第六話 魔兵装-マギア
セレンに案内された先で、人類の敵“機械”と戦う様子を目の当たりにしたシグルドたち。
異形の怪物との激しい死闘に息を呑むヒルダとシルラに対し、シグルドの視線は別のものに向けられていた。
「……セレン」
「何かな?」
「あの武器はなんだ」
「あー……まぁ、口で説明するより見てもらう方が早いかな。おーい、二人ともー!」
シグルドが問うたのは、先程少年が使っていた武器の正体だった。
その質問に応えるように、セレンは戦闘を終えた二人を手招きする。
「隊長……お疲れ様っす」
「セレン隊長! お疲れ様です!」
「ああ、二人ともお疲れさま。紹介しよう、正門警備を担当している戦闘魔術師、デシルとフィオレッタだ」
「見ない顔っすね……昨日、落ちてきた人っすか?」
「わぁぁっ……天魔の子だ! かわいい……羊? 羊さんの角!?」
セレンの紹介で軽く会釈するデシルと、シルラを見るなり目を輝かせてぐいっと距離を詰めるフィオレッタ。
「ぴ、ぴぇ……え、えっと、その……」
突然の距離の詰められ方に戸惑いながら、シルラは声を震わせる。
「フィオ、怖がらせちゃダメっすよ」
「あっ……ご、ごめんね? 久しぶりに天魔族の女の子を見てさ……。ここじゃ天魔の子ってほとんど産まれないし、今いる仲間も全員作戦行動中で……あ、違った、そうじゃなくて!」
早口でまくしたてた後、フィオレッタは慌てて姿勢を正す。
「改めまして、フィオレッタって言います! 戦闘魔術師として正門を守ってます!」
「デシルっす。同じく正門警備を担当してるっす」
慌てて距離を取ったフィオレッタがペコリと頭を下げ、それに続いてデシルも簡潔に自己紹介をする。
「デシルくん、この子が君の武器に興味津々でね。ちょっと見せてもらえるかな?」
「これっすか? いいっすよ」
セレンに言われ、デシルは手にしていた槍をシグルドの方へ差し出す。
「……これは」
手に取ったシグルドは、その造りを見て思わず声を漏らす。
ヴァルハラで教会の剣士が使っていたものとは形状こそ違えど、どこか共通した機構が見て取れた。
槍は材質からして異なり、刃の根元にはカバーのような構造があり、その一部には小さな穴が空いている。
「剣と槍で違うが……上で見たあの剣士の武器と似ているな。これは一体……?」
「あー、それも当然っすよ。開発者が同じなんで」
セレンが答えながら、自分の腰に差していた短剣を抜いて見せる。
それにも同じ構造が備わっており、腰につけた小型のケースを取り外してシグルドに示す。
「ここにはエーテルがない。だから、普通の魔術は使えない。……でも、さっきの戦いを見ただろ? あの2人は魔術を使っていた」
「そういえば魔術って使えないんだったっけね。普段から使ってないから忘れてたわ」
「その……ここは、上の……ゔぁるはら? と比べて空気が薄いような……そんな感じがします」
シルラの言葉に、セレンはクスッと笑う。
「あはは、高度で言えばヴァルハラの方が空気は薄いはずだけどね。でも、天魔族はエーテルへの感度が高いから……エーテルの薄さを“空気が薄い”って感じるのかもしれないね」
そう言いながら、セレンは手にしたケースをシルラたちの目の前にかざす。
「これはエーテルカートリッジ。名前の通り、この中には液状になるまで濃縮したエーテルが詰まってるんだ」
「これが……エーテル……」
「青いんだ」
透明な小型ケースに詰められた青い液体が光を反射し、かすかに揺れる。セレンはそれをひとしきり見せると、腰に戻した。
「これを武器に装填すると、内部にエーテルを充填できるようになる。そうすれば、ここでも魔術を行使することができるってわけさ」
「……なるほど。ヴァルハラで戦ったあいつの一撃が異常に重かった理由……。あれも、こいつで魔術を使ってたからか」
シグルドの脳裏に、スヴェンが振るった白い剣の軌道と、爆ぜるような魔力の奔流がよぎる。
ただの物理攻撃ではなかった。魔術で刃の動きを加速させ、一撃の威力を極限まで高めていたのだ。
「その武器たちは“魔兵装”って呼ばれてる。魔術を行使するために、従来の武器に魔術機構を組み込んだものだよ」
セレンが言葉を締めると、ふと空を見上げる。
「……さて、そろそろ日も暮れてきたし、今日はここまでにしようか。みんな、解散だよ」
言われて一同も空を見上げる。夕暮れが濃くなり、あたりはほんのりと赤く染まり始めていた。
「じゃ、俺たちはこれで。失礼するっす」
「失礼しますね、隊長。天魔族の子も! 今度お話ししようね!」
そう言って、デシルとフィオレッタは先にその場を離れていく。
「……私たちは眼中にないってことかしら」
「いや、ただ……あいつら、自分の欲求に素直なだけだ」
皮肉とも本音ともつかないシグルドの言葉に、セレンが軽く笑う。
「あはは、悪い子たちじゃないよ? 確かにちょっと、いや、だいぶ素直すぎるけどね。言ってみれば、それもこの世界を生きる“強さ”の一つなのかもしれない」
セレンの言葉を最後に、場は解散となる。
ヒルダとシルラの2人は、案内中に教えられた入浴施設へと足を向ける。
一方でシグルドは、決まった行き先もなく、夜の帳が下りかけた拠点内をひとり歩いていた。
ーーーーーーーーーー
「あれ、あんたは確か……」
「……デシル、だったか」
「っす。名前、聞いてなかったっすね」
「シグルドだ」
ヴァルハラ側の門の近く。空に浮かぶ大地の底を、じっと見上げていたシグルドにデシルが声をかけてきた。
「ここで何してるんすか?」
「何も。することがないからな」
「なるほどっす」
「……君は、上から来たのか?」
「ん、まぁ、はい」
やや気だるげな様子のデシル。若いながらも戦場に立つ彼のことを、シグルドは少し気になっていた。
「元々は南西の村に住んでて、二年くらい前にさ。興味本位で限界まで行ったらどうなるのかって思って、実際に行ってみたんすよ」
「結構な距離だったろう」
「そっすね。でも元々、魔術でちょこまか動き回るの得意だったんで、普通の人よりは早く着いたっす」
「あー……あれか」
正門での戦いを思い出す。青いスパークを纏い、電光石火のごとく機械に迫った、あの速さのことだ。
「それで、途中で教会の人に見つかって“帰れ”って追い返されたんすけど、ムカついたんで隠れて、夜になったタイミングで抜けてやったんすよ」
「思ってたより根性あるな、君……」
「で、端っこまでたどり着いたとこでまた教会の人に見つかって、“ヤベッ”って思って突っ込んだら、そのまま落とされたっす」
軽い口調ではあるが、デシルの言葉の端々からは、当時の無鉄砲さと、教会への反発がにじんでいた。
動機は違えど、教会によってこの地に落とされたという点では、自分と同じだった。
「……それで、何で戦ってる? 帰りたいとは思わなかったのか?」
「そりゃあ、帰りたいっすよ。家族も、妹もいるんで」
「……」
少し間を置いてから、デシルはぽつりと語り出す。
「でも……隊長、セレンさんに言われたんすよ。機械を放っておいたら、ヴァルハラの下にいる“機械の親玉”が目覚めるって」
「機械の親玉?」
新たな単語に、シグルドは眉をひそめる。あの異形のさらに上位存在がいるという情報に対し、具体的なイメージは浮かび上がらなかった。
「この辺りに住んでた昔の人たちは、今のヴァルハラに住んでる人の、何十倍、何百倍もの数がいたらしいんすよ。その人たちを犠牲にして、機械を騙したんす。で、そいつ――親玉をこの都市に誘い込んで、まるごと都市一つ使って封じ込めたって」
「つまり、今もそこに……」
「眠ってるらしいっす。でも、完全に無力化されたわけじゃなくて、遠くの機械を呼び寄せる信号みたいなものを出してるんすよ。教会はそれを妨害する“ジャミング”ってのをやってるらしいけど、それでも一部の機械は引き寄せられてくる。だから、俺たちはそれを倒してるんす」
「なるほど……」
ようやく任務の全体像が見えてきた。だが、それでもシグルドの最初の問い――“なぜ戦うのか”――にはまだ答えきれていなかった。
それを察してか、デシルは続ける。
「機械の親玉が目覚めたら、ヴァルハラはめちゃくちゃになるらしいっす。そうなったら……まぁ、住んでる人たちは大勢死ぬっすよね」
「……かもしれないな」
デシルの口調は淡々としているが、その中にある覚悟の重さが伝わってくる。
「馬鹿やって、こんなとこに落とされて……たぶん家族には、迷惑かけまくってるっすよ、俺」
「……まぁ、な」
言葉を選ぶように短く返すシグルド。どこか、自分にも重ねているような声音だった。
「だから……馬鹿やった責任ってわけじゃないっすけど、せめて、これ以上家族に苦労かけたくない。俺にできることをしようって、そう思ってます」
自分にできること。そう口にするデシルの言葉に、シグルドも視線を落とす。
そこにあったのは、地に落ちていた一本の剣――折れた、自分の剣だった。
落下の中で意識と共に手放してしまったもの。それを拾い上げ、シグルドは静かに握りしめる。
「……俺の魔術、電気は機械に効くらしいっす。今までは足が速いことくらいしか取り柄なかったけど、ここでなら、それが役に立つんで。……少しだけ、自分の存在に意味が持てた気がするっす」
「そうか」
その言葉に、シグルドは頷いた。
“できること”があるという実感。それは、誰かの命を背負うための、小さな覚悟の灯でもあった。
剣を手に、シグルドは足を踏み出す。
「どこ行くんすか?」
「セレン――隊長さんとやらのところだ」
「なら、この道をまっすぐ。二つ目の角を曲がると、戦闘員宿舎があるっす」
「あぁ、助かる。……話を聞かせてくれて、感謝する」
「どういたしましてっす」
デシルに教えられた通り、シグルドは宿舎へと歩を進める。
建物の壁に並ぶネームプレートを一つひとつ確かめながら、目当ての名前を探していった。
「セレン……ここか。おーい、いるか? シグルドだけど」
扉をノックし、声をかける。すると中から、ガタガタと物がぶつかる音が返ってきた。
「ん……? おーい、入っていいか?」
もう一度ノックを重ねるが、返事はなく、代わりに物音だけが続く。
「開けるぞ……って、なんだこの部屋……!?」
扉を開いた瞬間、目に飛び込んできたのは、乱雑を極めた光景だった。
本、書類、工具、ガラクタの山――あらゆる“物”が床を覆い尽くし、足の踏み場すら見当たらない。
「おっ? どうしたんだい?」
「ノックしたんだけど」
「聞こえなかったや! ちょっと探し物しててさー」
「……探し物?」
「ペンだよ、ペン。今日の戦闘の報告書と、君たちの受け入れ記録を書かないといけないんだけど、どこに置いたか忘れちゃってね〜」
その中から細い一本のペンを見つけ出す――どれほどの時間がかかるのか、想像もつかない。
「お、あったあった」
「……日が昇る前に見つかってくれて助かったよ」
「ほんとにね。で、用事って?」
くすくすと笑いながら、セレンは山の中からひょいと立ち上がる。相変わらずの飄々とした態度だ。
「……俺を、ここで戦わせてくれ」
「ふうん?」
ふざけたような口調の中、セレンの瞳が少しだけ真剣になる。
その視線を正面から受け止め、シグルドは真っ直ぐに言葉を続けた。
「戦うことが、俺にできることだから」
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