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「いくつか、組織のための仕事をしてもらう」
避難した翌朝、テムさんの開口一番はそれだった。アーシャも家族たちも根っからの働き者で心の準備はしているようだった。アーシャは戦闘要員、家族たちには後方支援の雑用が任される中、ソラだけはテムさんに連れられて車でワング=ジャイへ向かった。
ワング=ジャイではよく見かける5人乗りのセダンだった。デザインは2,3世代も前だがかえってレトロ趣味な新鮮さを感じた。連邦と違って反重力機構を備えた高級車は走っていない。どれもレシプロエンジンを積んだ、そしてゴムタイヤでアスファルトを削る昔ながらの車両ばかり。
「防衛局が無い今、軍警察も統制が取れていない。武器庫も丸々ギャングの収奪で空になった。今日はギャングが抱えている武器をいただきに行く」
車窓から見えるワング=ジャイはいつもと同じ雑然としていた。労働者を荷台に載せて走るトラック、バスに乗っている事務員たちは、小綺麗な服装だが顔がやつれていて覇気がない。朝食の入った小袋を籠に入れて売り歩く少女と小銭をせびる浮浪者たち。
「戦いが終わって社会が変われば、あの浮浪者たちもちゃんと生活ができるんでしょうね」
しかしテムさんは鼻で笑って返事をしただけだった。
「ちゃんと、とは」
「普通の生活ですよ」
「まだまだ、甘いなソラ」テムさんが唸る「たとえば、この金。1つあれば1日の食費が賄える。工場で1日ひたすら働いて得られるのがトーン4つ。浮浪者は1日道端に座るだけで金がもらえる。そんな楽な話があれば『俺にもやらせろ』と仕事を辞め浮浪者が増える。手足のない障害者がたくさん金がもらえると知れば、手足を切り落としたり目が見えないフリをする。痩せた赤ん坊を貸す連中だっている。ソラは『ちゃんと』と言ったが、ああいう浮浪者も実際はきちんとした身なりで家もある。仕事のときだけああいう襤褸を着て道に座る」
「じゃあその事実があるなら」
「でもな、これだけヒトが多ければ多少はポケットの金を分けてやろうってトンマもいるんだ。救祖の教えにもある。与穀小鳥。元はブレーメンの哲学だろう」
そんな教えは聞いたこともない。
「俺が子供の頃、200年ほど前はまだワング=ジャイにも活気があった。なにせ旧人類の知識をそっくりそのまま引き継いだ獣人の、その生産設備が無傷で生きていた。たった1つの都市が連邦に匹敵する力があった。しかし、それも勤勉な労働者があってのこと。水とヒトは低きへ流れる──ブレーメン哲学じゃなく俺の言葉だが、怠惰が積み重なり結局はゴミとカオスにまみれた街になってしまった」
「それじゃあ、僕らが戦うだけじゃ国家は変わりませんよね。精鋭の兵士やブレーメンでも、人々の心までは変えることができない。」
つい出てきた言葉だったが、テムさんはまっすぐ正面を見て運転するだけで答えをくれることはなかった。
テムさんは車をハイウェイに載せて南区から東区へ向かう。屋上の広告看板も酒の会社と車の会社のバリエーションしかない。あとは救祖を崇める文言など。見ていても滅入るばかりだ。
「給油をしてくる。少し待っていろ」
車は道を逸れて、広場に停車した。テムさんがドアを開けるとむわっとする揮発油の臭いが立ち込めた。公園ほどの広さの駐車場の中央に塔が立っていた。取っ手を引っ張るとアームが降りてきて、そのアームの中から給油ホースが現れた。テムさんは給油ノズルをタンクに差し込んでいる間、物売りの少女から2つ、紙袋を買っていた。
「よし、準備はできた。行こう」
テムさんは運転席に戻ると、助手席のソラに「朝飯だ」と言って紙袋を渡した。
「あれ、お金を払わないんですか」
「払った。俺のおごりだ。それはヤムヤムといって、ガレオを油で揚げて味付けしたものだ」
「そっちじゃなくて、燃料の方」
「ん? 給油塔は自動車会社が管理している。どうして俺が金を払うんだ」
テムさんは黙々と車を走らせる。その肩にいる緑色の軟体動物はソラを小馬鹿にするような視線を送った。
「ふっ、冗談だ」信号待ちのときテムさんが少しだけ笑った。「連邦じゃ燃料にいちいち金を払うんだろ。知っている。俺達の部隊は連邦の情報収集もしていたからな」
「ええ。最近はどこの油田も枯渇気味で。だからみんな都市部に移り住んでモノレールとか電車に乗ったり。お金持ちは電気だけで動く反重力機構の車に乗ったり」
「お前たちの兵器、可変戦闘車は燃料をどか食いするそうじゃないか。贅沢だな」
「それは、ときどき考えたことがありますけど」
「この惑星に埋蔵している天然の原油は、確かにそう多くないそうだ。ここでは獣人が作った人工石油が湖のように湧き出している。マントルまで掘削しているという話だがどういう理屈かは知らない。旧人類の技術かもしらん」
「だから、無料で誰でも燃料がもらえるんですね」
「ああ。だが全員が車が買えるほど金があるわけじゃない。金があっても購入には予約して1年待たねばならない」
窓の外を見ると、大抵の市民は古ぼけたバイクを2人、3人乗りしていた。それも叶わぬ人々は自転車を汗をかきながら漕いでいる。
「皮肉なものですね。連邦は汚染されていない土が、国家にはあふれるほどの燃料が。うまく交換できないんですか」
「面白い視点だ、ブレーメンの。だがこう思わないか。相手を討ち倒してしまえば土も燃料も独り占めできる」
「それは、ありえないでしょ」
「なぜそう思う」
「倫理的に、だめです」
「まったくお前と来たら。おもしろい。だがもう少し現実を見るべきだ。これは“ゲーム理論”という。理想じゃヒトは変わらないし変えられない」
テムさんも、肩に載っている相棒も同じ呆れ返った表情をしていた。気が合っている2人だ。アーシャとポポもよく気が合っている。2人からは包容力、とかそういう温かさを感じる。逆にカールスバーグ隊長とその相棒の2人はアグレッシブで指を近づけたら食いちぎりそうだった。
そういえば、どうしてか“2人”という表現がしっくりくる。
「そういえば、テムさんのスイリョ──リョクシュの名前はなんですか」
「お前は何を言っているんだ」
しかし途端にテムさんは怪訝な顔をした。器用に運転しながら袋の中の素揚げの肉をぼりぼり食べている。一見するとホルモンの唐揚げのようにくるりと丸まった灰色の肉だった。味も食感も動物の肉だがそんなものが街角で買えるはずもなく、これもなにかの昆虫だと思うと食が進まなかった。テムさんは食べ終えたゴミをそのまま窓から投げ捨てた。
「その緑の、アーシャはスイリョ──リョクシュだって。名前はポポ」
「まったく。アーシャの言う事すべてを真に受けるな。彼女は戦い以外には疎い。君の発音は全く違う。覚えとけ、翠緑種だ。それに名前をつけているのはアーシャだけだ。これはペットじゃない。兵器みたいなものだ」
ふむ──妙な発音だと思っていたが合点がいった。
「で、翠緑種とは」
「詳しくは知らん。もとはオーランドの都市生物の一種だとか、人類の移民船の害虫と惑星の原生生物の間の子だとかいろいろ。ただ、これを媒介に巨大なテウヘルに変身できる。誰でも変身できるわけじゃないが──ついでだ、後で見せてやろう」
車は進路を急に変え、中央区の官庁街へ向かった。
「テムさんもヒト外星由来説を信じているんですね。ヒトは惑星の外からやってきた入植者だって。サイバーネットの掲示板で不毛な議論があるくらいで、本気で信じていたら頭がおかしい扱いされます、連邦では」
しかしこれはブラフ/カミュとネネには真相を聞いているし、ニケ翁と話をして裏もとれている。
「信じるも何も、事実だ。それとお前、俺を試したな。言葉の発し方と選び方でカマかけているってバレバレだ。カマをかけるときは話しすぎるな。もっと曖昧な言葉を選べ。そうやって相手の言葉を誘い出すんだ」
くそっ。
「まあいい、ソラ。気を落とすな。ブレーメンは嘘を言わないんだそうだ」
テムさんも彼の翠緑種も鼻で笑ってる。
「じゃあ、『文明の回帰』という概念も?」
「ああ、言葉だけは知っている。理解しているわけじゃない。人類種の存続のため、惑星から惑星へ移民して文明を回帰、数万年を費やして再び発展し文明の衰退期に再び移民をしまた文明を回帰。なんと気の長い話だ。かつての人類はそれを何度も繰り返していたんだろう」
「連邦じゃ、それは機密扱いの話です」
「無理もない。旧文明があると知ったら回帰なんて面倒なことはしない。反回帰主義、といったか。国家を立ち上げた第4師団はそういう連中が多かったそうだ」
「テムさんはどう思いますか」
「俺には関係のない話だ。ここにいる全員にとっても、な。大事なのは今日の飯、金、仕事、病気や怪我を負わないこと。以上だ。俺達にとって数万年かかる人類の発展より今日明日の命のほうがずっと関心がある。旧人類というアイデンティティもそのうち忘れ去られるさ」
その点は同感だった。連邦に住んでいたとしても、そう。数万年のスケールで発展と衰退を観察できるのは、皇ぐらいだろう。
ついたぞ、とテムさんはぶっきらぼうに告げ2人で車を降りた。中央区のはずれの有料駐車場は管理人もいて清潔感があった。周囲は背の高いビルが並び、街はきれいに清掃が行き届いている。ソラはフード付きのレインコートで肌を隠してテムさんの後を歩いた。
「なんだか、みんなのんびりしていますね。戦争中とは思えない」
周りの人々の仕事まではわからない。一流企業か官僚か。化学繊維の艷ツヤ強めのスーツを着てシミのないシャツに袖を通している。日焼けしていない藍色の肌、傷のない唇、油染みのない手指など、郊外に住む労働者とは大違いだ。
「戦争? ソラ、戦争がどんなものか知らないだろう」
同じ言葉をヨシギ隊長にも言われたことを思い出した。
「でも、最初に仕掛けてきたのは国家でしょう」
「前にも言ったが、何かしら連邦に圧力をかけるため、交渉の切り札のための布陣だった。それが攻撃され、焦った軍務省のタカ派は無理な侵攻作戦をおっ立てて失敗し、そして今や連邦軍が迫っている。500年も放置されてきたのに今さらの侵攻だ。財団にもそれなりに計画していることがあるに違いない」
テムさんは話しながらも早足に進んだ。大きな交差点に歩道橋がかかり4方向に進むことができる。その真ん中で立ち止まって指をさした。立派な門構えの、背が低くて古いビルで、贅沢にも前庭は緑が映える芝が植えられている。
「あの建物が国家防衛局だ。だった、か。粛清のあとですっかり人気がなくなった。現場組の軍人が何人か帰ってきて事後処理をさせられているくらい。ところでソラ、あれが見えるか。正面玄関、柱の上だ」
ソラは目を凝らした。瞳が黄色に輝いた。ブレーメンの優れた視力で、柱の上からロープでぶら下がるソレが見えた。見て、顔をしかめた。見えたのは焼け焦げたように真っ黒な死体だった。首に縄をかけられて惨たらしく風に揺れている。
その死体が、もぞもぞと動いた。
「い、生きてます! まだ」
「ソラ、どうして翠緑種の適合試験があるか、わかるか? 適合しないヒトに翠緑種を投与すると、ああなる。死ななくなるんだ。そして獣のように凶暴になる。確かに心臓を一突きすれば死ぬが、寿命や自然死するわけじゃない。この黒い砂漠じゃ細菌はいないからな。腐らずああして死体を何百年もさらすことになる」
「まるで、地下水道にいた都市生物だ」
「元は同じ技術だそうだ。侵食弾頭も、この翠緑種もな。『無から有を生む技術』。まあいい、この件は今度ゆっくり話そう。ともかく、連邦へ不完全な転送装置を使った無茶な侵攻計画は防衛局のイカれた連中が強行した。どんな戦いだった?」
「どんな、って悲惨でしたよ。複数の体が融合して、ビルより巨大な肉塊がさまよい歩いて。何体かは強かったですけど。街の人もたくさん死にました。戦争は命への冒涜としか思えません」
「命、か。そうだな。だがワング=ジャイの価値観は、連邦のとは違う。命は壊れやすくて軽いんだ。早く慣れることだ」
くるり、テムさんは踵を返してもと来た道を戻った。
気になることがある。テムさんの肩に乗っている翠緑種、そして『無から有を生む技術』というものも含めて。連邦じゃ巨獣なんて荒野から襲来する野獣、という認識だった。それ自体が壮大な隠れ蓑で、もっと肝心な部分が隠されていた。
車が渋滞にはまったタイミングで聞いてみた。
「翠緑種って何なんですか」
「俺も詳しく知っているわけじゃない。根幹に関わる技術はやはり機密扱いだからな。ところでソラ、エントロピーという言葉を聞いたことがあるか」
いつぞや、テウヘルへ変身するアーシャを見て、アヤカが言っていた。
「熱力学の理論で、エネルギーは必ず高いものから低いものへ変化する、という話でしょう? しかし宇宙全体で見るといつかはエネルギーが最小に変化してしまい均一にまったいらな空間に変わってしまう、とか」
話の後半部分はサイバーネットで聞きかじった与太話も混ざっているが。
「さすが、聡明なブレーメン。だがもう1つ重要な視点がある。重力だ。エネルギーは分散するが消えるわけじゃない。重力が分散したエネルギーを集めて星や惑星を再び作る。数億年のスパンで宇宙のエネルギーは循環している」
壮大な話だが、筋は通っている。
「で、さっきの質問とどんな関係が?」
「文明というのは発展するに従って必要なエネルギーもまた増大する。幾何級数的に。はじめは火や電力で賄える。次は石油を燃やす。そしてもっと高度な文明はそれらを遥かに凌ぐエネルギー源が必要だ。たとえば、この惑星に到来した旧人類とかな。
500年前 勝利の切り札として作られた侵食弾頭も。だが実際は旧人類は兵器ではなくエネルギー源として利用していた。それが『無から有を生む技術』。エントロピーの制約を受けない技術を持っていたんだそうだ。ん? 知りたいって顔だな」
「でもテムさんは詳しくは知らないんでしょう」
彼の口癖だ。
「当たり前だ。俺は兵士だ、科学者じゃない。獣人の残した図書館で本を読んだ程度、趣味の範囲だ。テウヘルの科学者は、『宇宙は水の中の泡』のようだと定義した。泡の外には水がある。つまり、全宇宙のエネルギーを封じ込める力場のようなものが存在している。すべからく、無尽蔵なエネルギー源だ。テウヘルの科学者は、それを『マナ』と名付けた。ブレーメンの古語で“源”とか“始まり”とかそういう意味だったな。宇宙が膨張しているのはマナが流入しているからで、マナを任意に適切に抽出できれば無尽蔵なエネルギーをもって銀河を股にかけるような文明さえ作れてしまう」
なるほど。ソラは顎に手を当てたが、
「言葉の意味は理解しました。でもやっぱり具体的にどういう作用があるのかがイマイチ。それに『抽出できれば』の仮定部分が困難すぎて絵空事ですよ、やっぱり」
「だが実際に俺達は巨大なテウヘルに変身できている。傷も治るし、俺と隊長は寿命だって異様に伸びている。おそらくテロメアが変身するたびに修復されているんだろう。そのエネルギーはいったいどこから来たんだろうな」
たしか、テロメアは人体の設計図だったか。学校の授業で習った。細胞分裂するたびにそれは損傷し複製にエラーが交じる。エラーの限界を超えたとき、寿命を迎える。それが自然の理だが、外的な力で修復しているということになる。
そういえば、炯素の体にもそういう機能はあるのだろうか。炭素のふつうの体と同じように髪も爪も伸びるし垢もこすれば出てくる。500年前の強化兵たちの寿命はそう長くなかったらしい。すぐ死んでしまうのも嫌だが無限に生きるのも嫌だなぁ。
「どうやってマナを抽出するんですか?」
「俺は知らん」
案の定の回答だった。
華やかな官庁街を離れて東区へ戻ってきた。どこも錆とゴミに覆われている。工場と倉庫が窓の外をずっと流れていく。工業団地の道路はひび割れて深い轍の上を過積載気味のトラックが行き来する。テムさんの運転する車は狭い通路を通り過ぎて廃工場の裏手に止まった。
「この先だ。この工場の地下にギャングたちの根城がある」
「よく見つけましたね」
「武器の買い手を装った。相手は素人だ。俺達だけでもなんとかなる。ソラ、お前はここに残れ。そのレインコート姿じゃ嫌でも目立つ」
テムさんは背筋をまっすぐに、武器も何も持たずにドアに向かって歩く。ドアの両側には若い不良が2人、たばこをふかしている。この距離で、車の中にいては会話は聞こえない。たぶん──ルナが植え付けた偽の記憶から推測すると──偽名を告げ、合言葉をいい前金を渡して地下へ案内される。現物を確認して握手をするんだ。ありがちな映画のいち場面。
しかし突如、2人のギャングは尻ポケットの拳銃を引き抜く/それより速くテムさんの主刀が伸びてあっという間にギャングが折れて地面に倒れた。
「交渉はうまく行っていませんね」
ソラが慌てて駆け寄る。
「少し誤算していた。この2人は先日の闘技場にいて俺の顔を覚えていた。ソラ、ほら銃だ。もう穏便にはできない」
「僕は刀があるから」
「君の性格じゃヒトは斬れないだろう?」
「相手が攻撃してくれば、多少は戦えますよ」
「それじゃだめだ。敵を殺すときはためらうな。たとえ命乞いをしていてもだ。兵士として、情はなし。俺達にとってマフィアもギャングも社会に悪影響を与えるクズだ。倒さねばならない」
ソラはしぶしぶ拳銃を受け取った。小型の自動拳銃で、小指の先よりも細い22口径の銃弾を装填する。
工場の中からばたばたと、まとまりがない足音が聞こえた。先にソラが気づいて銃を構えてテムさんも続いて銃を構える。
ドアが開き、ショットガンを持った太っちょギャングは、地面に倒れた仲間──侵入者×2に気づく=同時にテムさんが素早く引き金を絞る/弾丸を食らって絶命する。
「行くぞ、ソラ。銃の残弾に注意するんだ」
大柄なテムさんは風のように移動する。工場の中では、パレットに積まれたままのコンテナの陰から陰へ移動する。頭上のキャットウォークでは、騒ぎに気づいたギャングたちがぞろぞろと行き交う。
ソラは、瞳が黄色に光る/予備動作なしに垂直に飛んで一回転=キャットウォークに着地する。1人目と対峙/体術で階下へ蹴り落とす。ギャングたちはぞろぞろと一列でチグハグな拳銃や自動小銃を抱えているが、慌てて走りながらでは当たらない。
銃弾の風切音/跳弾して足元に転がる弾丸。気にしない。
引き金を絞る。反動なんて無いに等しい小口径銃/立て続けに撃つ撃つ撃つ。
弾切れ/スライドが後退状態でロック。キャットウォークには絶命したギャングたち。
「命乞いすれば撃たなかったのに」
ソラは死体の中からショットガンを引き抜き、弾丸を確認する。
「上は片付きました」
階下では、銃弾で倒れた死体と、その中心でテムさんはギャングを1人、体術で打ち倒した。
「地下に続く扉があった。こっちだ」
ソラは地上へ飛び降り、テムさんに回収した自動小銃と予備弾倉を1つ渡してやった。
「ソラ、先導しろ」
すっかり軍隊の歩兵扱いだ。
地下への階段は、踊り場に消えかかっている蛍光灯が1つあるだけ。ヒトの動き回る気配がある。そう数は多くない。
「たぶん、3か4人くらい。どうします? 降伏勧告します?」
「逮捕して、でその後どうするんだ。軍の倉庫を襲う手癖の悪い連中だぞ」
取り付く島もない。ソラはショットガンの銃口で角をクリアリングしながら進む。
散弾を撃つ武器は、自分のジャガーを思い出させた。近接戦闘用、重迫撃砲で散弾を放つ。相棒とも言える機体だった。砂漠に乗り捨ててしまったのは惜しかった。
ひとつ下の地下1階は、2基の貨物用エレベータがあった。朽ちかけた事務デスクとうず高く積もったゴミ。元は何の工場だったかわからない。
奥の両開きの扉は壊れて半分開いていて、中から明かりが漏れている。こういう場合、明かりを消して敵を待つのが鉄則なのだが。
ソラとテムさんは言葉を一切かわさず、しかし左右に分かれて壁際を進んだ。足音を立てずそれでも素早く移動する。
目──阿吽の呼吸。テムさんはいつのまにかサングラスを外していた。紫の瞳に、白目の部分が映えている。二重の意外と可愛らしい目だった。
突入。
敵の配置は瞬時に目に焼き付いた。右に1、コンテナの陰に1、左に1。
ほんの一瞬の弾丸の嵐。左右の敵が倒れ、残りは1つ。
ちらり──テムさんを見てみた。ためらわず命を奪え、だったか。
「う、動くな貴様ら! 一歩でも近づいたら一緒にドカン、だぞ!」
武器が満載の貨物コンテナの陰から男が現れた。右手には起爆装置、左手には可塑性爆薬が握られている。軍で使われる規格で、ブロック1つ分とはいえ衝撃波で巻き添えを食らう。
どうしようか、とテムさんを見たが、銃口を向けたまま動きがない。たとえ即死させても起爆装置を同時に握られたら一緒に吹き飛んでしまう。
「さ、下がってろ! いいか、ここにある武器はお前たちにくれてやる。俺がここを出るまで動くなよ」
生きるか死ぬかの、ほんの一瞬だった。それでも腰に結った刀のお陰で思考がクリアなままだった。焦るギャングを見る。あのタイプの爆薬は暗記した知識にあった。さすが大本が同じ第4師団の資材だから、その仕組みも同じだった。
「配線の保護被膜、外していない」
ソラが感情なく告げ、男の顔が曇る/同時に横からの銃撃で男の側頭部が弾け飛んだ。新鮮な死体は起爆装置をぎゅっと握りしめていたが爆発は起きなかった。
「よくやった、ソラ。うむ、確かに電極のビニールを外さずに爆薬に指している。これでは電通しないし爆発もしない。こんな薄暗い中で、さすが聡明なブレーメンだ」
「テムさんも、気づいていたんじゃないですか」
するとテムさんの頭の上から翠緑種が染み出るように姿を表した。いつもと同じふてぶてしい態度の相棒。
「巨獣化して爆発をしのごうとしましたね」
「よし、目的は果たした。どこかに電話は無いだろうか。待機している仲間に連絡する」
またしても取り付く島もない。テムさんは工場に戻り、事務室で生きている電話回線を見つけて受話器を耳に当てた。
そういえば──国家にはパルのような無線通信端末は無かった。電話をするにはわざわざ固定回線を探さなければならない。まるで大昔の映画のようだった。ニケ翁を描いた映画は、500年前の出来事なので皆こういう電話を使っていたのを思い出す。
テムさんの短い会話は、チンというアナログな軽い音とともに終わった。
「回収部隊がこちらに向かっている。あとは彼らに任せよう。いくぞ、ソラ。何か言いたいことがあれば車の中で聞く」
無言のまま、2人は車に戻った。渋滞にはまりながらも、夕暮れには郊外へ向かうハイウェイに乗れた。ちらちらと後ろを振り返ってみたが、マフィアやら警察やらの追跡は無かった。
「やればできるじゃないか、ソラ」
沈黙を破ったのはテムさんだった。
「今回は、まあ。相手も武器を持っていましたし」
「戦いになったら、楽しさのあまり不殺の誓いも忘れてしまうわけだ」
「でもできることなら。できれば、殺さない方法だってあったんじゃないかって。考え出すとキリがないんです」
「理屈っぽいな。複雑に考えるな」
「だって、僕ら、正義の味方でしょ」
「正義? ソラ、その言葉は使い方に気をつけるべきだ。正義を掲げる連中ほどろくでもないというのは世の常だ。自分たちは正しく相手は間違っている。だから排除する。そういう連中はいずれ傍若無人な振る舞いで新たな暴君にすげ代わる。俺達はそうなってはだめだ。革命を成し遂げて『将軍』や『救祖』よりもよりよい社会を作る。だが、俺達が全くもって正義とはならない。今日みたいな法を破る汚れ仕事だってやらなきゃならない」
矛盾しているじゃないか。
「それでもな」テムさんの物言いは、老人のようだった「常に正しくあろう、とする態度は大切だ。俺達はあくまで荒事専門。戦いが終われば素直に身を引く。後は連邦のように識者を……そっちの共通語でなんというんだっけか」
「選挙ですか? 都市のリーダーは選挙で決まります」
「それだ。市民が自分たちでリーダーを決める。それもまた正義ではない。正義ではないが市民が自分の将来に責任を持つという意味でもある。君は、政治には向かないだろうな。政治家はどん詰まりの状況で妥協策を見出すが、君は状況を力で変えることを好む」
「ええ、そうですね。またパブの用心棒でもしますよ」
「そりゃいい」
しかし、テムさんもカールスバーグ隊長も、あまり自身の未来について語ろうとしなかった。齢200歳以上の2人は、まるで死に場所を探している老猫のようで不気味だった。
物語tips:翠緑種
緑色の軟体生物。詳細不明。
国家の精鋭兵はこれと融合することで巨大な獣人へ変身することができる。また変身の前後に負った傷も完治する。カールスバーグ隊長や副官テムのようにテロメアまでもを修復し寿命を伸ばす事例もある。
500年前 フラン・ランをはじめ反回帰主義者の研究者たちがヒトをかつての人類のように強大な生命体へ進化させるため研究していた。




