萌え袖とトランプと
「浴びてきた。」
卯月はそう言って、脱衣所から姉の服を着て出てきた。
どうやら少し大きかったらしく、萌え袖のようになっていた。
その姿を見て、少し不思議な気持ちが生まれたのを感じた。父性というかなんというか…ただ、それは恋愛感情とは違うと思う。
…多分。恋したことはないが。
「僕も浴びるか。」
***
僕がシャワーを浴びて、脱衣所から出ると、卯月と姉は楽しそうに話していた。
「あ、出てきた。今卯月ちゃんと話してた。」
「どんな話?」
「内緒。」
「ふーん。部屋いく?」
姉の話を軽く流して、卯月にそう問いかける。
「うん。」
「じゃあ行こう。」
「………」
姉は僕と卯月の会話を聞いて、ニンマリと笑っていた。その顔の意味を考えると殺意が湧きそうだったのでやめた。
階段をのぼり、僕は卯月を自分の部屋に入れた。
卯月は僕の部屋を見て、目を輝かせる。オープンカーを見る少年のように。
「す、凄い……」
「そうか?」
「うん……」
「そこら辺に、適当に座りな。」
卯月はちょこんと床に座った。僕はその隣に、あぐらをかいて座る。
シャンプーの良い匂いが、鼻を撫でた。心臓の鼓動が、はっきり聞こえる。
よく考えると、友達、ましてや女性を部屋に連れてくるなんて一度も無い。
緊張しているのか…僕は。
少し体を固くしていると、扉からコンコンコン、と音がした。
扉を開けると、姉が飲み物とお菓子を持って立っていた。今回はどちらも氷が入っていた。
僕はそれを受け取り、卯月は笑顔で感謝を述べた。
その時も、姉がニマニマしていたので、僕は絶対に視界に入れないよう、視線を逸らした。
扉を閉めるときに、姉が笑顔で卯月に手を振っていたのを見て、僕は柔らかな笑みを浮かべた。
扉を閉め、飲み物とお菓子を小さな机に置いて、再び卯月の隣に座った。
「…ねぇ。」
「どうした?」
「貴方は彼女とか居るの?」
「逆に居ると思う?」
「…ごめん。…ねぇ。」
「どうした?」
「どうしてここまでしてくれるの?」
卯月は首を傾ける。その質問に、僕は本心で答える。
「困っている人が居たら、助ける。」
「へぇ。かっこいいね。」
ニコリと笑ってそう言われた為、少し照れた。
「何して遊ぶ?」
「私が決めていいの?」
「うん。」
「ウーン。キャッチボール?」
「君は汗だくだったことを忘れたのかな?」
考えに考えて唯一出た答えがそれでした。みたいな顔をして卯月はそういった。どうやらこの暑さで頭がやられたようだ。
「えーっと…あ!チェス!」
「申し訳ないけど、ルールも知らないし道具もここにはないよ。」
「えー…。貴方は何がしたいの。」
「…トランプ?」
友達のいない僕が、ゲーム以外で人と遊ぶものなんて思いつくわけがないのだ。
「何それ?大統領?」
「…え?」
「え?」
「トランプ知らないの?」
流石に冗談だと思い、そう言った。
「ドナルド?」
「本気で言ってる?」
「うん。」
僕の常識が覆された。いや、これが普通なのか?トランプを知らない卯月タイプの人間が多いのか?
友達のいない僕に、その判断はできなかった。そして、僕は心の中で覚悟を決めた。
「君にトランプを教えよう。」
その後、僕によるトランプ講座が始まった。講座と言っても、ババ抜きとソリティアとスパイダーのやり方を教えただけだ。
姉以外とやるババ抜きは以外と楽しく、時間を忘れて白熱した。
何十試合もした。疲れきった。その間で、不思議な友情が芽生えた気がした。
足を伸ばして楽にしている卯月を見る。
改めて見るとどこか痩せている気がする。非力な僕でも持ち上げられる体重ということは、軽いということだ。
卯月を見ていると、髪にゴミが付いていた。
「髪にゴミが……」
そう言ってゴミを取ろうと、自然に卯月の髪に手を伸ばす。
「ひっ!」
僕が手を伸ばしたのを見た卯月はビクッと震え、か細い声を出す。目をつぶって、体を守るように身をすくめた。
息を切らし、はぁはぁはぁ、と過呼吸になりかけていた。
卯月は怯えていた。異常な程に。
普段の僕なら慌てて謝り、直ぐに心配したことだろう。
だが、体が動かなかった。思考が、止まった。何かから身を守ろうとしている卯月が、視界に入り続ける。
そこで、止まっていたはずの思考が加速する。
その結果、卯月が何故死のうとしていたか、僕の中で選択肢が絞られて行った。
震えていた卯月はピタッと止まって、こちらに目を合わせて口を開く。
「あ…ごめん。」
「い、いや。僕の方こそ、急にごめん。」
「ゴミ、取って。」
「う、うん。大丈夫?」
「大丈夫。」
「「……」」