08.雪遊びとプレゼント
年が明け、王都に大雪が降った。
屋敷の庭には雪が積もったので、弟子たちの鍛錬は玄関ホールで行った。
二人が弟子入りしてから、三ヵ月。
ルインもカルスも、体つきが二回りほど大きくなった。
剣術も、ずいぶんと様になってきた。
もうCランク魔物を相手取っても、一対一なら、良い戦いができるだろう。
魔法の方も順調だ。
ルインも魔力放出ができるようになったし、カルスにおいては、全身から魔力を放射する呪文体勢を会得してしまった。
魔法使いギルドだったら、天才、と大いに持ち上げられるところだろう。
そろそろ、実戦を積ませた方が良いのでしょうか、とレイチェルは迷っていた。
どれだけ、剣術が様になっていても、実戦では、役に立たないこともある。
一対一、時には二対一の立ち合い稽古はしているが、それすら実戦の経験とは比べられない。
だが、まだ早い気もする。
自分がついているにしても、もしものことがあったら、と考えてしまうのだ。
レイチェルは、師のソレルと違い、スパルタに向いていなかった。
弟子たちに情も湧いており、つい甘くなってしまうのだ。
ただ、客観的に見れば、ソレルの教え方があまりにも厳しすぎたので、これでちょうど良い具合だともいえる。
昼食を食べた後、レイチェルは、ふと思いついて言った。
「雪遊びをしましょう」
「雪遊び? 今日は魔法の練習はしないんですか?」
カルスが、不思議そうな顔をする。
「せっかくの大雪です。雪で遊びたいでしょう?」
レイチェルも、両親が健在の頃は、庭でソリ遊びや雪像造りをしたものである。
なんだか、それらが懐かしくなったのだ。
当然、弟子たちも大喜びで乗ってくるだろうと思ったが、彼らの反応は悪かった。
「ガキじゃあるまいしさ。雪くらいではしゃぎゃあしないよ」
ルインが生意気に言った。
「僕は魔法を教わりたいですね」
カルスまで、そんなことを言う。
「雪遊びをします」
レイチェルは今度は断言した。
「絶対にします」
「まあいいけどさあ」
「師匠がそう言うのなら」
二人は、しぶしぶ従った。
庭に出た。
一面銀世界。
踏み出した一歩が、膝まで雪に埋まる。
ルインとカルスは、厚手のフード付きのコートと手袋、それにブーツ。
レイチェルは、いつも通りの露出狂鎧である。
「師匠さ。そんなかっこうで寒くないの? つうか、今まで聞かなかったけどさ、なんでいつもそのかっこうなの?」
ルインは言った。
雪の中を、露出狂鎧で歩くレイチェル。
見ている方が寒くなる。
「この鎧には、『自動洗浄』を付与しています」
「だから?」
「着心地も抜群に良いのです。慣れてしまうと、もうもっさりとした服など着られなくなります」
「それで、寒くないんですか?」
「鍛えてますから問題ありません」
呆れる、ルインとカルスだった。
「さすがに寝るときは脱いでいますよ」とレイチェルが付け足すと、カルスの顔が赤くなった。
乗り気ではなかった弟子たちだが、レイチェルが、倉庫から壊れた馬車の荷台を持ってきて、ソリ代わりにすると、大はしゃぎして楽しんだ。
『重量管理』と『衝撃波』の魔法を使い、猛スピードで雪の上を滑空する。
屋敷の周りを回ったり、屋根の上に乗ったり。
最後には、衝撃に耐えきれなくなったのか、ソリはバラバラになってしまった。
ソリ遊びの次は、雪像を作った。
ドワーフ製の彫刻か、と見まがうほどのクオリティの作品を造るレイチェル。
丁寧だが、作業がなかなか進まないカルス。すぐに飽きて、寝転がってしまうルイン。
ルインは、フワリフワリと雪が降ってくる空を、しばらく眺め続けた。
実家にいるときも、雪が降ったら、子供たちばかりで遊び回った。
みんな、元気にしてるかな、と友人や家族の顔が思い浮かぶ。
ルインは、口減らしに追い出されたようなものだが、家族を恨む気持ちはなかった。
むしろ、ちゃんと食べられているんだろうか、と心配になる。
冒険者になって、金を稼げるようになったら仕送りしよう。
そう心に決めていた。
ホント、ラッキーだったよな、俺たち。
レイチェルに弟子入りした当初は、こんな奴の弟子になって大丈夫か、と思ったが、結局は大正解だった。
鍛錬は厳しいが、自分が、目に見えて成長していくのがわかる。
衣食住に不自由しないどころか、過分すぎるほどのものを与えてくれる。
この境遇が相当に恵まれていることは、さすがに理解できた。
普通の冒険者が、弟子にここまでのことをするはずがない。
変な人だよ、師匠は。
立派すぎる女神の雪像の隣で、カルスが真剣な顔で、何か城のようなものを造っている。
レイチェルは、それに手を貸して、あれやこれやと言っている。
なにを考えているかわからないような無表情が、基本のレイチェル。
時折、そこに表情が浮かぶと、とても強い印象を周囲に与える。
この時もそうだった。
レイチェルが、ふいに破顔し、子供のような笑顔を浮かべたのだ。
カルスは、雪像に夢中で見ていなかったが、ルインはそれを偶然、目にした。
ドキッとした。
白い風景の中、赤毛に彩られた相貌はとても美しく、頬を流れる雪解けの雫すら、宝石のように見えた。
ルインは、なんだか妙に落ち着かない気持ちになって、雪に顔を埋めた。
◇◇◇
三月の二週目には、春の到来を祝い、その年の豊作を願う祭りが、開かれる。
国内のどこでも、お祭り騒ぎになり、都市部でも農村部でも、なにかしらの行事を行う。
王都では、国王が騎士団を引きつれてパレードしたり、魔法使いギルドが派手な魔法を披露したりして、民衆を楽しませる。
通りには、たくさんの露店が並び、音楽家たちが、楽し気な音楽を奏でる。
そんな春祭りの朝、カルスが目を覚ますと、枕もとに大きな四角い包みがあった。赤いリボンが巻いてある。
プレゼントだと一目で分かった。
目をしょぼしょぼさせながらも、プレゼントを手に取る。結構重い。
なんだろう、開けていいのかな、と迷っていると、ふいに、部屋の隅の人影が、目に入った。
レイチェルが立っていた。
じいいっとカルスを見ている。
「あっ、おはようございます」
「おはようございます」
挨拶を返して、また、じっとカルスを見るレイチェル。
「あの、これは?」
「プレゼントです。子供は春祭りの朝にプレゼントを贈られるものですから」
「ありがとうございます。開けてもいいでしょうか?」
カルスは、感激するタイミングを逃してしまったことを悔いながら、プレゼントの包装を解いた。
なにを貰っても大げさに喜ぼう。
包み紙の下には、箱があった。
箱を開ける。
分厚い本が入っていた。
茶色い革表紙で、表表紙の中央に、なにか金属の紋章が埋め込まれている。
題名のようなものは見当たらない。
開いてみると、中は白紙だった。
「あの、これは一体?」
喜ぼうと思っていたが、プレゼントの内容が謎すぎて、またしても機会を逸してしまった。
「『自動日記』です。その日に起こった出来事や、感じだことを自動で記してくれます。ページが足りなくなると、二冊目を産んでくれます。裏表紙の内側に名前を記入する欄があります。それを記入すれば、自動記入が始まります」
へえ、とカルスは『自動日記』を、上にしたり下にしたり開いたりとして眺めた。
カルスは魔法道具に目がないのだ。
そんなことをしていると、ルインが大きなあくびとともに目を覚ました。
「あれ、俺、寝坊した?」
ルインが、言って上体を起こした。
枕もとのプレゼントには、まだ気づいていないようだ。
「おう、師匠、おはよう。起こしに来てくれたのか」
ボリボリと頭をかいて、またあくび。
それから、ようやく、カルスの持っている分厚い本に目をとめた。
「なんだよ、朝から読書か?」
「後ろ、見てみなよ」
カルスの言葉に、ルインが上体を後ろに向ける。
おわっ、と声をあげた。
「なんだこれ」
「プレゼントです。春祭りの朝に、子供はプレゼントを贈られるのです」
「……マジかよ。俺、そんなもん貰ったの、初めてだぜ」
リボンの巻かれた箱を手にして、ふるふる、と感激に打ち震えるルイン。
カルスは、自分もあんな感じのリアクションがしたかった、と思った。
「なあ、師匠。開けてもいいか?」
「もちろんです。気に入ってもらえれば良いのですが」
ルインが、プレゼントの包みを開ける。
箱の中から出てきたのは、こちらも本だった。
だが、カルスのものと違って、表紙にはタイトルが描かれている。
「『武器と防具図鑑』だ。すげえ」
さっそく開いて、パラパラとめくる。おお、おお、と声をあげる。
「魔法武器まで載ってるじゃんか。最高」
大喜びである。
農村にいた頃は、読み書きができなかったが、レイチェルに弟子入りして字も習った。
図鑑は彼の好きな本だ。
レイチェルが、うふふ、と嬉しそうに笑った。
「冒険者ギルドが発行した最新のものです。気に入ってもらえて良かったです」
「あの、僕も本当に嬉しいです。ありがとうございました」
カルスは言った。
タイミングを逃してしまったが、ちゃんと気持ちを伝えたかったのだ。
「『自動日記』は私も愛用しています。とても便利です」
言って、レイチェルは五歳の時に両親から、『自動日記』を贈られたことを話した。
勝手に物事を書きとめてくれるので、重宝しているとも。
「日記かあ。お前にはちょうどいいんじゃねえの」とルインが言った。
「俺はこっちで大正解」
『武器と防具図鑑』を眺めて、かっこいい、だの、これいいな、だの言っている。
カルスは、きっと値段を比べたら二桁くらい差があるんだろうな、と思った。
片や冒険者ギルド発行の図鑑。片や魔法道具である。
その辺りに頓着せずに、それぞれにあった物を贈るあたり、レイチェルの人柄が出ている。
レイチェルが、一度、自室に戻って、『自動日記』を持ってきた。
同じ革表紙の分厚い本だ。
中央にはまった金属の紋章の下に、『レイチェル・サンダーワンドの日記⑫』と書かれている。
「だいたい二年で一冊終わります。最後のページが書かれると、勝手に次の一冊が産まれます」
レイチェルが、大切そうに本を撫でる。
カルスは、レイチェルと揃いのものを手にしたのが、なんだか嬉しかった。
さっそく、レイチェルに言われた通り、裏表紙の内側に、ペンで名前を記入する。
すると、『自動日記』が光った。
表表紙の金属紋章の下に、『カルスの日記①』とタイトルが現れた。
一ページ目を開いて見ると、すでに日記が書いてあった。
――――――
朝、僕が目を覚ますと、枕もとにプレゼントがあった。
「子供は春祭りの朝にプレゼントを贈られるものです」と師匠。
プレゼントはこの『自動日記』。
僕は大好きな師匠と同じ物をもらったのが、とても嬉しかった。
――――――
カルスは、真っ赤になって日記帳を閉じた。
これは、すごく危険だ。
ルインに読まれないように、どこかに隠しておかないと。
レイチェルにスキンシップされると、心臓がドキドキとする。
レイチェルの大きな胸や綺麗な足なんかに、ちょくちょく目がいってしまう。
寝る前に、レイチェルの姿が浮かんできて、なんだかいてもたってもいられなくなる。
師匠はなんであんなに強いのに、綺麗で柔らかいんだろう。そんなことばっかり考えてしまう。
カルスは、そういう変な考えが浮かぶたびに頭を振って、習った魔力放射を練習したり、筋トレをしたりした。
たまらないのが、入浴で、これは相変わらずルインと二人して、レイチェルに洗われる。
最近では、ルインも恥ずかしく思っているらし、二人して抗議したこともある。
だが、レイチェルがあまりにも悲しそうな顔をするので、諦めてされるがままになっている。
レイチェルに体を洗われると、恥ずかしくもあり、しかし確実に気持ち良く、わけのわからない衝動が付き上がってきて、たまらなくなるのだ。
ほかにも、レイチェルのことで、困っていることがある。
料理屋で食事をしている時や、街を歩いている時。カッコいい男がいると、レイチェルはやたらと意識する。
あからさまに凝視したり、髪形を直したり、ソワソワとしたり。
その時に嫌な気持ちになる。
不愉快な、苛立つような、そして切ないような。
それがなぜなのかわからなかったカルスは、この『自動日記』により、その感情を知ることになる。
――――――
僕は彼に嫉妬した。師匠が、ほかの男に気を取られているのが、とても悔しかった。
――――――