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第三話 世界の端

 シグルドとヒルダは最南の村を訪れ、ちょっとしたいざこざを目の当たりにした末、最終的に天魔族の少女・シルラと行動を共にすることになった。



「それじゃあ、行くとするか」


「その前に、彼女……シルラにも準備が必要でしょう」


「それもそうか。じゃあ、ここで待っておくか」


「は、はいっ、その、急いで準備してきます……っ!」


 駆け足で準備に向かうシルラを見送ると、シグルドは買い揃えた荷物のうち、ヒルダの分を押し付けようとする。

 しかしヒルダは「こんなか弱い女の子に持たせるの?」と拒否。


 そうこう言い合っているうちに準備を終えたシルラが戻ってきた。彼女が自分の荷物をしっかり持っているのを見て、シグルドは「ほら、シルラも持ってるんだから」とヒルダを説得し、ようやく荷物を持たせることに成功する。


 こうして準備を終えた三人は、村を後にした。



ーーーーーーーーーー



「なんだか……空気が薄いな」


「そう、ですね……薄い気がします」


 村を離れてしばらくしたころ、シグルドが襟元を緩めながら呟いた。



「それは空気が薄いというより、エーテル濃度が低いと言うべきね」


「エーテルが薄い……?」


「都から離れるほどにエーテルは薄くなっていくの。人が生活できる最低限の濃度が、さっきの最南の村くらい。つまり、それより先は人がまともに活動するにはエーテルが足りないってこと」


「そ、そうなんですね……初めて知りました」


「俺も。詳しいな、ヒルダ」


 ヒルダの説明に感心したように頷く二人。少し顔を伏せたヒルダは「常識よ」とだけ呟いた。



「エーテル濃度が低いんだから、魔術も当然弱まるわ。試しに炎を出してみなさい」


「おう……あー……本当だ、火の勢いがない」


 言われた通り、シグルドは手のひらに炎を灯した。普段なら拳大の火球を生み出せるが、今はかろうじてゆらめく小さな炎を出すのが精一杯だった。



「わぁ、炎の魔術……その、カッコいいですね?」


「ん、どうも」


「なに? 照れてるのかしら。もしかしてロリコン?」


「ちげぇよ、うるせぇな」


 シルラに褒められ、少し照れくさそうにそっけなく返すシグルド。その様子を見て、ヒルダがからかうと、つい語気が強くなるのだった。



「そういや、お前らはどんなことができるんだ?」


「私は何も。魔術を使う生活を送ってきたわけじゃないし」


「なんだそれ」


「使えないものは使えないの」


「あっそ」


 ヒルダは問いに対し、少し食い気味に否定する。魔術の適性には個人差があるとはいえ、まったく魔術を使わない人間は珍しい。それでも先天的に使えない者もいるため、シグルドは深く突っ込むのをやめた。



「あ、わ、私はその……水を出せます……」


 シルラはそう言いながら、少し嬉しそうに手のひらを器の形にして見せる。すると、こぽこぽと溢れ出すように小さな水溜まりが生まれた。



「お酒屋さんだったので、お水の質が重要なんだって、お父さんが言ってました」


「飲料水になるな。普通に助かる」


「水が一番重いものね、かさばるし」


 ヒルダはわざとらしく持たされた荷物を揺らし、ガチャガチャと音を立ててみせる。



「そ、そういえば、その……お二人はなぜ旅を……?」


 しばらく歩いたあと、シルラが控えめな声で訊ねた。



「ん、俺は世界の端……ここからじゃ見えねぇが、塔がある場所に行ってみたい。で、こいつは先日俺の寝込みを襲ってきた人殺しだ」


「ぴぇ」


「私はこいつの死体を渡せば教会からお金でももらえるかなって思って襲ったんだけど、色々あってこいつの同行者って扱いになっちゃって、仕方なくついてきてるの」


「ぴえぇ……!? な、なんでそんな恐ろしいことをさも当然かのように……!?」


 シルラはシグルドの話を聞いて青ざめ、ヒルダの話を聞いて涙目になりながらプルプルと震える。


 傍から見れば、殺そうとした者と殺されかけた者が何事もなかったかのように行動を共にしている、異常な光景だった。



「まぁ、こいつ弱いし」


「誰が弱いって———」


 シグルドが後ろ指をさしながら言うと、ヒルダは腕の袖裏から短剣を抜き、斬りかかろうとする。



「きゃぅ……!」


「な? これで俺が死ぬわけがない」


 シグルドは素早く姿勢を低くすると、飛びかかってきたヒルダの体を背で受け止め、そのまま起き上がる勢いで跳ね飛ばす。ヒルダは缶詰を撒き散らしながら地面に放り出された。



「えぇ……」


「むがづぐぅ……」


 仰向けになり、駄々をこねるようにジタバタするヒルダ。その一部始終を見て、シルラはドン引きしていた。


 意味のわからない関係の三人旅は、散らばった缶詰を拾い直しながら続いていく。



ーーーーーーーーーー



 そうして旅は二日ほど経過した。


 先の見えない丘や岩場、雑木林を抜け、三日ぶりに視界が開けた。



「っ……ここが」


「世界の端……!」


 生い茂る木々の先には、眩いほどの陽の光。


 その先に広がるのは、切り立った崖と果てしなく続く青空だった。



「本当に何も……ないのか」


「ってことは、この下には奈落が広がってたり……?」


 見渡す限りの空間に、ぽつんと佇むのは謎めいた塔。その塔を境に、先には何もないように思えた。


 ヒルダが小走りで崖の方へ向かうと、シルラは「危ないですよぉ」と小さく震えた声をかける。


 シグルドも後を追い、崖の縁に立ったその瞬間、息をのんだ。



「なんだ……これ……」


 遥か下に広がるのは、見渡す限りの大地だった。


 地平線の彼方まで続く広大な土地。その遥か上空に、自分たちは立っている———そう理解するのに、さほど時間はかからなかった。



「そう、かつて我らの祖先は、あの大地に栄えていた」


「っ!?」


 突然響く、聞き慣れぬ男の声。


 シグルドとヒルダが瞬時に警戒態勢をとるなか、シルラは驚きのあまり腰を抜かしてしまう。


 声の主へと視線を向けると、そこに立っていたのは、白い制服に身を包んだ剣士だった。



「ハイプリースト……」


「教会の人間か……!」


 ヒルダが低く呟くと、シグルドは剣を抜いて構える。


 だが、男は二人の警戒をものともせず、表情を変えぬまま、ゆっくりと、一歩、また一歩と近づいてきた。



「この空に浮かぶ大地、“ヴァルハラ”は、かつての大都市の上に存在している。今の都とは比べ物にならぬほど発展し、この大地を埋め尽くすほどの人と物が、その下には存在していたのだ」


「何を、言って————」


「貴様たちはここまで来てしまった。己の意志で選択し、たどり着いた。ゆえに立ち止まることは許されない」


「真実を求める勇士であるか、停滞を望む凡人であるか———見せてもらおう」


 話は通じない。ただ一方的に語りながら、男は持っていた剣を静かに構えた。

 それを見て、シグルドは叫ぶ。



「待て! 俺はいいが、こいつらは違う! この天魔の女の子は、俺が無理やり連れ去っただけだ! お前たち教会にくれてやる!!」


「否———そこにいる二人も、聖別の対象である」


「ぴぇ……っ!?」


「聖別……!」


 シグルドの浅はかな策は、あっさりと切り捨てられた。


 ヒルダも、シルラすらも、ここに辿り着いた時点で、例外ではない。


 その言葉を告げると同時に、男はシグルドへと斬りかかった。



「っ、この……! 教会の奴らは話を聞かないやつばっかかよ!」


 振り下ろされた剣を、自らの剣で受け止める。


 黒ずみ、錆びついた鉄の剣と、対照的に鋭く白い剣がぶつかり合い、火花を散らした。



「ぐ、おも……この……っ! ……!? 炎が、出な……っ!」


 押し込まれる感覚に、炎で押し返そうとした———だが、火は灯らない。


 次の瞬間、力押しで弾き飛ばされ、シグルドの身体はよろめいた。



「こんな場所じゃ、もう魔術が使えるほどのエーテルなんて……!」


「臆さず受け止める勇気はあるか。では———これならどうだ?」


 男の剣には、引き金のような機構がついていた。


 それを見た瞬間、シグルドの直感が警鐘を鳴らす。



(なんだ……あの武器、何か、おかしい……)


 魔術とは、大気中のエーテルを媒介とする。


 道中ですら弱まっていた炎は、この場所では灯すことすら叶わなくなっていた。


 そんなシグルドの前で、教会の剣士は引き金に指をかける。


 刹那、剣が閃き、シグルドも応じるように剣を振り上げ————



ガキイィィンッ!!



 振り下ろされた剣は、衝突の瞬間———まるで爆発するかのように威力を増し、シグルドの剣を容易く砕いた。


 刃がぶつかった箇所は粉微塵に砕け、折れた切先が勢いよく地面へと突き刺さる。



「ぐあ……っ、っ……く、腕が……!」


「シグルドさん……っ!」


「!? ちょっとシルラ……!」


 鉄剣を砕くほどの衝撃。その余波をまともに受けたシグルドの腕には、凄まじい負荷がかかり、膝をついてしまう。


 そんな彼の姿に耐えられなくなったのか、シルラは思わず駆け寄ろうと走り出した。



「まずは貴様からだ、勇士たりえるものか———」


 剣を掲げた剣士は、先ほどの引き金を瞬時に二度鳴らす。


 すると、剣の鍔あたりから小型のケースのようなものが排出される。


 そして、再びシグルドに向かって剣が振り下ろされ———



「シグルドさん!!」


「シルラ!?」


「ぬぅっ!?」


 咄嗟に庇おうと、二人の間に飛び込むシルラ。


 しかし、剣士は振り下ろした刃が彼女に触れる前に身を捩り、そのまま回し蹴りを叩き込んだ。


 シルラの体は宙を舞い、そのまま奈落へと落ちていく。



「シルラ!! お前……っ!!」


「貴様もだ!」


 シルラを庇わせるよう仕向けられたことに激昂したシグルドは、痺れる片手とは逆の手で折れた剣を握りしめ、剣士へと飛びかかる。



「ぐ、ぅ……うわあぁぁぁっ!!」


 しかし、横薙ぎに振るわれた剣士の一撃が炸裂する。


 それは爆発を伴い、シグルドの体を吹き飛ばした。


 そのまま、シルラの後を追うように———奈落へと堕ちていく。



「シグルド! シルラ!!」


 ヒルダの悲痛な叫びが響く。



「————あの小娘に身を挺して庇うだけの勇気があったとは」


 剣士は静かに呟くと、視線をヒルダへと向けた。


 ヒルダは、ぎゅっと身を固めながら、それでも鋭い目つきで睨み返す。



「っ……貴方、もしかして私も落とすつもり?」


 すると、剣士は淡々と言い放った。



「……私が教皇より命じられた任は、奈落へと向かう勇士“3人”の聖別である」


「……そう、そうね、それじゃあ……」


 ヒルダは俯き、その言葉を反芻するように呟く。


 だが、すぐにキッと顔を上げ、短剣を構えた。



「私が、ただやられるだけじゃないってところ、見せてあげるんだから……!!」



ーーーーーーーーーー



「きゃああぁぁぁ……!!」


 威勢よく啖呵を切ったのも束の間———数十秒後、当然のように抵抗虚しく、ヒルダもまた奈落へと突き落とされる。


 彼女の体が遥か下へと落ちていくのを見届けながら、剣士は静かに剣を収めた。



「勇士たりうる素質は十分……全ては教皇の望む勝利のために」


 そう呟くと、剣士はその場を立ち去っていくのだった。



ESN大賞7応募作品です。

応募期間中はなるべく早く更新頻度を高めて、できる限り書き上げていく予定です!


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