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2-2

 俺が部屋に戻ると、レイノシュは窓辺で静かに外を眺めていた。

 既に陽が落ちかけていて、彼の横顔を朱く縁取っている。

 夕暮れ時は、寂しそうに見えてしまう。

 そんなことはない、と否定したいのは果たして恣意的だろうか。


「まだ、髪が濡れている」

 持っていたタオルで、彼の頭を拭くと、

「ありがとうございます」

 と、か細い声がタオルの中から返ってきた。


 ヘジム国では見ることの無い、艶やかで真黒な波打つ髪。

 彼は、態々オレンジに染めてまで、俺の影となり尽くしてくれていた。

 結果は、俺の甘さが招いた嘆かわしい現実。

 自業自得の俺など、捨てればよかったのに、我が身を削って助けてくれた。

 彼の、斑になった黒とオレンジの髪は、平穏の終わりを告げていて心苦しい。


「髪、色どうする?」

 拭きながら、巻き毛を整えていく。


「ここでは染められそうもないし、落ちるのを待ちます。……というか、あなたはぼくの髪を弄るのがほんと好きですね」

 されるがままにされているくせに、くすくすと笑いながら、憎まれ口を叩いてくる。


 レイノシュの髪を鋤いていると、ふとカトゥの事を思い出さずにはいられない。

 革命の前から、何時しか俺の回りを彷徨くようになった黒猫のカトゥ。

 結構な老猫だったが、一度餌をやってしまったら味を占められた。

 猫特有の気紛れで、稀に撫でさせてもらえる彼女の毛並みは、殺伐とした暮しの中の、一掬の癒しだった。

 革命が終わり、僅かにあった平穏の時に彼女を看取ってあげられたことは、唯一の救いだったのかもしれない。


 染めない、と言うレイノシュの言葉は、俺に思った以上の欣喜に満ちた感情を浮かび上がらせ、思わず髪を一房取って口付けようとしたら、

「……グレコ様、流石にそれは気持ち悪いから止めてください。ほら、食器も返さなきゃですし食堂に行きますよ」

 とするりと逃げられた。

 ちっ。


 レイノシュが逃げるように食堂へ向かう姿を追いかける。

 彼には、いつも緊張感が漂っていて、いつ解放されているのだろう、と思う。


 俺は、彼の友人面をしているくせに、その実、彼の深いところには一歩も踏入れていないことを思い知る。



 一階の殆どが食堂となっているだけあって、ホテルのパーティー会場のようにでかい。

 三千人をさばく都合上か、合理的にバイキング形式を取っているが、メニューは差程多くはなく、至って質素だ。

 パンと、野菜を煮たスープ。

 肉を焼いたもの。

 家庭の大皿料理を思わせる印象が強い。

 果物は、畑には見なかったものもあるようだが、輸入しているのだろうか?おおよそ外交しているようには思えないのだが。


 部屋から持ってきた食器を下げ台に返し、パンとスープを取って空席につく。

 また味気の無いスープかと思うと、気がが進まないが、テーブルには思いの外、多種多様な調味料が揃えてあって、レイノシュが細工しながら味を整えてくれる。ん、旨い。一手間って題辞なんだな。


「グラスコ・グレコさん、レイ・グレコさん、ご一緒してもいいですか?」

 パートロに声を掛けられたので、快く同席を許す。

「今、見ていたんですけど、レイ・グレコさんは何をされていたのです?」

 席に着くなりパートロに訊ねられ、まさか不味いから味付けし直していた、とも言えず考え倦ねていたら、レイノシュが話し出した。

「申し訳ないのですが、少々味が薄いようでしたので、整えさせて貰いました。テーブルに豊富に調味料や香辛料があったので勝手しましたが、問題ありましたか?」と、答えた。


「いえ、全く構いませんよ。そのための調味料ですし。ただ、手際が良いと云うか、手付きが良いと云うか。普段おれなんかは、こうばーっと掛けるぐらいなのに、色々やってたように見えたんで」パートロはレイノシュの手付きを真似してみている。


 レイノシュは、ごろっと入っていた野菜にナイフを入れたり潰したりして、塩や胡椒、スパイスなどで味を整えてくれていた。

 調理とまではいかないが、こうすることで『レイノシュの手が入った』状態にはなるらしい。


「元々ひとりひとりの味覚は違うので、殆どが味付けしてないのですよ。それもあり、テーブルに色々置いてあるわけなんですが……まさか、昼を届けた時メイペスは……」

 パートロの顔がみるみる青ざめていく。

「食事()()を持ってきてくれたな」

 俺が無愛想に言うと、パートロはテーブルにぶつける勢いで頭を下げた。

「それは大変味気なかったことでしょう。粗忽者で申し訳無い」

 出会ってからまだ数時間のはずのパートロだが、頭を下げるのを見るのは一体何度目だろう?


「謝罪していただく程のことではありませんよ。頭を上げてください。責任感に駆られた若人にはよくあることです」

 俺は紳士を気取って、定型文で返す。


「そういっていただけると、有難いです。メイペスにはどうしても、経験が足りなくて。最近では新来者も、そう多くはですし」

「元気な娘さんで何よりじゃないですか」

 あ、なんか親父臭い言い方だな、と思ったがパートロが意外そうな顔をして、俺を見てる。

 ?


「いえ、娘と言われたので。あ、ああそうですね。一般的に若い女性の意味もありますね」

「いや、メイペスはパートロの実の娘だろ?それとも、これも秘密だったのか?それなら差し出がましいことを言った。部外者が申し訳無い」

 俺は形ばかりの礼を取る。


「いえいえ、別に秘密ではないのです。皆、知っていることですし。ただ、外の人で気付かれるのは珍しいもので」

「そうか?パートロとメイペスは良く似ているぞ。顔立ちもだが雰囲気だな。メイペスも後、数年経てばパートロ位落ち着くんじゃないか?」

 パートロは嬉しそうでもあるが、どこか困惑している。まずかったんだろうか?


「そうですか、おれもまだまだですね。親子の感覚と云うのは、外の人程無いはずなんですが、どうしても気に懸けてしまう」

 苦い顔でそう言うパートロの方こそ、俺には不思議に思うが、どう考えても定番の言葉しか浮かばなかった。

「親子ってそんなもんじゃないのか。切っても切れない情ってやつだろ?」


 パートロは依然複雑な顔をしていたが、

「グラスコ・グレコさん。若し、気が向かれたらでいいのですが、明日、この階にある学教室にいらっしゃいませんか?勿論、レイ・グレコさんもご一緒に」


「学教室?」

 俺とレイノシュは声を揃えた。


「子供たちに読み書きなどを教えている、外で云う学校でしょうか。大人たちが仕事している間に、まだ幼い子供達を集めて面倒をみているのです。そこで、簡単ではありますがエデノのことを知って頂きたいと思いまして」

「でも、俺たちはまだ永住するか、は決めかねてるぞ?」

「構いませんよ。知ったからといって永住を強制はしません。来るものは拒みませんが、去る者も追いませんから」



 ◆

「むかしむかし、十五人の旅人がこのエデノにたどり着きました。

 そこには、広い野原だけが広がっていました。

 旅人たちは、もっと良い土地を作るために話し合いました。

 それは、何日も、何日も続きました。


 畑を耕し、牛や鶏を育て、インスラを作って、みんなで仲良く暮らしました。

 仲良く暮らすために、いくつかの決まりを作ることにしました。


 ひとつ、喧嘩しないこと。

 誰かが傷つくのはよくないことを知っていること。

 小さなことで争うことはあるかもしれないけれど、解決する方法を見つけよう。


 ひとつ、内緒にしないこと。

 嘘はつかないこと。

 信じるべきでないものは信じないこと。

 わからないことはすぐに聞いて解決すること。


 ひとつ、独り占めしないこと。

 大事なものを持っていても、ひとり占めしないこと。

 みんなで分け合って、仲良く話して理解し合うこと。


 これらを守れば、みんながもっと優しく、幸せに過ごせるよ」


 パートロの、淡々とした声が響く。


 俺は昨日パートロに誘われた教室に来ていた。

 レイノシュはまだ寝ると惰眠を貪っている、ふりをして何か暗躍してるんだろう。

 そういうやつだ。


 成程、綺麗事にも思える人間の究極の願い。

 それが出来れば、争いなど無用だ。


 けれど、人は独占する。

 貧しいときは慎ましく分け合えるのに、一度財を成せば、途端我が物と独占する。

 と、あれば。

 もしや人は、食うに困らない程度に貧しくあるべきなんだろうか?

 生きる意味とは、いったいなんなのだろう?


 思考は自然とヘジム国へと移る。

 俺には、きっと明確にこういう国にしたいというビジョンは無かったと思う。

 ただ、人が食うに困らなきゃいい、餓えなきゃいい、と思っていた。

 飢えが解消されれば、きっと人を傷付けることも、何かを奪うこともなくなるだろう、と。

 よくよく、甘いと思う。

 餓えから解消されれば、更に欲は増すのだ。

 あの国は、マルボナは、今どうしているだろう。

 と、思いはするが、裏切られた感も否めない。

 あの国は、もう俺を必要とはしていない。


 机や椅子が用意されていない部屋は、五、六人の十歳前後の子供が、自分よりもっと幼い子供たちの相手をしながら、床に座り込んで自由な姿勢で、パートロの語りを話し半分に聞いている。

 見るだに、幼い時からここに来ることで、慣れ親しんでいる話なのだろう。


 ここは、学校というより寧ろ学童に近い。

 保育園かもしれない。

 子供に遊び場を提供して、ついでに勉強する、感じだ。

 パートロは、本を読んではいるが読み聞かせとも違う。

 聞きたい子は、聞きなさい。

 それじゃあ、ラジオみたいだな。


「ん?じゃあ、お話しは退屈そうだし、算数やるか?」

 と、パートロが先生らしく言うと、子供たちは非難の声を上げる。

 どこに行っても、算数が苦手な子はいるもんなんだな、とおかしくなる。

 が、パートロの声を合図にしたように、子供たちの視線は俺に集まっている。

「足し算やりたい子ぉ」とパートロが言うときには、既に俺の前に子供たちは体ごと、集まっていた。


「ねえねえ、おいちゃん。あたらしいひと?」

 舌足らずな女の子に尋ねられる。

「うーん?どうかな?」と、言葉を濁す。まだ決めてないからな。

「うーん?どうして?」女の子は腕組みして、俺の口真似をしているようだ。

「うーん?どうしてかな?」それを更に真似してみる。

 うーん?と首をひねり、腕組みして見つめ合う。

 回りを見回すと、皆して同じ格好で、うーん?と言っている。

 よだれ垂らしてる、ちっゃいこまで。


「なーにやってんだ?」

 と、パートロに言われると、今度はパートロに向かって「うーん?」

 …………悪影響与えたんだろうか?パートロが困っている。


「ねえ、おいちゃん。かみ、きらきら!」

 最初の女の子が、真似っこに飽きたように寄ってきた。

「かみ?ああ、髪か」

 そういや、銀髪はいないようだ。

 茶色をベースにした髪色の子ばかりだな。

 黒っぽかったり、赤っぽかったりするけど。


「しらが?」とは別の男の子。

「なんだとぉ」男の子だったのでぐわっと腕を上げ、怒ったふりをしてみる。

 一瞬だけ、びくっと静まり反ったあと、「きゃあ」と、騒ぎだし……鬼ごっこが始まった。


 そんな様子を、怒るでも注意するでもなくパートロは眺めている。

 あの指針からすれば、怒ることはなさそうだと思った。

 子供たちの反応も、恐らく怒られたことはないのだろう。

 俺の顔を見て、笑いだしたのが何よりの証拠だ。

 何とも、常識が違っていて扱いに困る。


「はいはい。お昼ごはんの時間だよ。食堂で親が、待ってるよ」

「はあーい。ありがとうございました」

 声を揃えて皆が出ていく。

 軍隊のように統率が取れてる。

 それに、親とは何ともストレートな物言いだ。

「不思議ですよね」

 俺の顔色を読んだパートロが言う。


「話を聞かせてもらえるんだろ?」

「食事、してきます?おれはまだここにいますけど」

 パートロは後片付けをしている。

「飯……はレイ……が居ないから、まだいい」

「片付けを済ませたら、お相手します」

「じゃあ、トイレにでも行ってくるわ。それまでには終わるだろ?」

「そうですね。すいません、性分で」

 そう言われて、俺は部屋を出た。

 うーん……?


 ◆

 素直にトイレに行ったはいいが、ふんどしの扱いが分からず思った以上に手間がかかった。

 これで、まあパートロの片付けも終わってるだろう。

 部屋に戻るとメイペス来ていて、パートロとなにやら話している。

 おやおや、父親の顔してるじゃないか。


 ん?


「誰が、牛だって?」

 驚かすつもりで背後からメイペスに声をかけると、何の躊躇もなく、

「あなたが」

 と、答えやがる。


「これでも、一応、逆転の獅子とか言われていたんだけどな」

 自慢するわけでもないが、俺の名誉のために言っておく。

「しし?」

 メイペスは、ぽかんと口を開けている。

 え?何で?そこ、止まるとこ?


「エデノには、牛と鶏しかいないんですよ」

 と、昨日の優男が部屋に入ってくると、メイペスは途端、少女のような綻びを見せる。

 惚れてやがんのですか、と傍目でも分かる表情だ。

「アンスタウト。どうしたの?」

 優男はアンスタウトって言うのか。


 でも自己紹介はされてないし、貴族とかだとめんどくさいし、名前は聞かなかったことにしておこう

「あなたがパートロに会いに行ったまま戻らないので探しに来たんですよ」

「あ!そうだ。ごめんなさい……で、ししって何?」


 メイペスの質問に優男は

「人でない、動物の種類です」

 とだけ素っ気なく答える。

 それは説明なのか?と思うのも束の間

「……牛や鶏と違うの?」

 何故そこと比べる、メイペスよ


 疑問の行き先が、どうにも理解しがたいので俺は

「そもそもなんで、牛と鶏しかいないんだ?」

 と尋ねる。

「暮らすのに必要ないからよ」

 メイペスは自慢気に答えてきた。

「メイペス」

 パートロが、怒気を孕んだ、冷たい声で名前を呼ぶ。

「……ごめんなさい。…………で、ししって?牛より大きいのかしら?何をするの?」


 ん。悄気たカラスが、もう笑ってるな。

「獅子や何かするってことはない。強い動物の喩えだな。見た方が早いだろ。こんなやつだ」

 俺は、リストバンドの情報端末から、獅子の画像を映し出した。


「魔法?」

「いや、ただの科学技術だ。情報端末からの映像投影。これが獅子だ。」

 俺は、テクノロジーを見たときの様子を観察する意味で、ここにはないであろう物を見せたのだが

「……技術」

 と、メイペスは呟くと周りを見回した後、何事もなかったように映し出されたものに興味を持った。


「まあ、でっかい猫みたいなもんだな」

「ねこ?」

「猫もいないのか」

 俺は秘蔵のカトゥの画像と切り替える。

 どうだ、可愛かろう。

「で、このねこは何の仕事をするの?」


 え?猫に仕事?

「仕事はない。強いて言えば、家族の一員……癒しかな」

 俺は無理やり続けるのが精一杯だった。

 猫に?仕事?求めるか?


「これも仕事をしないの?家族って、外の人はこれを生むの?癒しって何?」

 ここの情操教育はどうなってやがる。

「疲れたとき、こいつが家に居たら可愛いだろ。気持ちを落ち着かせてくれる。あと、猫は人からは生まれない」

 すまん。パートロ。また、娘さんに喧嘩腰で話しちまった。


「疲れる?肉体が疲れたなら、お風呂に入ればいいわ。それでも疲れてるなら休めばいい。家族って、生まれた子供ではないの?気持ちが穏やかにならないなら、何故家族に拘るの?」

 これは、ちゃんと話を聞かないとこのエデノって処と、俺たちの世界の解離が分からん。

「家族にも、言えないことくらいあるだろう?」

 画一的な返答しか思い付かん。

「エデノで生まれた者は、家族では暮らさないけれど、共に助け合うわ」


 睨むように俺を見るメイペス。

 引くつもりはないようだ。


 沈黙の中、ぱんっと音が響く。

 優男、アンスタウトで手を叩いたようだ。

「このままでは押し問答が続くだけなので、一旦ここで終わりましょう。グラスコ・グレコはぼくと来てください。メイペスはパートロと反省会です」


 俺と優男は部屋を出た。




 ◆

「こちらにどうぞ」

 優男は笑みこそ浮かべているが、冷ややかな面持ちで切り出した。


 その前に。

 連れてこられた、ここは何処だ?

 エレベーターらしきものに乗せられたが、上下運動とは明らかに違う重力が、体にかかってたぞ?

 それを聞いてもいいものなのか?


「ああ、ここは僕の部屋です。インスラの、見えない最上階です」

 何を言ってるんだ?

 頭の中には次々に疑問符ばかりが浮かんで、二の句が継げない。

 と、片眼鏡を渡された。

 全くもって、時代の読めない土地だ。


「こうやって、着けるんです」

 眼窩に嵌め込まれる。

 と、眼鏡を着ける前には見えなかった物が見える。

 パソコンのキーボードだ。

 モニタは、プロジェクターで映し出されていて、やはり眼鏡がないと見えないようになっている。

 こんな技術、聞いたことがないぞ。


「メイペスたちがあなたの映写機に驚いてなかったのは、これを知っているからです」

 淡々と、キーボードを打ちながら優男が話す。

 指には、コードの付いた指輪が嵌められており、これが可視化されていないキーボードとの接続に必要な物なのだろうと理解する。

「こんな機械、見たこと無いぞ」

「ランデフェリコの技術です。外部には行き渡りません」

「この、エデノってのも十分奇妙だが、ランデフェリコてのも大概だな」

「……そうですね」


「で?俺に話とは?」

 機械自慢は男の子のロマンだが、これは違うだろう。

「エデノ、どう思われます?」

 どうって、昨日の今日じゃ奇妙な処としか思えない。

 いや、思想は立派だと思うよ。

 平和、平等に全降りなんだからな。


 時間の止まったような世界。

 なのに、ひっそりと見え隠れする先端技術。

 眼鏡(フィルター)掛けて、見るモニターなんざ、ただのSFだ。


 モニター。

 優男は何かを打ち込んでいる。

 注文書?「……って、これじゃあ……」

 俺の口から、考える前に言葉は出た。


「気付きますよね、この歪さ」

 優男の表情は、愉しく遊ぶ子供みたいだ。

「その前に、いいかな。俺はあんたのことを何て呼べばいいんだ?」

 別に声にしていたわけではないが、何時までも優男呼ばわりは気が引けて訊ねる。


 ぱたっと忙しなく動かしていた指を止めると、俺の目を探るように覗いてくる。

「そう言えば、自己紹介が遅れまして申し訳ありません。ぼくはランデフェリコ使者アンスタウトと申します」


「その、ランデフェリコって何だ?国名か?」

 思い切って聞くと、アンスタウトはきょとんと目を丸くしたあと、にっこり微笑んだ。

「それは、今は勘弁して下さい」

 と、モニタの方を見ろと指差している。


「これだろ?ここじゃ外の畑の作物以外、なにも作って無いってとこ。着るものや農具、調味料やスパイス。全部、外部からの……輸入ってことか?」

 俺は疑問に思ったことを一通り口に出してみた。

 だって、この優男ったら若気るだけで、ちっとも自分から喋ろうなんて思ってないんだもの。


「輸入なんてありませんよ。全てランデフェリコから運び込まれた物です」

 アンスタウトは至って冷静で、この世の当然のルールのように語っている。


「はあ?」

 考えるより先に、驚きと疑念が交錯して、素っ頓狂な音が漏れてしまった。

 それが事実なら驚天動地ってもんだ。


「それで、それを俺に教えてどうすんだ?俺はまだ、ここに住むなんて思ってもないぞ」


「そうなんですか?残念。てっきりメイペスに関心があって、留まるのかと思ってました」

 含み満載の若気顔で、俺の反応を楽しんでやがる。

 その手には乗るもんか。


「なに言ってんだ?あのこはまだ子供じゃないか」

 大人の余裕を見せ付けてあげよう。

 第一あのこの頑なさは、それを開いてあげようと思う程、生ぬるいものでは無いし、そうする魅力は今のところ感じない。


「失礼な。ぼくの許婚ですよ」

 アンスタウトはあえて誇らしげに、肩をすくめて言った。まるでこれが一番面白い部分だとでも言わんばかりに自慢気だ。


「なら、余計薦めるな!」

 ああ、気持ち良く突っ込んでやるとも。


 ただ、くすくすと笑うアンスタウトの目にはいたずらっぽい輝きが浮かんでいるだけだった。


「メイペスはパートロとヴレノシュの子供なんです」

 唐突に笑い声を収め、笑みを浮かべた真顔でアンスタウトが喋り出す。


「あん?パートロがそんなこと言ってたな。ここの地は、なんか親子関係って重要視してないんだろ?」

「まあ、それはそうなんですけど。親子であっても戦争することがあるから、争いの種の内てことですね」


「争いってのに、えらく固執してるのな。こう言うのも何だが、戦争ってのも必要悪だぜ?」

 俺がそう言うと、アンスタウトは笑っているのに酷く寂しそうな顔で、黙り込んでしまった。


 と、一転

「まあ、今は一旦その話は置いといて貰っていいですか?お望みとあらば、そのうちお話しする機会もあるかと思いますので」

 両手で荷物を横にやる仕草をしながら、アンスタウトが戯けて続ける。

「ヴレノシュて、ぼくの前任なんですけどね。ほぼ親子みたいなもんなんですけど、メイペスと子供を作っていいと思います?」


 本気と冗談の狭間みたいな顔してぶっ込んで来やがった。


「それこそ、俺に聞いてどうすんだ?」

「第三者的御意見がお聞きしたくて」

 子供電話相談室の子供の顔が見られたら、こんな顔してんじゃないか?というくらい、期待に充ち充ちた顔のアンスタウト。


 俺は出来るだけ冷静を装って先ず訊ねる。

「えっと、そのヴイレノシュとアンスタウトお前さんの関係は?」

「親が同じ?」

 可愛らしく小首を傾げているが何故疑問符。

 自分の事だろうに!


 俺は二の句が継げなくて、ただアンスタウトの顔を見入るしか出来ずにいた。

「そんなに見つめないで下さい」

 両手で頬を押さえ、俯いて照れた振りをするアンスタウト。


「お前さんはどんな答えが欲しいんだ?」

 俺がそう言うと、掌からゆっくりと顔を上げ表情を変えずに俺を見てくる。

 暫くそうした後、言葉を探すように考え込み、瞳だけが上や下に動き頭の中で忙しなく推敲しているようだ。


 慎重に言葉を選んでいる。

 そう感じた。


「理解……真実……どれも違う。なんだろう。ぼくは何が欲しいのだろう?」

 迷子の子猫みたいな瞳。

 ……ダメだ。

 男でも女でも、こんな眼で見られたら何でもしてやりたくなるじゃないか。


「何処まで話せるんだ?それ次第だ」

 俺は腹を括った。



















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