第三章 第六節 闇夜の尋問
リィル=フェリアの尋問室──
緊張した空気の中、簡素な石造りの部屋にアシュランたちは座していた。
アシュランは深く息を吐き、手元の記録用紙に目を落とす。
「では、最初の方をお呼びください」
扉が開き、無骨な風貌の男が入ってきた。
トラバン・スチールクラフト
ドワーフ族、グラン=ドラムの補佐官。
鍛え上げられた腕と、真っ直ぐな眼差しが印象的な男だ。
「ふん、こんな席は性に合わんが……お前さんが聞きたいなら、答えてやるさ」
トラバンは椅子に腰かけ、腕を組む。
アシュランが口を開く。
「トラバン殿。事件当時、封印の間で何をしていましたか?」
「秘宝の説明を聞いていた。闇が降りた瞬間は……目の前も何も見えず、ただ周囲の騒ぎが聞こえたな」
「その時、誰かの動きを感じましたか?」
トラバンは少し顎をさすり、記憶を探るように目を細めた。
「背後で誰かが走った気配はあったが、暗闇じゃ区別はつかん。」
アシュランはその証言を書き留めた後、ふと視線を上げる。
「トラバン殿。実は……昨夜の宴の席で、あなたがエルフ族に対して多少の不満を抱いている様子を感じていました」
トラバンの眉がわずかに動く。
「……エルフとドワーフは根本から価値観が違う。
エルフは自然と共に在り、大地や森を“守る”ことを誇りとしている。
一方で、ドワーフは大地を掘り、鉄と炎で“創る”ことに誇りを持つ種族だ」
トラバンは鼻を鳴らし、腕を組み直す。
「まぁ、あいつらとは物の見方が違うってことさ。
それが争いの種になることもあるがな」
そして、少し視線を伏せて付け加える。
「だが、だからと言って盗みや裏切りに走るつもりはねぇよ。
俺たちは同盟を結んだ仲間だ。
それに、もし俺が不満を爆発させるなら、こんな陰でコソコソしない。
堂々と拳で語るさ」
アシュランはその答えに頷いた。
「……ありがとうございます。ご協力、感謝します」
トラバンが立ち上がろうとしたその時、レイが静かに声をかけた。
「トラバンさん……一つ、お願いがあります」
「なんだ?」
「私の能力で、あなたの“記憶”を少しだけ読ませていただけませんか?
事件当時の記憶に、何か痕跡が残っているかもしれません」
トラバンは少し驚いたように眉を上げたが、すぐに肩をすくめる。
「俺の記憶なんざ、どうせ鉄と火花ばかりさ。好きにしろ」
レイは小さく頷き、彼の腕にそっと触れた。
──視界に波紋のような光が広がる。
流れ込んできたのは、封印の間での一瞬の記憶。
視界が真っ暗に閉ざされ、
周囲のざわめきと、鋼のような男の心に走る不安と困惑。
レイはそっと手を離し、目を伏せた。
「……ありがとうございます。
あなたの記憶からは、あの時の困惑と恐怖しか視えませんでした。
それ以外の意図は、一切感じません」
トラバンは鼻を鳴らした。
「そりゃそうだ。あの暗闇じゃ、誰だって怖気づくさ」
彼は立ち上がり、重い足取りで部屋を後にした。
***
続いて通されたのは──
シェイラ・ムーンフェリス。
猫人族、王族付き補佐官。
人懐こい微笑みを浮かべながら、軽やかに椅子へ腰を下ろした。
「さてさて、王子様に尋問されるなんて、光栄ね」
アシュランはその挑発的な言葉に動じず、淡々と問いかける。
「シェイラ殿、事件当時、封印の間で何をされていましたか?」
「皆と同じよ。ティリス様の説明を聞いていたわ。でも、突然あの闇魔法が発動して……驚いて思わず身を屈めちゃった」
「その際、何か異変や、周囲の動きを感じましたか?」
「正直、あの混乱の中じゃ誰がどう動いていたかなんて分からないわ」
その言葉に、レオンハルトが腕を組み、尋ねた。
「だが、猫人族は暗視能力に長けていると聞く。まったく何も見えなかったと?」
「ええ。闇魔法が作り出す暗闇は、“視覚”そのものを封じるもの。
夜目で見えるのは、あくまで月明かりや星の光がある夜のこと。
あの闇には、光も影も存在しなかった」
シェイラは肩をすくめる。
「だから私も、身を伏せて様子を窺うしかなかったわ」
「……ご協力、感謝します」
「お役に立てたなら光栄ね」
シェイラが立ち上がろうとしたその時、レイが静かに声をかけた。
「シェイラ殿……もしよろしければ、お願いがあります」
「ん? 何かしら?」
レイは少しだけ躊躇いながらも、真剣な瞳で彼女を見つめる。
「私の能力で、事件当時のあなたの記憶の残滓を視させていただけませんか?
もしかしたら、何か手がかりが残っているかもしれません」
シェイラは一瞬、ほんのわずかに微笑みを崩し──すぐにいつもの調子に戻した。
「ふふ……噂には聞いていたけれど、王子様の側近はなかなか大胆ね。
いいわ、どうぞ」
レイはそっと彼女の手に触れた。
──微かな波紋が広がり、レイの意識が沈み込んでいく。
映し出されたのは──
漆黒の闇。
視界を覆う完全な暗闇と、周囲のざわめき。
だが、その中で。
異様なまでに“冷静な心”だけが浮かび上がっていた。
レイの胸に、違和感がざらりと広がる。
──視界が戻る。
レイはそっと手を離し、アシュランたちの方を向く。
「……ありがとうございます。
あなたの記憶に、不審な行動はありませんでした」
***
次に呼ばれたのは──
ハーラン・フォングレイヴ
犬人族の魔導戦士。
無骨で威圧的な佇まいだが、その目は冷静で鋭い。
ハーランは無言で椅子に腰かけ、腕を組む。
アシュランは静かに口を開く。
「ハーラン殿。事件当時、封印の間でどのような行動を取っていましたか?」
「封印の間にて、周囲の警戒に努めていた。闇魔法が発動した瞬間、防御態勢を取った」
「周囲で何か異変を感じましたか?」
ハーランはわずかに目を細める。
「……気配を消して動く者が、一人いた。
あの混乱の中で妙に静かだった」
「誰か見当は?」
レオンハルトが問う。
「視認はできなかった。闇魔法による暗闇は、完全な遮断だった」
アシュランは、確認するように口を開く。
「先ほどシェイラ殿にも尋ねましたが……犬人族も夜目に優れると聞いています。
あの時、夜目で周囲を確認することはできなかったのですか?」
ハーランは即座に首を振った。
「無理だ。犬人族の夜目も猫人と同様に僅かな光がある場合に機能する。
あの場では、視覚そのものが封じられていた」
「……なるほど」
アシュランはその言葉を記録書に書き留めた。
「最後に、何か気づいたことがあればお聞かせください」
ハーランはしばし沈黙した後、低く告げる。
「誰かが、あの混乱を利用しようと“待ち構えて”いた。
その気配だけは、間違いない」
「……ご協力、感謝します」
ハーランが立ち上がろうとしたとき、レイが静かに口を開いた。
「ハーラン殿……お待ちください」
ハーランは目を細め、彼女を見やる。
「何だ?」
レイは少しだけ躊躇いながらも、真剣な眼差しで彼に告げる。
「私の能力で、事件当時のあなたの記憶の残滓を“視させて”いただけませんか?
微かな手がかりでも、あれば役立つかもしれません」
ハーランは数秒、無言でレイを見つめた後、腕を組み直す。
「……構わん」
レイは小さく頷き、そっとハーランの手に触れた。
──波紋が広がる。
流れ込んできたのは、封印の間での断片的な記憶。
完全な暗闇。
視覚を失い、周囲のざわめきと混乱の中、
ハーランの胸に広がっていた不安と動揺が、レイの心に染み渡る。
しかし──その奥。
闇の中で、彼の心に燃えるように滾っていたものがあった。
激しい怒り。
そして、人間に対する強い憎しみ。
怒りの矛先は、過去の記憶。
かつて犬人族が人間によって奴隷として扱われていた日々の、消えぬ傷。
彼自身は冷静を装っていたが、あの混乱の中で、
その憎しみの炎が一瞬、揺らぎとして噴き出していた。
レイはそっと手を離し、目を伏せた。
「……ありがとうございました。
あなたの記憶には、不審な行動はありませんでした」
ハーランは無言で立ち上がる。
「そうか。なら、他を探せ」
そう言って、無言のまま部屋を後にした。
***
最後に呼び出されたのは──
ティリス・セレニア
エルフ族の記録官。
端正な顔立ちと冷静な佇まいで、静かに部屋に入ってくる。
ティリスは椅子に腰を下ろし、アシュランたちに目を向けた。
「お手数をおかけします。必要なことでしたら、何なりとお尋ねください」
アシュランは軽く頷き、口を開く。
「ティリス殿。事件当時、封印の間でどのように行動されていましたか?」
「エルフ族の封印と《翠晶の心核》の説明を、皆さまにしておりました。
その最中、突然闇魔法が発動し……視界が奪われました」
アシュランは一度筆を止め、ティリスに目を向ける。
「ティリス殿。
あなたは事件当時、心核の最も近くにおり、説明を行っていたその瞬間に、闇が発動しました」
ティリスの表情がわずかに動く。
「また、昨夜の宴でも、あなたは封印と《翠晶の心核》に最も精通していることを自ら語っておられました」
ティリスは静かに頷く。
「ええ。それは事実です。私は長年、心核と封印の記録と研究を担ってきました」
アシュランは机上の記録書を閉じ、改めてティリスを見つめる。
「正直に申し上げます。
動機は見当たりませんが、実行できる能力という点では、ティリス殿、あなたが最も高い」
室内の空気がわずかに張り詰める。
アシュランは頷き、最後に口を開く。
「ご協力に感謝します。
……最後に、もう一つだけお願いがあります」
ティリスが顔を上げる。
「レイの能力で、事件当時のあなたの記憶の残滓を確認させていただきたいのです」
ティリスは一瞬、少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに頷いた。
「構いません。
私に隠すべきことはありませんので」
レイは小さく頭を下げ、そっとティリスの手に触れる。
──波紋が広がる。
視界に映るのは、あの封印の間。
闇魔法が発動した瞬間、視界が消え、
ティリスの胸に広がる強い“不安”と“動揺”。
焦り、困惑し、自分に何ができるのかも分からずに、
ただ目の前の事態に怯える──
その感情だけが、確かにレイの中に残った。
他の感情はなかった。
意図や企みの影は、一切存在しない。
レイはそっと手を離し、目を伏せた。
「……ありがとうございます。
ティリス殿の記憶からは、不安と動揺しか視えませんでした」
ティリスは静かに頷き、席を立つ。
「ご協力に感謝します」
アシュランがそう告げると、ティリスは一礼し、静かに部屋を後にした。
事情聴取を終え、議事堂の室内には静かな沈黙が戻っていた。




