第三章 第二節 月白の衣
リィル=フェリアの朝。
霧が立ちこめる森の都に、陽光がやさしく差し込む。
その中心部──市場の通りでは、宴に向けて賑わいが増していた。
商人たちが鮮やかな布地や装飾品を並べ、エルフたちが整然と買い物に励む中──
レイは、ひとり立ち尽くしていた。
(……どうしよう。どこを回っても、ドレスがない……)
小さな荷物袋を胸に抱え、いくつもの店を巡っていた。
だが、彼女の体格に合うものは見つからず、予算に見合うものもなかった。
「うう、まさかエルフの国でドレス難民になるなんて……」
レイは草木の影に腰を下ろし、小さくため息をついた。
アシュランたちとともに招かれた歓迎の宴──
その場に相応しい服が必要だと聞き、彼女なりに精一杯準備をしていた。
だが、異国の風習もあり、戸惑いと焦りばかりが募っていく。
(私だって、ちゃんとした格好で臨みたいのに……)
そう思った瞬間だった。
「……何してんの、あんた?」
澄んだ声とともに、軽やかな足音が近づいてくる。
顔を上げると、そこには緑の外套をひるがえしたエルフの少女が立っていた。
「え……あなたは……」
「リリシャ。エルフ族の戦士よ」
彼女はにっと笑って胸を張った。
「って言っても、今は非番。たまたま通りかかっただけだけど」
「わ、私はレイ……えっと……」
「レイちゃん、ね。困ってる顔してたけど、どうしたの?」
「その……宴のために、ドレスを探してたんですけど……どうにも見つからなくて」
レイは困り果てた顔で、布袋を持ち上げてみせた。
「サイズが合わなかったり、高すぎたりで……ちょっと、諦めかけてました」
するとリリシャは、ぱちんと指を鳴らした。
「それなら、あたしに任せなさい!」
「えっ?」
「ちょうど知り合いの仕立屋さんがいるの。子供体型──じゃなくて、小柄な子向けのドレスもよく作ってる人!」
「い、今ちょっと子供体型って言いましたよね……?」
「んー? 気のせい気のせい!」
リリシャは明るく笑いながら、レイの手を取って立ち上がらせた。
「ほら、ぐずぐずしてたら日が暮れるよ。今から行こ!」
「えっ、ええ……!?」
レイは戸惑いながらも、その勢いに押されて立ち上がる。
「ありがとう、リリシャさん……!」
「礼はいいから、素敵なドレスにして、宴でびっくりさせてやろ?」
リリシャはレイにウインクしてみせる。
エルフの森に吹き抜ける風が、ふたりの笑顔を包んでいた。
その後──
レイはリリシャに手を引かれるまま、エルフの工房街の奥へと連れて行かれた。
「こっちこっち! あたしが知ってるお店、絶対いいから!」
月と花の模様が彫られた、小さな仕立て屋だった。
『銀糸の衣舗』
半ば諦め気味に扉を押してみると──
カラン、と澄んだ鈴の音が響き、ふんわりと草花の香りが漂ってきた。
「いらっしゃいませ」
奥から、優しげな老婦人が顔を出した。
「……ドレスを、探していて。宴があって……でも、あまり時間がなくて……」
レイが申し訳なさそうに事情を話すと、老婦人はふっと目を細め、奥へと手招きする。
「運命かもしれませんね。あなたに似合いそうな一着が、ちょうど……昨日、仕上がったばかりなんですよ」
そう言って、奥の棚から大切そうに取り出されたドレスは──
月光のように淡く輝く白地に、若草色の刺繍があしらわれ、胸元と裾にかけて繊細な花模様が描かれていた。
森の光と風を閉じ込めたかのような、柔らかく清らかなドレス。
「……すてき」
レイは思わず声に出していた。
「ね、これにしなよ! 絶対、似合うと思うよ!」
リリシャがにこにこしながら言う。
胸がきゅっとなる。
一目で、これは自分のために用意されていたのだと、根拠もなくそう思えた。
「着てみるかい?」
老婦人の言葉に、小さく頷き、控え室で袖を通す。」
鏡の中に映る自分を見て、レイはゆっくりと深呼吸した。
(……私も、こうして誰かの隣に立てるかな)
そう思ったとき、少しだけ、胸の奥が温かくなる。
試着室から出ると、リリシャが感嘆の声を上げた。
「うわぁ……レイ、本当に綺麗! さっきまでとは別人みたい!」
「ありがとう、リリシャさん。これに、します」
レイは微笑んで、そう告げた。
「いい夜になりますように」
仕立て屋の娘が、そっとレイの手を取って言った。
こうして、レイは自分の足で選んだ装いを手にし、少しだけ自信を携えて店を後にした──




