第七話 模擬戦
デシルとの対話を経て、自分にできることを見つめ直したシグルドは、戦う覚悟を胸にセレンの元を訪れた。
「おぉ、君が加わってくれるなら嬉しいよ。人手はいつだって足りないからね」
「……そうか。じゃあ、それで頼む」
想像以上にあっさりと受け入れられたことで、拍子抜けしたシグルドはそれ以上言葉が浮かばず、軽く頭を下げて背を向けた。
「――あ、そうそう。明日、まず私のところに来てくれるかい?」
立ち去ろうとした背中にセレンが声をかける。振り返ると、彼女はいつもの調子でにこにこと笑っていた。
「ほら、君の武器を選ばないと。おやすみ、シグルド」
「ああ、おやすみ」
すでに折れた剣を、そっと抜いて見つめる。もともとは父との稽古で倉庫から拾った、ただのなまくらに過ぎなかった。それでも、幼い頃から振るい続けてきたその剣には、自分だけの思いが宿っていた。
宿舎に戻ったシグルドは、部屋の隅にそれを置き、静かに頭を下げる。
「――今まで、ありがとう」
その一言に込められた感謝と別れを胸に、シグルドは目を閉じ、眠りへと身を沈めた。
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「おっ、やぁ、おはよう!」
「……そこで寝てるのか?」
「そりゃあ、私の部屋だからね!」
翌朝。食事などを済ませたシグルドは、約束通りセレンの部屋を訪れた。扉をノックするも、返ってきたのはやはり物がぶつかるような音ばかり。
ため息をひとつつきながら扉を開けると、昨日と同様、いやむしろ違う方向に散らかった室内に、思わず頭を抱えたくなった。
「……まぁいいや。今からでも大丈夫か?」
「もちろん、それじゃあ行こうか」
沼を掻き分けるように床の上を移動してくるセレンに、シグルドは少し引いた視線を送る。それでもそのまま彼女の案内に従い、武器庫へと足を運んだ。
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「さて、と……まずはどの武器種がいいかな? 使い慣れたものでも、自分の魔術との相性を重視してもいい。ここには色々揃ってるよ」
「ん……確かに、種類は豊富だな」
剣に槍、弓に戦槌。ざっと見渡すだけでも様々な武器がずらりと並び、その中には筒状の見慣れない形状をした武器まである。
「やっぱり、使い慣れた武器がいい。剣はあるか?」
「もちろん。剣だけでも何種類かあるよ」
シグルドの答えに、セレンは棚を数カ所見渡して数本の剣を選び、机の上に並べた。
「これと、これ、それからこれ。普通の剣がいいんだよね? 短剣や大剣もあるけど、今回はこの三本が候補かな」
「あ、ああ……普通の、でいい」
「オーケー。じゃあ、この三本から選んでみて」
シグルドは机に並べられた剣を見下ろす。一つは両刃の標準的な剣。もう一つは片刃で厚みがあり、斬撃に特化していそうだ。最後の一本は細身の片刃で、鞘の方に複雑な構造が付いており、少し特殊な見た目をしていた。
「これは両刃、これは片刃。そしてこっちは細身だけど、カートリッジシステムが鞘の方についてるタイプだね。ちょっと扱いが特殊だから、あまりオススメはしないけど」
「ふむ……」
どれも、今まで使っていた剣に比べればずっと新しく、洗練されている。中でも細身の剣は扱いにくそうではないが、シグルドの戦い方ではすぐに折れてしまいそうな印象を受けた。
「じゃあこれで。これが一番、馴染みがある」
そう言ってシグルドが手に取ったのは、両刃の標準的な剣だった。
「了解。それじゃ、マギアの使い方を教えてあげよう」
「頼む」
セレンは、選ばれなかった二本を片付けると、シグルドの手から剣を受け取り、机の上に置いて説明を始めた。
「とはいえ、普通の武器との違いはこの“トリガー”と、“装填・排出口”くらいかな」
そう言いながら、セレンは鍔の根元にある小さな引き金と、刀身の根元付近に取り付けられたカバーを指差し、カチリと動かして見せる。
「使うのは、前に見せたこのエーテルカートリッジ。基本的に三つまで装填できるよ。入れるときはトリガーに触らないようにして、この鍔の側にある差し込み口から入れてね」
セレンの手元で、カートリッジがスムーズに挿入される。その手際はまさに慣れたもので、無駄がない。
刀身の根元にあるカバーはスライド式で、上下どちらかの穴が開閉する構造になっていた。カバーを動かすことで、エーテルの流入を制御しているのだろう。
「装填したらカバーを動かす。『カチッ』って音がしたら、それで完了。魔術を使いたいときは、このカバーの位置をしっかり確認しておいてね」
「ああ、わかった」
構造は思っていたよりも単純だ。だが、そのシンプルさの裏にある工夫と設計思想には、目を見張るものがある。
そして、ふとした疑問が頭をもたげた。
「……これって、機械とは違うのか?」
剣の構造を改めて見直しながら、シグルドは素朴な疑問を口にする。
「ん? あははっ! 全然違うよ。これは“機械”じゃない」
セレンは笑いながら首を振る。
「これを作った人はね、よく『機械化すればもっと性能上げられるのに』ってぼやいてたけど……それでも、あえて“そうしなかった”んだ。これは、あくまでも“魔術を使うための武器”だからね」
魔術を使えるが、機械ではない。そこには、“機械”という存在の忌避や距離感が暗に含まれているようだった。
「さて、次は魔術の使い方。カートリッジが装填されてる状態で、このトリガーを引くと――」
そう言いながらセレンは剣のトリガーを軽く示す。
「剣の内部にエーテルが充填されて、媒体として魔術が使えるようになる。……試してごらん。ただし、ちょっとだけね?」
「あ、ああ……」
シグルドは、カートリッジを一つ装填したマギアを受け取り、ゆっくりと手に取る。
そして、深呼吸をひとつ。恐る恐るトリガーを引き、すぐに離してから意識を集中させる。
「っ……お、おお……思ったより……!」
剣の刀身から、赤い火花が閃いたかと思えば、小さな炎が勢いよく立ち上がる。
「おっ、炎か! いいじゃないか、かっこいいよ!」
セレンが満足げに頷く。
「このカートリッジには、濃縮エーテルが詰まってるからね。ちょっとでも反応させれば、上の世界で使ってたときと同じくらいの出力は出せる。だから、最初は威力の加減が難しいかも」
「……確かに。気をつけるよ」
ろうそくのような火を灯すつもりだったが、現れたのはしっかりと燃え上がる炎だった。
想定以上の反応に、シグルドは少し身を引く。それは同時に、この武器が確かに“戦場用”であることを実感させる一瞬だった。
「カートリッジの中身がなくなると、自動で排出されるよ。あと――もし“今すぐ大規模な魔術を使いたい!”って思ったときは、トリガーを素早く2回引いてみて。そうすれば、カートリッジひとつをまるごと使った魔術が発動できる。覚えておくといい」
「……切り札ってところか」
「まぁ、そんな感じ。じゃあ残りのカートリッジも装填してみようか」
そう言ってセレンは、残る2つのカートリッジをシグルドに手渡す。
シグルドは受け取ったカートリッジを、一つひとつ慎重に装填していく。手順はすでに頭に入っていた。引き金に触れないようにしながら、丁寧に装填口へ差し込む。
「……思ってたより、軽いな」
「材質が違うからね。見た目に反して、鉄製の剣よりずっと丈夫だし、切れ味も上だよ」
「そうか……」
装填を終え、シグルドは剣を軽く振る。金属音は控えめで、手に伝わる反動も心地よい。剣と手が繋がったような感覚――悪くない。
その様子を眺めていたセレンが、ふと何かを思いついたように目を輝かせた。
「そうだ! 私と模擬戦しようじゃないか!」
「……は?」
「採用試験ってわけじゃないけどさ。君の実力、見ておきたいんだよね」
「……危ないだろ、それは」
セレンは相変わらずの笑顔を浮かべているが、シグルドの眉はわずかにひそめられていた。
人と戦うのは、好きじゃない。口が悪くて喧嘩を売られることは何度もあったが、教会の兵士を相手にしたときでさえ、彼は殺しを避けていた。
そんなシグルドの迷いを察してか、セレンはにやりと笑って続ける。
「大丈夫。君じゃ私には絶対勝てないからさ」
「……は?」
挑発的な笑みに、シグルドの眉がピクリと動く。
わかりやすい性格だ、と。セレンのそんな感想をよそに、彼女はさらに畳みかける。
「格が違うからさ。もちろん私だって、本気でやったりはしないよ? せっかくの新人くんを、また丸一日寝込ませるなんてことになったら困るし!」
「ほぉ……?」
大げさで、あからさまな挑発。これまでの言動からして、セレンが軽薄なのはわかっていたつもりだったが、それでもシグルドの眉間にはじわじわと怒気が集まっていく。
そんな様子を愉しむかのように、セレンはさらに言葉を重ねる。
「あっ、でも怖いって言うなら無理にとは言わないよ? 相手の力量を見極められるのは立派な判断力だしね? ……あ、もしかして臆病なだけかも? いやいや、戦場では臆病さも大事な資質だよ。気にしないで、ほんとに。……それで、どうする?」
ペラペラと軽口を叩きながら、セレンはシグルドの目の前までにじり寄ってくる。
そして、顔を覗き込むようにしてニヤリと笑うと、ぽんとシグルドの肩に手を置いて尋ねた。
「……いいぜ。やってやるよ」
わかりやすい挑発に、まんまと乗せられたシグルド。
こうして、模擬戦が行われることとなった。
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