100年恋をしないでくれと言われた魔女は約束を守り続ける
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城下町の喫茶店に入ると、店内を見回す。
待ち合わせしている、赤い髪の魔女スフィアが足を組み合わせテーブルに頬杖を突いてこちらを見ているのが視界に入ると、慌てて彼女のもとへと行き向かいの席へと腰掛ける。
「ごめんなさい。遅くなって」
「あんた、まーた城に呼び出されたの?」
呆れた表情を向けられる。
私が約束の時間に来れない大抵の理由は城からの呼び出しなので彼女は察したのだろう。
注文を取りに来たウェイターにコーヒーとケーキを2つずつ注文をする。
それを無言でスフィアは見つめる。
「初恋の彼、のためにねぇ」
ウェイターが去っていくとスフィアはつぶやくようにそう言った。
ぎくりとした私は思わず口を噤む。気まずい空気が流れる。
「こう言っちゃなんだけど……あんたの初恋の人相当やばいわよ」
スフィアはずいっと私に顔を近づける。
その表情は神妙なものであった。
「初めてのプレゼントはそのへんで拾った小枝だし、あんたに不誠実だからと言って複数の女性と結婚してしまうし、挙句の果てに百年は恋人を作らないでほしいって……あまりにも自分勝手でしょう?」
言葉にされると確かに酷い男かもしれない。
しかし、彼女が言っている事柄にはしっかりとした理由があるのだ。
私が誤解を解こうとするとスフィアはそれを手で制す。
「いいの。あんたの惚気昔話は聞き飽きてるから。ただ、そんな男を想い続ける心に私は終止符を打ちたかっただけなのよ」
「と、いうと?」
「婚活行かない?」
にんまりとスフィアは笑う。
「やっぱり私たち長寿だからさ、同じ長寿の種族がいいと思うの。エルフなんて見た目が凄くいいと思わない?」
「うーん」
私は返事を濁し目を泳がせる。
いつまでも返事を出さずにいるとスフィアのジトーっとした視線を感じ、ますます居心地が悪くなる。
それでも口を開かずにいればスフィアはおもむろにため息を付いた。
「彼とした百年の約束はとうに過ぎているんでしょう?ならもう吹っ切って新しい恋を見つめるべきよ」
彼女の言うように彼と約束した百年はとうに過ぎている。
しかし、必ずしも百年経ったら恋人を見つけなければいけないという決まりはない。
だから無理して自分から動こうという気はない。
ウェイターが注文の品のコーヒーとケーキを私たち目の前に置く。
「まあ、気が向いたら教えてよ。予定組んであげるから」
「うん。ありがとう」
コーヒーの入ったカップを手に取り、口をつける。
私が恋をしない理由は彼との思い出を誰かで上書きしたくないからだ。
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約二百年前、私は国付きではない魔女であった。
森の中で小さな木の家を構え、自給自足で過ごす穏やかな生活を送っていたある日、王命が届いた。
内容としては第一王子の呪いを解いてほしいとのこと。
まだ彼は9歳らしく、可哀想に思った私はすぐに城へと赴いた。
城門につくと門番をしている二人の騎士のうち一人が私に気づき、かがみ込んだ。
「お嬢さん、どうしたのかな?」
にこにこと笑いかけられる。
私は額を押さえて、ため息を吐く。
私は御年二百歳で彼らより年上なのだが、魔女の見た目は二十年に一度しか成長しないのだ。
つまり私の見た目は人の子で言う十歳くらい。
目の前の騎士が子どもと間違えるのは仕方のないことだとはいえ、二百歳の私にとっては嘆かわしいことである。
「そうだ。お兄さんキャンディ持ってるからあげるよ」
そう言って彼は懐から銀の包み紙で包まれた飴を手のひらに乗せて差し出す。
私はお礼を言ってキャンディを受け取り包み紙を開け口に放り込む。
……まったく。本当に嘆かわしいことである。
「それで、お嬢さんはどうしてここに?」
「王命で招かれました。ここを通していただきたい」
家に届いた書状を見せると騎士は瞠目していた。
城に通され第一王子のもとへと案内される。
部屋に入れば天蓋付きのベッドの前に王と王妃が立っており、私を見ると驚いた表情をみせた。
「まさか貴女が魔女のリリアナか?」
「いかにも。私が魔女のリリアナでございます」
彼らは私を見た目で判断したようで落胆の色が目に見えて分かった。
まったく。最近の若者のきたら、人をすぐに見た目で判断するのだから困ったものだ。
「第一王子のクラン様のご容態を確認してもよろしいでしょうか?」
「ああ。よろしく頼む」
許可が下りると私はベッドへと近づく。
クランは苦痛の表情で仰向けに寝ており、汗が玉のように吹き出ては顔を伝って流れていく。
掛け布団をはがすと腕に呪いの紋様が刻まれていた。
手紙の内容で彼が宝物庫にある呪具に不用意に触ってしまったことは知っていたので、私は彼の手を両手を握りしめると瞳を閉じて解呪の言葉を紡ぐ。
言葉が終われば私は目を開けて彼の顔を確認する。
見る見るうちに苦痛の表情は引いていき彼は目を覚ました。
「どうやら体調は良くなられたみたいですね」
声を掛けると彼の目が動き、私を捉えた。
安心させるようににこりと笑う。
驚いた彼の顔が見る見るうちにピンク色に染まっていく。
解呪の反動で発熱してしまったのかもしれない。
見ない例だったがまあ、そういうこともあるのだろう。
彼の手から両手を離し、私は王と王妃に向き合った。
「解呪はしましたが、まだ本調子ではないようなのでご静養をお勧めします」
「ご苦労であった。褒賞はまた後日改めてさせてもらおう」
「それではこれにて失礼させて頂きます」
一礼し踵を返す。
部屋を出る前に背後の様子をチラリと覗えばベッドで上体を起こしているクランは王と王妃と私を交互に見て焦っている様子であった。
きっと何が起こっていたのか分かっていないのだろう。
あの分であれば回復は早いだろうと安心し、私は部屋をあとにした。
城を出て城門に続く長い道を歩いていると「待って!」と誰かを呼び止めるような声が聞こえた。
私ではないかもしれないと思ったが確認のため立ち止まり、振り返ればクランが私に向かって走ってきている。
病み上がりの彼が心配になり、私は思わず駆け寄った。
「そんなにお走りになられて……お身体の方は大丈夫なのですか?」
「あ、ああ。もう元気だ。このようなことも出来る」
その場で跳んだり、ストレッチしたりと体を動かし始める。
それにしては頬がピンク色のままだ。
「早くお部屋に戻られた方が良いです。王様も王妃様も心配されますよ」
「え、あ、ああ。用事が済んだらすぐに戻るよ」
彼はあわあわと周囲を見回し始め、どこかに走って行くとかがみ込み再び私のもとへと帰ってくると手に持っている小枝を私の前にずいっと差し出した。
「き、君の髪はこの小枝のように綺麗だ」
瞳を瞬かせる。
彼の表情を見れば照れているのか瞳を伏せていた。やはり頬はピンクに染まっている。
子供の感性というのは面白いものだ。
彼の瞳にはこの小枝が綺麗なものに見えるらしい。
それは私のくせっ毛のある焦げ茶色の長い髪も同様に。
私は彼から小枝を受け取るとそれに目を落とす。
確かに艶々としていて綺麗な小枝だ。
「ふふ。ありがとうございます」
「う、うん」
「それでは、クラン様。私はこれで失礼致します」
一礼し踵を返す。
お礼のつもりだったのだろう。
手に持っている小枝に目を落としながら歩みを進めていると「待って!」と呼び止められ振り返る。
クランが私を見つめている。
「つ、次はいつ会える?」
「……貴方方が私を呼んだ時でしょうか?」
私はほほ笑みそう応えると再び一礼をしその場を去った。
それから暫くして、城から便りが届いた。
中を確認してみればクランの遊び相手になってほしいとのことであった。
まったく。私をいくつだと思っているのか。
読み進めていくとおやつが出るらしい。
とんと呆れ果てた。
そのような誘惑をされるなんて本当に嘆かわしい。
「リリアナ、きてくれたんだね」
「お久しぶりですね、クラン様」
久しぶりにあった彼は嬉しそうな笑顔を私に向けた。
王命であるならば仕方あるまい。
彼の遊び相手という仕事を請け負おう。
遊び相手といっても彼と行動を共にし見守ることだった。
勉強している姿を眺め、剣術の指導を受けている彼を眺めたりと特にすることもなかったが、私は彼のすることを穏やかな気持ちで見ていた。
「リリアナ、さっきの踏み込みの良さ見てくれてた?」
「ええ。とってもカッコ良かったですよ」
笑顔で答えると彼は引き締めていた表情を破顔して笑う。
その表情を見たくて必要以上に褒めていたかもしれない。
その度に嬉しそうにするので褒め甲斐があった。
そんな毎日を過ごしていると彼は十二歳になった。
同じくらいであった身長はすっかり抜かされ彼を見上げて見るようになった。
人の成長とは早いものだとしみじみ思う。
しかし私を見下げていた彼は不安の表情を滲ませるようになった。
「リリアナは小さいからもっと食べないと」
そう言われて彼は私に沢山の食べ物を勧め始めた。
歳を重ねなければ私の体は成長しないと言ったはずなのに。
しかし、彼の必死な表情に私はなんだか和やかな気持ちになりふと笑ってしまった。
「笑ってる場合じゃないんだリリアナ。このままだと僕ばかりが大きくなってしまう」
それが気に入らなかったらしい。
彼はムッとした表情をした。
「私は嬉しいですよ。クラン様が成長されていく姿を見ることが出来て」
「僕はちっともよくはないよ。ほら、リリアナ。成長にはミルクがいいらしい。お肉も食べよう」
次から次へと食事を勧められ、彼に会うたびにお腹が膨れてしまい、夕ご飯が入らなくなっていた。
たらふく食べた次の日はクランが私の身長が伸びてないか確認するまでがセットで行われる。
……いや、私の身長が全く変わっていないことを彼が確認して落胆するまでがセットだ。
それから年月が経ち、クランは17歳になった。すっかり身長に差がついてしまった。
最近の彼は私を子供扱いするようになり、よく膝に乗せたがる。
「私は貴方より年上なのよ」
「いいや。君は子どもだ。初めて出会った時から全く何も変わっていない」
抵抗するも大きくなった彼に敵うはずもなく、抱きかかえられて膝の上に乗せられる。
釈然としない不機嫌な私に上からクスクスとうれしそうな笑い声が落とされる。
彼は私を膝の上に乗せると私の髪を櫛で丁寧に梳いていく。
これが始まってしまうと私は借りてきた猫のように大人しくなる。
「リリアナの髪は本当に美しいな」
くせっ毛の焦げ茶色の長い髪を彼はいつも褒めてくれる。
その言葉に対し返事もせずに黙っているのだけれど、今日は彼がくれた小枝を思いだしふふっと笑う。
「貴方がプレゼントしてくれた小枝のように?」
返事が返ってきたことに驚いたのか、彼の髪を梳く手が止まる。
「あ、あれは若気の至りというやつでっ!しかもあの時は何も持ち合わせてなかったからっ!君の髪が小枝のようだと今は思っていないよ!」
あわあわと慌てているのだろう。
彼の声に焦りが含まれている。
可笑しくなって笑ってしまう。
「私は嬉しかったわ。あんなにツヤツヤと輝いている小枝と一緒だと言われて」
目を細め追想する。
彼が私にプレゼントしてくれた日のことを昨日のことのように思い出せる。
これは年を取るのが遅いが故か。
「ちゃんと大切に家に飾っているのよ」
「お願いだ!捨ててくれ!他に違う物を……そうだ!ネックレスとかどうだろうか?」
「いいえ。あれは私の大事な宝物だから絶対に捨てないわ」
「そんな〜……」
落胆している声が耳に入る。
それが可笑しくてクスクス笑えば報復のためか彼は私の体を擽ってきた。
突然のことで体がビクリと跳ねたがクランの指がくすぐったくて笑いが止まらなくなってしまった。
まったく。本当に彼は私を子どもとして見るようになってしまったらしい。失礼な話だ。
クランが二十歳になったある日、私の家に城からの使者が来訪した。
毎日のように城に出向いているというのに、家まで来た遣いに首を傾げた。
どうやら内密の話のようで内容はクランに関することであった。
「クラン様が婚約も結婚もしないと……それはもう頑なに。世継ぎの関係もありますので、どうかリリアナ様から説得して頂けませんか?」
まったく。いつまで経っても自分が王位継承者であることを理解できていないらしい。
私は使者に引き受けることを約束した。
城に着けばタイミングが良いのか悪いのか、丁度王からクランに婚姻の件を諭されている場面であった。
王が私に気づくと「リリアナ。君からもクランに言ってもらえないだろうか」と声をかけられる。
その言葉でクランは振り返り、私を目にした彼はじわりと目を潤ませた。
「何故君はいつまで経っても子どものままなんだ」
彼は屈んで私に縋りつくとおいおいと泣き始める。
それは魔女なのだから仕方がないと言えば彼はもっと泣き始める。
目の前の彼が本当に悲しそうに泣いているので私は困ってしまった。
「君以外の女性を愛することなんて私にはとてもできない」
「ですが、クラン様は王子としての務めを果たさなければいけませんよ」
「君は私が誰かと結婚してもいいのか?」
「王子として生を受けた者の定めにそういう感情は持ち合わせておりません」
「君は冷たい」
再びおいおいと泣き始める。
困り果てて王を見やれば彼もやれやれと肩をすくませていた。
小さい私に縋っている彼は床につきそうなほど蹲っている。
すっかり大きくなってしまった背中を私はじっと見つめる。
「クラン様が結婚をしないというのであれば私は貴方のもとを去り、二度と貴方の前に姿を見せません」
下を向いていたクラン様はその言葉でぴくりと体を震わせた。
言った言葉は脅しではなく本気のものだ。
私が彼の障害になるのであれば初めからないものだったと思ってもらうしかない。
「……わかった結婚しよう」
彼の返事に私は心底ホッとした。
結婚することを決めたことにではない。
彼から離れずに済むことに安心したのだ。
私にとって彼の成長を見守ることは日々の楽しみになっており、それが失ってしまうのは酷く寂しいことだからだ。
結婚を決めた彼は婚約者を迎え入れたのだが、一人ではなく前代未聞の三人であったため私はあまりにも吹っ切れすぎた彼に目を白黒させた。
「リリアナがいるのに他の一人の女性を愛してしまうのはあまりにも不誠実だ。だから愛する人が複数人いればその想いは分散されるから不誠実ではないと思うんだ」
若い子が考えることはいまいちよくわからなかった。
想いを一つにすると不誠実だが分散させれば誠実なのか?
もしかしたらそういうものなのかもしれない。
とはいえ、行く行くは誰か一人に決めるのだろうと思っていたが、彼は三人と結婚してしまった。
女性三人にそれでよいのか訊くがいいらしい。
時代は変わったんだなぁと受け入れることにした。
結婚したというのに私のやることは変わることなくクランと行動をともにすることであった。
王子妃たちが良くは思わないのではとの不安を払拭するように彼女たちは私を受け入れた。
子どものように、妹のように可愛がる。
今日もお茶会に誘われマドレーヌをご馳走してくれるらしい。
甘くなった口の中に紅茶を流し込む。
私は彼女たちよりも年上だと言うのに……まったく嘆かわしい話である。
数年経つと彼女たちの身体に新しい命が宿る。
私は一人一人に祝言をプレゼントをし、喜びを共にした。
彼女らの子はすくすくと成長した。
第一王子のモールが10歳になると私に求婚し始めた。
どうやら私のことを年が近い少女と思っているらしい。
まったく、失礼な話である。当然断った。
しかし、それを聞きつけたクランがすっ飛んできてモールに向かって怒り始めた。
「リリアナは私の恋人なんだから手を出したらだめだ」
まったく。いつから私はクランの恋人になったのだ。
しかし、それでモールが諦めてくれるのなら仕方がない。
一時的に恋人として受け入れよう。
「これからは口説かれたら私の恋人だって言うんだよ?」
子どもに言い聞かせるような口調に腹が立ったが、相手に気を持たせるようなことをしてはいけない。
その提案を甘んじて受け入れようと思う。
いつの間にか戴冠式を迎えクランは王となっていた。
彼の子どもたちもあっという間に大きくなって子を持つようになっていた。
私はその子達に祝言をプレゼントする。
そしてその子達が10歳になると求婚された。
まったく。この血族は一体全体どうなっているのかと呆れてしまう。
私はクランが言った言葉を口にする。
「私はクラン様の恋人なのよ」
そう言うと諦めてくれた。
凄い。魔法の言葉だ。
これからはどんどん使っていこうと思っていた矢先、クランが孫から聞いたのか私のもとにやってきて、瞳が揺らいで悲しげな表情を向けたのだ。
私は静かに憤慨した。
自分で言わせておきながらその態度はなんだと。
しかし、それは口にしない。
いつの間にか彼の髪の毛に白髪が混じっていることに気づいているからだ。
人の基準である初老を超えてしまった彼には優しくしてあげないといけない。
まったく。私のほうが年上だと言うのに嘆かわしいことだ。
「すっかり私は年をとってしまった。リリアナの横に立つのが恥ずかしくなるよ」
「貴方が私の年齢に追いつくことは永久にないのよ。クランはずーっと年下のままよ。それに見た目なんて関係なく貴方は私のことを愛してくれてるじゃない」
そう言えば彼は昔と変わらず私に微笑んでくれる。
ほら、まったく変わっていない。
それを確認すれば私も口元が緩むのだ。
彼の孫も大きくなると子どもに恵まれた。
私は祝言をプレゼントする。
その子達が10歳になると求婚された。
とんと呆れ果ててしまう。断るに決まっている。
口を開いて断りの言葉を紡ぐはずが私はうまく声を発することができなかった。
何故なら、クランが病で伏せってしまっているからだ。
彼の耳にこのことが入ってしまえば要らぬ不安を与えてしまうだろう。
「私には好きな人がいるからごめんなさい」
気づかないようにしていた言葉が口から滑り出た。
私の密やかな恋。
言わないようにしていた。いや、もう言うことはない。
これを口にするのはきっと最後。
だって……涙が溢れて止まらないのだから。
私が泣き出すと、クランのひ孫は優しく寄り添いハンカチを渡してくれた。
白髪に改めて気づいたあの日、苦しんでいるのは私だけだと思っていたがクランも苦しんていたのだ。
出来るなら、出来ることなら人として生まれたかった。
そうしたら彼の想いに応えられるのに――。
嗚咽が止まらなくなる私の背中を彼のひ孫が優しく擦る。その手はとても温かった。
それから数年経ち、私はクランの看取りのため王妃たちとともに彼の傍にいた。
昔より私は少し大きくなっていた。
人の子で言う十二、三くらいだ。
暗い雰囲気になるかと思っていたが、王妃たちが明るく世間話をするので部屋は和やかだった。
そんな中、クランは私をじっと見つめてくる。
「とうとう私は君が大きくなった姿を見れなくなるのか……」
「出会った時より大きくなっているでしょう。貴方の目は節穴なの?」
まったく。いつまでも変わらないのだから。
……そう。いつまでも変わらない。
「リリアナ……私が死んでからせめて五十……いや、百年は誰かに恋をしないでくれ」
「陛下。それはいくらなんでも……」
「そうですよ。リリアナはずっと陛下の傍にいてくれたというのにまだ彼女を縛り付けるおつもりですか?」
周りの王妃たちが苦言を呈する。
縋り付くような瞳でクランは私を見る。
きっと元気であればあの日のように私に縋り付いて泣いてしまっているのだろう。
私は彼の手を両手で握りしめる。
あの頃の同じ大きさの手と違い角ばってて大きな手だ。
私は彼の顔を見て微笑んだ。
「わかりました。私はこの先百年、誰にも恋をしません」
「リリアナ……」
百年と言わず、何百年先も。
貴方以上に私が誰かを想うことはないでしょう。
しばし見つめ合う。
彼はふいに口を開いた。
「あと五十年追加してもいいかい?」
「陛下!いい加減になさい!」
王妃が叱咤する。私は可笑しくて笑った。
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そして、彼は亡くなり私は城へと残った。
今もなお、私が愛した人たちの子孫を見守っていくのは人生の楽しみの一つだ。
「あんたまたニヤニヤして……昔のこと思い出してるんでしょ?」
「失礼な。ニヤニヤはしてないよ」
ケーキを口に頬張る。
スポンジとクリームが口の中で溶け、幸せいっぱいな気持ちになる。
「ところで、今日はどんな理由で城に呼ばれたのよ」
「第三王子の遊び相手」
「ああ。あんたに小枝をプレゼントしたっていう?……はあ。血なのかしらねぇ。センスってもんがないわ」
スフィアは大げさに両手を開き肩をすくめ首を振った。
彼女はそうは言うが、私はクランとの思い出が蘇るようでとても嬉しかった。
口元が緩めば前方から視線を感じる。
顔上げてみれば彼女はニヤニヤと笑い私を指さした。
「またニヤニヤしてたでしょ〜?」
「もう!してないってば!」
「嘘嘘。してた〜」
彼女の指摘から逃れるように私は笑って否定した。