら、悔しげに唇を噛む。
ジークは一歩踏み込み、《覇断》を振りかぶった。
「終わりだ」
その斬撃は、残っていたエルフ護衛兵を一瞬で薙ぎ倒し、リリシャへと迫る。
「リリシャ、下がれ!」
レオンハルトはリリシャを庇い、大剣を振るって防御する。
だが──
鈍い音とともに、レオンハルトの大剣が折れ、彼の身体が壁際まで吹き飛ばされた。
「くっ……!」
意識が遠のく中、レオンハルトの視界に映ったのは──
倒れ伏すグレン。
膝をつくリリシャ。
無惨に倒れた護衛兵たち。
「俺たちでは……」
意識が闇に沈む直前、レオンハルトは唇を噛み、悔しげに呟いた。
「敵わないのか……」
ジーク・ブライトの無慈悲な足音が、なおも広間に響き渡っていた。




