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ブレーメンの聖剣 第2章 慟哭(どうこく) 下 (上下2巻)  作者: マグネシウム・リン


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挿絵(By みてみん)


 まだ人々が寝静まる早朝。やっと東の地平線が明るくなった時間。

 ワング=ジャイの八方から一般車両に武装した兵員たちが乗り込んで中央区を目指していた。テムさんの計画では、それぞれの部隊が目的を持っていた。テレビ局とラジオ局の占拠、各省庁の制圧、警察署の包囲、国家親衛隊本部への陽動攻撃。

 その主力はソラたちのいる車列だった。車列の先頭は集荷トラックに偽装したテクニカル・トラックで、(ほろ)をとっぱらったら台座付きの重機関銃が現れる。その後ろを18輪の輸送トラックが続く。可変戦闘車(ジャガー)はどうしても隠せるものではなく、外に防水シートを巻いて少しでも偽装を施した。その荷台にソラとアーシャが乗る。後続のバンにはカールスバーグ隊長、テムさん、そしてライガとトーシャの精鋭たちが続く。彼らは変身しても素手のままだったが、それでも十分らしい。

 朝のワング=ジャイ/その上空を、白い航跡を残して巡空艦が高速で通り去る。街中にビラをばらまいている。今日が初めてじゃない。ここ数日、何度かあった。はじめこそは警察がビラを集めて燃やしていたが、今ではビラを読んだ反逆者を捕まえようという気概は無かった。

「ワング=ジャイ市民へ」ソラが空から落ちてきたビラの1枚を掴んで読み上げた「われわれ連邦(コモンウェルス)軍は、旧第4師団の圧政を打ち破るべく武器を持ち参上した。速やかな降伏を……」

 読んでいる途中でアーシャに奪われ、丸めて捨てられた。今日のアーシャは、普段のくたびれたTシャツとジーンズ姿じゃない。国家(ネーション)の正規兵の制服に袖を通している。そういえば、この姿は初めて見た。歴史の教科書で見るような、古風な軍服だった。すでにポポと溶け合っていていつでも戦うことができる。

「まったく。意味わかんない。あのクソ女、くる?」

 あの女、と言われ数人の顔が順繰りに浮かんだが、やっぱりルナのことだろう。天真爛漫(てんしんらんまん)調整員(テッキー)というより財団の諜報員姿が思い浮かぶ。

「たぶん来るだろうね。この戦争も、どちらかといえば財団の野心が原因だから」

「もう。さっさと来てほしい。私が捻り潰す(ひねりつぶす)から」

 文字通りの「捻り潰す」だろう。ソラはほっそりとしたアーシャの手に指を絡ませた。ここのところ、テムさんから聞かされたアーシャの戦い方がずっと頭から離れていないせいだった。

「アーシャ。僕はアーシャが好きだけど、もう暴力は振るわないって約束してほしい」

「もう、ソラは甘い。これは必要な戦いだ()

「それはわかってる! でも、このまま戦いばかりだったらきっといつかアーシャの心が(すさ)んでしまう。僕は、アーシャが優しいアーシャに変わってほしいんだ」

 ほんとうに甘い考えだろうか。出発前 ケン・ピセイディの隠れ家は殺気とやる気に満ちていた。アーシャの家族も、それぞれがアーシャを心配していたがそれでも彼女の背負った責任をよく理解して笑顔で送り出した。

「僕は、やっぱり暴力はだめだと思うんだ。暴力を暴力で抑えようとしたせいで何百年も唯一大陸(タオナム)で戦争が絶えない。僕は、これを本当に最後の戦いにしたいんだ。そして堂々と連邦軍と財団に、僕らは変わったんだって示すんだ。連邦(コモンウェルス)と対等な国家(ネーション)として」

 アーシャは、少しだけきょとんとしていたがすぐ頭をソラの頭に乗せた。背が高いせいで一方的にのしかかったように見えてしまう。

「うん、そうする。じゃあ私も。お願い。今日で戦うのは最後にする。だから戦う私を見ていてほしい。そして戦いの間は私を頼って。ううん、頼りなさい。私、がんばるから」

「そして、あの、なんというか。死なないでね」

「もう、あたりまえ。私は強いんだ()

 そして首が捻じ切れるかというぐらい、ソラは頭を引き寄せられ長い長いキスをされた。

 車列は南区と中央区を分ける環状交差点(ラウンドアバウト)まで来た。先行していた部隊が道路を封鎖して早朝の通勤の車列を押し留めている。何事かと市民たちが詰め寄るが、武装した兵士──所属を示す記章(きしょう)のない兵士たちは頑として通さない。そう命令が伝わっている。

 車列が戦闘態勢の隊列を取る。その先頭はソラの新たな機体だった。アーシャは身軽に荷台から飛び降りて暗い路地へ姿を消した。そしてソラは、機体の狭いハッチから体を潜り込ませた。

「ソラ、準備はいいか」

 テムさんが重厚なハッチから顔だけを覗かせて、操縦席に座るソラに聞いた。

「ええ、ばっちりです」

 主電源を入れる。互換バッテリーだったが電圧は問題ない。複数のモニターが薄暗い車内でぼんやりと灯る。羅列された数字で機体制御情報を読み取る。炯素(けいそ)製人工筋肉と反重力機構への電力回路も問題なし。燃料は、増槽(ぞうそう)は無いが102%の残量がある。十分だ。

 武装は有視界戦闘で役に立つ小口径のライフル砲で、国家(ネーション)製の砲を火器管制システムにつなげている。どう火器管制AIをごまかしたのやら。

「ソラ、機体を起こせ。市民に我々の目的を伝える。だがまだ推進機は動かすな。うるさくてかなわん」

 操縦桿をソケットから引き抜く。走行姿勢が射撃姿勢に変わりそしてヒト型へ変形する。ブレーメン仕様機用の5本の機械指(マニュピレーター)がないので、掘削用の油圧ブレーカーが取り付けてある。杭はやや長めのものに換装してある。このあたりはピッチ爺のエンジニアリングに驚いた。

 朝の市民たちは見上げるほど高い機械の巨人に驚きの声を上げた。テムさんは危なげなく可変戦闘車(ジャガー)の肩に立つ。手にはスピーカーにつながったマイクを持っている。

『市民の同志諸君よ。驚かせてしまってすまない。皆は口にしないがもう薄々気づいているはずだ。ワング=ジャイのすぐ近くまで連邦(コモンウェルス)の戦闘部隊が迫ってきている。だが、この期に及んで我らが「将軍」はあろうことか国家防衛局を解体し「救祖」は解放のときが近いと、それを言うばかりだ。私は、ワング=ジャイを市民を愛するいち軍人として憂国の念が尽きない』

 まあまあの演説だと思う。ここは中央区に近いのでテムさんの小難しい話を理解できる市民もまあまあいるはず。戦いには加担せずとも、志を同じにして賛同してくれる。

 背中の小さめの軍用背嚢には、テムさんから渡された新品の本があった。

「“国家大改造大綱こっかだいかいぞうたいこう”……こんな長い(スペル)の本、初めて見た。大綱? 辞書を引かなきゃ」

 そう分厚い本じゃない。紙だってトイレットペーパーみたいに薄くてインクも滲んでいる。テムさんは自室に籠もって中からタイプライターの音が聞こえていた。まるで昔の映画のワンシーンのようだったが、この日に備えて密かに執筆し、十数部だけが印刷され市内の協力者へ手渡された。本、というよりテムさんの言葉で書かれた論文だった。普段と同じように少しだけ他人を小馬鹿にする癖が文字の中からでもわかった。

『……そのようにして、この500年にも及ぶ混乱は、政治・軍事指導部にあると思う諸君もいるだろうが……』

 演説だけ聞いていても、言葉が難しいというよりテムさんの思想がやや特殊かつ突飛なこともあるせいで、わからないと思う。この論文が渡され半ば命令口調で「お前しか理解できない」と読むことを強制された。とどのつまり、国家(ネーション)衰退の一因は市民の無関心によるものらしい。それをクーデター/革命によって変える。国民が政治や軍事、未来の経済体制について責任を追う。それを主権(サバティ)という新しい概念で締めくくっていた。

 ふむ、ふむ、と読み進めてみたが、筋は通っている。そして連邦(コモンウェルス)(なら)い、選挙、人権、私有権、法の遵守、企業の民営化など細かな社会改革にも言及していた。

 新時代の指針(ししん)となる。テムさんそうも言っていた。

『……同志諸君、武器を取り立ち上がってほしい、私はそうは願わない。しかし声を上げてほしい。新時代の到来と実現のため。旧体制を打ち倒し、正統な国家(ネーション)を立ち上げなければならない』

 テムさんの声はときどき裏返り、声の大きさのあまり音が割れている。それだけ本気の演説だった。

「歴史に残る名演説でしたね」

「聡明なブレーメンがそういうのなら、俺に悔いはない」

 テムさんはハッチを閉め、車内に収まった。すこし息が上がっている。

「テムさんの論文を読んだんですけど──」

「そうか! 読んでくれたか。老人の後悔ばかりを書きなぐった乱文だが、光栄だ」

 らしく(・・・)ないテムさんを尻目に、ジャガーを操縦する。反重力機構の偏向推力だけで移動してごった返する市民から距離を取る。そして推進機の発進手順を踏んだ。ブレードが高速回転して空気を圧縮/推進剤に点火する。まだアイドリング状態だが風圧で道路に積もったゴミや砂埃がモウモウと舞う。錆びた道路標識はガタガタと揺れて倒れた。

 こんな街中で使うべきではないが──ジャガーの轟音に驚いた市民たちはじわじわ後ずさりをした。

 隊列の正面では、テクニカル・トラックが幌を取っ払い重機関銃を露わにした。そしてそのボンネットにカールスバーグ隊長は腕を組んだまま器用に立っている。制服姿で威風堂々とした隊長は、普段の戦闘狂な風格を隠し、国を憂う1人の軍人だった。

 ソラの後席ではテムさんはヘッドセットを装着して無線から報告を聞きながら各部隊に指示を飛ばしていた。

「ロム中隊、敵を引き付けながら6号線を南下、パターン青で散開」「リュウキ中隊、警察官は武装解除までだ。抵抗されない限り絶対に発砲するな」「テッド隊、駅舎を制圧し次第フェーズ3へ移行。指示書の第4項目を実施せよ」

 テムさんは回線を切り替えながらほぼ一連なりに喋っている。空いた両手で地図を広げそこに各部隊の動きを赤いペンで書き込んでいる。

「順調そうですね」

「ああ、今のところは。だが、ソラ。覚えておけ。奇襲で肝要なのは第2局面においてからだ。っと、聡明なブレーメンに説法する内容じゃないか」

「いえ、僕はただの操縦士なので戦略とかは全然」

「奇襲の特性上、最初の局面では成功して当たり前だ。第2局面で、敵は呼応して動き始める。だからこそ機先を制さなければならない」

 なんとも回りくどい言い方だったが、

「予想外なことが?」

「内務省を襲撃したロム中隊によると、国家親衛隊の主力部隊がいなかったそうだ。だが、まあいい。些末(さまつ)なことだ」

 テムさんは、操縦席のモニターのひとつを見てにやりと笑った。望遠レンズを備えた光学センサー映像で、中央区の殿堂の正面入口にずらりと並ぶ兵団がいた。軍人の制服とは少し違う、黒を基調とした威圧感のある制服だった。手には自動小銃を構え、道路を塞ぐように6輪の兵員輸送車が並んでいる。それらの武器は反抗する市民を脅すためのものであり、到底巨獣(テウヘル)を狩れるものではなかった。

「あれが、親衛隊の主力?」

「おそらくな。こちらの動きに勘づいていたんだろう。だが隊長とアーシャの敵じゃない。もちろん、君もだ。ソラ」

「カールスバーグ隊長、トラックの屋根に立ってなにか話してますね。ちょっとまってください。指向性(しこうせい)マイクを使うので」

「ほう、便利だな」

索敵用(さくてきよう)の機材ですけど……っと、これでよし」

 途端に車内のスピーカーが音割れするぐらいの大音声(おんじょう)が流れた。

『正々堂々、勝負したらどうだぁぁぁア、ゴラァア!』

『君たちは国家に対する反逆者である。即刻 武装解除せよ。さもなくば致死性武器を使用せねばならない』

 親衛隊の指揮官がハンドスピーカーを左手に、そして右手には赤い指揮棒を握りしめている。当人は自信満々だが周りの兵士は緊張に震えていた。

「仲が悪そうですね」

「そりゃそうだ。隊長を罷免(ひめん)するよう長々と演説を打った当人だ。あの記章は連隊長か。ずいぶん出世したものだ」

「僕、勝てるかどうか不安なんですけど」

 道路を横に塞ぐ部隊は、自動小銃を構えたライフル兵と共に後方には軽装の兵士がいた。小型トラックの荷台の横に立ち、その荷台に巨獣(テウヘル)用の巨大な槍や機関砲が鎮座している。

「歩兵だけじゃないんですか」

「もちろん、上級兵(エリート)もいるだろう。ふむ数が少ない」

「カールスバーグ隊長にとっては戦い足りない?」

「いや、どこかに伏兵を忍ばせているかもしれない。警戒を解くなよ」

 言われなくてもそのつもりだ。

『我々は武力行使も辞さない!』

 ハンドスピーカーの方が機械の声で怒鳴った。赤い指揮棒が振られ装甲車両がじわりと前へ出る。歩兵たちも小口径の対人ライフルを構えて前へ出る。

『いい度胸じゃないか、インポ野郎。そんなオモチャであたいが止めれると思ってるのか』

 カールスバーグ隊長がニヤリと笑った。口角が裂けるように持ち上がり、いつしか獣人の顔面に、服が裂けて黒い体毛に覆われた巨体が膨らんで空を覆った。5間(15m)もある巨体は、しかし体格に似つかわしくない俊敏(しゅんびん)さで地面を滑るようにして飛んだ。

 歩兵隊たちがは半狂乱にライフルで射撃を加えるが、巨獣(テウヘル)の体では蚊が刺したぐらいで全く効果がない。ほんの数回の瞬きのうちに、カールスバーグ隊長/テウヘルは敵陣地のど真ん中に堂々と立ち、手の中に敵の指揮官がいた。

 ソラはとっさに望遠レンズを切り替えた。

「うへぇ、ヒトが潰れる音を聞いてしまった」

「そうか? 日常だ。食用昆虫を噛み潰すときと相違(そうい)ないだろう」

 あるにきまっているだろうが、まったく。

 カールスバーグ隊長が切り込んだのを皮切りに、反乱軍の車列が一気に進んだ。ソラの可変戦闘車(ジャガー)は戦闘速度で邁進し、両横にはライガとトーシャが巨獣(テウヘル)化して随伴する。足元の歩兵たちは無視=対戦車ロケット弾は友軍の重機関銃が牽制してくれた。

「1時方向、親衛隊兵」

 揺れる車内でテムさんが教えてくれた。巨獣(テウヘル)化した兵士は数が5。うち機関砲装備の兵士が2。

「そういえばアーシャの姿が見えない」

「じき出てくるさ」

 そう言ってまもなく、背の低いビルの路地から藍色肌/長髪長身の美少女が飛び出した。空中でそれは巨大なテウヘルに変身し、敵の1匹から手斧を腕ごと(・・・)2つもぎ取ってお返しにその首を撥ねた。

「あいかわらずおっかない」

「俺も、アーシャとの戦闘訓練はなるべく避けていた。容赦がないからな、彼女は」

 ソラ機の両側で、ライガとトーシャは電柱やら道路標識やらを引っこ抜いては、敵に叩きつけそして使い捨てて次の得物(えもの)を引っこ抜く。

 射撃管制──よし

 射線──よし

 照準──よし

 ソラが操縦桿のトリガーを軽く絞ると、車体がぶるっと震えて、同時にメインスクリーンにひっくり返って炎上している装甲車が映っていた。

 至近弾/敵の装甲車両から。重機関銃の苛烈(かれつ)掃射(そうしゃ)

 機体を格闘姿勢から走行姿勢に移して被弾面積を下げる/何発か装甲をかすめたが問題なし。

 横道に入り機関砲の火線を避ける=ぐるりと1ブロックを迂回。足元で乗り捨てられた乗用車が推進機の噴炎でひっくりかえる。窓という窓が割れてガラスが舞う。

 真正面=装甲車両が2両。対人用の機関砲だが可変戦闘車(ジャガー)にとっても観測用のカメラやセンサーを撃たれれば致命傷になる。

 次弾装填=すでに終わっているとAIがしきりに文句をつける。

 火器管制AIが照準を終えるより早く、ソラは全手動で標的を捉えた。敵の火線を避けるよう推力を足のペダルで微調整=砲の角度を操縦桿で微調整。

 発射/同時に1両が黒煙に包まれて炎上する。ソラは一気に操縦桿を引き抜いて格闘姿勢に。接近戦闘ならこれが一番。

 一気に肉薄すると、残る1両に油圧ブレーカーの杭を突き刺す/横転して炎上する車内から兵士たちが脱出して建物の中へ逃げてしまった。

 ソラの瞳が黄色に輝く。投影バイザーに映る高精度な景色の細部までを解析して危険を察知。操縦桿をソケットに戻して機体を走行モードに。そして急加速で車体を避弾経始(ひだんけいし)に最適の角度へ動かす。ソラの後ろでは、硬いものがもっと硬いものにぶつかって鈍い音がした。

 車外から盛大な圧壊音が響く。さっと各計器を見渡して油圧と電圧に問題がないことを確認/AIは損傷した外装のパージを要求=ソラはそれを承認した。

「ピッチ爺さんの追加した新機能、外装は壊れていても保持したままのほうがいいのに」

「ひしゃげた装甲は機能を果たさないからな。その分切り離して身軽にしたほうがいいという考えだ」

 テムさんは頭を抑えていた。額から血が流れ出ている。

「シートベルト、締めないから」

「そんな窮屈では部隊指揮ができないではないか」

 可変戦闘車(ジャガー)は戦線を切り開く戦闘車両であって指揮車じゃないってのに。

「というか、さっきの。何なんです!」

 ソラの瞳が再び輝く。本能的に敵意を察知し、車両を物陰へ移動=同時に超高速の弾丸が飛来して地面が小さく爆発した。

「対物ライフル。歩兵が可変戦闘車(ジャガー)を狩る武器だ。焼夷徹甲弾を複数人で同時に発射する」

「それ、軍隊の装備じゃ」

「ああ。前線の部隊のいくつかは親衛隊に寝返っていたみたいだ。だが気にするな。戦場に想定外はつきものだ。むしろ想定通り行くほうが珍しい」

 テムさんは反省の色など見せず、むしろこの状況を楽しんでいるフシさえある。

 通信機から早口で符号が届く。

「ソラ、敵の増援だ。思ったより動きが早い。前進するぞ」

 テムさんは身を乗り出して発煙筒の発射ボタンを押した。片側の投射装置は信号弾を詰めてあり、これで周囲で戦う味方に連絡をした。カールスバーグ隊長は敵から奪ったバスタード(幅広剣)を振りかざして虫の息の敵にとどめを刺すところだった。

 カールスバーグ隊長を先頭に、救祖(きゅうそ)公会堂(こうかいどう)の入口へ進む。壁の上では儀仗兵が突然の反乱に右往左往していた。空砲しか入れていない儀礼用のライフル銃なので手も足も出ない。

 反乱軍の部隊は公会堂の出入り口を占拠した。背の高い鋼鉄製の扉は半ば壊れて開いたまま、歩兵たちがライフルを手に突撃する。内部では少数の儀仗兵がライフルを掲げて降伏の意思を示していた。

「まずいです。もう燃料切れだ」

 こんなところで補給は受けられない。投影バイザーから外を見渡すと、親衛隊の装甲車両と巨獣(テウヘル)兵もぞろぞろとやってくる。照準を向けてはみたが、敵部隊の周りにはまだ逃げていない市民も大勢いた。

 敵部隊から白い噴煙が伸びた。AIも敵弾の接近を警告/しかしソラはブレーメンもちまえの判断力でそれを見送った。

 無反動砲は目標を大きくそれて公会堂の壁に突き刺さって炸裂した。

「向こうは好き勝手撃てますけど、こっちから撃つと市民に犠牲が。あれでも、親衛隊は救祖のいる建物に遠慮なく撃ち込んでる」

「連中はとんま(・・・)ばかりだからだ」

「わからないなら、わからないって言ってくださいよ──あの交差点を超えたら撃ちますから」

 ソラは発射トリガーに指をかけた。長射程の弾丸が飛来するが装甲がすべて防いでくれた。友軍は皆壁の内側へ隠れた。

 ライフル砲の精密射撃は、アヤカの戦い方を見て学んだ。火器管制AIがあるとはいえ、動きながら動く目標に当たるものじゃない。しかも今は外せば大勢の市民を巻き添えにしてしまう。

 すぐ足元で敵弾が爆発する。しかしまだ焦らない。こちらも反重力機構の偏向制御でわずかずつ動いているから当たらない。

 敵部隊が交差点に差し掛かった。照準は手動/弾道落下と風速を勘で調整──発射。

 砲弾は敵部隊の装甲車のすぐ真下で炸裂/火炎に包まれた車両はそのまま道を塞いだ。

「ソラ、よくやった。次、2時方向」

 わかっている。敵弾が当たって装甲が弾け飛ぶ/シャーシと推進機はまだ無事。

 自動装填完了/同時に発射。敵の狙撃手が潜むビルの階すべてを吹き飛ばした。

 発射──装甲車に命中。

 発射──敵の巨獣(テウヘル)兵を粉微塵に/その周りへ牽制。

 反対に砲撃が飛来する。車内はかなり揺さぶられたがお返しに1発撃ち返した。

「いまので最後の砲弾です」

「よくやった。敵は十分に減らせた。ここらで下がろう。あまり活躍しすぎると隊長に殴られる」

 ソラは低い声で唸る。

 親衛隊の上級兵(エリート)が出てきたタイミングで交代/カールスバーグ隊長を先頭にアーシャ、ライガとトーシャもおのおのの武器を手に前へ出る。

「俺達は俺達の仕事をする。いよいよ救祖に対面だ」

物語tips:国家大改造大綱

テムさんがクーデターまでにこっそり執筆した論文。

内容は主に、市民(シビリアン)の主体的な政治、軍事とその責任論について記されている。それを主権(サバティ)と定義し、市民(シビリアン)の行動に依拠すると論じている。

 また現状、一部のエリートのみに施される高等教育の門戸(もんこ)を広く開き、競争の概念をもちこむことで国家(ネーション)の発展につなげようとういうもの。連邦の社会体制を参考に、選挙、人権、法の遵守、企業の民営化など細かな社会改革も論じている。

 密かに出版され市内各地の同調勢力に配られることになる。

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