第三章 第七節 偽りの証拠
事情聴取を終え、静まり返った尋問室。
アシュランたちは互いに顔を見合わせ、重たい沈黙が流れていた。
最初に口を開いたのは、レオンハルトだった。
「……こうして全員の証言を聞いたが、全員“怪しい”な」
グレンが溜め息混じりに言葉を続ける。
「誰もが何かを抱えている。それは間違いない。
だが、決定的な証拠はひとつもねぇ」
アシュランは手元の記録書を閉じ、静かに呟く。
「トラバン殿はエルフとの価値観の違いを抱え、
シェイラ殿はあの混乱の中で異様に冷静だった。
ハーラン殿の胸には人間への強い憎しみがあり、
ティリス殿は最も犯行が可能な位置にいた。
……だが、誰ひとり、犯行を裏付ける決定的な証拠はない」
レイも小さく頷き、続ける。
「私の共鳴視でも……皆、それぞれに“違和感”や“闇”は見えましたが、
それが直接、心核強奪に繋がるものではありませんでした」
アシュランは深く息を吐き、仲間たちに視線を向けた。
「全員が全員、怪しい。
だが、現時点では誰か一人を特定することはできない。
今、我々が掴んでいるのは“違和感”の欠片だけだ」
レオンハルトが静かに呟く。
「その欠片をどう繋げるか……それが、これからの課題だな」
グレンは腕を組み、低く言った。
「奴らの仮面を引き剥がすまで、気は抜けねぇ」
アシュランは頷き、静かに言葉を締めくくった。
「真実は必ず、この中にある。
焦らず、一つずつ積み重ねていこう」
そのときだった。
──コン、コン。
議事堂がノックされ、一人のエルフ兵が入室する。
「アシュラン殿。至急お伝えしたいことがございます」
アシュランが顔を上げる。
「何かあったのか?」
兵は緊張した面持ちで続けた。
「はい……先ほど、ティリス殿の部屋で、闇魔法に用いられる魔導具が見つかりました」
その言葉に、アシュランたちは一瞬、息を呑む。
「……まさか、ティリスが?」
レオンハルトが低く呟く。
兵は頷き、続ける。
「現在、ティリス殿は拘束し、事情を聴取しております。
お越しいただけますか?」
アシュランたちは互いに目を交わし、静かに立ち上がった。
「……行こう」
アシュランは短く告げる。
「真実を、この目で確かめなくては」
***
リィル=フェリア、地下の一室。
尋問室に、ティリス・セレニアは静かに座っていた。
両手両足は拘束され、その表情には深い困惑と動揺が滲んでいる。
アシュランたちは部屋に入り、正面の席に着いた。
「ティリス殿」
アシュランは静かに口を開く。
「先ほど、あなたの部屋から、闇魔法に用いる魔導具が発見されました。
この件について、説明をいただけますか?」
ティリスは唇を噛みしめ、かすかに首を振った。
「……分かりません。
私は本当に、何もしらないのです」
「では、なぜあなたの部屋にそれが?」
レオンハルトが問いかける。
ティリスは俯き、両手を握りしめた。
「分かりません……。
私は封印を守る者であり、それを壊す理由など、どこにもない」
グレンが腕を組み、低く言う。
「言い訳のようにも聞こえるな。
だが、お前の部屋から“証拠”が出てきた以上、疑わざるを得ない」
アシュランはティリスをじっと見つめ、静かに告げる。
「ティリス殿。
もう一度、レイの“共鳴視”であなたの心を視させていただけますか?」
ティリスは驚いたように顔を上げる。
「……もちろん。
私に隠すことは、ありません」
レイは小さく頷き、ティリスの前に歩み寄った。
「失礼します」
そっとティリスの手に触れる。
──波紋が広がる。
闇に沈む封印の間。
そして、議事堂の一室。
ティリスの心にあったものは──
困惑、不安、そして強い動揺。
裏切りや悪意の影はどこにもない。
ただ、事態に翻弄され、信じていたものが崩れ去ることへの恐怖と混乱だけ。
レイはそっと手を離し、静かに息を吐く。
「……ティリス殿の心には、不安と動揺しかありません」
アシュランたちは顔を見合わせる。
(ティリス……本当に君なのか?)




