第三章 第五節 暗闇の中の犯行
翌日、封印の祭壇には、エルフ族の長エリオス、各地から集まった来賓たちと、アシュラン一行の姿があった。
その周囲では、エルフの護衛兵たちが、厳重な警戒態勢を敷いている。その中には、エルフ族の戦士リリシャの姿もあった。
彼女は護衛兵たちと共に、祭壇の近くで周囲を見渡しながら、時折ラインハルトに熱い視線を向けていた。
ティリスが結界に指先をかざし、静かに語る。
「これがエルフ族の封印。そして精霊との契約により、封印を守護するために作られた秘宝……《翠晶の心核》です」
アシュランたちは真剣な眼差しで、輝く翠晶石と、精緻な結界の紋を見つめていた。
その時──
「……っ!」
突如、場の空気が歪んだ。
祭壇の上空に、禍々しい瘴気が渦巻き始める。
「闇魔法だ! 伏せろ!」
ラインハルトの鋭い声が響く。
次の瞬間、真っ黒な闇が、場を包み込んだ。
「……なっ、何も見えない!?」
来賓たちのざわめきと動揺が渦巻く中、誰かの足音が、混乱の中を駆ける。
アシュランは咄嗟に剣に手を伸ばし前に出ようとした──その瞬間。
「きゃっ……!」
誰かの体と衝突し、バランスを崩す。
とっさに伸ばした手が、何か柔らかいものに触れた。
「……へ?」
「アシュランさんっ!?どこ、触ってるんですか!」
レイの震えた声が闇の中に響く。
「う、うわっ!? す、すまんっ!!」
アシュランは慌てて手を離し、顔を真っ赤にしながら叫んだ。
闇の中で交錯する悲鳴と困惑。
だが、闇はわずか数秒しか続かなかった。
不意に空気が揺らぎ、闇が霧散する。
「あ……!」
闇が晴れた時、祭壇の中央にあったはずの《翠晶の心核》は、跡形もなく消えていた。
ティリスが息を呑む。
「う、嘘……まさか……」
グレンは周囲を見渡し、鋭く叫んだ。
「誰かが……この混乱の中で、心核を盗んだ!」
来賓たちの間に、恐怖と疑念のざわめきが走る。
その時、レイが周囲を見渡し、声を上げた。
「私たちの周囲はエルフの護衛兵に囲まれ、門は閉じられたまま。つまり、外に逃げた者はいない...つまり──」
アシュランがその言葉を継いだ。
「犯人は、この場にいる来賓の中にいるということか」
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リィル=フェリア、執務室。
エルフ族の長エリオスは、静かにアシュランたちを見つめていた。
「……封印の心核が奪われた件、我々エルフ族は速やかに事態の解明を求められている」
エリオスはその淡い碧眼を細め、低い声で続けた。
「事件発生直後、来賓者全員に身体検査と所持品の確認を行わせた。だが、心核を隠し持っている者はおらず、怪しい魔具や道具も見つからなかった」
アシュランたちは静かに表情を引き締める。
「犯人は、用意周到に混乱を引き起こし、秘宝は既にどこかに隠したか、あるいは共犯者が手を引いたか……」
エリオスは一度言葉を区切り、続けた。
「だが、来賓の中には他種族の賓客も多く、我々だけで尋問を行えば、偏った捜査と思われかねない。
そこで、中立であり、身元も確かな人間族の君たちに、この捜査を一任したい」
アシュランは一瞬驚きつつも、静かに問う。
「我々に、ですか?」
「君たちは事件当時、その場におり、全ての来賓の所在も把握している。
それに──」
エリオスはレイに目を向ける。
「君の持つ共鳴視の力があれば、犯人を特定できる可能性がある」
レイははっとして、肩をすくめた。
「私の力は……確かに、触れた相手の記憶の断片を視ることができます。
でも、視えるのは過去の“感情”や“断片的な映像”だけ。
犯人を即座に突き止められるとは限りません」
エリオスは頷いた。
「……そうか。しかし君たち四人は、六種族すべてに顔を知られ、誰よりも公平な視点を持っている。
それ以上に、“人”の動きや心に敏い君たちだからこそ、真実にたどり着けると私は確信している」
アシュランは少し俯き、レオンハルトとグレン、レイと視線を交わす。
レオンハルトが短く頷き、グレンは肩をすくめながらも同意の意を示した。
最後にアシュランは、レイに目を向けた。
レイは少し躊躇したが、静かにうなずく。
「……分かりました。私たちに、調査をお任せください」
エリオスは静かに微笑む。
「感謝する。
封印を守るため、真実を──暴き出してほしい」




