死の書かれた日記帳
2024年 5月18日 19時14分
夢と二人で一時間ほど夕食を楽しみ、次の約束を取り付け解散した。
緊張が解けて力が抜けた。
昔からの友人とはいえ、女性と二人で歩くのは慣れない。過度に気を使ってしまう。
液晶画面に表示された次の電車の時刻までまだ時間がある。
財布を開いて小銭を確認する。
100円が二枚……ゲーセンでも行くか。
駅の西口からバスターミナルに出て、徒歩3分の場所にあるゲームセンターを目指した。
大量のゲームの機体がそれぞれ音を出して自己主張してくる。その中で俺は迷うことなくいつもの機体の前に向かう。
そのゲームは音楽ゲームをする人なら知らない人はいないと断言できるほど人気なゲームだった。なのでもしかすると人が並んでいると思ったが幸運にもそのゲーム機体をプレイする人はいなかった。いなかったのだが……
よりによってそこに座るのか。
女性が一人、そのゲームの待機用のベンチに座っていた。
輝く長い銀髪に白い肌、その姿はまるでどこかの貴族のお嬢様のようだった。まぁ、そのどこかの貴族もお嬢様もアニメ知識のものでしかないのだが。
しかし、なぜこんなところに……と思ったが別にこの人が誰であろうとゲーセンに居ては駄目なことは無いのだ。貴族だろうがお嬢様だろうがゲーセンでゲームくらいしたくなる……筈だ。
今はゲーム機体は誰も使っていない状況、待機しているなら既にゲームを始めているはず。ゲームしていないということは休憩で座っているだけなのだろう。
だが、わかっていてもやり辛い。
なにをやるにも人が後ろにいる状態でやろうとすると後ろが気になってしまう。
とはいえ、その理由で退けて貰うのも変な話だ。仕方なく、機体のコイン投入口に100円を……
「貴方は百瀬 湊という男を知っていますか?」
急に名前を呼ばれ100円を落としてしまう。
100円はコロコロと転がり機体の下に入り込んでしまった。
俺は今すぐ100円玉を探したかったが今はそれどころではない。そんなことより…
振り向くと銀髪女性の水色の瞳が俺に視線を向けていた。何を考えているのか表情から読み取れない。
「どこかで会いましたっけ?」
「少なくとも私は湊という人物には会ったことは無いですね。」
会ったことがないか、話が読めない。
「あなたが探している人と同じかどうかはわからないけど俺が百瀬 湊です。」
「本当に百瀬 湊さんですか?」
「間違いなく、百瀬 湊です。」
「そうですか……19時26分、場所も同じ…、あ、湊、さっき100円落としたよね。そこの隣のゲーム機の下に落ちてるよ。」
「え?あぁ、」
なんかよくわからないが取りあえず隣の機体の下に手を入れる。丸く平べったいものが指先に当たった。ゲーム機体から変に押し込んでしまわないように慎重に100円玉を引っ張り出す。ようやく裏面の100円玉が見えてきた。それを拾い上げ握りしめる。
「あ、あった。良かった、助かったよ朱乃……?」
違和感、朱乃?誰の名前だ。過去に似ている人に会ったことがある…のか?それを間違って呼んだのか、でも、なんか……そういうことではない気がする。
「……私の名前。湊さん、私達会ったことありませんよね。」
「会ったことは無い…はず。」
記憶には無い。忘れている可能性もあるが…彼女も会ったことがないと言うのだから間違いは無いはず。……いや、そもそも…、
「君は誰なんだ?」
銀髪の女性は俺に手を伸ばしながら新しいおもちゃを見つけた子供のような瞳で応える。
「湊さんが先程呼んだように私の名前は朱乃、八雲 朱乃です。初めまして湊さん。早速ですが私の妄言に付き合って貰います。とりあえず場所を変えましょう、珈琲はお好きですか?」
なにがなんだかわからない。頭の整理が追いつかない俺は朱乃の提案にとりあえず首を縦に振った。
ゲーセンで20分程度潰すはずだった予定は八雲 朱乃によって潰された。
珈琲ショップ(夢といった場所とは別)に着くと彼女はアイスコーヒーを2つ頼み席に着いた。
「先程はすみません、急に話しかけてしまい。私は八雲朱乃といいます。仙台にある高校に通っている学生です。」
「あぁ、俺は……」
「百瀬湊さんですよね。岩手の大学の学生で最近ハマっていることは小説を書くこと今書いている小説の題名は"夢想う君へ"…であってますか?」自己紹介をしようとすると彼女は遮るように口を開く。
声が出ない、言葉を遮られたからではない。彼女の言った内容に驚いたからだ。
大学に通っていることと趣味で小説を書いていることは最近関わった友人なら知っていることだ。小説を書いてることについては友人にあまり周囲に言わないでくれと言ったはずだが、人の口に戸は立てられないので俺の知らないところで伝わっていてもおかしくは無い。
だが、今書いている小説の題名を知っている人間なんているはずがない。なぜなら、今書いている小説は昨日の夜に思い付きで書き始めたものだ。俺は誰にも言ってないし、小説をサイトなどに投稿した訳でもない。
「お前は一体何者だ?」
気味が悪い。目の前の少女を睨みつける。
「その反応だと、当たってそうですね。私もこの情報に対して疑念を持っていました。この情報の真偽を確認出来次第帰るつもりだったんですけど……合っているとなると……」
彼女は俯き考え込んでしまった。
俺は決して国のスパイだとかどこぞの権力者などではない、一般的な大学生だ。
だからこそ、俺の情報を細かく知っているこの見知らぬ彼女を無視するわけにはいかない。
「なんで、お前は俺しか知らないはずのことを知っているんだ?」
私的小説の題名程度の情報だがそれを知るには俺のパソコンの中身を見る必要がある。
クラッキングや盗撮など様々な予想ができるが方法がどうであれ目の前の彼女から聞き出すのが手っ取り早いだろう。
「あ、あぁ、すみません、説明しますね。私は毎日日記を書いているんですけど昨日の朝起きたら書いた覚えのないおかしな文章が書かれていたんです。その文書の初めに大きな文字でこう書かれていました。」
彼女は真剣な表情で俺を見る。
「"急いで百瀬湊に会え、できなければ死ぬ"と」
イタズラだとしたらたちが悪い。
人に会わなければ死ぬなんて良く分からない一文で彼女は盛岡まで来たのか。
「疑わなかったのか?」
「疑いはしましたが疑ったせいで死にたくないですし、それに興味がありましたから。」
「興味?」
「はい、私の日記にはその一文と共にこの先起こること、それが起こる時間などが事細かに書かれていました。もし、その一つでも本当だとしたら私は超常的な現象に立ち会ったということになります。そんなのワクワクしていませんか?」
瞳を輝かせる彼女。この子はオカルトが好きなのか。もし、俺が彼女と同じ状況にあったとしたら恐怖でその日記帳を捨てて忘れようとするはずだ。いくらオカルト好きだとしてもその真偽を確かめるためにここまで遠出はしない。
「で、君はその日記が事実だとしてこれからどうするんだ。」
「どうするもなにも私、湊さんと一緒にいないと死ぬらしいのでできれば共に行動させて貰いたいです。」
「まぁ、お前はそうだろうな。だが、俺は違う、俺はまだ日記の話を信用していない。そもそもその日記を見てないしな。」
「そうでしたね。湊さんにはまだ見せていませんでしたね。これです。」
彼女はリュックから表紙に日記と書かれたノートを取り出した。
パラパラと数ページ捲り、テーブルの上に開く。
「これです。」
開かれたノートには1ページ丸々使って先ほど話にあった一文が大きく書かれていた。
「これは君の字か?」
「はい、間違いなく私の字です。ここから先のぺージに書いてるのも含めて全て私が書いたものだと思います。」
「書いたことを忘れた可能性は?」
「ありません。」食い気味に否定された。
「理由は?」
「私は超記憶症候群です。一度見たものを忘れることはありませんし、ほんの些細なことでも全て覚えています。」
「瞬間記憶的なものなのか?」
「まぁ、そうです。」
瞬間記憶なんてフィクションでしか聞いたことがないが現実にも存在するのか。
「それは証明できるか?」
「証明ですか……難しいですね。私が覚えていても湊さんが覚えてなければ証明はできませんし、湊さんが覚えているということは超記憶症候群でなくても覚えているいられるということですからね……ゲームセンターでゲーム機体に落とした100円玉は裏面でしたよね。」
「あぁ、確かに裏面だった。」
「あの100円玉は落ちるまでにゆっくりと四回転した後、裏面で落下し跳ね、表面側に少し傾きながら転がり、隣の機体の下に転がっていきました。これが私が湊さんが落とした100円の位置を覚えていた理由で超記憶症候群であることの証明です。どうですかね。」
「俺が拾い上げるまでの一瞬しか見えていなかったはずの100円玉の裏表をはっきり記憶している、この時点で証明としては充分なんだが。そこまで言うなら本当なんだろうな。」
「では、一緒にいてくれますか?」
「いや、そもそも、"百瀬湊に会え、できなければ死ぬ"なんだから出会うことができた現状でこれ以上一緒にいる必要はないだろ?」
「そうですね。その一文だけで考えればこれ以上一緒にいる必要はありません。出会えた時点で死ぬことはなくなった、であれば私が帰っても問題はないはずですね。でも、だとしたらこのあとに書かれていることに説明ができません。」
朱乃は日記のページを1ページ捲り、次のページを開く。
そこにはびっしりと俺達が出会う時間からこれから起こることとその時間までびっしりと書かれていた。
「これはいつまでの分書いてあるんだ?」
「今日から1週間分です。」
1週間分の行動をその時間まではっきりと書くなんて所業は普通の人には出来ないし、出来てもしない。だが、それをしなければならない理由があるとしたら……。
「お前はこの日記に書かれた意図がわかるか。」
「細かい意図まではわからないけど、この日記に書かれている内容には全て湊さんの名前が入っている。だから、少なくとも私と湊さんを共に行動させることはその意図に含まれてると思います。」
俺と朱乃を共に行動させたい理由。
朱乃と出会ったのは今日が初めてだ。
なにか過去に繋がりがあったわけでもない。
過去に出会ったことがあれば超記憶症候群の朱乃が覚えているはずだ。
彼女が嘘ついている可能性もあるがくだらない嘘のために長距離移動して俺に会うなんて面倒なことをするだろうか。
この世界には八雲朱乃が2人存在する可能性……そんなわけ無いか。だめだ、考えても説明がつかない状況に頭が疲弊し始めた。
「……とりあえず、夜も遅いし今日は解散にしよう。」
スマホを取り出し時間を確認する。
次の電車の時刻を確認し、椅子を引き立ち上がる。
「そういえば、帰りはどうするんだ?」
その問いに対して朱乃は首を傾げる。
「どうするとは?」
「仙台に帰るのか?それともホテルとかに泊まるのか?」
……なぜ、朱乃は何を言っているかわからないような表情をしてるんだ。
「いえ、私は仙台には帰りませんよ。あと、ホテルにも泊まりません。」
「知り合いの家でもあるのか?」
「いえ、百瀬 湊さんの家に泊まろうかと思ってます。」
「却下だ。」
「え!?なんでですか?」
なぜ、それでいけると思ったんだろうか。
「見知らぬ奴を泊めると思うか?」
「私と湊さんはさっき出会ったので見知ってますよ。」
「今さっき出会ったばかりだろ。それに女子高生が出会ったばかりの男の家に泊まるのはどうかと思うぞ。」
「私は気にしません。」
「俺が気にするわ!」
なんだコイツは警戒心が無いにも程があるぞ。素性の知らない女子高生なんて家に上がらせたら面倒事になるに決まっている。
「でも、私は湊さんの近くにいないと死ぬ可能性があるですよ。」
「だとしたら午前中にここに来るまでの段階で死んでるはずだろ。」
「出会ったことで死ぬ条件が変わった可能性がありますよ。」
「いや、そんなこと……」
無い、とは言い切れないのか。結局、今回の話は何も解決できていない。このノートが呪いなどの類のものだとしたら今後何が起こるかなんてわからない、わかるはずがない。
ノートの内容に対して簡単に疑えるのは自分が当事者ではないからだ。当事者である彼女はもしノートが本当でそれを嘘だと確定して動けば死んでしまう。だから、彼女は遠い距離を移動し、赤の他人だった俺に接触した。
俺は選択しなければいけない。
2024年 5月18日 19時48分……
−−−彼女と共に自宅へ向かうか。
−−−彼女を見捨てるか。
2024年 5月18日 19時49分……
俺の答えは……、
「わかった、家に泊めるから一緒に行くぞ。」
「え、いいんですか?」
「俺が泊めなかったから死んだなんて後悔したくないからな。」
「ありがとう!湊!」
「行くぞ朱乃。」
「うん!」
ずっと感じていた違和感。
彼女に「湊」と呼び捨てされることで懐かしい気持ちになる。
記憶には無いがやはり何処かで会ったことがある気がする。
俺の後ろを嬉しそうに歩く朱乃。
彼女と出会ってからなぜかこう思ってしまう。
彼女を守らなくては……と。
「切符買ってきますね。」
自動販売機に切符を購入するため彼女は小走りで向かう。
その小さな背中を見ながら俺は「気の所為だな。」と思考を放棄する。
そんな感覚的な話をしている場合では無い。
俺の部屋は掃除はしていてある程度綺麗だが人を家に上げることはしたことが無い。
だから、俺が気にしていない部分で他人によく思われない部分があるかもしれない。
あれは閉まったか。そういえばあれってどうなってたんだっけ。意識し始めたら次から次に心配事が浮かんでくる。
というか、朱乃は小さなショルダーバックだけでどうやって宿泊する気なんだろうか。
「お待たせしました。……湊さん、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ、大丈夫だ。……朱乃、買い物してから帰ってもいいか?」
「良いですよ。」
俺の家には全ての物が一人分しか無い。人を呼ぶ前提が無かったせいで人が泊まることなど考えたことがなかった。
そうして俺は朱乃を連れ雑貨屋に向かった。
その時の出費は俺の財布に大きな損害を与えることになり、泊めたことを少し後悔することとなった………。
次回予告
惑星スーシーにはまぐろ軍とサーモン軍が存在した。
ある日、まぐろ軍の兵士だった百瀬湊はサーモン軍の補給兵だった八雲朱乃と出会い禁断の恋に落ちる。
「俺たちは一緒にはいられない。」
手を振り払おうとする彼を朱乃は抱きしめ「私は一緒にいたい」と願う。
すれ違う二人の恋心。
二人の恋はどうなっていまうのか!!
次回「寿司ネタはエビしか勝たん」
次回もお楽しみに!