第三章 第三節 集う賓客
王城リィル=フェリア・迎賓の間
宴はすでに始まり、会場には異国の装飾と精霊の光が灯され、幻想的な雰囲気が漂っていた。
各種族の使者たちが集い、華やかな音楽と静かな笑い声が交錯する中、扉が静かに開く。
そこに現れたのは──
月白の衣に身を包んだ、黒髪の少女。
月光のように淡く輝く白地に、若草色の刺繍があしらわれたドレス。
柔らかく揺れる裾、胸元の小さな花のブローチ。
まるで精霊が降り立ったかのような、凛として儚げな佇まい。
入場と同時に、会場の空気がわずかに変わった。
「……誰だ、あれ……?」
「まるで精霊の姫みたいだ」
ざわめく周囲の中──
アシュランたちは、声も出せずにその姿を見つめていた。
「……本当に、あれがレイか?」
レオンハルトが目を見開く。
「すっげぇ……ドレス着るとあんな感じになるんだな……」
グレンは思わず口を開けたまま。
アシュランはというと、完全に言葉を失っていた。
息を呑み、思わず胸の奥がざわつく。
そのとき、レイが三人の元へと歩み寄ってきた。
「……お待たせしました」
俯きがちに微笑むその姿は、どこか照れくさそうで、けれどどこか誇らしげでもあった。
「すごく……似合ってる」
アシュランが思わず言葉をこぼす。
「そ、そうだよな! 俺もさっきからそう思ってた!」
グレンも、慌てて言葉を繋ぐ。
「えへへ……ありがとうございます」
レイは小さく頭を下げ、微かに頬を染める。
その時──
後ろから元気な声が響く。
「でしょでしょ! すごく可愛いんだから!」
現れたのは、エルフの少女リリシャ。
にこにこと笑いながら、レイの腕を引く。
「この子、絶対このドレス似合うと思ったんだ! あたしの目に狂いはなかったね!」
リリシャはくるりとレイを回し、三人に紹介する。
「ねぇ、レイちゃん。この三人って、アシュランさんたちでしょ?」
「あ、はい……」
レイは頷く。
「こちらがアシュランさん。で、レオンハルトさんとグレンさん」
リリシャはレオンハルトに視線を向け──
途端に、顔を真っ赤に染めた。
「わ、わぁ……」
目を輝かせ、耳まで真っ赤になりながら、小声でレイに囁く。
「レオンハルトさん、めちゃくちゃカッコいい……!」
小さく呟いたあと、恥ずかしさに耐えきれず、思わずレイの背後に隠れる。
「え? リリシャさん?」
レイが振り返ると、リリシャは耳まで真っ赤になり、必死にレイの背に身を隠している。
「む、無理……正面からなんて見られないよぉ……!」
リリシャはそう言いながら、レイの肩越しにそっとレオンハルトの様子を伺う。
「え、ええと……」
レイは困ったように微笑みつつ、少し身をよじる。
その拍子に、リリシャの手がレイの肩を押してしまい──
「きゃっ!」
慣れないヒールを履いたレイの身体が、ぐらりと大きく傾いだ。
「レイ!」
即座にアシュランが手を伸ばし、レイの腕をしっかりと掴む。
その腕は驚くほど力強く、彼女を支え、倒れる寸前で引き寄せた。
――その瞬間。
(……本当に、綺麗だ)
レイの頭の中に、ふいに誰かの心が流れ込んできた。
驚きと、少しの戸惑い。そして、それ以上に強い、ひとつの想い。
(どうして今日は、こんなにも目が離せない……)
アシュランのものだと、すぐに分かった。
(……あ……これ……)
レイは一瞬、目を見開く。
(共鳴視……!)
無意識にアシュランの手に触れたことで、彼の“今の感情”が、まるで心に染み込むように伝わってきたのだ。
(こんな……私のことを、そんな風に……)
顔が一気に熱くなる。
アシュランの、素直な想いが、不意打ちのように胸に響いていた。
「無理はするな。今日は慣れないことばかりなんだから」
彼は何事もなかったかのように声をかけ、レイの手をそっと離した。
「……す、すみません」
レイは照れ隠しのようにうつむき、小さく頷いた。
だが胸の奥では、先ほどまでとは違う理由で、どきどきと高鳴っていた。
「っと、ごめん、レイさん!」
リリシャが慌てて顔を出し、謝る。
リリシャは謝りながら、視線をレオンハルトに戻しては、再びレイの背に隠れた。
「もう……リリシャさん、可愛いけど、困りますよ……」
レイは微苦笑しながらも、先ほど無意識に流れ込んできたアシュランの感情に、ひとりで赤面していた。
そんな様子に気づくことなく、アシュランはふっと柔らかく笑う。
「宴が始まるぞ。あんまり転ぶなよ」
その言葉に、レイは小さく頷きつつも、耳まで赤くなったままだった。
こうして、少し騒がしく、でもどこか温かな夜が、ゆっくりと始まっていく。
***
宴が始まってしばらく──
音楽が一度静まり、会場の中央に設えられた演壇に、司会がゆっくりと歩み出る。
彼は客人たちの視線が集まるのを待ち、深々と一礼した後、朗々とした声で宣言した。
「皆々様、本日の宴にお越しいただき、まことに光栄の至り。ここに、各種族よりお招きした賓客方を、改めてご紹介いたします」
静まり返った大広間に、司会の声がよく響く。
「まず──」
司会が巻物を広げ、一人目の名を読み上げる。
「鍛冶の王国、ドワーフ族より。王グルド・スチールハンマー陛下の補佐官にして、外交使節──
トラバン・スチールクラフト殿!」
大柄で頑健なドワーフの男が、堂々たる足取りで前へ進み出た。
赤銅色の髭を丁寧に結い、胸には王国の紋章入りのブローチ。
無骨な鎧姿でありながら、その立ち振る舞いには洗練された気品があった。
「続きまして──」
「俊敏と知恵の民、猫人族より。王族付き補佐官、
シェイラ・ムーンフェリス様」
舞うように前に進み出たのは、漆黒のドレスに身を包んだ、しなやかな女性。
その微笑みは優雅で、瞳の奥に何かを隠したような色を宿している。
「次に──」
「戦士の誇りを重んじる犬人族より。王族直属の魔導戦士──
ハーラン・フォングレイヴ殿!」
長身の犬人の男が、悠然と姿を現した。
灰色の毛並みに、鍛え上げられた身体。肩には王家の紋章入りのマントを掛け、腰には魔術符と剣を携えている。
その目は、周囲を警戒するように静かに光っていた。
「続きまして──」
「悠久の森に住まう叡智の民、エルフ族より。記録官にして、王族近侍──
ティリス・セレニア様」
静かに歩み出たのは、淡銀色の長髪を背に流したエルフの青年。
彼は整った顔立ちに柔和な微笑を浮かべ、手には記録用の細工本を抱えている。
その気配は柔らかいが、瞳の奥には揺るぎない知の光が宿っていた。
そして──
司会は最後の巻物を閉じ、朗々と宣言する。
「最後に、人間族代表として、王国アルディナスより──
第一王子アシュラン・アルディナス殿!」
アシュランが静かに一歩前へ出る。
「同じく、神聖騎士団副団長レオンハルト・アルディナス殿!」
レオンハルトが無言で続く。
「傭兵、グレン・ヴォルカニア殿!」
グレンが軽く片手を挙げ、周囲に微笑みを向けた。
「そして──レイ様!」
レイは、裾を摘み小さく会釈した。
その白いドレス姿はまるで森に舞い降りた月の精霊のように、大広間の注目を集める。
「以上をもちまして、本日の主賓ならびに来賓の皆々様のご紹介といたします」
司会が深く一礼し、再び楽の音が流れ始める。
その時、会場の空気がひときわ張り詰め、見えざる波紋が広がっていた。
まるで、宴の華やかさの裏で、何かが動き始めているかのように──。




