第二章 第七節 迫る影と割れる判断
王城アルディナス・謁見の間
未明の空がようやく白み始める頃。
女王イザベル・アルディナスは、すでに王座へと腰掛けていた。
王城に緊急招集の鐘が鳴り響き、神聖騎士団の幹部や使者たちが慌ただしく走り回っている。
その中、アシュラン、レオンハルト、グレン、そしてレイの四人も、既に整った装束で女王の前に並んでいた。
「……ヴォルカニアより、急報が入りました」
側近が持参した封筒をイザベルへ差し出す。
彼女は封を切り、目を走らせると、表情をさらに引き締めた。
「……やはり、間違いありませでした」
イザベルは手にした報告書を机に置き、静かに告げた。
「ヴォルカニアの『焔の祠』。封印が破壊されたと、正式な報せが届いたわ」
「……っ!」
レオンハルトが拳を握りしめる。
「報告によれば、封印の警備隊は全滅。戦死者、約一千」
「一千……!?」
グレンが目を見開く。
「封印の祠には、ヴォルカニアが誇る精鋭が配置されていたはず……」
「その全てが、たった一人の襲撃者によって壊滅させられたと書かれている」
イザベルの声は静かだったが、内心の怒りと動揺は隠せなかった。
「一人で、一千……」
レイが息を呑む。
「それだけじゃないわ」
イザベルは報告書を指先で叩きながら言葉を続けた。
「ヴォルカニア軍の中には、“英雄”と謳われた戦士がいた。『焔斧のギルダーク』」
「ギルダーク……!」
グレンが驚きに目を見開く。
「まさか、あのオッサンまで……?」
「彼も、一太刀で斬られたとある」
イザベルの声には、抑えようのない重みがあった。
謁見の間に、沈黙が落ちる。
「……これで、封印は二つ目」
アシュランが静かに言う。
「次はどこを狙うか、時間の問題だ」
イザベルは椅子から立ち上がり、四人を見据える。
「各国の大使には、改めて封印防衛の強化を要請するわ。
同時に、我が王国も動き出す」
彼女の目は強い光を湛えていた。
「アシュラン、レオンハルト、グレン、レイ。
あなた達は中心となって動いてもらいます。
このまま奴らの好きにはさせない」
四人は迷いなく頭を下げた。
「了解しました」
イザベルは深く頷き、最後にレイへと目を向けた。
「それと、レイ。今度は“予兆”を感じたら、すぐ私に知らせてちょうだい。
あの夜のように、無理して駆け出さずにね?」
「……はい」
レイは照れくさそうに頷く。
「その代わり、必ず教えて。あなたの力は、今やこの王国にとって必要不可欠なのだから」
その言葉に、レイはそっと唇を噛み、目を伏せた。
(私にできることがあるのなら……)
その想いを胸に、少女は再び顔を上げた。
そして、世界はまたひとつ、崩壊の淵へと近づいていく。
***
王城アルディナス・作戦会議室
翌日。
重厚な扉が静かに開かれ、イザベルとアシュランたち四人が会議室に入る。
既に室内には、封印調査を担当する神聖騎士団の高官たちが集まり、緊迫した空気が漂っていた。
「皆、集まってくれてありがとう」
イザベルは席につくと同時に、静かに口を開く。
「結論から言います。次に狙われる封印は、エルフ族の国に存在する“翠光の封印”。
最新の報告で、周囲の魔力流に異常な揺らぎが確認されました」
その言葉に、アシュランたちの表情が引き締まる。
「エルフの国……」
アシュランが小さく呟いた。
グレンは腕を組み、ため息混じりに呟いた。
「また面倒な相手だな。エルフってのは、他種族を信用してねぇ連中だからな」
レイが眉をひそめて問う。
「封印周辺には、すでに警備が?」
「ええ。エリオス・フェンリルからも連絡があった。封印の森周辺の警備を二倍に増員したそうよ」
イザベルは頷き、アシュランたちを見渡す。
「ですが、それでも不十分。
前回、ヴォルカニアの封印は千の兵をもってしても破られた。
エルフの森も同じ運命を辿る可能性が高い」
彼女の視線が、真っ直ぐアシュランに注がれる。
「だから、あなたたち四人にエルフの国へ向かってもらう」
イザベルは一度視線を伏せ、ため息をつくと、言いにくそうに口を開いた。
「本来であれば、私としても大規模な援軍を派遣したい。万が一の事態に備えて、エルフの森に軍を送るべきだと、心の底では思っている」
彼女はゆっくりと顔を上げ、真剣な眼差しでアシュランたちを見つめた。
「でも、それはできない」
「……なぜですか?」
レイが首をかしげる。
イザベルは苦々しく唇を噛み、静かに答えた。
「エルフの国は、他種族の軍隊が領土に踏み込むことを極度に警戒している。たとえ援軍だとしても、大軍を送り込めば“侵略の意図あり”と受け取られかねない。六種族の均衡を保つためにも、余計な火種は作れないのよ」
その時、グレンが勢いよく椅子を蹴って立ち上がった。
「チッ……外交だの摩擦だの、そんなもん言ってる場合かよ!」
拳を机に叩きつけ、苛立ちを露わにする。
「封印が狙われてるんだぞ? エルフがどう思おうが、奴らの森がどうだろうが、封印が破られたら全部終わりだ!」
イザベルは黙ってグレンを見つめていた。
「もし俺が王だったら、迷わず軍を送ってる! 必要ならこの城の騎士団全部でも送り込んでやる!」
その言葉に、レオンハルトが「グレン……」と宥めかけたが、イザベルがそれを制した。
「……分かってるわ、グレン。あなたの言うことは正しい。私だって、本音を言えば同じことをしたい」
彼女は静かに微笑む。
だがその瞳は、王としての覚悟と現実を映していた。
「でも、今は種族同士の均衡があまりにも危うい。軍を動かせば、封印より前に、別の戦争が起きかねない」
アシュランがゆっくりと口を開いた。
「だから、俺たちだけが行く。現地で封印を守り、必要なら戦い、状況を見極めて、確かな証拠を持ち帰る。それしかないんですね?」
イザベルは静かに頷く。
「ごめんなさい。あなたたちにまた、危険な役割を背負わせてしまう。でも……」
彼女はアシュラン、レオンハルト、グレン、レイを見渡し、はっきりと告げた。
「私が心から信じて託せるのは、あなたち四人だけだから」
グレンはしばし黙っていたが、やがて肩をすくめ、ため息混じりに言った。
「……分かったよ。王様がそこまで言うなら、俺も従うさ」
「では、俺たちは準備に入ります」
アシュランが静かに言い、全員が立ち上がる。
彼らの覚悟は、既に定まっていた。
大陸の均衡が、また一歩、崩れようとしていた。
彼らはその奔流の中へと、自ら足を踏み入れる。
次なる戦場——エルフの森へ。




