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ブレーメンの聖剣 第2章 慟哭(どうこく) 下 (上下2巻)  作者: マグネシウム・リン


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 テムさんはかなり嫌そうな顔をしていたが、カールスバーグ隊長が「やる」といえば首を縦にふる、彼はそんなイエスマンだった。

 準備あるから、と1週間ばかし待たされ、週末の夜にテムさんが車で迎えに来た。後席にソラとアーシャが座り、ワング=ジャイ南区の繁華街へやってきた。

 南区も想像どおり汚く、ヒトで溢れかえっている。ぎらぎらと極彩色(ごくさいしき)のネオンが頭上で輝き夜の街に繰り出す酔客の頭を照らしている。この街でも比較的裕福なのだろう、服装でわかる。彼らの足元では、汚れた椀をふるふると揺らす物乞いたちが枯れた花壇を背に座っている。

 隣でアーシャは窓に額を付けて流れる風景を眺めていた。

「カールスバーグ隊長のいう“なし”をつけるって、どういう意味ですか? 話し合いじゃないのはわかりますけど」

「いい判断だ、ブレーメンのソラ。カールスバーグ隊長が信じるのは力だ。ヒトの強さは力でのみ測れる、という信条のお方だ。強靭な精神は強靭な肉体に宿る。素手の勝負(ステゴロ)で上下関係を決めるんだと」

「どうせそんなことだろうと思ってましたよ。僕、別にあの隊長がボスでも全然構わないんですけど」

「君はそうだろうが隊長はそう思わない。いや、力のより強いものをはっきり決めておかないと、部隊の命令伝達に支障をきたす。我々の基本事項だ」

「まるで犬の群れだ」

「ああまったくそのとおり。君以外、みな巨獣(テウヘル)だから」

 何を言っても練習済みの言葉がすぐに返ってくる。テムさんの肩の上で緑色の軟体動物が揺れている。目があったので笑顔で会釈したが、不遜(ふそん)の態度で返された。ムカつく態度だなこの2人は。

「テムさん、どこ行くの?」

 アーシャはずっと口数が少なかった。そればかりかぎゅっとソラの左手を握りしめたままだった。

「地下闘技場だ。地下、というのはアングラという意味もあるが実際に地下にある」

「え、うそ! だめ、それ」

「だめはありえない。隊長がそう言ったんだ。出場予約は1ヶ月先まで埋まっていたがなんとか2人をねじ込むことができた。主催(プロモーター)のコンドー組も快く受けてくれた」

 アーシャは反対、でもテムさんは……どちらだろう。サングラスのせいで表情が読めない。完全に賛成しているとは思えなかった。

「つまり、僕が、違法賭博(とばく)拳闘(けんとう)場でカールスバーグ隊長と拳を交えると」

「賭博はすべて違法だ。“違法賭博”という言葉はない」テムさんは鼻で笑うと「非合法とはいえ、戦いは公平に行われる。君はその刀を持ち込めないし隊長も相棒は無しだ。だから腕力だけテウヘル化するということもない。ルールは、片方が倒れて立てなくなるまで。簡単だ」

 3人を乗せた車は地下駐車場で止まった。体格の良いセキュリティの脇を抜け、出場者用の通路を歩く。

「掛け金、オッズはどうなっていますか」

「ここに来る前に見たのはカールスバーグ隊長が1.2倍、君が6.9倍だ」

「おかしいでしょ、それ」

「隊長は9連勝中、10戦目はブレーメンと。しかし観客たちはブレーメンが偽物だと思っている。そのせいで皆 隊長に賭けている」

「えっ、ちょっと。ブレーメンがここにいるって宣伝したんですか。軍警察に見つかったらどうなるんですか」

「大丈夫だろう」ずいぶん軽い即答のあとに「これまで9回、隊長は大っぴらに勝ってきた。生活費のためそして逮捕しに来る軍警察に1発カマすために。しかし一向に軍警察が現れない。連中も戦争で忙しいんだろう。場末の闘技場になんて捜査の手は来ない」

「信じていいんですか」

「ああ」テムさんはめんどくさそうに返事をすると「そうだ、適当に殴られて負けたフリはやめたほうがいい。観客も隊長も演技かどうかなんてすぐ分かるからな。賭けの中には『八百長するかどうか』『八百長したやつの頭を引っこ抜く』も載っている」

 テムさんは不気味に笑ってリングの反対側へ歩いて去ってしまった。

 闘技場は、腰高の石材が円形に並んでいる。そして金網の壁が天井まで伸びていた。観客席はその円形闘技場を見下ろす位置にあって、観客たちは酒を片手にもう片手に勝利投票券の半券を握りしめている。

 闘技場、といってもマットの類はなかった、ざらつく平らな石で裸足で歩くと砂粒が汗にこびりつく。普通のヒトなら殴られて倒れるだけで即死だ。

 服と靴を脱いで上半身裸になると、賭場の係員が、ソラの肌の色に驚きつつ拳に固くテープを巻いてくれた。ルールは至ってシンプルで、相手を動けなくなるまで叩きのめしたら勝ち。時間制限は無いが長くなりすぎると観客席から石が飛んでくる。勝利したら総掛け金の1%をもらえる。掛け金はかなりの額なので買ったら一杯奢ってくれ、とのことだった。

「むぅ、どうしよう」

「アーシャ、不安なのはわかるけど、というか僕の乳首を触らないで」

「むぅぅぅぅぅ」

「大丈夫。アーシャの元上司を殺したりなんてしないよ。適度に手加減して動けなくする。新兵相手の柔術訓練もやったでしょ。あんなふうにさ。とりあえず重傷にならない骨を折るか脱臼させるか。それで動かなくなってくれれば僕の勝ち」

「バカなこと言わないで。殺す気で戦わないとソラが殺されちゃう。これまでの対戦相手9人、みんな死んでる」

「いや、いやでも僕、ブレーメンだよ」

 少なくとも体の構造は。

「むぅ、でも剣なしだと5分が限界でしょ。テムさん、そのこと知ってるかも。隊長は、テウヘル化したらすごく強い。でも変身しなくてもすごく強い」

 アーシャは今にも泣き出しそうだった。その嗚咽をかき消すぐらいの音量でアグレッシヴな音楽が会場の空気を揺らした。巨大なスピーカーからMCの挑発的な言葉が響く。

『さあ、今宵も始まりました南大路のデスマッチ。今日の対戦カードはなぁぁぁんと! 兵団最強を謳うカールスバーグ、そして対するは生粋(きっすい)のブレーメンです!』

 観客席からは盛大なブーイング=早く始めろ!

『まぁまぁ皆さん、そう焦らないで。投票権の購入はあと10秒で締め切りです。お買い忘れはないですか? 3,2,1。ふむふむ最終オッズが決まりました。勝敗予想は、カールスバーグ1.114倍、ブレーメン11.5倍!』

 なんだよその大穴。僕が墓穴を掘ったみたいじゃないか。

『さて、手持ちのトーンを失う覚悟はできましたかな。もしくは持ち帰るトーンを入れる袋に穴が空いていないか今一度確認を。では選手の入場です』

 会場のボルテージが一気に上がった。鉄の羽扉が開いてカールスバーグ隊長が競技場に現れた。野太い声援に両腕を上げて応えている。バンテージなどは一切巻かず、素手のまま。相変わらずのブラトップは大胸筋で膨れ上がっている。緑のスイリョ=リョクシュはそばに居らず約束通りテムさんの手の上で揺れていた。

「ドキドキしてきた」

『続いては命知らずの挑戦者の入場。出生不明、姓名不明のブレーメン!』

 会場からの声援は下品な罵倒とブーイングに満ちみちた=おもしろい。ブレーメンの戦いを教えてやろうじゃないか。偽の記憶にはギャングの喧嘩術もあるし、軍では教官に柔術を教わった。相手は筋骨隆々の兵士といえど所詮は藍色の肌のヒトだ。ブレーメンの敵じゃない。

 両者が競技場の真ん中へ歩み寄る。レフリーなんていない。死んで倒れるまで続く。

「よう、小さいブレーメンの。へへへ、アーシャに遺言は残してきたかい」

「そっちこそ。変身を解いたら案外小さいんだな」

 戦いが始まる。楽しい楽しい楽しいぃなぁ。


挿絵(By みてみん)


 くるり、カールスバーグが背を向けて距離を取る。もう間もなくゴングが鳴って試合開始────するより数秒早くカールスバーグは、体の回転を使って蹴りを繰り出した。

 “なんて遅いんだ”=到達する衝撃を予想し受身の姿勢に。

 力の暴力の到達=衝撃は予想を遥かに上回った。体がはるか後方に吹き飛んで石の壁に叩きつけられた。そしてやっと聞こえたゴングの鐘。

 酔狂なBGM、観客たちの罵声、カールスバーグの満足そうな笑み。それらが一巡して、ソラはまだ体が動くことに安堵した。強靭な炯素(けいそ)の体に感謝。

 しかし驚いた。カールスバーグの身のこなしは、ヒトでありながら力は想定以上だ。アーシャの「殺す気で」というアドバイスがわかった。おもしろい。やってやろうじゃないか。

 ソラの瞳が黄色に光った。ブレーメンの刀がないせいで沸騰した血液が熱いまま脳を火照らせる。制限時間は約5分。

 ファイティングポーズ/駆け足で一気にカールスバーグへ肉薄(にくはく)

 岩のようなカールスバーグの拳から繰り出される左右のフック=遅い。

 2段蹴り=遅い。あえて前へ出てかわす。

 ソラは予備動作なしに垂直に飛び上がった。(ひざ)でカールスバーグの顎を蹴飛ばす/空中で体を捻り鼻を狙って蹴り=かわされるが胸にクリティカルヒット。カールスバーグは一歩引いて頭を左右に振った。

「なんだ、力は強いが遅いじゃないか。そんなんじゃ蝿が拳に止まるぞ」

「けっ、(たぎ)る、滾るねぇ。これが伝説のブレーメンか。滾るじゃん。つい絶頂(ぜっちょう)しちゃったじゃん」

 1歩、2歩。カールスバーグのフットワーク。そこから一気に加速/瞬き1回の間に、眼の前にカースルバーグの紺色の瞳があった。

 強烈な頭突き。視界が揺らぐ。何も見えない/風切音が聞こえる=ほぼ勘で左右のフックを防ぐ防ぐ防ぐ。目を閉じていてもカールスバーグの足の動きがわかる。足元で砂粒がこすれ合う。

 反撃。1発、2発、3発。カールスバーグは腕のガードで防いだが、ブレーメンの腕力のせいで肌がどす黒く変色する。見えた隙にブロー。

 ソラの下がった腕を狙ってカールスバーグは掴みかかる。それを猫のようにスラリとかわして背後へ。垂直に飛び上がって足でヘッドロック。

 重量差で動くはずがない巨体/ソラの瞳が黄色に光る。体のひねりを使って石の地面へ打ち倒す。

 普通のヒトならすでに窒息し、地面に倒れて首の骨が折れている。

 しかしカールスバーグはまだもがいていた。ヘッドロックの姿勢から頚椎を引き抜こうとしても、骨がコンクリートに固められたかのようにびくともしない。

「クソクソ、丈夫すぎるだろ。どんな体してんだ!」

 にわかにカールスバーグの体がつま先を上に直立(・・)した。そのままぐるりと後転してヘッドロックを抜け出る。

「よう、ちいさいブレーメンの。シックスナインは好きかい」

 ソラは身を翻すと間合いを取った。ブレーメンの力を行使できるのはあと2分半ほど。対するカールスバーグは傷が増えたがまだ足元はしっかり歩いている。

「驚いたねぇ。ブレーメンってのはこんなにも強いんだねぇ。滾る。滾る、絶対ぶっ殺す!」

「この間の話はどうなったんだよ。仲間にしてくれるはずじゃ」

「それとこれは別だ。なんとかなるよ、なぁ!」

 なるわけないだろう。

 カースルバーグの巨体がふわりと浮かんで強烈な蹴りが繰り出される。それを防ぐたびに銃声のような破裂音が轟く。

 反撃/カールスバーグよりはるかに速い強い蹴り。カールスバーグはそれを左手で受け止めた。手がひしゃげ骨が皮膚から突き出し手首がコの字で曲がる。それでもにぎっている(・・・・・)

 ニヤリ。カールスバーグが笑う/無事な方の右腕が振りかぶられソラの右の脛の骨を砕いた。

 鈍い痛みに全身から冷や汗が流れた。観客たちの怒声に混じってアーシャの悲鳴も聞こえた。立とうにも力が入らず石の床に突っ伏してしまう。

「いいね、滾るねぇ。ブレーメンの戦いはこれで終わりかい」

 カースルバーグはちぎれかかっている左手をブラつかせたまま、痛みを全く感じていないというふうに堂々としている。観客の『カールスバーグ』の掛け声に応えてニヤつく。

「まだだ。まだ終わってない!」

「そりゃそうさ。息の根が止まるのが、試合の終了さ。小さいブレーメン、次はどうする? あたいの■■■を舐めて命乞いするなら、痛くないやり方で逝かせてやる」

「その薄汚い口を閉じてろ。舌を噛むぞ」

 右足は、足の指も動かせない。左足だけでしゃがんでバランスを取る。まずいぞ。考えろ。ブレーメンの力の発揮はあと1回か。勝てないと本当に殺されてしまう。アーシャを残して……絶対だめだ。

 力も速度も、カールスバーグには勝てない。体が丈夫というだけじゃない、痛みも殆ど感じてないか、それを快感だと勘違いしている。なにか、勝てる方法があるはず。不利を有利に変える秘策。落ち着け。刀がないせいで思考が火照ってまとまらない。

「坊っちゃんは怖くて立てないらしいなぁ」カールスバーグが笑い会場は嘲笑に包まれた。「なぁ、ちっこいの。アーシャとはやったのか? まだだろう? それなら、戦友のよしみ(・・・)で、そうだな。手足を引っこ抜くだけで妥協してやろう。ダルマでもちんこはおっ立てられるだろう」

 下品な煽り。会場もブーイングに包まれる。『早く()っちまえ』『ぶっ殺せ』『引き裂いてやれ』。残虐さに酔狂する観客たちが一丸となって叫ぶ。

 いいだろう。やろうっていうなら()ってやろうじゃないか。死合い(しあい)だ。

 最後のブレーメンの力の発露。残った左足に意識を集める。意識が体を超えて固い石の下まで広がる。空気の流れ、カールスバーグの足音。時間が緩慢に流れる。止まった世界で自分だけが動ける。

 ソラの瞳が黄色に輝く。1秒のその10分の1以下の速度でカールスバーグの体に組みかかる。そして左足で地面を蹴った。巨体を抱えてもなお、体は軽かった。背中でカールスバーグが叫んでいるが、関係ない。ほんのひとっ飛びで垂直方向へ舞い上がり天井付近の金網を掴む。

「遺言は、テムさんに渡したか」

「このクソガキがぁ! なめるな」

 すでに組み合った体は空中に躍り出ていた。このまま落ちてもカールスバーグの強靭さじゃ致命傷にならない。

 ソラはさらに飛び上がり、闘技場の天井で上下逆さに着地(・・)した。

「喋るなよ、カールスバーグ、舌を噛む」

 ソラは天井を蹴った。1秒のその100分の1以下の時間で地面が迫った。

 カールスバーグが何か言った気がするが、ブレーメンの聴力でも聞き取れなかった。もう彼女の命も幾ばくもない。

 巨体をがっしり掴んで、カールスバーグの頭を下に墜落した(パルドライバー)。爆撃地点を中心に石材がめくれ上がって砂埃がもうもうと漂う。

 会場がシンと静まった。下品な音量のBGMだけが会場の空気を揺らした。

 ソラは立ち上がって体についた小石を払う。砕けた右足は、まだ立てるほど力が入らないが痛みは殆ど消えていた。ブレーメンを模した炯素の体に感謝。

 カースルバーグの頭部は地面に突き刺さっていた。胸部も潰れている。手足はピクリとも動かない。技を繰り出す直前、地面の異変に気づいていた。ブレーメンの遺跡なら巨石を基礎に使うが、ここは違う。地面を(なら)して石材を敷いただけだ。石は砕けているがカールスバーグも運が良ければまだ生きているはず。

 10秒、20秒と経って会場のささやき声が大きくなる。

「僕の勝ちだよなぁ! そうだろ!」

 BGMに負けないくらい大声で怒鳴ってやった。MCもあっけにとられていたが、やっと仕事を思い出したらしくゴングの鐘を鳴らした/試合終了。観客席のあちこちでは紙くずになったカールスバーグ勝利の半券が花吹雪のように舞う。大穴にかけていた観客は手のひらを返してソラの勝利を称えている。

 入場口が開く。扉を押しのけてアーシャが飛び込んで、ソラの体を抱きかかえた。

「すごいすごいすごい、ソラ。勝っちゃった! ううん、もちろん信じてた。でも戦いを見てわたしも絶頂(ぜっちょう)しちゃった」

「もう、アーシャ。その言葉の使い方は絶対に間違えてるよ」

「むぅ、勉強キライ」アーシャはソラの体をなでで傷を確かめた。「怪我は? どうしよう、治るかな」

「大丈夫。ブレーメンと同じ体ならすぐ治るよ。多めに食べて休めば。ブレーメンは耳や鼻だって生えてくるんだもの。骨もすぐに繋がるよ。アハハハ」

 笑ってみせたが、肋骨も背骨もギシギシと傷んだ。骨盤も歩くたびにずれている気がした。

「だから無茶はよしてくれって言ったでしょう」

 テムは、一方で、地面に刺さったカールスバーグを係員と一緒に引き抜いた。顔面は別人かというぐらい腫れ上がって血に濡れている。口に溜まった血が呼吸のたびに泡立つ。まだ生きていることが驚きだった。

「床がもろくてよかった。分厚い石材ならカールスバーグの体はほんの1寸になってた」

「ああ、そうだ。そのとおりだソラ。君の心遣いに感謝する──おい、担架(たんか)だ。早くもってこい」

 カールスバーグの巨体は、担架に乗せられると、砕けた首を保護するようにロープで何重にも固定される。テムさんはカールスバーグの血だらけの頭を愛おしそうになでた。

「あの、すみません。僕、言い過ぎました」

「いや、いいんだ。事を始めたのは彼女の方だ。これで少しは無茶が治るといいんだが」

「治っ、治るんですか」

「ああ。俺達は上級兵(エリート)だ。この体はそうやわじゃない。アーシャ、悪いが帰りはタクシーを拾ってくれ」

 アーシャは、事の運びを察したようにうんうんと頷くだけだった。

『新たなチャンピオンの誕生です!』

 MCがわざわざ闘技場に、マイクを片手に降りてきた。床に空いた穴をジロジロ見ている。染めた金髪は短く駆られ、ピンク色のフレームのサングラスとピンクのスーツを着ているド派手な男だった。

「さて、新チャンピオン。少しは観客に応えてもいいのでは」

「そういうものですか」

 ソラは手を振ってみた。しかし返ってきたのはブーイングだった。

「ところでチャンピオンのリングネームは? エヘヘへどうせ死ぬと思って聞いてなかったっす」

「いるんですか、それ。僕、もうここに来る気はない」

「アハハハ、新チャンピオンは冗談が好きみたいだ」

 MCから木のお皿──ただの木材でもここでは貴重──が渡される。甘い香りの漂うトーンが山積みだった。毎晩ラウワンが集計するトーンよりもずっと多い。隣でアーシャも目を丸くしている。

「さて、チャンピオン。リングネームと観客に対して一言」

「ええ、どうしよう」思考を巡らす。こんなとき刀に触れられたら考えもまとまるのだが「リングネームは“神速のソラ”。そしてみなさんに一言。『賭け事は節度を持って』」

 返ってきた歓声は──やっぱりブーイングだった。 

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