第二章 第四節 水面下の綻び
王城アルディナス・女王執務室
朝日が差し込む窓辺に、熱い香茶の湯気が静かに立ち上っていた。
執務室には、イザベル、アシュラン、レオンハルト、グレン、レイの五人が集まっている。
「さて……まずは、ここまでの状況を整理しましょう」
イザベルは湯飲みを机に置き、視線を全員に向けた。謁見の間で見せる冷厳な女王ではなく、母のような穏やかな声音。
「六種族会談から、数週間。各国の調査報告は、ようやく一通り揃いました」
アシュランが小さく頷く。
「各国とも、自国の封印に異常は見つかっていません。監視体制も強化され、封印周辺は警備の手を緩めていないとのことです」
「瘴気の発生も、今のところ報告されていない」
レオンハルトが補足する。
「ただし……国境付近では、あちこちで小競り合いが起きているようです」
アシュランが静かに付け加えた。
「……争い、ですか?」
レイが小首をかしげる。
「ああ」
アシュランが頷いた。
「六種族の連携なんて、建前に過ぎないところもある。実際、国境付近ではもう衝突が起きている」
「エルフ族とドワーフ族のことか...」
レオンハルトがため息混じりに言う。
「昔から仲が悪いんだよ、あの二つは」
グレンが肩を竦める。
「エルフは自然を崇め、大地を“守る”ことを是とする種族。ドワーフは逆に、大地を掘り起こし、鉄を取り出し、文明を築くことに誇りを持ってる。根っこから価値観が正反対なんだ」
「……森を守る者と、大地を削る者。それでは、争いも絶えませんね」
レイは少し寂しそうに呟く。
「それだけじゃないさ」
アシュランは少しだけ声を落とす。
「犬人族も、人間族への不信を完全に捨てきれていない」
「……昔、人間に奴隷として扱われていた過去のことですね」
レイが静かに言う。
「先代の女王の時代まで続いていたんだ。犬人たちは人として見られず、道具のようにこき使われていた」
レオンハルトが苦々しげに言った。
イザベルはため息をつき、指で額を押さえる。
「ええ。各国が協力体制を維持しているのは表向き。だけど、水面下ではあちこちで緊張が高まっている。会談では同じテーブルについた者たちも、心の底から互いを信じているわけじゃないもの」
「まあ、種族間の因縁なんて、そう簡単に消えるもんじゃないしな」
グレンが肩をすくめて言う。
「……それにしても、暗黒の教団の動きがないのは気味が悪い」
アシュランが低く呟いた。
「こちらの調査部隊は、教団の拠点も信者の残党も見つけられていません」
レオンハルトが資料を捲りながら報告する。
「俺たちが手分けして城下や周辺を探ってみても、有力な手がかりはゼロ。完全に潜伏されちまってる」
グレンは不満げに拳を握った。
「……でも、確かに彼らは動いています」
レイが小さく呟く。
「遺跡で私を捕えた者たちは、間違いなく教団の一員でした。封印を破るために、組織的に動いていた」
「奴らが今、息を潜めているのは、次の動きの準備が整うのを待っているだけかもしれない」
アシュランは鋭い目を向けた。
イザベルは、ふっと表情を引き締める。
「だからこそ、あなた達四人の協力は欠かせません。神聖騎士団だけでは、奴らの尻尾は掴めないのですから」
「わかってます」
アシュランが頷く。
「封印の調査も、教団の調査も……俺たち自身の目で、耳で確かめなければ気が済まない」
レオンハルトが静かに言った。
「せっかく俺たち“現場組”がいるんだ。大人しく待ってる性分じゃないしな」
グレンがにやりと笑う。
レイも小さく微笑む。
「もちろん、私も協力します。」
イザベルは全員を見渡し、口元に微かな笑みを浮かべた。
「頼もしいわね。……でも、くれぐれも無茶だけはしないで。今、大陸の均衡はとても危ういのだから」
そして、女王の瞳が少しだけ柔らかくなる。
「あなたたちは、もう私にとって家族同然です。無理をして倒れられたら、困るのは私ですよ」
「……心得ています」
アシュランは静かに応じた。
やがて、部屋に漂っていた柔らかな空気が、少しずつ引き締まっていく。




