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1ヶ月ぶりに更新です。

待ってる人…いるといいな。

「……なあ、レイノシュ。今から回れ右してもいいかな?」

「そんなこと出来る人なら、端からここにいないでしょう…………悪いとは思ってるんです……」

 誂うような台詞のあとに呟く、消え行くような懺悔。

 俯くレイノシュの髪に、くしゅっと手を入れる。

「だから、それ嫌ですって。」

 ん。通常運転だ。


 厨房に足を踏み入れた俺は、後悔しかなかった。

 古くさい映画の中でしか見ないような建物から、扉一枚を隔てたそこに広がる近代的なクリーンルーム。

「こりゃ、メイペスには見せられないわけだ」

 そういうと、アンスタウトは眉を寄せながらも、無理に口角をあげている。


 中には二人の男女が、“壁”から食堂に向けて芋を移動させている。

 こちらから見れば、まるで壁の中から芋が現れたようにすら見える――厨房の存在を隠すための、巧妙な仕掛けだ。

 

 二人はアンスタウトに気がついたようで、マスクから覗かせた目で軽く会釈をしている。

「こちらへどうぞ」

 アンスタウトが、“壁”の向こうに続くだろう扉に手を掛け、俺とレイノシュを誘う。

 さっきと同じだ。

 アンスタウトが壁に手を触れると、溶けるように壁に穴が開く。

 そして、先に有るのは…

 予想はしていたが、食品工場そのものだった。

 ガラスで仕切られている向こう側には、巨大な鍋。

 ベルトコンベアで運ばれている食物。

 完全機械化で、人がいる様子はない。


 さすがにその工場の方には入らず、真っ直ぐ伸びる廊下から別の部屋へ誘導される。

 どこもかしこも広く、ゆとりのある厨房の外に比べたら、三人で並ぶことが出来る程度の狭い通路。

 ……床は、リノリウムだな。

 音を吸い込む廊下の先に現れる壁。

「ここは、急場凌ぎで隣を仕切っただけなんです」

 壁に触れる前に、泣きそうな顔をしてアンスタウトが言う。

 厨房に入ってからというもの、アンスタウトの眉間から皺が取れない。

 俺はアンスタウトの眉間の皺に親指を這わせ、擦ってやる。

「そう心配しなくても、メイペスには黙っといてやるさ」

 そう声を掛けると、力が抜け柔らかい表情に戻る。

「その事は、心配してません。ぼくの懸念は貴方に災厄が向かないかだけです」

 貴方”たち”ではなく、貴方…つまり俺だけか。

 レイノシュには振りかからないということなら、まあ、いいだろう。

「俺にだけ向くなら、いいんじゃないか?」

 と、軽く言うと、今度は隣にいたレイノシュの眉間に皺がよる。

 アンスタウトと違って、こいつは口角を上げる気遣いは無いから、本当に驚嘆しているようだ。

「「貴方って人は……」」

 ん。いいハモリだ。


「何があっても、レイノシュは文字通り飛んでくるだろ?」

 雰囲気を一掃したくて戯けて言うと、

「……当たり前です」

 と、レイノシュが絞り出すように答える。

 状況はそんなにも芳しくないのか…?

 うーん…でもよ?始まってもいないことに杞憂するのも趣味じゃない。

「窮すれば通ず、だぞ?」

 そういうと、レイノシュの強張っていた面持ちに綻びが見え、

「……ったく、本当に貴方って人は!」

 さっきと文言は変わらないけれど、幾度ともなく見た、癖のある表情。

 俺はレイノシュを抱き締めようと腕を伸ばし…たが、するりと抜けられた。

「だから!何度言ったら分かるんです?そう言うのは嫌だって」

 皮肉目いているのに、照れ臭そうなその顔を見たいからだよ、とは言わない。

 至って通常運転に見せるレイノシュに、態とらしい舌打ちを聞かせると、ようやく愁眉を開いた。


「こちらへどうぞ。数年前にミリタフが使用したものがあるので、問題ないかと思いますが、レ…イ・グレコ使えそうですか?」

 レイノシュの名前を呼びにくそうにする、アンスタウト。

「そういや、祭りがどうとか言ってたな?何かあるのか?」

 道具を選別するレイノシュを余所目に、アンスタウトに訊ねる。

「ああ、あなた方で言うところの新年のお祭りですね。年が新しくなります。一週間後ですね」

 ん?今は玉蜀黍の取れる時期で、新年にはまだ遠くないか?

「この地の新年は、最初の旅人に準じてます。今年は…ぼくの代替わりですね」

「代替わり?」

「ええ、ぼくたちは二十年で交代します。そうなると、年号…えっと…大きな節目となるんです」

 年号………ねえ?

「二十年を数えるってことは、一年は何日なんだ?」

「暦はないですけどね。単純に新年の祭りから365日を数えます。その辺がメイペスの仕事のひとつですね」

「めんどくさくないか?」

「慣れですよ」

  

「ん?ちょっと待てよ。それじゃあ誕生日とか記念日とか…どうするんだ?」

 メイペスと、アンスタウトしか日付を把握してないのであれば不便ではないのか?

「ああ、記念日の概念はないですね。新来者の戸惑うことのひとつですよ。誕生日は…新年にみんな一度に年を重ねます」

 ?意味がわからない。

「東洋には古くからある、数え年ってやつです。生まれた時一歳で、新年で年を重ねる」

 ふうん…じゃあ毎年、誕生日がいつだったかなんて悩まなくていいな。

「あれ?じゃあ、メイペスは?十九とか言ってなかったか?そうすると満年齢は…」

「十六…ですかね。彼女は新年に近いときに生まれてるんで」

「ガキな筈だ…」

「そうですね…」

 アンスタウトは思案に余る表情を隠せない。


「グレコ様!コイツを三つ運んでください」

 鍋を物色をしていたレイノシュから指示が飛ぶ。

 すっかり任せっきりにしていたが、レイノシュの方に目を移すと……もう、驚くのは疲れた。

 釜戸の振りをした、電子コンロがある。

 ……

「エデノの住民は“火”を使わないので、こうするしかなかったんです」

 別の棚からバッテリーらしきものを取り出したアンスタウトが、苦笑いで答える。

 厨房に立ち入らず、部屋にも台所がないのだから火なんて扱わないわな。

 

 …ん?

 …違和感がよぎる。

「あれ?お前さん、代替わりで来たばかりなんだろ?何でそんなに詳しいんだ?」

 俺は移動式の屋台に、コンロや鍋を乗せながら聞く。

 ミリタフがポップコーを振る舞った時、アンスタウトはここにいたのか?

 ふっと、レイノシュが言葉を紛らわす時の表情を浮かべた後、アンスタウトは

「……ヴレノシュの引き継ぎのお陰です……かね」

 と、呟いた。

 ヴレノシュ…名前はよく聞くよな。

「パートロの伴侶で、メイペスの母親。ぼくの前任ですね」

 なるほど、引き継ぎか。

 些か細かいような気もするが。

 それ以上に影を落とした表情が気にならないわけではないが、所詮よその国の事情なんだ。

 深入りはしない!しないぞ!………今さらかも知れないが。

 …そこ!…レイノシュ!笑うんじゃない!


 食堂の入り口に屋台を置き、バッテリーを釜戸に隠しコンロを並べる。

「もう一台、屋台持ってきたほうがよくないか?」

「そう思うなら、取ってくる。はい」

 ぱんと両手を合わせるレイノシュに追いたてられるように厨房へと戻される。

 おいレイノシュ、人使い荒くないか?


 くすくすと笑いながら、アンスタウトがついてくる。

「ん?、道ならわかるぞ。一本道なんだし」

「扉はぼく…か、レ…イ・グレコじゃないと開きませんよ」

 レイノシュの名前を呼ぶ度に戸惑いを隠し獲ないアンスタウトに、

「………ぷっ!」

 吹き出してしまう。 

「どうしました?」

「いや、レイノシュの名前、呼びにくそうだなと、思って」

「……そうですね…。まず、エデノの慣習では新来者はフルネームで呼ぶのです。が、彼はぼくと同じですし…だからと言って……レノシュと呼ぶのは違うでしょうし、……でもレイノシュと呼ぶほど心を許して貰ってるとは思えないので…」

 複雑だな。

 まあ立場上、色々あるのは察する。

「好きなように呼ぶといいさ。そんなこと気にするようなやつじゃない」

「そうであれば、いいのですけど…」

 と、アンスタウトは口を閉ざしてしまった。

 んー。そんなに悩むことかな?

 アンスタウトはエデノでの立場があるのだから、それに則ればいいだろうに。

 それとも、(えにし)の方に配慮しているのだろうか?


 靉靆たる空気を打破するべく、話の種を探す。

「でもさ。家名が無いのも面倒じゃないのか?見たところ部屋番号も無いようだし。何階の何々さん、みたいな呼称なのか?」

 我ながら気が利かないなと思いつつ、無難な疑問を訊いてみる。

 アンスタウトはそんな俺の些末な疑問に、何かを察して目を細める。

「それなら、【把握】…メイペスが文字通り把握するんですけど、エデノの住民は同じ名前を使いません」

「?」

「名前が同じになら無いように届け…いえ、【把握】に伝えます。幾つかの用意してある選択肢から選ぶと言った方がいいでしょうか?」

 名前は認識呼称と言うわけか。

 全くもって、妙なところに情緒がない。

「家族を継ぐことが無いので、呼ぶときに困らなければいいんですよ。ミリタフなんかは既に同じ名前の者がいたので、永住を決めた際に改名していますね」

 なるほど。

 

「実際、家のゴタゴタなんざ、めんどくさいだけだもんな。ある意味合理的か」

 身内が死んだり結婚したりする度に、大騒ぎになる我が家に想いを馳せる。

 あれは確かに嫌気がさす。

「どうですか?ここに永住されませんか?」

 何時になく真剣な面持ちでアンスタウトが言う。

 んー…。

 去るにしても、残るにしても。

 どちらもこう決定打に足りんのだよな。

「今なら、メイペスをお付けしますよ」

 アンスタウトが悪戯な微笑みを浮かべて言う。

「……なんでそうなるんだよ」

「なんとなく、です。ま、ぼくの一存でどうこうなるわけもないんですけど」


「そんな牽制しなくとも、取りゃしないさ」

 ……?押し黙るアンスタウト。

「牽制……なんでしょうか?」

「違うのか?俺には大事なものを隠しておくために、わざと要らないふりしてるように見えるぞ?」

「そう……なんでしょうか……」

「大事に思うからこそ、躊躇してるんだろ?でなかったら、とっくに子作りしてるだろ。それが、お前さんたちの使命なんだろ?」

「………そうですね」

「ま、いいんじゃないか、ゆっくりで。ガキ相手になにかと大変だろうが」

「ですね……」


 屋台を持って厨房の入り口に戻ると、ポップコーンの香りに誘われた、エデノ住民が興味深げにレイノシュの周りに集まっている。

 まあ、コイツが説明なんかするわけもないので、何が始まるのか期待よりは困惑が見て取れる。


「レイノシュ……何も説明せずに作り始めたのか……」

「何を説明できるんです?それはそっちの(かた)の仕事でしょう?」

 と、アンスタウトの方に顎を指す。

 ん。

 両手は塞がってるから仕方ないけど、横柄じゃないか?

「構いませんよ、グラスコ・グレコ。確かにぼくの役目です」

 そういうと、アンスタウトは集まっていた住人たちに説明をしている。

 新年の祭りに向けての予行練習、と落とし処を見つけて、量は多くはないけど振る舞うことを約束している。

「僕が?三千人分?ったく…………グレコ様!ほら、キリキリ働く!」

 はい。働かせていただきます。

「ほら!何してるんです!出来たものにジャムを絡めて!熱いうちに!」

 …(あるじ)遣いが粗すぎやしませんか?レイノシュさん…


 そんなこんなで、おやつを振る舞っていたら漸くパートロと並んでメイペスがやってきた。

 パートロと話していて渋い顔をしていて、待望のポップコーンだろうに中々近づこうとしない。

 この期に及んで真剣な話し合いか?

 とも思ったが、渋面のパートロを残して、満面の笑みを浮かべたメイペスが一目散に駆け寄ってくる。


「すごーい!甘い匂い!え?なんで?なんで?ピンクにイエロー!」

「出来合いのジャムと絡めるだけだよ」

 素っ気なくメイペスと話すレイノシュだが、一体いつの間にジャムなんて用意したんだ?しかも出来合い?と、不思議にしてたらアンスタウトが持ってきたようだった。

「このくらいはエデノにもありますよ」

 拗ねた素振りのアンスタウトが、瓶詰めのジャムを数種類並べる。

「ここんちの調味料の豊富さは目を見張るよ、全く」

「一々どこから来るとも知れない新来者に、献立を合わせるわけにもいきませんからね」

 なるほど。

 合理的っちゃあ合理的か。


 見れば、メイペスが弾けるポップコーンにきゃあきゃあ言いながら燥いでいる。

 その傍で、パートロがなにか言いた気だったが、アンスタウトが唇の前に指を立てたことに気付き、こちらに来て深々とお辞儀をする。

「全く、あなた方が来て10日…グラスコ・グレコ、あなたが目覚めてまだ3日だと云うのに……おれが出来なかったことを、いとも簡単にやってくれる」

 と、苦笑するパートロだが続けて、

「て言うか、アンスタウト!お前の仕事だろ!新年も目の前だっていうのにメイペスの教育はどうなってんだ?」

「新年の準備は滞りないですよ?」

「あ…リズクコか。…今年は…いいのが見つかったな」

 と、俺を見てニヤリと笑う。

 なんだ?リズクコって?

 アンスタウトに目を移せば、こちらも不敵な笑みを浮かべている。

 お前さん、さっきまでの沈痛な面持ちはどうした?!

「まあな。メイペスをあんなにしたのは、おれなんだろうし。仕方ないか。アンスタウトはアンスタウトでやればいいさ。じゃ、おれは芋食って帰るわ」

「メイペスには言わないんですか?」

「いいだろ。楽しそうだし。あとはよろしく頼むわ」


「あ!白髪のおいたん!」

 と、声をかけてきたのは昨日の子だ。

 若い男女と連れ立ってきている。

 女性はメイペスと軽く挨拶をすると、子供たちとテーブルの方へ……

「おいたん!これなあに?」

 …迷子になるぞ?

 俺は子供を抱き上げ、片手でポップコーンの器を持って、テーブルの方へ歩く。

「うわあ!たかあい!」

 無邪気なもんだ。

 レイノシュが余所行きの顔をして、男と話しているのを、メイペスが、不服そうに見ている。

 ま、レイノシュが上手くいなすだろう…多分。


「お届け物に上がりました」

 そう戯けて女性のいるテーブルヘ着く。

「あら、クナビネどこにいってたの。って、ありがとうございます。あなたが新来者さんね」

「グラスコ・グレコです」

「私はリタフォ。今日は子供たちの当番なの。面白いことやってるのね」

 と、屋台を指して言う。

「……まあ、こっちの方も大概面白いけど」

 ジャングルジムよろしく、子供たちが俺によじ登ってる様を見て、リタフォが笑っている。

「リタフォ!あれなら、おれにも出来そう…って、わっ!みんな何やってるの!!」

「たかいのー」

「すごいのー」

 髪は引っ張っらないでもらえるかな?


「すいません。オレはミリタフて言います。リタフォの夫です」

 ミリタフ。

 ポップコーンを作ったってやつか。

 オレは名前だけを告げると、ミリタフの顔色が、さっと変わった。

「え?グラスコ・グレコって、ヘジム国の…」

「あ?知ってるのか?10日前までの話だよ」

「あの国も、なかなか落ち着きませんね」

「そうだな」

 落ち着くことがあるんだろうか?

 俺は意外なほど郷愁が沸かないことに気が付いた。

 

「此処に来られたという事は、並々ならぬことがあったのでしょう。心中お察しします」

 と、やけに丁寧に受け答えかれた。

「ミリタフはグラスコ・グレコと知り合いなの?」

 と、リタフォが聞いてくる。

「この人は有名人なんだよ」

「へえ…歌ったり踊ったりするってこと?」

「いや、そっち方面の有名人じゃなくて…そうだな。王様だったんだよ…て、ああ、過去形で申し訳ありません」

「いや。その通りだから構わないさ。結局元の党首に刺されて、立場を追われたんだから」

 と言うと、女性にはキツかったかリタフォの顔がさっと青ざめる。

「あ、リタフォ。すまない。この国の人間には些かキツイ言い方だったな。申し訳ない」

 と、頭を下げ……たかったんだが、首にまとわりついてる子供が落ちそうだったので、口先だけの謝罪だ。

「そんなつもりじゃないんです。お気になさらないで」

 いい女じゃないか。

 ミリタフ、やったな。


「そういや、お前さん……ミリタフだっか。お前さんのお陰で、楽できたよ。よくここで作ろうと思ったな」

「え?あ、ポップコーンですね!この地の人たちが爆裂種の玉蜀黍を不味そうに食べてるのが気になっただけです」

「ヴレノシュとパートロが前衛的で良かったわよね。多分メイペスなら『厨房は係が違います!』てお話にならなかった筈よ」

 と、コロコロと笑っている…ん?

「お前さんも、エデノ生まれなんだろ?随分、砕けた考え方が出来るのな?」

 そう聞かれたリタフォは、ミリタフの顔を見たあと、

「内緒です」

  と、アンスタウトみたいに唇の前に指を立てた。

 お前ら、それ好きな、と思うがかわいいからいいか。


「おいたん、これどうぞ」

 とクナビネが小さな手で芋を差し出す。

「あそんでくれたのとぉ、ぽぷこーんのおれいです!」

「お前の分じゃないのか?」

「おなかいっぱいですぅ!」

「そっか、ならいただくとするか。ありがとな」

「どういたまして、です!」


「それはそうと、新年のリズクコ作りに駆り出されそうですよ?」

 ミリタフが切り出した。

 ああ、そうだ、そんなこと言ってたな。

「その、リズクコってなんだ?俺らが知ってるものか?」

「ライスケークって分かります?東洋の」

「…ん…?聞いたことはあるような…ないような?」

「穀物を蒸してつく、だけです。つくのが力仕事なんですが」

「?……ま、後の楽しみに取っとくとするか!」

「ですね。見ないと分からないと思います!」

 物凄く、得体のしれない期待をかけられているような気がする…体力戦なら、まあいいか。

 俺は芋を齧りながらレイノシュの方へ戻った。

 やつなら、ライスケークが何なのか知ってるだろう…


 何だかメイペスが揉めているようだ。

 …ふうん。

 子供たちの為の名目のポップコーンを、大人にやることに躊躇してるのか。

 全く、子供故の正義感は結構だか、何であの子はこんなにも頭が固いかね?


 レイノシュがカラメルの余りで作っていた生キャラメルが目に入ったから、有無を言わさずメイペスの口に放り込む。

 食えと言っても、食わんだろうからな。

 と、口の中で溶けていく生キャラメルにぽろぽろと涙する。

 そうか、この子は知らないだけなんだ。

 

 おやつの時間が一段落して、後片付けをしていた時だった。

 メイペスが思い詰めた顔をしていたと思ったら、言うに事欠いて俺に子作りを教えるとか言ってきやがった。

 

 ……ったく…

「この際、教えて貰ったらいかがですか?」

 と、レイノシュが涙を溜めて大笑いしていやがる…どれだけだよ。

 

 俺はレイノシュの隣に腰を下ろし、そのままやつの肩に頭を乗せる。

「なあ、レイノシュ、今日は疲れた」

「でしょうね。十日前に腸飛び出して、三日前に目覚めたくせに、崖から飛び下りて飛び道具持ったヤツと大捕物したんですから」

 …………

「……俺は、莫迦か?」

「知らなかったんですか?」

 俺の指は、自然にレイノシュの髪に伸びて、くるくると弄っていた。

 レイノシュはいつもみたいに拒まずに、俺のやるがままさせてくれている。

「そうか…莫迦か…」

「そうですよ。少しはご自分の事を考えてください」

 気持ちよい声に、俺の目蓋は開けていることを諦めた。

 


 翌朝、食堂に向かうと、一気に新年を迎える祭りの準備へと突入していた。

 やはり、祭りと云うものは何処の国でも、こう身体の中から沸き上がるものを感じる…かと思いきや、ここ、エデノは至って平穏な面持ちだった。

 いや、メイペスやアンスタウト、ミリタフやリタファは忙しくしている。

 パートロもだ。

 けれど、他の住民たちが彼等に加勢しようとする様子は伺えない。

「みんなでやらないのか?」

 通りかかったメイペスに聞いてみる。

「みんなで、やってるじゃない」

 …どうやら、“みんな”の定義が違うらしい。

 

 アンスタウトに聞くのが一番なんだろうが、見当たらないのでミリタフを捕まえる。

「そうですね。この…最初の旅人の末裔って云われてる人たちが、住民をもてなすってイメージのほうが合うと思いますよ」

「それは、祭りか?」

 ミリタフは苦笑する。

「皆で騒ぐと、喧嘩のモト、らしいですよ」

 

 なるほど。

 どれだけ些細な争い事も、先回りして潰そうとしているのか。

 石を取り除いた道は、転ぶこと無く歩けるだろうが、転ばないということは果たして良いことなのか?


「また、お節介の血が騒ぎ出してませんか?」

 レイノシュが自然に隣に立つ。

「難しいこと考えてる顔してますよ。あなたは何も考えてないように笑ってる時が………面白いです」

 何だそれ?

 

「あ!いたいた!グラスコ・グレコ!こっちだ!こっち!」

 と、パートロに腕を引かれる。

 珍しいな、て、まだ知り合って四日だし、珍しいも何もないのだが。


 厨房の入り口前に置かれた、木製のハンマーと、これは臼か?

 俺の知ってるもので一番近いが異なる物。

 その臼らしき物の中には、白い塊。

 ??なんだこれ?湯気が上がっていると云うことは、熱を持ったものか?

「これを、これで、つく…叩いてくれ」

 ?

「クズリコ作りだ!」

 

 昨日の今日で、俺の体力は削られていくらしい。

お読みいただきありがとうございます。


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