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物語tips:可変戦闘車
連邦軍の標準的な地上戦闘兵器。
500年前に野生司博士の手記に戦闘用OSを組み込んだ強化外骨格のデッサンが残っており、それを参考に開発された。巨体の割にすばしっこい巨獣と互角に戦える兵器と期待されていた。
しかし、狭い視界に強烈なGのせいで補助AIを用いても並の人間には扱えず、ブレーメンが必要と判明。しかしその直前、ヤオサン事件がきっかけでブレーメンは絶滅していた。
一般兵の乗る可変戦闘車以上に、混血のブレーメンの操る機体は生身のように動きかつ、個別に特徴のある装備を備えている。
1台あたりかなり高価で、金欠な第3師団は復興財団の支援に頼りきりだった。
ワング=ジャイは、連邦の都市と違って信号機はあまり多くない。たいていは環状交差点か、あるいは互いの阿吽の呼吸で交差点を行き交う。さすがにハイウェイへの合流地点は信号機があって、長い赤信号が長い渋滞の列を作っている。
ソラは窓越しに歩道を歩く市民に目を向けた。薄汚れた街に薄汚れた人々。日常の風景といえばそのとおりだが、街中に警察が増えた。警官と目が合いそうになると顔を背けて車のシートに埋まるように身を潜めた。
「……俺は別に気にしないって」
運転席でハンドルを握る大男が言った。その言葉は助手席に座っている金髪オールバックの男に向けられた。
「どうしてそんなことが言えるんだ、ライガ。連邦の連中はやる気が満々、戦争大好き。対する俺達は? 噂じゃ最終防衛線でやり合ってるらしいじゃないか」
今日は、テムさんは別件の用事があった。代わりに彼の部下の2人が同行してくれた。大柄なほうがライガ、細身で金髪オールバックなのがトーシャ。赤ヘル部隊の元兵士で、シャツの胸ポケットにはそれぞれの翠緑種がひょっこり顔を出している。
「どれだけの敵が来ようと、カールスバーグ隊長の敵じゃない。それに、テムさんも言っていただろう。ケン・ピセイディは『将軍』に反発する組織だ。連邦軍が来て政変も起これば、穏便に解決できる」
「可能性がある、だろう? 確実なのは、『将軍』を倒し、確固たる防御を、だな」
「兵士がいないだろう。翠緑種に適合した兵士であと何人残ってる? 上級兵にいたっては俺達ふくめて5人だろう」
テムさんのいう革命も、計画をしている間はそう難しいとは思えなかった。兵士は前線に駆り出され、残っている勢力は市民をいびるのが仕事の国家親衛隊のみ。しかし本当の課題はワング=ジャイに迫る連邦軍だった。久しぶりに連邦軍の情報を知ったのは、工場村や人工石油湖とをつなぐ線路が攻撃を受けたせいだ。
「きっとテムさんには策がある。これまでだってずっとそうだったじゃないか。いままでと同じ。俺達は偵察兵。指示通りに動けばなんとかなる」
ライガは大柄だったが性格は穏便だった。いつしか動物園で見た熊のようだ。恐ろしい見た目だが反して小鳥が檻の前でさえずるだけで驚いて岩陰に隠れてしまう。
「ふん、どうだか。おい、ブレーメンの。お前はどう思うんだ。俺達は勝てそうか」
「何に勝つかにもよりますが」
言葉を濁しておいた。トーシャのほうは細身だが攻撃的な性格だった。それでも優秀な兵士というのはわかる。
「ばかだな。それでも聡明なブレーメンかよ」
「黒い砂漠でヒトは体調不良で倒れます。でも僕みたいな炯……じゃなくてブレーメンは問題ありません。連邦軍の主力部隊、復興財団の私兵はブレーメンで構成されています。真正面から戦って勝てる相手ではありません」
ブレーメン、という言葉を聞くと前に座る2人が少しだけたじろいだ。初戦だったアレンブルグ駐屯地に、2人もいたらしい。むしろ2人が偵察したおかげで針部隊への牽制作戦が実施できたわけだが、イレギュラー=ソラの乱入で2人はカールスバーグ隊長から折檻を受けた。
「じゃ、じゃあ、どうすればいいんだよ」
「政治的な解決でしょうね。オーランド政府の皇は話の通じるヒトだと思うので」
これもまた、可能性の話だ。財団とオーランド政府は反目し合っている。各師団も、皇への忠誠心は五分五分といったところ。寿中佐みたいに財団と通じている士官も少なくなさそう。
「どこへ向かっているんですか」
ソラが訊いた。景色は郊外の寂れたビル群がスラムに変わり、それさえも見えなくなった。方角としては南の方だった。
「ケン・ピセイディが使っている倉庫だ」ハンドルを握るライガが応えて「だが何があるか、俺達もテムさんから教えられていない。情報を絞るのは戦略の基礎だ。あきらめろ」
道路はすぐに未舗装路に変わり、車の後ろを黒い砂が舞う。まっ平らな砂漠に轍が1本伸びている。
30分ほど徐行しながら進み、着いたのは寂れた古い倉庫だった。そう大きくはない。幌を着けたピックアップトラックとバンが停まっている。それだけ。抜け落ちた天井は遮光シートが覆い、四隅は重しの土のうがぶら下がっている。
ライガとトーシャは大股で歩く。癖のように視線は周囲と死角を交互に注視している。そして右手は背中に回したまま、ジャケットの下のホルスターに手が届く位置だった。
「危ないんですか?」
「偵察兵の直感だよ。ブレーメンの直感は?」
金髪オールバックが振り向かずに応えた。
「うーん。敵だったら斬る、くらいですかね」
「おめでたいねぇ。ブレーメンってのは」
そうするしかない。銃弾は見て避けられるし、待ち伏せなら緊張するヒトの汗のニオいがする。
ライガが拳でドアを叩く。薄い鉄板を角材に溶接した横開きの扉で、叩く度に反響音がぐわんと響く。中では、工具をがちゃりと置く音、かかとを引きずって歩く音がする。敵じゃない。
重い鉄の扉を開いて現れたのは、鷲鼻の老人だった。深いシワに白い髪。70歳くらいか。首に溶接の保護ゴーグルがかかっている。
「やぁ、待ってたよ」老人の割に声音は優しかった。「おお、これがブレーメン。まさか生きているうちに本物のブレーメンに会えるとは。長生きしたかいがあったの」
老人は握手をしようと手を伸ばしたが、煤と油で真っ黒に汚れているのに気づいてすぐに手を引っ込めた。
「そう言ってもらえると、光栄です。僕はソラっていいます。変な名前ですけど」
「変なんか、ありゃせん。ワシはピッチ。皆からはピッチ爺さんって呼ばれとる」
皆、と聞いて倉庫の中を見渡すと、若い兵士が数人いた。工具を持っていたり旋盤で部品を作っている。薄着で翠緑種が傍らにいないのを見るに一般兵なのだろう。それでもただの工員というわけではなさそうで、目の届く範囲に小口径の短機関銃が置いてある。
「ささ、入っておくれ。外は暑いからねぇ」
3人は招き入れられたが、ライガとトーシャは警戒を緩めず、戸口に近いところで、手近な鉄骨に腰を下ろして座った。やはり立ち振舞はプロの兵士だ。
倉庫の中央には、内部の空間の殆どを専有している機械があった。布で覆われていて全貌が見えない。しかしそのシルエットには見覚えがあった。床に転がっているのは見覚えのある機械だった。空気清浄機、冷却パイプ、索敵モニター……1つひとつに財団の三対の三角形のロゴが描かれている。
「まさか、これ。可変戦闘車?」
ピッチ爺さんが合図をすると、若い兵士たちが布を取っ払った。ホコリが窓から差し込む光を受けてキラキラと舞う。
確かに可変戦闘車だった。ほんの少しだけ、自分の機体かと期待したが胡蝶蘭と黒豹のノーズアートは無かった。標準的な車両で装甲も新しい。メンテナンスパネルはあちこち外されているが、若い兵士たちが新しく作った部品を組み込もうとしている。
「素晴らしい技術と思わんかね? コンピューターで制御された最新鋭の兵器。そして炯素でできた人工筋肉。かつて獣人は半可塑性炯素で戦車を作ったが、駆動系と燃料系を兼ねているせいで引火すれば途端に火だるまだ。連邦ではその技術を発展させて引火しづらくなっている。その分、柔軟性が失われて、あくまで油圧駆動の補助、という具合いにな」
そういえば、あのルナも同じようなことをやたら早口で言っていた気がする。
「国家には半可塑性炯素の技術はないんですか」
もとより自分の体も炯素だが。
「ふむ、残念だがない。500年前の第1次テウヘル戦役と侵食弾頭の起爆で全て生産工場が焼き払われてしまったからのぉ。どうやらテウヘルどもも生産設備の維持と使い方は知っていても仕組みまでは理解していなかったようじゃ」
ソラは可変戦闘車の周囲をぐるりと見渡してみた。装甲板はどこも欠品だらけだが、手作りの互換品が導入されている。徹甲弾を防ぐ複合装甲板で、空間装甲でメタルジェットの侵入を防ぐ。古い技術だが機械式の爆発反応装甲より確実だ。
「これ1両だけですか」
「いかにも。動かせる操縦士も1人だけだから」
「もしかして僕ですか」
ピッチ爺さんは目を細めて笑顔で頷いた。
「これは鹵獲してきた車両だ」ライガが応えた。「どこだったか。4年前ぐらいに第2師団に襲撃を仕掛けたときだ。輸送中のコイツがあって。で、燃料は空だが反重力機構は動いた。だから俺達で引っ張ってきたんだ」
「ワング=ジャイまで?」
「まさか。鉄道駅までだ。それでも数日かかったがな。テムさん、たぶん軍から逃げるとき倉庫から盗んできたんだろう」
「そう、ついでにワシも盗まれた」
ピッチ爺さんはまだ笑顔だった。
「軍の倉庫って。そんなことしてよく無事でしたね。連邦じゃ、可変戦闘車は厳しく管理されてます」
「あくまで鹵獲した兵器だからのぅ。もてあまして倉庫の奥でホコリを被っていた。それじゃ機械がかわいそうだ。機械というのは使ってなんぼ。そう思わんかね」
「え、ええ。そうですね」
ソラは機体の後ろの方まで回った。チタン製の推進機は問題ない──たぶん。内部の構造まではよく知らない。
「この推進機、黒い砂を吸い込むと温度が下がるんです。それで不完全燃焼を起こす」
「ワシ特製のエアフィルターがある。磁性があって60%ほど黒い砂を除去する」
なるほど。
「推進剤は入手できますか」
「天然石油は入手が難しいが、こちらで湧いている石油でも代用が効く。だが推進剤は添加剤が特殊で、難儀したのぉ。なるべく連邦のに近いよう配合した。推進機の試運転もしたが問題はない」
ピッチ爺さんが説明しながら、若い兵士が身の丈ほどの燃料タンクを指で指した。危険な劇薬だとどんなバカでも分かるように、爆発するピクトグラムと、ドクロマークが描かれている。大きな燃料タンクだが、可変戦闘車の全力走行なら15分で燃やし尽くしてしまう量だ
「反重力機構も問題なく動くぞい。この技術はブレーメンの剣が元だな。巡空艦が空に浮かぶのも、そう。同じ鉱石を使っている」
「ピッチ爺さん、よく知っていますね。本当にただのエンジニアですか」
「夢見るエンジニアじゃよ。カッカッカ」
ソラの指摘に、周囲の若い兵士が反応して立ち上がる。ぴりっとした緊張感がライガやトーシャにまで伝播する。
「巡空艦といえばの」ピッチ爺さんが天井を指差した。「ほんの1週間前か。連邦軍の巡空艦がやってきたぞい。偵察じゃろうな」
「ここがバレた?」
「さての。あの遮光シートは、そのせいでかけたんじゃ」
天井の鉄骨が腐食して抜け落ちて、代わりに遮光シートが貼られている。赤外線カメラじゃ透視されるのであくまで気休め。
「じゃあ、可変戦闘車もすぐ移送しないと」
「カールスバーグ隊長には、明後日には完成すると伝えてある。コンピューターの修理に時間がかかってしまったが。君の仕事はこれに乗って、持って帰ること。わくわくするじゃろ?」
確かに──心躍らないと言ったら嘘になる。銃や刀の戦いも好きだが、やっぱり大きい機械を操るのは楽しかった。
僕の力はそう大きいものじゃない。アーシャのように戦いに熱中するわけでも、カールスバーグ隊長のようにカリスマがあるわけでも、テムさんのように計略を練られるわけでもない。でも可変戦闘車の操縦だけは、胸を張って言える。僕の得意なことだ。
「僕も修理を手伝います。そしたら明日にでも出発できるでしょう?」
「ほっほっほ。若いというのは良いのう」




