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第二話 天魔の子

「………こいつ」


 朝日が昇り、小鳥がさえずる中、シグルドは目を覚ました。軽く眉を寄せながら、地面に寝転がり、無防備に寝息を立てる少女——ヒルダを見下ろす。


 出会いは暗殺——今後の人生で二度とあり得ないような最悪の形だったが、それも過ぎたこと。皮肉なことに、二人は共に旅をすることになってしまった。



「俺より先に寝たくせに、爆睡しやがって……警戒しながら寝てた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか」


 結果的に共に旅をすることになったとはいえ、相手はつい昨日まで自分の命を狙っていた——しかも、しれっと二度も。そんな相手を前に、警戒せずに眠れるはずもなく、シグルドは浅い眠りのまま夜を明かした。


 だというのに、当のヒルダは無防備に寝息を立て、まるで何の不安もないかのようにぐっすり眠っていたのだ。



「よく地面の上で爆睡できるな、こいつ……慣れてるのか、図太いのか。いや、図太いんだな、きっと」


 呆れたように深いため息をつきながら、シグルドは朝食の準備を始める。


 野外用の簡易コンロに魔術で火を灯し、スキレットを置いて缶詰の中身を流し込む。ただそれだけの簡素な野外食。


 缶詰のスープが温まり、ふんわりと香りが立ち始めた頃——その匂いを嗅ぎつけるように、ヒルダが目を覚ました。



「いい匂い……ふぁ……はふぅ」


「起きたか」


「朝……なにそれ?」


 軽く煮立つまで温めたスープをカップに注ぎ、シグルドはぼんやりとした目で寝ぼけているヒルダに近づく。そして、彼女の手にそっとカップを渡した。



「朝食だ。飲んだら行くぞ」


「……ありがと」


 手渡されたカップを両手で包み込みながら、ヒルダは小さく礼を言った。


 もう一つの缶詰を開け、同じように温め始めると、2人の間に静かな沈黙が広がる。

 スープが温まり、シグルドがカップに注ぐ様子をじっと見ていたヒルダは、一口スープを飲むと、ぽつりと口を開いた。



「ねぇ、なんで寝込み襲わなかったの?」


「っぐ!? げほっ、ごほっ……! な、何言ってんだ、お前……」


 出来上がったスープを飲もうとカップに口をつけた瞬間、シグルドは吹き出しそうになりながら激しくむせ返った。



「だって、こんなに可愛い女の子が無防備に寝ているのだから、襲うでしょう?」


「……どこに何仕込んでるかわかったもんじゃねーよ」


 シグルドは呆れたように返し、落ち着いてからスープを口に運ぶ。


 軽い朝食を済ませると、後片付けと火の始末を終え、二人は再び旅路へと足を踏み出した。



「どこにいくの?」


「最南の村」


「えーっと……うーとがるず……だったっけ」


「確かそんな名前だったはずだ」


「村とか町の名前、どこもかしこも似ててわかりづらいのよねぇ」


「不満なら、街や村を作った先人にでも言え」


 目的地を尋ねると、ヒルダは「最南の村」という言葉から村の名前を思い出した。


 ぐちぐちと不満を言いながらも、二時間ほど歩き続けた結果、ようやく目的地にたどり着く。



ーーーーーーーーーー



「ここが最南の村か」


「まぁ……言っちゃなんだけど、辺鄙な場所ね」


「中央から離れるにつれて人は減るしな。最南ともなればこんなものだろう」


 閑散とした村。日用品を取り扱う小さな店や、畑があるだけの、静かな場所だ。



「さて、と」


「何するの?」


「食い物と水……あとは消耗品を色々」


「物資補給ね」


「誰かさんの分が増えたからな、今ある分じゃ足りねぇ」


 この村ですべきことを説明し、皮肉混じりに鼻で笑うシグルド。



「連れて行ってくれるんだ」


「お前が勝手についてくるだけだ」


 にやにやしながらからかってくるヒルダに、シグルドはそっけない返答をする。


 こうして、シグルド達は村で物資調達を始めることになった。



ーーーーーーーーーー



「この世界は欺瞞と愚かな教会の悪意によって汚されてしまっている!!」


 突如、広場の方から張り上げた声が響いてきた。


 何が起こったのかと2人が視線を向けると、1人の男が衆目を集め、声高に演説をしていた。



「私は真実を知った! 奈落の底にて真なる救済を目指す同胞から、この悪意に歪んだ真実を!」


「なんだあいつ」


「さぁ……こんな村にもいるものなのね、変な人って」


 怪訝な表情を浮かべつつも、離れた位置からでも聞こえるその声は、決して詐欺師のように人心を揺さぶるものではなく、どこか恐怖心に煽られたものだった。



「教会は我ら人類を己が歪な欲望のために改造を施し、人としての有り様を歪めてしまった! 我らは救いたる終わりから逃れ、醜く生にしがみつき、人であることすら辞めた亡者のなり損ないでしかないのだ!!」


 鬼気迫るような演説。しかし、その内容があまりにも抽象的で、周囲の者にはいまいちピンと来ていない様子であった。冷ややかな視線を送る群衆の中、男は1人の少女に目をつけ、小走りで近づいていった。



「見よ! これがその証拠である! 彼らの歪んだ人体実験によって生まれた、悪魔そのものである!」


「あれは……」


「天魔族、ね」


 男は強引に少女の被っていたフードをめくり、素顔を晒す。少女の頭には、一対の黒い羊のような角が生えていた。



「このような異形が! 都では年々増えているのだ! いずれはその侵略の魔の手がこの村まで伸び、古き人本来の姿すら失われてしまうであろう! そうなる前に——」


「おい」


「あっ、いつの間に……全く、お人好しなのかしら」


 男が少女の腕を掴み、乱暴に前へ引っ張り出して晒し者にしようとしたその瞬間、シグルドが男の前に立ち塞がり、言葉を遮った。



「な、なんだ貴様は!」


「通りすがりの旅人だよ。離してやれ」


「何故貴様の指図を受けなければならんのだ! いいか、こいつは悪魔の——」


「悪魔だかなんだか知らないけど、この子が何かしたってわけでもないだろ」


「いいや、このようなものが生まれてくることによって我々正しい人類が——」


「天魔族っていう種族名があって、中央にはもっと沢山いたし、普通に暮らしてたぞ」


 男の主張に対して、シグルドは食い気味で反論を続けた。イラついた様子で男を睨みつけ、少女の腕を掴んでいた手を払い、彼女の手を取る。



「ほら、行こう」


「えっ、あっ……はい……!」


「くっ……後悔するぞ! 己の子が呪われた悪魔になるか、我らが正しき救いの神の手にかかるか! その時になって後悔しても遅い!!」


 少女の手を引きながら、シグルドは男の元から離れる。少女を連れて戻ってきたシグルドに、嫌そうな表情を浮かべたヒルダが迎えた。



「ちょっと、ただでさえ教会に狙われてるくせに、余計に悪目立ちするようなことしないでくれる?」


「いや、だってムカつくだろ。何もしてない女の子を晒し者にしてるのなんて」


「えっと、その、ごめんなさい……私なんかのために……」


 ヒルダとシグルドの会話を聞いた少女は、フードを再び深く被り、申し訳なさそうに顔を伏せる。



「……とりあえず、買うもんは買ったし村を離れるか」


「そうね、ねぇあなた、ついてくる?」


「えっ!? あぅ……その、は、はい……」


 ヒルダの提案に少し迷ったように見えたが、周囲から向けられる視線に怯えた様子で、小さな声で頷く。


 2人は少女を連れて村を離れ、林の中に移動してから話し始めた。



「えっと、それで……あんたは天魔族、だっけか?」


「……はい、そう……らしいです。その……あの村には私以外に居ないみたいで……」


「そうなのか。んで、天魔族って何だっけ?」


 悲しそうに肯定する少女に対し、呑気に訊ねるシグルド。ヒルダは呆れたように首を振った。



「あんたねぇ……中央から旅してきたんなら知ってるでしょうに」


「いや、確かに俺は都近くに住んでたけど、森の中で親父と二人きりだったから、人付き合い自体あんまなかったんだよ。なんか角とか尻尾とか羽生えてるやついるなーって程度の認識」


「呆れた……天魔族っていうのはエーテルに適応した人種のことよ。私たちの身体は大気中のエーテルを取り込んで、心臓でマナに変換して身体に巡らせている……ってことくらいは知ってるわよね?」


「あぁ」


「天魔族はそのエーテルをエーテルのまま身体に溜め込めるエーテル受容体って器官ができた人のこと」


「こいつの角みたいなやつか」


 無知、あるいは人との違いを気にしないだけなのか、ともかく知らない様子のシグルドに呆れつつ、ヒルダは天魔族について説明を行う。



「そ、エーテルに適応してるから魔術の才能がある人が多くて、都とかでは教会が積極的に雇用や支援したりして働きかけているらしいけど」


「その……私もお父さんと二人で暮らしてて……お父さんは村でお酒作ってて……その、お父さんが亡くなっちゃって……これからどうしよう、って……」


 話す言葉が次第に震え、涙がポロポロと地面に落ちていく。


 その様子を眺めていたヒルダは、軽く少女の背をさするようにして、そっと抱き寄せる。



「あー……まぁ、さっきのあれじゃ、この村に居続けるのも気まずいよな」


「じゃあ……都に向かう?」


「つっても、ここから女の子一人じゃきついだろ」


 自然と少女の今後の行く先を話し合う二人。自分について考えていることに対して申し訳なさそうな表情を浮かべる少女は、ローブの裾をぎゅっと握りながら二人を見上げる。



「わ、私はその、大丈夫です……! た、助けていただいて、あ、ありがとうございました!」


 そう言って立ち去ろうとした少女に、シグルドは咄嗟に声をかける。



「待った! あ、えっと……その、俺たちについてくるか?」


「ちょっと!?」


 突然の提案に、ヒルダが驚いたように顔を向ける。



「あんたねぇ……昨日襲われたくせに、危機意識ないの? こんな可愛くておどおどした小動物みたいな子を危険に巻き込む気!?」


「いや……さっきお前が『教会が積極的に雇用や支援をしている』って言ってただろ。なら、俺といれば確実に教会の人間と会えるし、俺が人質にしてる体にしておけば、保護される形になるかもしれない」


「……可能性は、なくもないけど……」


 シグルドの提案に否定しきれず、腕を組んで視線を逸らすヒルダ。少女は改めてシグルドに向き直る。



「それで……私はどうすればいいんですか?」


「んー……どうするもこうするも、今更一人で生きてくのも無理だろ」


「そ、そうですね……」


 少し戸惑いながらも、少女は頷いた。


「なんで……その、そこまで言ってくれるんですか?」


「俺から関わったんだ、関わった以上は解決しなきゃすっきりしない。まぁ、気が済まないってだけだ」


 何故、と問われるとシグルドは真っ直ぐ少女を見つめて答える。少女はその言葉に再び少し涙目になりかけるが、顔を上げ、飲み込むように表情を引き締める。



「その……じゃあ、お、お世話になります……っ」


「おう、俺はシグルド、んでこいつは——」


「ヒルダ、よろしくね」


 無事に話をまとめた後、2人は名を名乗る。少女は名前を反芻した後、2人を交互に見て言った。



「わ、私はシルラって言いますっ! その……よろしくお願いしますっ」


 にっこりと笑顔を浮かべ、少女……シルラは名乗った。



ESN大賞7応募作品です。

応募期間中はなるべく早く更新頻度を高めて、できる限り書き上げていく予定です!


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