第三章 第四節 祝宴の影に潜むもの
賑やかな宴の中、アシュランたちは順に来賓たちと挨拶を交わしていた。
最初に声をかけてきたのは、編み込み髭を揺らしながら近づいてきた屈強なドワーフの補佐官、トラバン・スチールクラフトだった。
「おう、あんたがアシュラン王子か。聞いてるぞ、オルデナ遺跡の封印では随分と奔走してくれたそうじゃないか」
「恐縮です、トラバン殿。私たちも封印のために動いておりますが、各種族の協力があってこそ成り立っています」
アシュランが礼儀正しく応じると、トラバンは「おっと、堅苦しい挨拶はいい」と大きな手を振った。
「しかしまあ……エルフ族のやり方は、やっぱり性に合わんな」
「と言いますと?」
レオンハルトが尋ねると、トラバンは周囲を憚ることなく鼻を鳴らした。
「あんたらも見ただろう、《翠晶の心核》ってやつを。あんな煌びやかなもん、堂々と広間の中心に据えて、まるで『どうぞ狙ってください』って言ってるようなもんじゃねえか」
アシュランは思わず苦笑した。
「確かに……、封印の象徴として目立つように祀られていました」
「まったく理解できん。ドワーフなら、ミスリル製の分厚い金庫にでも閉じ込めて、三重四重の罠と鉄壁の守りを敷くってのによ」
トラバンは肩をすくめ、手にした酒杯を傾ける。
「奴らエルフは『精霊との契約』とか『大地の調和』とか、崇高なことばかり言ってるが……現実は、あんな目立つ場所に宝を晒して、守りは魔法任せ。俺にはどうにも危なっかしく見えて仕方がない」
「……そうですね。でも、それが彼らの信念なのでしょう」
アシュランが静かに返すと、トラバンはふんと鼻を鳴らした。
「信念は結構だが、信念だけじゃ戦は防げん」
そう言い残して、トラバンは不満げに杯を掲げ、そのまま人波に紛れて去っていった。
その背を見送ったあと、グレンがぽつりと呟いた。
「……エルフとは余程そりが合わないんだな、あの人」
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賓客たちとの挨拶回りの中、アシュランたちはドワーフ族の補佐官トラバン・スチールクラフトとの会話を終え、一息ついたところだった。
「こんばんは、王国の勇敢な方々。私、猫人族補佐官のシェイラ・ムーンフェリスと申します」
優雅な歩みで近づいてきたのは、猫人族の王族付き補佐官、シェイラ・ムーンフェリス。
彼女は優雅に一礼した後、アシュランたちに向き直る。
アシュランは一歩前に出て、恭しく一礼する。
「アシュラン・アルディナスです」
「そして、こちらは……」
アシュランが言いかけたとき、シェイラは微笑みを浮かべて、すでにその視線をレイに向けていた。
「レイさん、でしょう?」
その声はどこか嬉しそうで、猫のように好奇心を隠そうとしない。
「え……はい」
レイは少し驚いたように頷く。
シェイラはその反応に目を細め、さらに一歩近づく。
「お噂は、いろいろと耳にしておりますわ。封印の遺跡で、救出された少女。そして、特別な“力”を持つ方だと」
「……そんな、大したことは……」
レイが戸惑いがちに視線を逸らすと、シェイラは小さく笑った。
「ご謙遜を。あなたの存在が、今回のこの宴で一番の話題なのですよ?」
その言葉に、アシュランが少し眉をひそめる。
「お手柔らかに頼みます。彼女は客人であり、我々の仲間です」
「ええ、もちろん。それに——」
シェイラはレイに視線を戻し、ふっと声を潜めた。
「私は個人的に、とても興味があるんです。あなたの“能力”に」
レイは少し戸惑いながらも、小さく頷いた。
「……はい。お話できることがあれば」
シェイラは満足そうに微笑み、その金色の瞳を細めた。
「ええ、ぜひ。とくに……あなたの“共鳴視”が、どんな記憶を映し、どんな真実を暴くのか——とても、興味があるの」
シェイラは意味深な微笑みを浮かべ、湯気の出るカップにそっと口をつけた。
その様子を、レイはじっと見つめていた。
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宴も中盤に差し掛かり、楽団の奏でる弦の音が柔らかな空気を包み始める頃。
人々の談笑の輪がゆるやかに広がり、各地の賓客たちもそれぞれに交流を深めていた。
その一角。
犬人族の魔導戦士ハーラン・フォングレイヴと、エルフ族の記録官ティリス・セレニアが、同じ卓で静かに話していた。
「ハーラン殿。犬人族の地にある封印について、先日の六種族会談では言及がありませんでしたね。問題はないのですか?」
ハーランは少し眉を動かし、低く答える。
「……必要がないからだ。我らの封印は他と形式が異なる。我々は五百年ごとに封印を掛け直す慣わしがある。そして、つい三年前に最新の儀式を終えたばかりだ」
「五百年周期……!」
ティリスは小さく息を呑む。「それは驚きです。エルフの封印術でも百年単位が限度とされているというのに」
「我らの封印は、血と誓約によって織られる。犬人族全体の意志と、《癒しの泉》の魔力を結界に転写し、完成させるものだ。その性質ゆえ、如何なる手段をもってしても破ることはできん。向こう五百年は絶対の封印となる」
「なるほど……」ティリスは興味深げに目を細める。「それならば、暗黒の教団とやらがいかなる策を弄しようと、犬人族の封印は狙うだけ無駄、ということですね」
「その通りだ」
ハーランは淡々と答える。「奴らがどれほど策を巡らせようと、あの封印だけは崩せん」
ティリスは静かに微笑み、杯に口をつける。
そのとき、アシュランたちが静かに近づいてきた。
「失礼。少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
アシュランは丁寧に一礼し、名を名乗る。
「アシュラン・アルディナスです。王都より、封印と秘宝の調査のために参りました」
レオンハルトとグレンもそれに倣って軽く会釈し、レイはそっと控えめに頭を下げた。
ハーランが静かに目を細める。
「……人間族の王子か」
ティリスは穏やかに微笑みながら彼らを迎え入れた。
「これはご丁寧に。アシュラン殿、そして皆さま、ようこそリィル=フェリアへ」
「こちらこそ、歓迎いただき光栄です」
アシュランが返す。
グレンは小さく首を傾げてティリスに問いかけた。
「そちらは……エルフの賢者さんと犬人の将軍さんってところか?」
「いいえ。私はただの記録官に過ぎません」
ティリスは涼やかに微笑む。
「ティリス・セレニア。エルフの記録と歴史を預かる者です」
「ハーラン・フォングレイヴ。犬人族の魔導戦士だ」
ハーランは短く答えた。
「記録官……ってことは、封印のことにも詳しかったり?」
「もちろんです。記録に基づく限り、エルフ族の封印と秘宝《翠晶の心核》に関しては、私が最も情報を有しているかと」
レイが少し身を乗り出す。
「《翠晶の心核》……やはり、精霊との契約に関係しているものなのですね?」
ティリスはわずかに目を見開き、レイを見つめる。
「ええ、その通りです。“心核”は精霊と交わされた“誓い”を記憶する器でもあります。封印の安定と保全に、深く関わっています」
その答えに、アシュランたちは静かに頷いた。
「その《翠晶の心核》が今も無事であることを、我々自身の目で確かめたいと思っています」
アシュランが穏やかに言うと、ティリスも真剣な眼差しを向ける。
「分かりました。あなた方の真摯な姿勢、しかと見届けました。詳細はまた後日、ご案内いたしましょう」
宴のざわめきの中にあって、その場だけは静かで確かな情報が交わされていた。
そしてそれぞれの胸に、封印をめぐる運命が少しずつ重くのしかかっていくのだった──。




