出張します!淑女育成委員会
前作から読んでいただけると、話が分かりやすいかと思います。
「モリナ公爵令嬢、お前との婚約を破棄する!」
とある国の国主催の夜会にて、その国の王子であるエルドは声を張り上げた。
横にはピンクブロンドの少女がおり、王子は彼女の肩を抱き寄せていた。
当然のことながら何事かと周りは訝しみ声を潜める。そして名指しで婚約破棄などとトンデモ発言をうけた令嬢は扇で口元を隠しながら、冷ややかな表情でエルドを見つめた。
「婚約破棄とは穏やかではございませんね、殿下。わたくしたちの婚約は国のためのものということを理解していらっしゃらないのですか?」
「黙れ!お前のような陰湿な女は国母に相応しくない。心優しいルキアこそ俺の伴侶になるべきなのだ!」
「陰湿などと、失礼なことを言ってくださいますわね。そもそもこの場は隣国の使節団の皆さまを歓迎するための場ではございませんか。話はお伺いしますから、場所を移しましょう」
思い切り温度差のある会話ではあるが、モリナのほうが圧倒的に正論である。
友好関係を深めるため、というお題目で開かれている夜会で自国の婚約破棄騒動など大問題だというのに、エルドはそのことを理解していない。
それどころか。
「だからこそだ。俺はかの使節団の国の自由恋愛で伴侶を決められる習わしに感銘を受けた! この国でも公爵家以外からしか伴侶を得られないという古臭いことはやめて好きな相手と結ばれるべきなのだ」
使節団、とばっちりである。
流石にその話を持ち出されるとは思ってもいなかった国王夫妻は焦った。静観していればモリナ公爵令嬢がうまく収めてくれると静観していたツケが大きく出た。
あまりのことに国王が口を開きかけた時、使節団として訪れていた2人の女性が国王夫妻の傍へと進み出た。
「なるほど。我が国に感銘を受けた故の行動ならば、我が国が責任を持ちましょう」
「国王さま、王妃さま。よろしければわたくしたちの滞在期間を延長させていただけないでしょうか」
2人は隣国の王太子妃ミミル、そして隣国王太子の元婚約者レミリアであった。
笑みを浮かべてはいるが、この2人、どこか目がぎらついている。
そしてスッと扇を上に向けるレミリア。その横でニコニコと笑みを浮かべ続ける王太子妃ミミル。
今彼女を、否、彼女たちを止められるものはいない。
「副委員長権限発動!王妃さま、そして使節団の皆さま、わたくしはここに淑女育成委員会を立ち上げることを宣言いたします!」
「はい、レミリアさま!」
その言葉に使節団一同、声をそろえた。
ポカンとする国王と王子をしり目に王妃は目を輝かせた。
「まあ、噂に名高いあの委員会?」
「その通りですわ。ご安心ください王妃さま、我ら淑女育成委員会の精鋭を以てして、彼女を王太子妃に相応しい淑女へと変えて見せましょう」
レミリアの言葉に力強くミミルも応える。
「わたくしも淑女育成委員会の皆さまのおかげで王太子妃となることができました。わたくしが前例として保証いたしますわ。委員会の力は素晴らしいものなのです」
淑女育成委員会の成果であるミミルの存在まであり、もはやついて行けない王子と男爵令嬢を尻目に、話はトントン拍子で進んで行く。
「それでは、張り切ってまいりましょう」
若干無理矢理話をまとめ上げたレミリアは器用にエルドからルキアを引き剥がして、有無を言わさず使節団一同と共にズルズルと使節団に用意された部屋へと引っ張っていった。
残されたエルド王子に、ミミルは笑みを絶やさないまま告げた。
「殿下、ルキアさまは我ら淑女育成委員会が必ずや貴方さまと結ばれるに相応しい淑女へとなるでしょう。殿下の教育の方は王妃さまと、モリナさまにお任せしたいですわ。お二方、話を詰めましょう」
王子対応も今のミミルにはなんてことない事象である。
他国にいるはずなのに、完全に主導権を握った淑女育成委員会一同は王妃とその婚約者も巻き込んで、嬉々として活動を開始した。
それから詰めに詰め込んだルキアの淑女教育が始まったのだが。
「いやあぁぁぁ!ムリ、ムリだから!」
「ムリではありません。全ては貴女さまと殿下が結ばれるための通過儀礼にすぎません。全てが終われば晴れて殿下を国ごと手中に収めることも可能なのですよ!」
「国乗っ取る気なんてないわよ!」
「ポンコツ王子の手綱くらい握れなくては国が滅ぶのですから不可抗力!さぁ、次に参りますよ。さもなくばギロチンと考えて結構!」
「結構じゃない!」
ギャアギャア騒ぐルキアに、これはミミルのときとは違い長期戦になりそうだと構える一同であったが、そのミミルがここで動いた。
キッとルキアは近づいてきたミミルを睨みつけたが、そっと微笑んだミミルはルキアの耳元で囁いた。
「そんなに怖いなのであれば、逆にいっそ体験してみます? ・・・ギロチン」
「は?」
意味不明すぎる言葉に頭がついてこなかったルキアに、ミミルは手際よく周りの人間を動かして。
気が付けば、ルキアはいつの間にか室内に設置されたギロチン台の前に、手を後ろに縛られた状態で立たされていた。
「ちょっ、ナニコレ!」
「ギロチンもどきですわ」
「もどきって何よ! わたしの首マジで刎ねる気!?」
「いいえ、残念なことにもどきでは刎ねることはできないのです・・・」
「悲しそうに言うんじゃないわよ! どういう思考回路してるの!?」
「仕方がありませんが説明が必要ですね。これはギロチンもどきといって、首は刎ねれませんがこんな感じでポーンと首が落ちる瞬間の心境を疑似体験できるものです」
「しなくていいわよ、したくないわよ・・・」
ツッコむのにも疲れてきたルキアに、ミミルはパンパンと手を叩いてギロチンもどきにルキアをセッティングした。
もういい、どうせ死なないんだし、などとされるがままに動き、あきらめの境地に達しようとしたルキアが視線を下に下げると。
固定された首が落ちる位置に、すでに生首が数頭入った桶があった。
うっかり生首と目が合ったルキアの絶叫が響き渡り、
「では逝ってみましょう」
物騒なミミルの言葉でギロチンもどきの刃が落ちてきて、
ルキアの首を刎ねることなく、ギロチンもどきの刃は寸止めされた。
言うまでもないかもしれないが、ルキアは気絶していた。
この日を境に、ルキアは一切の文句を言わなくなり、反抗もしなくなったという。
そんなこんなでルキアへの淑女育成委員会の活動が終わり、後のことは王妃に任せて使節団一同あらため淑女育成委員会の一同は、帰路へとついた。
そんな道中の馬車の中。
「ミミルさまが逞しくなられて何よりです。ルキアさまへのトドメのさし方、素晴らしかったですわ」
「ありがとうございます、レミリアさま。やはりギロチンもどきは効果覿面ですね。桶に仕込みをした甲斐がありましたわ。実感が沸いてゾクゾクしますもの」
ちょっと愉快な会話が弾んでいた。
ちなみに、エルド王子とルキア男爵令嬢はその後無事結ばれたという。
めでたしめでたし。