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第十話 旧都調査

 初めての任務に出発する前、ここまで共に過ごしてきた仲間たちにひと声かけようと、シグルドは二人の姿を探していた。


 シルラは子どもたちの世話を引き受けることになり、ヒルダはというと、機械の塊を見事に解体したことで人々の注目を集めていた。



「これは……魔術、でいいんだよね?」


「えぇ……まぁ、はい……」


「お前、魔術は使えないって……」


「……使えないと思ってたのよ」


 まるで怒られた子どものように、しゅんと肩を落とすヒルダ。その様子に、どう対応したものかとセレンが頭をかいていると、人混みをかき分けて一人の少女が現れた。



「おー、こりゃまた見事にバラされてる! いいねぇ、こういうの、こういうの! これを待ってたんだよ、ボクは!」


 白く無造作に伸びた髪。サイズの合わない白衣をだぼだぼに着た小柄な少女が、満面の笑みを浮かべながら騒ぎの中心へと歩いてきた。



「珍しいですね、博士がこんなところに来るなんて」


「んー? まぁねぇ。最近ちょっとスランプでさ~」


 あのセレンが、どこか敬意を込めた口調で接していることに驚きつつ、その“博士”と呼ばれた人物に興味を抱いたシグルドは、セレンに小声で尋ねる。



「この人は……?」


「ああ、彼女はヨシノ博士。君が背負っているそのマギア――そして私が使っているマギアを開発した、まさにその人だよ」


「……!? この人が……」


 思わず「こんな子どもが?」と口にしそうになるが、ギリギリで言葉を飲み込み、少しだけ間を置いて言い直す。



「今、“子どもが”って思っただろ。舐めんなよ、クソガキ。これでもお前の何十倍も長く生きてるんだぞ」


「……は、はぁ」


 とにかく見た目に反して年季の入った存在であることはわかった。


「ま、そんなことはどうでもいい。君だよ、君」


 話題を強引に変えると、ヨシノ博士はヒルダのもとへ歩み寄り、彼女を見上げる。



「それ、間違いなく“回帰”の魔術だよね?」


「え、えぇっと……」


「言いたくないの? それは――お父様が嫌いだから?」


「っ……そ、それは……!」


 ヨシノの鋭い一言に、ヒルダは目を見開き、言葉を詰まらせる。



「ま、理由はどうでもいいけどね。ボクが興味あるのは、君の事情じゃなくて“力”だよ。――おい、ミカ。連れて行って」


『相変わらず強引ですねぇ、博士』


 ヨシノが「ミカ」と呼ぶと、彼女の背後にふわふわと浮いていた球体が静かに動き出し、人の形をとり始める。


 まるで液状のエーテルが意思を持って変形していくかのような、不思議な光景。


 その様子に、シグルドもヒルダも思わず息を飲んだ。



「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


「……なんだい?」


 シグルドがヒルダとミカの間に立ちはだかると、ヨシノは露骨に不機嫌そうな顔を見せた。



「俺、こいつに話があるんで……ちょっとだけ、待って……もらえますか」


「……手短にね」


 体は小さいが、その圧には確かな威厳がある。長く生きた存在ならではの重みだ。


 とはいえ、理屈の通じない相手ではないらしく、ヨシノはあっさりと引き下がり、少し距離を取ると指を鳴らしてミカを呼ぶ。


 ミカは滑らかに姿を変え、ソファのような形へと変化し、ヨシノはそこにふわりと腰を下ろした。



「……ヒルダ」


「……何よ」


「俺、戦うことに決めた」


「そう……」


「それが、今の俺にできることだからだ」


「……」


「だから、お前もさ。自分にできること、やってみたらいいと思う」


「え……」


「その力、なんで隠してたのかはわかんねぇけど……お前の力だろ? だったら、それを役立てる方法を探すのも、悪くねぇんじゃないか」


「ほら、俺を殺して教会に差し出すよりは、人のためになるだろ?」


 冗談めかして笑ってみせると、ヒルダはぽかんとした顔でこちらを見た。



「……貴方、笑えるんだ」


「……そりゃ、まあな」


「ふふ……言われなくたって」


「ん?」


「私がいなくなっても、寂しくなったりしないでよ?」


「するかよ、清々するに決まってんだろ」


「あっそ」


 ヒルダが、いつものように人をからかうような笑みを浮かべる。そのまま、シグルドの隣を通り過ぎていき、ヨシノ博士の前に立つ。



「話は終わったかい?」


「ええ。私の力が、必要なんでしょう?」


「もちろん。君がどんな風にボクのインスピレーションを刺激してくれるか、楽しみにしているよ」


「……危なくはないでしょうね? 私の可愛い顔に傷でもついたら――」


「よしミカ、連れて行け」


「ちょ、ちょっと待っ――!」


 まるで誘拐でもされたかのように、ヒルダはミカによって連れ去られていった。



「……選択肢、間違ったかもな」


 シグルドは、ぽつりと小さく呟いた。



「あの、し、シグルドさん……」


「ん? シルラか」


 ヒルダを見送った後、シグルドが振り向くと、シルラがどこか遠慮がちに声をかけてきた。



「はいっ、その……わ、私も、ここで働くことにしました!」


「へぇ、何するんだ?」


「子供たちのお世話と……それから、私の魔術で、少しでもお役に立てればって……」


 不安と決意が入り混じったような表情で、それでもしっかりとした口調で語るシルラ。


 その様子に、シグルドは小さく笑って見せた。



「いいじゃないか。……ここが、お前の居場所になるといいな」


「……はいっ! 頑張ります! シグルドさんも、その……頑張ってくださいっ」


「――ああ。できるだけ、死なない程度にな」



 軽口を交えながらも、互いの背中には決意が宿っていた。


 ヒルダ、シルラ、そしてシグルド。


 三人はそれぞれ、自分にできることを胸に――新たな一歩を踏み出していた。



ーーーーーーーーーー



「ん、来たねファン君! おっと、僕としたことが――あの場で君の名前を聞きそびれていたよ!」


「……シグルドだ」


「シグルド! んんー、勇ましく、そして力強い……実に良い名だ! この天才、アルフォンス・エルヴァンの名と並べても決して曇らない!」


「……そうか」


 支度を整え、待ち合わせ場所へとやって来たシグルド。


 迎えに立っていたのは、やはりというべきか、ひときわハイカロリーな男――アルフォンス・エルヴァンだった。


 その圧に当てられ、出発前からすでに胃がもたれそうになる。



「では行こう、ファン改め――我が友よ!」


「……うす」


 一つひとつ反応していては、精神が持たないと察したシグルドは、もはや考えるのをやめ、無言でアルフォンスの後をついていくのだった。



ーーーーーーーーーー



「暗いな……」


「ん、ああ! そうか、君はまだ暗視を使えなかったんだね。天才たる僕が気づけなかったとは、不覚……すまない!」


「暗視?」


 アルフォンスは大げさな身振りで頭を下げつつ、シグルドの横へと歩み寄る。



「君の腰にあるこのベルト、予備のエーテルカートリッジが付いているだろう?」


「あぁ」


「それは予備であると同時に、“身体強化用”のエーテルでもあるんだ」


 そう言いながら、アルフォンスはベルトのケースに収まったカートリッジを軽く押し込む。



「これでエーテルが少し外に出た。今度はこれを――全身に、いや、こういう暗闇なら“目”に浸透させるイメージを持つんだ」


「……目に?」


 言われた通りに意識を集中し、そっと目を閉じる。感覚を研ぎ澄まし、目の奥にエーテルを集めるようなイメージを描く。



「そして想像するんだ! 闇の中でも全てを見通す“魔の瞳”を!」


「っ……! お、おお……見える……!」


 驚いたことに、思った以上にあっさりと暗視魔術が発動した。


 もちろん、外のように明るいとは言えない。だが、うっすらと輪郭や色彩が見えるだけで、先ほどまでの闇とは比べ物にならないほど動きやすい。



「素晴らしい、完璧な魔術だよ! ……そして、敵だ。友よ」


「敵……? っ、今、何か……?」


 大仰に成功を喜ぶアルフォンス――その直後、彼の声色が一変した。


 先ほどまでの騒がしさが嘘のように、冷たく、鋭い“戦場の声”がシグルドの耳を打った。



「“ラット”――と、僕たちは呼んでいる。大型の機械ならすぐに見つけられるが、小型になると、どうしても僕たちの目をすり抜けてしまう」


「くそ……視界の隅をうろちょろしてる……こいつらか……!」


「ただ、所詮は“ネズミ”さ。エネルギーを吸われ続けるこの街じゃ、長くは活動できない。街の浅い層に潜り込み、エネルギーが切れると陽の光で充電しようと地表に出てくる。脅威というほどではないが……鬱陶しい存在だよ」


 アルフォンスはそう語りながら、腰に携えていた一本の剣に手を伸ばす。


 ――それは、シグルドが武器選びの際にセレンから“おすすめしない”と言われた、鞘付きの細身の剣だった。



「ラットは素早く、小さな隙間に潜んでいる。そして――機械であるがゆえに、人に敵意を向ける。油断したところを狙って、容赦なく噛みついてくる」


「な、なら……そんなところにいたら、どこからでも攻撃されるってことじゃ……?」


 シグルドも警戒して剣を抜き、構える。


 目には見えないが、足元を、背後を、何かが這い回っているような感覚だけが肌に伝わってくる。不気味な気配が周囲を満たしていく。



「違うな、友よ」


 アルフォンスが、わずかに笑みを浮かべながら振り向く。



「“どこからでも狙われる”ということは、“どこでも狙える”ということでもある。この天才にとっては――ね」


「っ! 危ない!」


 シグルドが声を上げる。アルフォンスの死角、壁の隙間から三体のラットが一斉に飛び出した――その瞬間。



「シノノメ一刀流――」


 アルフォンスは鞘に手をかけ、深く腰を落とす。



「――《五月雨ノ月》」


 音が、消えた。


 抜刀の音すら響かない。視線が剣を追えぬまま、次の瞬間。


 ラットたち――否、彼らが潜んでいたすべての隙間に、まるで“見えざる刃”が突き刺さるように、無数の斬撃が奔った。


 鋼鉄を裂く高音が、ようやく遅れて空気を裂く。


 ラットたちは、飛び出した瞬間に動きを止め、バラバラに分断されて床に落ちた。



「――この通り、天才に“不可能”はない。我が《シノノメ一刀流》に、切れぬものなど存在しないのさ」


 鞘へ収まる剣の音が静かに響く。



「すげぇ……」


 思わず、シグルドが息を漏らす。


 ふと背後から“コトン”と物が落ちる音がして振り返ると、そこには――真っ二つに切り裂かれたラットの残骸。


 自分の真後ろ、目視すらしていなかったはずの敵までも、アルフォンスは正確に斬り落としていた。


 広範囲に及ぶ斬撃を、味方を傷つけることなく、すべての敵だけを捉える精密さと技量。


 ――口先だけではない。“天才”の言葉に、確かな裏付けがあった。



「さぁ、任務はまだこれからだ。進もう、友よ」


「あ、あぁ……」


 その背を追いながら、シグルドは思う。


 ――こいつ、本当に天才だったのか。



 “天才”アルフォンス・エルヴァンとの初任務は、まだ始まったばかりだ。


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