第二章 第二節 六種族会談
王都アルディナス・王城の大広間
天へと伸びる柱とステンドグラスから差し込む光の中、六種族の代表たちが一堂に会していた。
中央に座すのは、王国の女王イザベル・アルディナス。純白の礼服に身を包み、蒼玉の王冠を戴いたその姿は気品と威厳に満ち、王国の象徴そのものであった。
その左右には、各種族を代表する人物たち。
•エリオス・フェンリル(エルフ族):銀髪と碧眼、神秘と知恵を宿した長命の族長。
•グルド・スチールハンマー(ドワーフ族):鍛冶の王にして豪放な戦士。火山の如き力を内に秘める。
•バルガス・グレイウルフ(犬人族):群れを導く理性派戦士。その静けさは嵐の前触れ。
•シャリナ・ムーンテイル(猫人族):夜に生きるような俊敏な美貌の戦士。気まぐれと見せかけた鋭さを持つ。
•ライゼン・ヴォルカニア(戦士の国ヴォルカニア):言葉少なき巨漢。剣の代わりに沈黙が語る覇気の持ち主。グレンの叔父さん
女王イザベルが静かに立ち上がる。
その声が、空気を一瞬で引き締める。
「皆様。お集まりいただいたのは、六種族の盟約の根幹を揺るがす、重大な事象が確認されたためです」
そのひと言に、場が静まり返る。
「東方のオルデナ遺跡にて、古の封印に深刻な異変が生じております」
一瞬の沈黙。そして、エルフの長・エリオスが口を開いた。
「……それは、確かなのですか?」
イザベルは黙してアシュランに視線を送る。
アシュランは一礼し、前へ出る。
「私たちは、遺跡の現地で封印の破損を確認しました。封印には亀裂が入り、瘴気が溢れ出していた」
彼は短く息を飲み、続ける。
「加えて、遺跡内では“暗黒の教団”と思われる者たちの存在を確認。彼らは封印の深部へと潜り、そして……封印を破壊しました」
ざわめきが走る。
その名に、歴戦の代表者たちでさえ顔をしかめる。
「……暗黒の教団? 滅んだはずの……」
エリオスが目を細める。
「確かに、長らく沈黙していた組織ですが、実在しました。そして、さらに——」
アシュランは、隣に立つレイへと視線を向けた。
「この少女、レイ。彼女は感応者であり、独自に異変を察知して遺跡へと向かっていたのです」
代表者たちが一斉にレイへと目を向ける。
彼女は静かに一歩前へ出て、深く頭を下げた。
「私は……レイ、感応者です。これ以上の封印の破壊を防ぐため、力を尽くしたいと思っております」
その姿には恐れよりも意志があった。
まるで、彼女自身もこの戦乱の運命に組み込まれているかのように——。
そして、ドワーフのグルドが重々しく問いかける。
「まさかとは思うが……奴ら、“魔王”を復活させようとしているのではあるまいな?」
アシュランは沈黙し、そして力を込めて答える。
「……その可能性は、否定できません」
その瞬間、大広間は一斉に凍りついた。
その名を口に出すことさえ、禁忌に等しいはずの存在。
......魔王
しばしの沈黙の後、重々しい空気を破るように、ヴォルカニアの巨躯の将、ライゼンが腕を組んだまま低く唸った。
「……封印が破壊された、という報告は確かに重大だ。しかし、それが即座に魔王復活に直結するとは限らない。軽率な行動は、無用な混乱を招くだけだ。今、軍を展開するのは時期尚早ではないか?」
静かだが力強い声。戦場に精通した者ほど、剣を抜く時を見極めるものだ。
だがそれに即座に反応したのは、アシュランだった。彼は一歩前に進み、鋭い視線を各代表へ向けた。
「……しかし、現実に“封印の核”は破壊されました!」
その言葉には、遺跡の最奥で異変を体感した者だけが持つ、揺るぎない確信があった。
「私たちが感応したのは、単なるひび割れや揺らぎではありません。“誰か”によって意図的に、封印が破壊されたんです! そして、瘴気は今もなお拡大し続けています!」
若き騎士の訴えに、会議の空気が揺らぐ。
だが、その揺れを正すように口を開いたのは、エルフの長・エリオスだった。
「……その憂慮、理解できます。だが同時に、我々は大陸全体の均衡を守らねばならぬ立場にある。今この場で誤った情報を元に軍を動かせば、六種族間に余計な疑念を生みかねません」
彼の声はあくまで穏やかだが、言葉には長命の民としての冷静な論理が通っていた。
「魔王の脅威が現実のものとなる前に、確かな裏付けが必要です。我々は慎重に、しかし怠惰なく動くべきでしょう」
その言葉に会場が沈黙しかけたとき、不意にグレンがぼそりと呟いた。
「慎重になりすぎて、間に合わなかった……なんてことにならなきゃいいがな」
その皮肉めいた一言に、何人かの代表が視線を動かす。
続いて、犬人族のバルガスが低く静かな声を発した。
「……我々も慎重派ではあるが、静観するとは言っていない。封印が破られた今、事態の変化に応じて動く覚悟はできている」
その言葉に、ドワーフの鍛冶王グルドが豪快な笑い声を上げた。
「へっ、いつもながらまっとうなこと言うな、犬殿!」
彼は腕を組み直し、椅子に深くもたれかかる。
「封印が壊れちまったなら、次に備えるしかねぇ。うちの連中はすでに鍛冶場を温めてるぜ。だが、どこに刃を向けるべきかが分からなきゃ、鋼も錆びる」
その言葉に応じるように、アシュランが静かに語った。
「……封印は、全部で6つ。オルデナ遺跡の封印が破壊され、残る5つも安泰とは言えません。いずれも、六種族それぞれの領土に存在しています」
彼は各代表を見渡しながら言葉を続ける。
「このまま敵の策略に踊らされれば、各地の封印は順に破壊されていくでしょう。すでに次の封印が狙われていると考えるべきです」
くすっと笑みを漏らしたのは、猫人族のシャリナだった。尻尾をゆるやかに揺らしながら、椅子から身を乗り出す。
「そうねぇ……私たち猫人族は、空気の変化には敏いのよ。戦の匂いがするなら、牙を磨いておくべき時かもしれないわ」
それぞれの反応は違えど、すべてはひとつの危機を前にした者たちの“備え”の表れだった。
そして、女王イザベルが静かに立ち上がった。
大広間の空気が、ぴたりと張りつめる。
「……つまり、現時点では六種族が一斉に動くには至らない。ですが、封印は確実に破壊され、敵はすでに動き始めています」
彼女の瞳には、王国の未来を見据える女王としての覚悟が宿っていた。
「よって、王国として以下の三点を決定します」
「第一に、オルデナ遺跡を含めた封印の再調査を直ちに行い、各遺跡の状態を確認すること」
「第二に、暗黒の教団の復活を前提とし、その動向を極秘裏に追跡する監視部隊を設置すること」
「第三に、六種族の協力体制を維持しつつ、緊急時には即応できる戦力の準備を整えること」
会場に沈黙が満ちる中、イザベルの視線が代表たちを順に見渡す。
「以上の方針に、異議はありますか?」
沈黙。やがて、エリオスが静かに頷く。
「妥当な判断です。我がエルフ族も協力しましょう」
「なら、こっちも腹を括るさ!」
グルドが椅子を鳴らして立ち上がり、手を叩いた。
「備えあればなんとやら、ってな!」
こうして、六種族会議は一応の結論を得て幕を閉じる。
だが、それは新たなる混迷の始まりでもあった。
遠くでは、すでに“次なる封印”が、密かに崩壊の音を立てていたのだから——。




