第二章 第六節 響く悪夢
王都アルディナスは月の光に包まれていた。
城壁の外では、街の明かりも消え、ただ遠く風が石畳を撫でる音だけが響く。
そんな夜半、王城の一角にある客間──そこに、かすかなうなり声が漏れていた。
「……っ、は……」
アシュランは、寝台の上で額に汗を浮かべ、身じろぎしていた。
夢の中で、何かを見ていた。
無数の断末魔が、赤黒い残滓となって広がっていくのが見えた。
無慈悲な斬撃、無数の命の消失、英雄の首が、宙を舞う光景。
そして、封印が──砕け散る音。
「──っ、あああッ!!」
彼は荒く息をつき、目を見開いた。
同時刻──
別の部屋。
「……っ、はぁ……はぁ……」
レイもまた、寝台の上で目を覚ましていた。
胸元に手をあて、乱れる息を整えようと必死だった。
「これって……」
彼女の蒼い瞳には、恐怖と、得体の知れない焦燥が映っている。
「……アシュランさん」
彼女は寝間着のまま、部屋を飛び出した。
***
廊下の先、足音が二つ。
「……レイ?」
「アシュランさん!」
二人は、ほとんど同時に互いの名を呼んだ。
「……感じたか?」
アシュランが問いかけると、レイは小さく頷いた。
その顔色は青白く、額にはまだ汗がにじんでいる。
「嫌な気配が……胸が潰れそうなくらいの……」
「……ああ。俺もだ」
アシュランは、壁にもたれかかるようにして息を整えながら言った。
「さっきまで……まるで自分が、あの場にいるみたいだった」
「…… 無数の命の消失と……封印が砕ける光景……」
レイの呟きに、アシュランはゆっくりと頷く。
「間違いない。これは、俺たちが感じ取った“現実”だ」
二人の感応者の力は、ただの夢などではあり得ない。
世界の“傷”が、彼らにその痛みを知らせている。
「……すぐに、母上に伝えよう!」
アシュランは即座に踵を返し、2人は駆け出した。
感応者の力が告げている。
封印が破られた。
そして、それは――
新たな戦乱の幕開けに過ぎない。
***
王城アルディナス・女王寝室前
静まり返った深夜の回廊。
月明かりが差し込む中、王城の警備兵たちは沈黙のまま立ち、女王の私室前を固く守っていた。
そのとき、足音が駆け寄る。
「……アシュラン様!? それにレイ様まで……」
二人の気配を察知した兵士が目を見開き、慌てて姿勢を正す。
「異常事態だ。すぐに通せ」
アシュランの低い声と、レイの不安げな表情。
兵士たちは互いに一瞬目を交わすと、即座に道を開いた。
「はっ! どうぞ、お通りください!」
アシュランはレイを促し、女王の寝室の扉の前へと立つ。
迷うことなく、扉を強く叩いた。
「母上、起きてください! 緊急事態です!」
その叩きつけるような声に、寝室の奥から微かな物音が聞こえる。
やがて、扉が開いた。
「アシュラン……? こんな夜中に……何かあったの?」
その瞬間、イザベルの瞳が鋭く細められる。
2人の様子から、ただ事ではないと直感が働いたのだ。
「中へ入りなさい」
扉を開け放ち、二人を寝室へ招き入れる。
イザベルはすぐに扉を閉め、警備の兵士たちに向かって静かに指示した。
「この間、誰も入れるな」
「はっ!」
そして、改めてアシュランたちに向き直る。
「それで……何があったの?」
その瞬間──
「あ……」
イザベルの視線が、レイの方で止まる。
「レイ。あなた……その格好……」
レイはきょとんとした後、自分の姿に気づいた。
「……えっ!? 」
薄手の寝間着姿。
急いで部屋を飛び出したせいで、そのまま来てしまったのだった。
「きゃ、きゃああああ!!」
レイはとっさに両腕で胸元と裾を押さえ、真っ赤な顔でアシュランの後ろに隠れる。
「い、いけません! 見ないでくださいっ!!」
「お、おい、俺のせいか!?」
アシュランは慌てて視線を逸らし、後ろ手に回る。
イザベルはため息をつき、微かに微笑んだ。
「落ち着いて。ほら、これを」
そう言って、自分が羽織っていた薄い外套をレイの肩に掛けてやる。
「これで少しは隠れるわ」
「す、すみません……」
レイは顔を真っ赤にしながら外套をぎゅっと掴み、アシュランから距離を取った。
イザベルはもう一度ため息をつきながら、椅子に腰を下ろす。
「さて、落ち着いたところで。改めて……何が起きたの?」
アシュランは一度深呼吸し、真剣な眼差しでイザベルを見据えた。
「先ほど、私とレイ……二人同時に“感応”しました」
「封印が……砕ける感覚。そして、夥しい命が消える気配」
レイも静かに続ける。
イザベルの瞳が鋭くなる。
「……場所は?」
「ヴォルカニアの封印です。間違いありません」
「……また、封印が」
イザベルは静かに目を伏せる。
その表情には、女王としての覚悟と、母としての憂いが滲んでいた。
「わかったわ。詳細はすぐにまとめて。すぐに六種族の大使たちにも知らせる必要があるわ」
そして、少しだけ柔らかな声で付け加えた。
「それにしても……レイ。次は寝巻きのまま駆け出さないようにね」
「~~っ! そこはもう忘れてください……!」
レイは羽織に顔を埋めるようにして俯いた。
そんな彼女を、イザベルもアシュランも、どこか微笑ましげに見守っていた。




