【読み切り】ちょっと一計を案じましたの〜我慢の限界がきたので、クズな妹を地獄に突き落とす事にしました〜
よく聞く話ですけれど、私の妹は私のものを欲しがりますの。小さな頃から今に至るまでずっと。
もういい加減、我慢の限界だったんですの。
ですからちょっと…ね?
ある日の夕食の後、私は切り出した。
「お父様、お話しがあります」
「なんだい?クローラ」
「この前の夜会で、ノラン伯爵をお見かけしましたの」
「ああ、彼か。それで?」
「その、私、その…」
ここで一気に、顔に血を集めて赤くする。そんなの黒歴史の三つや四つ思い出せば簡単なこと。
「まさか…」
お父様の顔色が変わる。
「…はい」
私は恥ずかしそうに、コクリと頷いてみせた。
「彼か…いや、うーん、しかし…」
お父様は渋い顔だ。それはそうだろう。だって彼の評判ときたら……。
「周りの皆は婚約者がいますし、私もそろそろ…」
ちなみにガッツリ適齢期の私にまだ婚約者がいないのは、妹がことごとく邪魔する所為だ。
「うーん…彼か……」
「あの…私もまだ話したこともありませんし、どんな方かわかってはいないのですが…でも…」
俯いてチラリと上目遣いでお父様を見る。
お父様はこの仕草に弱い。妹の態度から学んだこと。
私ならどう?
「ふむ…」
考えてる考えてる。
効果は弱ってところね。まだまだだわ。
妹なら、今の一発で決めてるのに。
でも、今回はちょうどいい。
「…少し考えておこう。あまり期待しないでおきなさい」
私は眉を下げ肩を落とし、それでもすがるような目でお父様を見た。それもこれも、まだのんびりとデザートを食べている妹の目を意識してのこと。
「はい。よろしくお願いします…」
ふふっ。妹は大きく口を開けてびっくりしてるわね。おまぬけな顔。
そんな内心を綺麗に隠して、しょんぼりとした仕草で自室へと下がった。
しばらくすると、ノックもせずに妹が部屋に飛び込んできた。予想通りだわ。
「お姉様、どういうこと!?本気!?」
「ええ、もちろんよ」
「だって、彼って…」
妹も彼のことは知っているのだろう。だって目立つもの。
でも最後まで言わせず、妹の言葉にかぶせて微笑む。そして夢見るように遠くを見つめながら呟いた。
「ふふっ、素敵な方よね」
「えっ…!?」
唖然としている。
それはそうだろう。
「メガネの似合う理知的な眼差し。艶のある黒髪。貫禄のある体。…ああ、思い出しただけでドキドキしてしまうわ!」
顔の肉に食い込むメガネのフレーム。常に金の匂いを探している小狡そうな小さな目。ベトつく髪。明らかに太り過ぎの体。
「…そう」
「それにね!お声がとても渋くて素敵なの!」
低いけれどバリトンとは程遠い、他者を踏みにじることに躊躇のない尊大な響きのダミ声。
「…確かに、あなたの好みとは違うわね。でもあなたに彼のよさがわからなくても無理ないわ」
「お姉様…」
ここで楽しそうに微笑んでみせる。
「だってあなた、まだまだ子どもだもの」
慈しんでいるかのような、大人ぶった笑みで告げた言葉の効果は絶大だった。
妹は劇的な反応を見せた。
「〜〜っ!!!!!!」
歯を食いしばって、憎々しげに私を睨んでいる。
どうして目の前にいる相手にそんな表情を向けられるのかしら。
どうしてそんな表情を向けた相手から、何もされないだなんて思えるのかしら。
おかしくてたまらないわ。
その思いが、私の口に自然と笑みをかたどらせる。
それを妹を愛おしむ姉の微笑に繕う。
「いいのよ、無理することないわ。そもそもあなたのお義兄様になる人に、あなたが男性としての魅力を感じる必要なんてないもの。でも、お願いだから仲良くしてね?」
まだ決定してはいないけれどね?
ダメ押しに、小首を傾げて余裕のあるそぶりで告げてみせた。
「そうですか!わかりましたわ!」
怒ると何故かようやく敬語になる妹は、足音も高く部屋を出て行った。バタンとドアが閉まるのを見て、息をつく。
「ふぅ……」
第一段階は上手くいったみたい。
これで妹はノラン伯爵に近づこうとするはず。姉の想い人(笑)を奪うために。
さぁて、早く寝て体調を万全にしておかなくては。もうここからは、ずっと私のターンなのだから!
ノラン伯爵が避けられているのは、外見のせいばかりではない。彼には悪い噂があるのだ。
もちろん貴族社会に噂はつきものなので、本気で信じている人は少ない。ただ、今回のためにこっそり調べたところ、どうやら噂は本当のことのようだった。
曰く、彼の屋敷のメイドはよく怪我をしている。
彼の屋敷をともに訪れた従者が、使用人から助けを求められた。
彼のジャケットの袖に、微かに血がついているのを見た。
などなど。
仮にほとんどが勘違いだったとしても、彼に嫁いで幸せになるのは無理だろう、そう思える程度には、ノラン伯爵の噂は黒かった。
そして私は事を進めた。
夜会に出る度にノラン伯爵を遠くから見つめてそれを妹に見せつけ、屋敷に帰ればどれだけ彼が素敵だったかを妹の目の前でメイドに語って聞かせた。
すぐに妹は、遠くから見つめる事しかできない私(笑)を尻目にノラン伯爵に話しかけては、私に勝ち誇った笑みを向けるようになった。そして夕食の席でも自慢気に語った。
全ては順調だった。
しかしある日の夜会で、ノラン伯爵に呼び止められた。
「君、リレット嬢のお姉さんだろう?少し話をしないか?」
粘っこい笑みに、自然と鳥肌が立つ。
彼はそんな私をおかしそうに笑って、
「あちらで」
と開放されているテラスを指した。
応じないとダメだ
そう直感した私は、近くの給仕からドリンクを受け取って彼に頷いた。
テラスには、まばらに人がいた。
少しずつ距離を置いて。
密談するにはちょうどいい場所。
伯爵が話し出した。
「君の妹さんさ、最近よく僕に話しかけてくるんだけど……何故かよく話題に君のことが上がるんだよね」
意味ありげな笑い。
私は気づいた。
彼には私の目的がバレている
背筋を冷たい汗が流れる。
とぼけるべきか。それとも素直に認めて協力を仰ぐか…。
黙り込む私を、ノラン伯爵は面白そうに観察している。
「君の妹によると、君は僕のことが好きなんだとか?」
片眉を上げて、揶揄うように笑う。
「僕としては、妹さんのように姦しい人より、君みたいに大人しくて従順そうなのが好みなんだけどなぁ?」
本気かどうかわからない揺さぶり。
どうしよう…ここはひとまず誤魔化して……
そう思って口を開きかけたとき、
「でも君の妹も、家に閉じ込めてしまえば何しても文句は出ないよね。それに躾け甲斐もありそうだ」
伯爵の目の奥に、残酷な光が揺れていた。
甚振り尽くして壊す事を躊躇わない瞳に息を呑む。
ノラン伯爵は乗り気だ
この国では、家長の権力は絶対だ。ノラン伯爵に嫁いでしまえば、その後二度と家から出てこなかろうと、連絡の一切さえ断とうと、お父様に文句を言う権利はない。そうなればーー
「そうですわね。もしノラン様が妹を娶りたいと仰るのでしたら、私、協力は惜しみませんわよ」
私も今、彼と大差ない笑みを浮かべているのだろう。
でも構わない。妹を地獄に落とす為ならば。
こうして、ノラン伯爵は私の協力者となった。
そこからはトントン拍子だった。
ノラン伯爵にちょっかいをかける妹に泣いて詰め寄ったり、食事も喉を通らないという様子を演出してみせたら、妹は益々ノラン伯爵に絡んで、ついにはお父様を泣き落とし婚約に至った。
お父様はすまなそうな顔をしながらも、「可愛い妹のためだ。譲ってやれるな?」なんて私に言った。
大丈夫ですわ。わかっていましたから。
お父様はいつでも妹を優先しますものね。
いつでも、いつでも、いつでも。
私、お父様にもう何も期待なんてしていませんから。
お父様は別に、私に冷たいわけではない。ただ天秤にかけるまでもなく、常に妹を優先するだけ。それを疑問にも思わないで。幼い頃の私が何度も訴えたにも関わらず。
いつもいつもいつもいつだって。優先するのは妹の方。
私だって、大好きなお祖母様から頂いたブローチは大事だったのに。
私だって、誕生日に貰ったぬいぐるみは大好きだったのに。
私だって、初恋の男の子がくれた髪留めは、宝物だったのに。
なのに全部全部「おまえより小さい妹が欲しがっているのだから譲ってあげなさい」の一言で、私が大事にしていた物は取り上げられた。
妹の望みは全て叶えるのに、私が自分の物を取り上げられて泣いても、妹のために物一つ譲ってやれない心の狭い子だと詰られた。
もう、たくさんだった。
確かに私は姉だ。
だから妹を可愛がるものだ。それが年長者の義務でもある。
でも、人には我慢の限界というものがあるのだ。私は確かに姉だけれど、妹と2つしか歳が変わらない。つまり、妹をバカみたいに甘やかす理由なんてないのだ。
私が大切にしていたものを尽く気まぐれで奪っていった妹にかける情なんて、もうこれっぽっちも残ってないのだ。
宝物を奪われて悲しむ私を喜んでいたあなたなら、わかるでしょう?嫌だと泣く私を、嬉しそうに楽しそうに見ていたものね?
欲しがっていた物を手に入れたことよりずっと。
そんな相手を、妹だからってだけでいつまでも愛せるほどお人よしじゃないのよ、私。
それからも私は、妹の気が変わらないよう食事を減らし窶れてみせ、妹を見れば恨みがましい視線を送った。
その甲斐あって、遂にとうとうその日がきた。
ガラーン、ガラーン
教会の鐘の音が重く大きく鳴り響く。
祭壇の前には、お父様にねだった王族も斯くやという豪奢なドレスに包まれた妹。
その姿が、今は滑稽で仕方がない。だってそのドレスを着て嫁ぐ相手というのが……
妹の隣に視線を向ける。そこ立つのは、相変わらずでっぷりと太ったノラン伯爵。酷薄そうな目も、今すぐに罵り始めそうな口元も変わらない。その彼の目がふと私に向いた。
私はそっと目を伏せる。悲しそうに。
最後まで、演技をすると決めているのだ。妹なら、たとえここまできたって気に入らなければ婚約を破棄すると言い兼ねない。ノラン伯爵ともそう打ち合わせしてある。
ノラン伯爵の隣で、そんな私に勝ち誇った笑みを向ける妹。
おバカさん。
笑っていられるのは今日までよ?
そんな内心も押し殺す。
結婚式は粛々と進む。
そして、神官の宣言が成された。
婚姻が成立した。
後は新郎新婦が馬車に乗り込むだけ。
家族とのお別れの時間。
お父様が私の背中を押した。
「ほら、祝福してやりなさい」
好きな人を奪われてここまで窶れている(という体の)私にそれを言うのか
諦めてはいてもドス黒い怒りが湧く。
けれどそれを押し殺して顔を上げ、仕方なさそうに弱々しく微笑んだ。
「どうか……お幸せに……」
ノラン伯爵の顔を見ながらそう囁いた。
あくまで伯爵に恋する演技で。
妹の顔が喜びに光り輝く。
「ありがとうお姉様!私、幸せになるわ!お姉様の分まで!」
本当に、どこまで腐っているの
おかげで良心の痛みようがない。
ノラン伯爵の唇の端が吊り上がる。
そして私に対して微かな頷き。
それだけ。
打ち合わせ通り。
伯爵の手を取って、妹が馬車に乗り込む。続いて伯爵が重みで馬車を傾けながら乗り込み、ドアが閉められた。
そしてガラガラと走り出す。
後戻りなどできない道に向かって。