第二節 第五章 黒き刃、戦士の国に舞う
ヴォルカニア──
断崖と火山に囲まれた、戦士の国。
そこは、六種族随一の猛者たちが集い、歴戦の戦士たちが鍛え上げられる武の国。
そして、その最奥に、誰も近寄ることを許されぬ場所があった。
「焔の祠」と呼ばれる古の封印。
千年前、大戦の焔とともに封じられた、世界の均衡を保つ要のひとつ。
その封印を護るため、王国は一千名の精鋭を配していた。
重装歩兵、騎兵、槍兵、弓兵──いずれも戦場で名を馳せた者たち。
その中には、ヴォルカニアの英雄と謳われた男の姿もあった。
「焔斧のギルダーク」
火山のごとき闘志と、鋼鉄の肉体を持つ大戦士。
かつて一人で五百の軍勢を退けた、ヴォルカニアの“英雄”である。
夜闇の中、ひとつの影が音もなく進む。
ジーク・ブライト
暗黒の教団が誇る、最強の刺客。
戦場において、彼を目にした者で生き残った者は、誰一人として存在しない。
彼の背にあるのは、常識ではあり得ぬ巨大な刀。
《無双大太刀・覇断》
刃渡り二メートル超。
漆黒の鋼で鍛えられ、刃紋は赤く滲むように光る。
通常時は重量が封印されており、ジーク以外が持てばその重さに押し潰される。
奥義「断界解放」は大地ごと断つ一撃を放つ。
さらに、彼はただの剣士ではない。
感応者──
その特異な能力は、戦場そのものを力に変える《戦気掌握》。
戦場に渦巻く殺気、闘気、怒気──
あらゆる「戦意」を吸収し、自らの力に変える異能。
戦場が混乱し、敵味方問わず戦意が高まるほど、彼の身体能力・斬撃速度・耐久力は飛躍的に増幅する。
「……目標地点に到達した」
ジークは呟き、大太刀の柄に手をかけた。
その瞬間──
「侵入者発見!!」
「全軍、迎撃態勢!!」
封印を守る兵士たちが一斉に吼え、戦場が覚醒する。
数百の槍が一斉に突き出され、
弓兵の矢が夜空を覆い尽くし、
重装の騎兵が地響きを立てて突撃を開始する。
その光景は、まさに一国の軍勢そのものだった。
「囲め! この男一人に崩されるな!」
ギルダークが咆哮する。
その声は戦場を震わせ、兵士たちの士気を高めた。
だが──
「……無駄だ」
ジークは一歩、地を蹴った。
その瞬間、世界が歪んだ。
彼の動きは、風すら追いつけない。
一閃。
前衛の重装騎兵二十名が、騎乗していた馬ごと両断され、地に崩れ落ちる。
斬撃の余波だけで、背後の兵が吹き飛び、地面に転がった。
矢が降り注ぐ。
だが彼は止まらない。
斬撃を振るうたび、矢は衝撃波で弾き返され、放った弓兵たち自身を貫く。
その光景を見た兵士たちが絶望の声を上げる。
「ば、馬鹿な……あんな超剣、振れるわけが……!」
「いや、それ以前に……人間の動きじゃねぇ!!」
騎兵隊が突撃する。
その圧倒的な質量がジークを押し潰さんと迫る。
だが──
「散れ」
ジークが一言呟き、《覇断》を大地に叩きつけた。
瞬間、大地が割れた。
噴き上がる爆風と衝撃波が騎兵を吹き飛ばし、馬もろとも宙を舞わせる。
まるで火山の噴火のように。
戦場全体に戦意と殺気が渦巻くたび、ジークの身体から凄まじい戦気が噴き出す。
《戦気掌握》がその力を吸収し、彼をさらに怪物へと変えていく。
「この程度か……」
彼はつぶやきながら、なおも歩みを止めない。
──そして。
戦場の中央、ギルダークが立ちはだかった。
身の丈二メートルを超える巨躯。
焔のように赤く染めた髪。
片手に携えた、大戦斧《焔裂》。
「貴様……ここまで暴れ回ってくれたな」
ギルダークの声は低く唸り、地鳴りのように響く。
「俺の名を聞いてなお、進もうというのなら……」
戦斧が構えられる。
「ここで終わりだ、刺客風情!」
ジークは一言も返さない。
静かに、《無双大太刀・覇断》を構えた。
ギルダークが地を蹴った。
その質量が地を割り、全力の斧撃が振り下ろされる。
だが──
ジークの姿は、すでにその背後にあった。
「──遅い」
ギルダークの身体が、肩から腰まで、音もなく割れる。
遅れて、斧ごと真っ二つに崩れ落ちた。
戦場が、沈黙した。
ヴォルカニアの英雄が、一太刀で、抵抗すら許されずに敗れ去った瞬間だった。
残る兵士たちの顔に浮かぶのは、恐怖と絶望だけ。
勇猛なヴォルカニアの戦士たちが、戦う意思を失い始めていた。
「まだ……終わりではない」
ジークの声が、冷たく響く。
そこからは、虐殺だった。
《戦気掌握》が、恐怖と怒りに燃える兵たちの戦意すら飲み込み、
ジークの動きはさらに速く、鋭く、重くなっていく。
残された兵たちは、次々と斬り伏せられ。
どんな武器も、盾も、彼の大太刀を防げず。
最期まで、誰一人、彼に一撃すら与えることは叶わなかった。
戦場が静まり返った時──
千人の兵は、誰一人として立っていなかった。
ジークは無傷。
息も乱さず、祠の前に立っていた。
「……破壊対象、確認」
次の瞬間、彼はゆっくりと構えを取った。
「──《奥義・断界》」
刀身に封じられていた重量と闘気が、一気に解放される。
周囲の地形ごと、一刀両断。
封印の石板は、音もなく粉砕され、
黒紫の瘴気が天へと昇り、大地が軋む。
「任務、完了だ」
ジークは背を向け、崩れゆく祠を後にする。
夜風に乗せて、誰にともなく囁いた。
「……ラヴィーナ。お前のためなら、何度でも地獄を歩こう」
その声は、夜の闇へと溶けていった。




