自殺少女と夏休み
物語はいつも、唐突に始まり、最後は綺麗に終わる。例えば、「主人公は激怒した。」で始まる物語もあれば、全国大会の決勝戦、あと一点取れば勝ちの場面であったり。
この物語も捉え方によってはそうなのかもしれない。
何故なら、主人公の僕。浅野 小太は、夏休みに、一人の少女の自殺を、非力な力で止めようとしているからである。
***
「頼むから暴れないでくれ!」
「やめて、離して!」
「人が死ぬとこなんて見たくねぇ!」
俺の目の前で、死のうとしている少女。その少女の手をガッシリと掴む僕。少女の足は、あと数cm前に動けば、この崖から落ちてしまうであろう。もし落ちたら、運が良くても、確実に障害が残る。
夏休みという長期休みに浮かれた学生の僕は、普段は確実にしないであろう散歩を、今日に限ってしてしまったのである。
散歩。そう散歩。このとても暑い中で。適当に道を歩いた。本当に、適当に。適当に歩き、ふと気づいた頃には、自殺の名所に僕はいたのだ。
そこで見てしまったのである。少女が、茶髪の少女が、自殺をしようとしているところを。
止めなければいいのでは?と思った人がいるかもしれない。だとしたら考えてみてほしい。夏休み中に人が死ぬ所を見たいだろうか?まぁ、夏休み以外でも僕は見たくないが。
「離して!」
「ダメだ!」
「だったらこのまま貴方ごと…!…ぐぬぬぬぬ……」
相手がおそらく僕と近い歳で、僕より身長が低く、非力なことが不幸中の幸いというところであろう。
「あっ……」
「え?」
少女の足が崖から滑った。
その瞬間、少女の体重が、僕の右腕にかかる。
僕は、絶対に、自分もこの子も死なせまいと、必死に踏ん張る。
まるでその様は、ドラマさながらであった。
「離しなよ……」
「離すわけないだろ!」
「どうして…?この手を離せば、こんな苦しいこと、しなくても良いんだよ…?」
少女は悲しそうで、どこか寂しそうな顔をしながら僕にそう言った。
「震えてる女の子を見捨てるほど、僕の性根は腐っちゃいないよ!」
少女の体は、ずっと、震えていた。
それはきっと、僕に腕をガッシリ掴まれている事への拒絶反応ではなく、死への恐怖から来るものであった。
……そうであると信じたい。
「僕の腕を掴め!」
「……」
少女は、僕の腕をしっかりと掴んだ。
そして、非力な僕が出せる、最大限のパワーを出した。
僕の馬鹿力は功を制し、少女を死の淵から、すくいあげることが出来た。
「はぁはぁはぁはぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」
「死ぬかと思った…」
「そりゃ死のうとしてたからだろ…」
少女は胸に手を置きほっ、と安堵の顔を浮かべる。
「……ありがと。………ふっ、ふふふ。」
「……あ?」
少女は一言感謝を述べた後に、僕をからかうようにクスリと笑う。笑いすぎて、目から涙が溢れ出ていた。その顔は、とても可愛く、大層腹立たしいものだった。
その顔は、思春期の僕の心を射た。だが、腹立たしいのも事実だ。さっきまで死にそうだったくせに、なんで笑っていられるんだ。
ただ、今は怒る気力すらない。
「何で私を助けてくれたの?」
少女が僕に対し、質問をする。それに僕は、正直に答える。
「……人が死ぬところ、見たくなかった。」
「そっか…ふふっ。うれしい。」
少女はこちらを見て、とても嬉しそうに、ニッコリと笑う。それを見て、ただ、可愛い。と思った。
少女が僕に質問したように、僕も質問を投げ返す。
「君、名前は?」
「…卯月 七時。」
「僕の名前は浅野 小太。」
「……?」
少女…いや、卯月は、こちらを見て、不思議そうに首を傾げる。どうしたのか気になっていると、卯月は口を開いた。
「貴方は私の名前を聞いて、笑わないんだ。」
「え?」
「いや、七時って……」
「別に笑わないけど……」
「…ふふっ。」
卯月の笑った顔はまるで、太陽の様だった。その顔をみて、頬が赤くなるのを感じた。僕は照れるのを隠すように、僕は質問を重ねる。
「…君、何歳?」
「十四歳で、中学二年生。」
「え!?同い年!?」
「何か文句でも?」
こんなことを考えるのも失礼か、と思い、僕は考えるのをやめた。
僕はふう、と一息ついて口を開く。
「暑い。」
そう。今日は真夏日、猛暑なのである。今年は例年よりも気温が高く、地球温暖化をしみじみと感じる日である。
その上、さっきまでこの自殺少女と死の境で踊り狂っていたのだ。心拍数が上がりすぎて、汗が止まらない。
だが、この場で帰ることは、卯月に「僕は今から帰るから死んでもいいよ〜」と言う様なものである。どうすればいい、と頭を抱えていると、卯月が口を開いた。
「貴方の家、連れて行って。」
「…は?」
「…おねがい。」
「はあ!?」