第三章 第八説 暴かれし仮面
夜──リィル=フェリア
私は寝台に腰を下ろし、手元の湯飲みに目を落とす。
護衛の兵が持ってきてくれた、温かい薬草茶。
一口すすると、ほんのり甘くて、身体がじんわり温まった。
(……はぁ。今日は本当に疲れた)
尋問を終えても、決定的な証拠は見つからず、皆の心も張り詰めたままだ。
明日も調査は続くだろう。
そう思いながら、もう一口、湯飲みに口をつけた──その時だった。
(……あれ?)
ふと、脳裏に蘇る光景。
──初めて、猫人族の補佐官、シェイラさんと話したあの夜。
彼女は微笑みながら、湯気の立つお茶を口にしていた。
(……猫人族は猫舌なのに?)
思わず、湯飲みを持つ手が止まった。
その夜の会話を思い返す。
違和感の小さな種が、静かに芽吹いていく。
さらに、昼間の尋問で視た彼女の“心”──
あの混乱の中、異様なほど静かで、冷たい心の動き。
あれは偶然じゃない。
きっと。
(……もしかして)
胸の奥がざわめいた。
私は立ち上がり、夜着のまま廊下へ出る。
このことを、誰かに伝えなければ。
足が自然と向かったのは──
「……アシュランさん」
彼の部屋の前。
深夜、こんな時間に女性が訪ねるなんて、普通はためらう。
でも、今はそれどころじゃない。
コン、コン。
少し間を置いて、戸が開く。
「……レイ? こんな夜更けに、どうした?」
アシュランさんは目を丸くし、少し頬が赤い。
(あ……やっぱり変に思われてる)
私は胸の前で両手を握りしめ、真剣な声で告げた。
「お話があります。……シェイラさんのことです」
アシュランさんは、一瞬困惑した顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。
「入ってくれ」
***
部屋の中。
私はアシュランさんの前で、思い切って口を開いた。
「アシュランさん……今日の尋問で視えた、シェイラさんの“心”。
あの人だけ、混乱の中で冷静すぎました。
それが、ずっと気になっていて……でも、決め手がなかったんです」
「……それで?」
「さっき、自分の部屋で温かいお茶を飲んだ時、ふと思い出しました。
初めて会った夜、あの人、湯気の立つお茶を平然と飲んでいました」
アシュランさんは、少し目を見開いた。
「猫人族は……」
「はい。猫舌のはずです。
なのに、あんなに熱いお茶を飲んでいた。それに、あの冷静さ。
きっと、あの人は……」
私は言葉を詰まらせた。
「……犯人なのかもしれません」
アシュランさんは腕を組み、しばらく沈黙した。
「……だが、状況証拠としては不自然だ。それだけでは決め手にはならない。決定的な根拠がなければ」
私は静かに頷いた。
「分かっています。なので……ひとつ、試したいことがあるんです」
「試す?」
「明日、エリオス様にお願いして、“とある仕掛け”を用意してもらいます。
それで、証明できるかもしれない」
アシュランさんは、しばらく私の目をじっと見つめ──やがて、小さく頷いた。
「分かった。明日、全員を集めよう」
私の胸に、静かに決意が灯った。
──必ず、あの人の仮面を引き剥がす。
***
翌日。
リィル=フェリアの広間。
来賓たち、エリオス様、アシュランさんたち、エルフの護衛、そしてリリシャさんも集まっている。
私はその中央に立ち、静かに息を整えた。
「皆さん、昨日までの捜査では決定的な証拠は見つかりませんでした。
ですが、私は気づいてしまいました。犯人に繋がる“違和感”に」
場にざわめきが走る。
私はシェイラさんを見据えた。
「シェイラさん。
あなたは初めてお会いしたとき、熱いお茶を飲んでいました」
シェイラさんは、あくまで微笑みながら頷く。
「ええ。それが何かしら?」
「猫人族は猫舌。熱いものは苦手なはずです。
それなのに、あなたは平然と飲んでいた」
ざわめきが強まる。
「さらに……私の共鳴視で視えたあなたの心。
あの暗闇の中で、誰もが動揺していたのに、あなた一人だけが異様なまでに冷静だった」
シェイラは静かに息を吸い込み、会場を見渡した。
「……けれど、それだけで犯人と決めつけるのは無理があるわ」
彼女は微かに微笑みながら、淡々と続ける。
「猫舌じゃない猫人族も、世の中にはいるでしょうし、私が極端に冷静なのだって、生まれつきの性格かもしれない。証拠としては、弱すぎるわね」
シェイラの瞳が、集まった者たち一人一人を見渡す。
その瞬間──
「……うっ」
ハーランさんが犬耳を押さえ、苦しそうに顔をしかめる。
来賓たちがざわめく中、シェイラさんは不思議そうに首をかしげた。
私は、そっと口元に微笑みを浮かべ、静かに告げた。
「今、この広間には、エリオス様にお願いして、特定の高周波を風魔法で流しています。
人間やドワーフ族には聞こえず、犬人族と猫人族だけに聞こえる音です」
私は、シェイラさんを見据える。
「なのに、あなたは……平然としていますね」
シェイラさんの目が細くなる。
アシュランさんが一歩踏み出し、続けた。
「つまり──あなたは猫人族ではない」
一瞬の静寂のあと、シェイラさんはふっと笑みを崩した。
「……やっぱり、気づいちゃったのね」
その声は、もうシェイラのものではなかった。
姿が揺らぎ、漆黒の衣に包まれた妖艶な女──
暗黒の教団の幹部、ラヴィーナが、そこにいた。
「ご名答よ、レイ。
私が……犯人よ」




