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5

メイペスは四苦八苦していた。


 ただでさえ広いインスラの地下の貯蔵庫。 

 三千人が、腐らせず、適切な期限で消費出来る量の保管。

 ここの“把握”は、メイペスにとって何よりも優先すべき仕事だ。

 

「小麦…芋…人参…あ、あった!ポップコーンの玉蜀黍!」

 今日のおやつ分、と称して持ち運びたいのだが、三千人分て、どれくらいだろう?

 いつもは、棚卸しで貯蔵庫の中の数を数えるだけで、使用分の振り分けは“整合”であるアンスタウトがしている。

「もしかして、担当でない仕事をしたり、自分が食べたいからと、おやつを選ぶのは“平等”から外れるのかしら?」

 ふと、手を止めて考える。

 ――――

 ご免なさいって謝ればいいよね。

 おやつは必要だもん。

 ちゃんと報告すれば、大丈夫!


「おや?メイペス?今日は棚卸でしたか?

 離席していて申し訳ありません」

「ひああ!…って、アンスタウトこそ――どうしたの!泥だけじゃない!」

「ぼくは小用で、あれ?でも棚卸は今日じゃないですよね?どうしたんです?」

「盗み食いかぁ?」

 アンスタウトの後ろから、隠れきれてなかったグラスコ・グレコが若気顔を覗かせる。

「そんなわけないでしょ!おやつの準備よ!」

「でも、今日のおやつは蒸かし芋で、厨房には昨夜のうちに運び込んでいたはずですが?」

 澄ました顔でアンスタウトが言う。

 

 あからさまにメイペスの顔は強ばっている。

「玉蜀黍…爆裂種ですね…これから出来るのは…」

 グラスコ・グレコの背後から顔を覗かせたレイ・グレコが訝しげに呟く…

「ポップコーンが食べたくなったの!今日でなくていいから!明日でも、明後日でもいいから!」

 至って素直にメイペスは答える。

 元より嘘を吐くなんて出来やしない。

 その顔は、泣くのを堪えているように眉根を寄せている。

 

「でも、今日食べたいんだろ?」

「ぐっ!それは…そう…だけど…」

 メイペスは、見透かしたように若気顔をやめないグラスコ・グレコに、つい尻込みしてしまう。

 

 見かねたアンスタウトが口を挟む。

「それでは子供たちのおやつにするのはどうですか?玉蜀黍は住人全員分には足らないでしょう?子供たちの分であれば、直ぐにでも作れるのではないですか?………?メイペス?どうしました?」

「つい、食い気だけでここまで来たけど…リタフォのお手伝いはしたことあるけど、一から作ったことはないことに気付きました…リタフォは収穫だし…どっちにしろ今日は無理だ…」

 一瞬明るさを見せた表情は、再び沈み混んでしまった。

 

「ポップコーンでしょ?厨房に入ってよいなら、僕が作るけど?」

「作れるの!」

 レイ・グレコの尻馬に乗るメイペスは、パラパラと捲る絵物語の様に表情が変わる。

 泣いた烏が笑うとは、よく言ったものだと、その場にいた男たちはしみじみ感心する。

 

「だって、熱を加えるだけじゃない。味変するにしても、別に特別なことは必要ないし」

「?味変て、なあに?」

「……バターだったり、チーズだったり、ジャムでもいいし…ちょっと手間をかけるならキャラメル味だってあるじゃない?」

「キャラメルがポップコーンになるの?!」

 食い気味に詰め寄るメイペスの勢いに、今度はレイ・グレコが後退る。

 

「厨房を貸して貰えれば、の話だけど」

 そう言われると、メイペスは口を閉ざし、考え込んでいる。

 

 厨房には、厨房の係がいる。

 役割はその者が全うすることに意味があり、やらなすぎるのは勿論、やりすぎてもいけない。


 ましてや、自分は“把握”の役割を持つのだ。

 自ら“約束”を破るわけにはいかない。


「いいんじゃないですか?」

 と、言うのはアンスタウト。

 でも……と、続けそうなメイペスの言葉を遮り、グラスコ・グレコが会話を奪う。

「別に、仕事を奪う訳じゃない。一緒にやればいい」

 そう言うと、にいっと笑った。

 褐色の肌に、白い歯が覗く。

 ちょっと、怖い。


「最悪、グレコ様が釜戸の一つでも作ればいいだけの話です」

「おうよ…!……て、釜戸って!何作らせるだ、レイノシュ!」

 レイ・グレコを叩くように、グラスコ・グレコがむきっと片腕をあげる。

 あんな華奢な体なのに、あんな牛みたいな体の人に怒鳴られて、怖くないのかしら?

 

「あなたなら、石窯でも小一時間もあれば作れるでしょ?」

「……いや、レイノシュさん。さすがに石窯を一時間じゃ…土を乾かす時間は俺にはどうにもできん」

 これは?喧嘩なの?

 

「土を使わなければいいじゃないですか」

「おう!それもそうだ!」

「あなたは莫迦なんですか?」

「なんだと!髪、弄るぞ!」

「嫌です」

 再び、ぐわっとあげたグラスコ・グレコの手は、がしっとレイ・グレコの頭にのる。

「だから!嫌だって言ってるでしょう!」

 そう言いながらも、二人はにこにこしてて…


「喧嘩じゃないぞ。メイペス。心配すんな。いつものコミュニケーションだ」

 グラスコ・グレコの指は、レイ・グレコの髪をくるくると巻いている。

 

「なあ?メイペス。その子供たちってのは何人いたっけ?」

 レイ・グレコがぴしっとグラスコ・グレコの手を弾く。

 ん、あの大きな手で髪をぐるぐるやられるの、やだよね。

「え?あ、ああ。八人…だけど?」

「レイノシュ、八人分だと玉蜀黍は何本いるんだ?」

 

 けど、グラスコ・グレコは、弾かれた手を引っ込めることなく、また髪に戻る。

 つねられてる……

「そうですね、この大きさなら十本もあれば事足りるかと」


 諦めたような顔をして、グラスコ・グレコはメイペスの脇に寄る。

「だとよ、メイペス、五本持て」

 と、玉蜀黍を渡される。 

「え?今、十本って…」

「残りは俺が運ぶさ」

「ぼくも持ちますよ」

 と言うアンスタウトを遮って、グラスコ・グレコが耳打ちしてる。

「……ああ、そうですね。そこまで思い至りませんでした」

 

 何を言ったのだろう?

 メイペスの腕の中には五本の玉蜀黍。

 確かに十本は頑張れば分けなく持てるけど、重さよりも嵩のほうが心配だった。

 五本なら余裕。

 …………もしかして、わざとなのかな?

 私が多く持つことで、責任を持ちなさいって。

 …………でも、罪の意識はホンのちょっと軽くなったのも本当。

 

 私が食べたいって言ったのに、何もかも委せちゃダメだ。

「行きましょう!」

 ん。いっぱいお手伝いしよう!


―――

「パートロを探してきてくれませんか?」

 厨房前まで来てアンスタウトが言う。

 腕の中から、アンスタウトに引き取られる玉蜀黍を眺めながら、「ああ」とメイペスは納得している。

 私は厨房には入れない。

 それは「決まり」。

「分かった!」

 と、元気よくメイペスは駆け出した。

 

――

「ここにも、彼女に見せられないモノがあるってことか?」

 アンスタウトがメイペスから引き取った玉蜀黍を、更に自分の腕に納めながらグラスコが訊ねる。

「さすがですね。その通りです」

 苦笑を浮かべ、空っぽになった手を見ながらのアンスタウトの返答。

「まあな」

 しかし、メイペスは厨房に入れないのを分かっていて、どう玉蜀黍を調理する気だったのだろう。

 部屋で調理する術はないだろうに。

「本当に、数日待つつもりだったのかも知れませんね」

 またしても顔色を読まれたらしいグラスコは、

「気の長いこって」

 と、学教室の方へ走って行くメイペスの後ろ姿を見て、目を細めた。

 

「さ、メイペスが戻ってくる前に準備をしましょう。お祭り用の火元で、事は足りますよね?レ…イノシュ」

「見てみないと分からないけど…」

「祭りがあるのか?!」

 レイノシュが言い終わる前に、グラスコが食い気味に体を乗り出す。

 言葉を遮られたレイノシュは、又か…と呆れた表情を浮かべ、「こんなやつなんです」と、アンスタウトへ無言で訴える。

 

目を丸くしたアンスタウトは、表情を緩めると、

「何て言うか…貴方とメイペスは良く似ていますね」

 と、くすくすと笑う。

「あん?あそこまで、お子ちゃまか?」

 口を尖らせるグラスコに、空かさずレイノシュが続ける。

「そう言うところですよ。全く、どこが獅子なんだか。猫アレルギーのくせに」

「アレルギーは関係ない!」

 と、そっぽを向くが両手には玉蜀黍を抱えていて、何とも滑稽に見える。

「さ、メイペスが戻ってくる前に、やることをやってしまいましょう。その間にお話しします」

 アンスタウトに押し込まれるように、厨房へと入った。


――

「さすがにもう、ここにはいないわよね」

 パートロを探しに、さっきまでいた学教室に来てみたけど、パートロはパートロで仕事があるのだ。

 メイペスに、大事な収穫の時間を割いてまで、いろんな事を教えてくれていた。

「でも、そういうもんだって思うより仕方がないのよね…」

「全く、パートロもとんだ無駄骨よね」

「リタフォ…」

 本格的に落ち込んでいるメイペスに、リタフォはちょっと言い過ぎたと後悔して、抱き締めて頭を撫でた。

「…まぁた、考えすぎでしょ。意外と悪い人ばかりでもないわよ、外の人も」

 彼女が悩むことは、このエデノと外の事の差異だ。

 あの、祖先でもある『最初の旅人』の話を聞いて、二人して大泣きした。

 けど、リタフォはミリタフと出会った。

 ちょっと頼りないけど、心根の優しいミリタフ。

「……ミリタフは鍵をかけなかったの?」

 唐突に聞かれたものの、何の事かは理解の範疇だ。

 全く、割りきることの出来ない子だなあ…

「かけてたわよ。そりゃ厳重にね。でも、まさか家族になりたいと考えてた人に、別に家族がいるなんて思わないじゃない」

「家族って、大事なんでしょう?何で嘘をつくの?エデノは……ここは、だれも嘘なんてつかないのに……」

「本当に?」

「え?」

「私たちは知ってるけど、他の人たちが知らないことがあるじゃない。それは嘘じゃないの?」

「…………あ……でも……」 

「なぁんてね。最初の旅人の話は、私たちだけが知っていればいい話なのよ。ごめんね。嘘じゃないの。内緒事。あんな酷いことを繰り返さないで、て言う心胆の心根」

 

 微笑むリタフォに、メイペスは訪ねる。

「あのね、リタフォ。私さっき、ポップコーンが食べたくて貯蔵庫から玉蜀黍を持ってきたの」

「は、はい?」

「これって、言ったら嘘じゃないよね!言ったからね!」

「ちょ、ちょっと待って。厨房は使えないし、私もまだ子供たち見てなきゃだから作れないよ。どうやって作るの!」

「レイ・グレコが作ってくれるんだって!キャラメルのポップコーン!」

「キャラメル?」

「うん!塩味以外にもあるんだって。みんなで食べようねえ 」

 

 まったく、なんてことだろう。

 さっきまで、泣きそうにしていたのに。

「やっぱ、メイペスだわ。パートロが反対を押しきってまで選んだ筈だ」

「え?」

「それで、いいんじゃない?そんなところから学んでいけばいいよ、メイペスは」

「えーお勉強…?」

「そ、お勉強」


 膨れっ面して唇を尖らせているメイペスだけど、ちゃんと分かってくれるって信じてるよ。

 旅人と、心胆の願いはもっと大きなものだって。

 

「パートロなら、畑で収穫してるから。私は子供たちが待ってるから行くね。おやつ出来たらご相伴に預かるから、ちゃんと食べられるもの作るんだよ」

「うん!レイ・グレコは朝のスープも美味しくしたんだ!きっと美味しいよ!また呼びに来るね!」

 そう言うと、先に部屋を出ようとしたリタフォを追い越して出ていった。

 

「まったくもう、所帯持ちって分かってるのかしら?落ち着かない子だこと」

 ふうーっとリタフォはため息をついた。

 

――

「でね、でね!ポップコーンなの!キャラメルなの!」

 メイペスへの授業に無理矢理一段落つけ、畑で玉蜀黍の収穫に加わっていたパートロ。

 突然飛び出して来たメイペスの対応に困惑していた。

 ポップコーン…?まだ引きずっているのか?

 そもそも、お祭りでもなきゃ、焜炉も確保できんだろう。

 二年前、ミリタフがエデノに永住が決まって初めての新年のお祭りの時、合間に拵えてくれたおやつ。

 爆裂種の玉蜀黍は、食堂に並ぶから食べてはいたけど。

 旨いか?と言われたらどんな調味料をかけようとも、旨いものではない。

 スープだろうが、茹でようが、固い。

 新年のブドウマメより固い。

 それが、乾かして火にかけると弾けて柔らかくなる。

 全く、スゴいよなってヴレノシュと感心したっけ?

 で、何だっけ?


「聞いてた?!パートロ。レイ・グレコがポップコーンなの!アンスタウトがパートロ呼んでこいって!」

 後半はともかく、前半の意味が分からない。

「メイペス、気をつけ!はい、息を吸って、吐いて、吸って、吸って…」

「パートロ!!」

「はいはい。もう少しでおやつだろ。それまで収穫させろ。ただでさえ今日は遅れてるんだぞ」

 と、パートロが言うとメイペスはおとなしくなった。

「……私のせいだ……手伝う!」

 


「そろそろいいだろ。メイペス、行くぞ」

「はぁい!おやつ♪おやつ♪」

「……」

「何か言いたそうね、パートロ」

「いや、アンスタウトも大変だな、と思って」

「?」

「ま、いいさ。ゆっくりで。さ、今日は芋か?」

「子供たちにって作るから、余ったらパートロにも分けるね、ポップコーン!」

「今日のお前の頭ん中は、そればっかだな…ある意味スゴいわ」

「へへ」

「……褒めてないぞ」


 二人が食堂に向かうと、配膳棚には出来立ての蒸かし芋が大皿に用意され、入り口には屋台の焜炉が三つ並んでいた。

「…へぇ…お祭り以外で屋台を見るのって、なんか不思議ね…ああ、でもミリタフとリタフォが作ってくれたときも……こんな感じだったっけ?」

「いや、あの時は焜炉一つだったろ?三つもどうするんだ?」

 ああ、と呑気な声を出すメイペスだが、合点はいってないような生返事だ。

「沢山…出来る?」

「爆裂種なんて、そんなに保管してないだろ?畑だって三尺四方しかないんだぞ」

「何でそれだけをわざわざ作ってるの?」

「……メイペス…教えた筈だぞ。初めの旅人が心胆から受け取ったものだからだ!」

「そうでした」

 そう、五百年の間、食べ方も分からないのに、ただ作っていたのだ。

 ひっそりと、でも絶やさないように。


「すごーい!甘い匂い!え?なんで?なんで?ピンクにイエロー!」

 焜炉の前まで来ると、メイペスの語彙はまるで役に立っていなかった。

 初めて見る、色とりどりのポップコーンに目を奪われている。

 もちろん、メイペスだけではない。この地で生まれたものは皆一様に、釘付けだ。

 僅かに、この地に永住を決めてくれた新来者は、「懐かしい…」と、溢しているのが耳に入る。

 そうか、この色とりどりのお菓子は、特別のものではなく、懐かしいと思う程度には慣れ親しんでいたものなのか。


 生活の事であれば幾らでもフォローする。

 けれど、嗜好はそうはいかない。

 ……

「きゃあ!」

 ……

ぽんぽんと弾けるポップコーンに、子供よりも燥ぐメイペス。

 注意しようと口を開きかけたその時、すっと口の前に人差し指を立てたアンスタウトが目に入った。

 ヴレノシュと良く似た面差し。

 微笑めば尚更、彼の人を思い出さずにはいられない。

 黙れってか…

 アンスタウトが言うなら、黙っておくべきなんだろう……


―――― 


「リタフォ!ミリタフも一緒に来たのね!」

「おやつだからね。子供たちも連れてきた。そこに座らせるね」

 とリタフォは屋台近くのテーブルへ、子供たちを誘導し、着席させる。

 

「エデノで、キャラメルフレーバーが食べられるなんて思ってもみなかったな」

とは、ミリタフ。

「でも、子供たちが先だからね。……って、ミリタフもキャラメルのポップコーンは知ってるの?なぜ作ってくれなかったの?」

「ん~。売ってるのは見たことあったし、食べたこともあるけど、自分で作るにはちょっと手間がかかるんだよね。ただ加熱させて、塩かけるのとは違ってさ。カラメルを作らなきゃだから……」

 と、言いながらも、ミリタフは目の前の作業をじっと見つめる。

「でも……え?これだけでいいものなんだ?」

 ミリタフは驚いて、レイ・グレコに問いかける。

「そうですね。水と砂糖、それにちょっとした工夫があれば、特別な材料がなくても作れますよ」

「へぇ~今度やってみようかな。じゃあメイペス。オレはリタフォのところに行くね。これ、持っていってもいいぶんかな?」

 そう言うと、ミリタフは幾つかのフレーバーのポップコーンを持って、リタフォと子供たちの待つテーブルへと向かった。


「ねぇ?レイ・グレコ。ミリタフは材料と、レイ・グレコを見て作るって、言ったわよね?私には分からないんだけど?」

「何が?」

 レイ・グレコは、メイペスをちらとも見ずに出来上がったポップコーンにストロベリージャムを散らしている。

「見ていれば、作れるようになるものなの?」

 

「どうせ見るならこっちから見ればいいんじゃないか」

 ぬおっとグラスコ・グレコが、芋を齧りながら現れる。

「それっ…」

 みんなのおやつじゃない、と言おうとしたが、グラスコ・グレコは玉蜀黍を持ってくれたり、この焜炉を用意してくれて、それがエデノの仕事とは異なるけれど、働いてくれたことを思い出す。

 

「……これか?子供たちがくれたぞ。ポップコーンのお礼だと。自分たちはポップコーンがあるから、どうぞだと。レイノシュ食うか?」

「後で手を加えますから、置いておいてください」

「お芋も…変わるの?」

 返事の代わりに、ふっーと息を吐いてレイ・グレコはグラスコ・グレコに視線を送る。

「いいからこっち来い」

 と、グラスコ・グレコが手招きをする。


 レイ・グレコの横に並ばされたけれど、何をしていいか分からない。

 その時、ミリタフと同じ頃に新来者になった女性が二人、屋台の前に並んだ。

「あの、メイペスさん。ポップコーン、私たちも少し分けていただいてもいいかしら」

「あ、でもこれは…」

 言い淀むメイペスを遮って、レイ・グレコが答える。

「あまり量はないけど構わない?ホントに少ししかないけど」

「勿論です!おやつはあるから欲張りかとも思うんですけど、でも甘いおやつにはどうしても引かれてしまって」

「ええ、ここでまた、お塩以外のフレーバーのポップコーンが食べられるなんて思わなかったので」

「二人で分けて」

 と、レイ・グレコは器に、茶色と赤と青の三種類のポップコーンを入れて渡した。

「いいんですか!わぁ、キャラメルとストロベリーとブルーベリー!ありがとうございます!……えっと、お芋を分ければいいの?」

 と、二人の女性はグラスコ・グレコを見ながら言う。

「……いや、いいから。持っていって」


「何であげたの?」

「あったから」

「これは、子供たちの…」

 メイペスは混乱している。

 

「子供たちはもう食べてる。でも、余ってる。なら、食べたいやつが食べればいい」

 グラスコ・グレコが口を挟む。

「そもそも、こんな公衆の面前でやってるんだから、ダメっていうのもおかしくないか?」

「……でも、決まりが…」

 依然、不満が表情から見て取れる。

 

「あー。もう。メイペス、こっち向け」

 と、グラスコ・グレコに言われ、顔を上げると、口の中に甘いものを入れられた。

「…なっ!」

 

「生キャラメルって言うんだ。余ったものでレイノシュが作ってくれた。ポップコーンでもない。口にしたからには、メイペスも同罪だな」

 いつもの若気た顔とは、どこか違うグラスコ・グレコの表情。

 

 メイペスは、ほたほたと涙を溢し始めた。

「…………私の知ってるキャラメルと違う。とろとろ……美味しい…」

 ほんの少し真面目だったグラスコ・グレコの顔が柔らかく笑う。

「だろ?美味しいは分け合うもんだ。今日足らなくてもいいじゃないか。明日、また作ればいい。レイノシュが」

「三千人分なんて無理ですよ。力は有り余ってるんですから、あなたがやって下さい」

「おう。飴造りなんて、力仕事だもんな」

 と、がははと声を上げて笑っている。


「ねぇ?エデノの外は争いばかりじゃないの?人を傷つけて、こんな美味しいものがあるの?」

 乱暴に涙を拭いながら、メイペスが言う。

「ねえ…?外は怖いところじゃないの?」


「怖いかと言われたら…」

「怖いですね。つい何日か前まで、この人がスプラッタだったのは、君も知ってるでしょう?」

 メイペスは、レイ・グレコがグラスコ・グレコを背負ってきた時を思い出した。

 

「子供を脅すな、レイノシュ」

「そうですよ、夕飯前に片付けをしてしまいましょう」

「あ、アンスタウト…私…子供なの?」

 アンスタウトは、真顔になって

 でも、

「もっと、色々知ってもいいと思いますよ」

 そう、ふわっと笑う、アンスタウト。


「ん、分かった。子供たちだって、お礼にってお芋を分けてたんだもんね、じゃあ、私は……私は……」

「何をしてくれるんだ?」

 グラスコ・グレコが、期待に満ちた目でメイペスの目を覗き込んでいる。


「あ!そうだ!子作りを教えて上げる!グラスコ・グレコ!あなた!知らないのでしょう!」


 グラスコ・グレコのぽかんとした顔を見て、メイペスは、良い提案が出来たと満足していたら、途端、弾けるようにアンスタウトとレイ・グレコが、大声で笑い出して……

 私、変なこと言ってないよね?とメイペスは思った。

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