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第八話 絶停氷華

 ヴァルハラから落ちた地で戦う決意を固めたシグルドは、新たな武器――マギアを手に入れたばかりだった。しかし、喜ぶ間もなく、セレンの挑発にまんまと乗せられ、模擬戦をする羽目になっていた。



「さてと……準備はいいかな?」


「そっちこそ、今のうちに前言撤回してもいいんだぞ」


 場所は訓練場。年季の入った柵に囲まれたフィールドには、標的や障害物が並んでいる。フィールドの端と端に立ち、剣を構えたシグルドがセレンを睨む。新人と隊長の模擬戦という話を聞きつけた見物人たちが、柵の外からはやしたてていた。



「いつでもどうぞ?」


「……後悔させてやる」


 セレンは腰と背に差した短剣を抜き、両手を軽く広げて構える。その余裕たっぷりな態度に、シグルドの苛立ちは増すばかりだった。勢いよく地を蹴り、剣を低く構えて突進する。



「思い切りが良くていいね!」


「っ……!」


 セレンが短剣を振ると、その切っ先から螺旋状の氷柱が生成され、次々と空を裂いて射出される。迫り来る氷の槍を、シグルドは間一髪でかわし、足を止めずに突き進む。



「っらぁ!」


 回避が困難な距離に入ると、シグルドはマギアのトリガーを引いた。逆袈裟に振り上げた剣が炎を纏い、突き刺さるように飛来した氷柱を一刀のもとに砕く。砕けた破片は熱で一瞬にして水へと変わり、地面に音を立てて落ちた。



「取る……!」


「そう簡単には負けてあげられないよ!」


 勢いのまま振り上げた剣を、今度は逆に振り下ろし、セレンめがけて叩き込む。だが――



「く、防ぎ――」


「流れるような攻撃は見事だけどね!」


 振り下ろされる直前、セレンは剣に触れぬよう、その腕に自らの腕を添えて動きを止める。前屈みになった彼女のもう片方の手が、短剣を突き出してくるのを察知したシグルドは即座に後退。



「咄嗟の反応速度も良好だ!」


「っぐ……ぅ!」


 だがその退きも読まれていた。セレンは足元に氷を瞬時に生成し、その滑る勢いを利用して接近。一気に間合いを詰めると、鳩尾へと鋭く膝蹴りを叩き込んだ。



「ぐ……げほっ、かはっ……!」


「迷いのなさも、決断の速さも見事だ。でも、忘れちゃいないかな?」


 セレンはすっと短剣を下げ、冷たい視線で続けた。



「君は喧嘩なら強いかもしれない。でも私は――私たちは、命を懸けた“殺し合い”の中で生きてるんだよ?」


 体を折り、よろめくシグルド。膝が震え、自然と後退する足に、自身の無力さを実感する。


 酔っ払い相手の喧嘩や、形式ばかりの教会兵とは違う。スヴェンも、セレンも、死地を踏み越えてきた本物の戦士。その差を、今の自分の体が嫌というほど教えてくれる。



(このままじゃ、またいなされる……下手な策も通じない。そういう相手だ)


 シグルドは剣を構え直す。逃げるつもりはない。負けるつもりも、ない。


 カチカチッ、カシャン

 カチカチッ、カシャン



「――なるほど。やっぱり思い切りがいいね」


 マギアのトリガーを素早く二度引く。内部のカートリッジが連続で排出され、その直前、中身をすべて剣へと流し込んだ。



「っ……く、うおおおおぉっ……!」


「よく吹き飛ばなかったね! でも、制御できてる……かろうじて、ね!」


 剣身から溢れる魔力の奔流。二つ分のエーテルが爆炎となり、剣全体を包み込む。ほんの一瞬でも力を抜けば、手からすっ飛んでいくほどの反動と熱。


 腕に力を込め、シグルドは荒れ狂う炎を押さえ込んだまま動きを止め、考える。



(真っ直ぐ突っ込んでもダメだ。振るうだけでも手一杯なんだ……だったら――!)


 刹那、シグルドの体が炎と共に跳ね上がる。爆炎の噴出を利用した跳躍。空を焼き、残炎の軌跡を描きながら、彼の身体はおよそ六メートル上空へと達する。


 そのまま、急降下。


 重力と魔術の融合。すべてを叩き込む最後の一撃。



「威力を重視し、実力差を覆そうとする。いい判断だ。思い切りが何よりも武器になることもある!」


 セレンが見上げ、短剣を構える。


 シグルドの身体が落下するたびに、剣の炎が渦を巻く。大気が焦げ、地を揺るがすような一撃が、今、振り下ろされようとしていた。



「く、ら……ええぇぇぇっ!!」


「――残念だったね。私には、通じないよ」



「――《絶停氷華》」



 空を裂く炎と魔力の奔流。

 それは、あらゆる物を焼き尽くし、灼熱のうねりとなって落ちてきた。


 シグルドが自由落下と噴出を合わせた爆炎の一撃。

 それがセレンの短剣に触れた、その瞬間――



「ぐっ!? な、なんだ……これ……っ」


 音が消えた。熱も、衝撃も、まるで最初から存在しなかったかのように。

 剣の炎が霧散し、落下の勢いすら、まるで時間が止まったかのように掻き消える。


 次の瞬間。


 ドンッ――!


 シグルドの背から巨大な氷の華が咲く。

 鋭く、美しく、そして容赦なく。


 その重さが彼の体を叩きつけ、地面に縫いつけた。



「この氷の華はね、攻撃の威力がそのまま大きさに比例するんだ」


 セレンが見下ろしながら微笑む。その声は、どこか慈しむようでもあり、冷酷でもある。



「これだけ大きく咲いたってことは――君は、エーテルを驚くほど効率的に炎に変換できていたってことだよ」


「っ……く、そ……」


 氷の質量が全身にのしかかる。圧迫で息もままならず、呻くように吐き出すのがやっとだった。



「エネルギーってのはつまり“運動”なんだ。物が動くことで力が生まれる。私の魔術は、それを“氷”に転換する」


「氷、に……転化……?」


「君の炎、落下の勢い、衝突による衝撃。それらをすべて一方向に誘導して、強制的に氷として結実させた。……って言っても、難しいか」


 目の前の状況がすべてを物語っている。

 強大な攻撃を放ったはずが、それは完全に無力化され、その力が逆に己の拘束へと転じている。


 セレンの魔術《絶停氷華》は、攻撃の“運動”を凍結させ、氷として“咲かせる”魔術――。



「力を力で相殺すると、コストがかかる。だけど、力をそのまま利用すれば、使う魔力は最小限で済む。そういう意味でね、この技は“見た目の割に、すごく燃費がいい”んだ」


「じ、自慢は……いいから……っ、これを、どけ……」


「っと、いけない。さすがに意識飛びそうだね」


 焦りに気づいたセレンが、スッと手をかざす。

 氷が一瞬にして細かい粉雪に砕け、ふわりと宙に舞う。



「よい、しょっと……っと、大丈夫?」


「大丈夫じゃ、ねぇ……」


 そのまま崩れるように座り込んだシグルドを、セレンが軽く抱き起こす。

 温もりを感じる前に、シグルドの意識はふっと途切れ、雪のように沈んでいった。



ーーーーーーーーーー



「っ……はぁ、っう……」


「お、起きたね。幸い骨折はなかったみたい。回復魔術もかけてもらったから、今は痛みが残ってるくらいだよ」


「そう、か……」


 目を覚ましたシグルドの視界に映ったのは、見慣れてきた医務室の天井。

 身体を起こせば、全身の節々が軋むように痛んだ。それでも、意識ははっきりしている。



「完敗……か」


「だから言ったでしょ、絶対に勝てないって。落ちてきたばかりの素人に負けるような隊長なら、とっくに死んでるって」


「……それは、確かに」


「ここは、そういう場所なんだよ」


 頭に血が上っていた自覚がある。


 だからこそ、冷静に現実を突きつけられると納得もできた。完膚なきまでに叩きのめされて、ようやく冷静になれる。



「センスはある。けど、実戦経験が決定的に足りないね。まあ、上じゃ魔術を戦闘に使うことなんてまずないから仕方ないけど」


「……実戦経験、か」


「魔術ってね、イメージがすごく重要なんだ。『こうしたい』とか、『こんなことはできないか』っていう、発想とイメージ」


「イメージ……」


「君はこれまで、炎を纏わせた剣を振り回してたよね。でも、あれは言ってしまえば――火のついた松明を振り回してるようなもの」


「……!」


「喧嘩ならそれで威圧できるかもしれない。相手が怯んでくれれば、それで十分勝てる。でも、戦場じゃ……恐れを知らない機械相手には通用しない」


「……通用しない」


「そう。だからこそ、炎を“もっと攻撃的に”扱ってみるといい」


「攻撃的に?」


 セレンは軽く立ち上がり、腰の短剣を抜く。

 すると、刃先から螺旋を描くように氷柱が生成され、宙に伸びていく。



「たとえば――斬撃に炎を纏わせて、それを飛ばす、とかね」


 セレンは軽く短剣を振りながら言った。



「もちろん、普通に剣を振っただけじゃそんなことできない。大事なのは“明確なイメージ”だよ。“炎の斬撃を飛ばす”って、はっきり頭に思い描くこと」


「明確な……イメージ……」


 シグルドは視線を落とし、寝具の横に立てかけられていた自身のマギアに手を伸ばす。


 たしかに、自分は今まで“炎を纏って斬る”以外の攻撃を思い浮かべたことがなかった。


 ――選択肢が少なすぎる。


 それを痛感し、課題をはっきりと認識する。



「というわけで――イメージの重要性を誰より理解してるやつを呼んでおいたよ!」


「……!」


「君には、その子と一緒に行動してもらう。色々、学べるはずだからね」


 セレンの言葉を聞いたシグルドは、負けを受け入れつつも、不敵に口元をゆるめた。


 悔しさはある。けれど、今はそれよりも――前に進む道が見えたことが嬉しかった。


 そのとき、ちょうど扉がノックもなく勢いよく開いた。



「来たね、彼が――」



「隊長、この天才をお呼びとはどんなご用件かと……ああいや、言わなくてもわかるさ。僕は天才。あらゆる事象を完璧にこなす者だ。これから証明してあげよう――」



「……は?」


 シグルドの口から、思わず素の声が漏れる。


 立っていたのは、癖の強そうな“変な奴”だった――

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