表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/24

08.雪遊びとプレゼント

 年が明け、王都に大雪が降った。

 屋敷の庭には雪が積もったので、弟子たちの鍛錬は玄関ホールで行った。 


 二人が弟子入りしてから、三ヵ月。

 ルインもカルスも、体つきが二回りほど大きくなった。


 剣術も、ずいぶんと様になってきた。

 もうCランク魔物を相手取っても、一対一なら、良い戦いができるだろう。


 魔法の方も順調だ。

 ルインも魔力放出ができるようになったし、カルスにおいては、全身から魔力を放射する呪文体勢スペルフォームを会得してしまった。


 魔法使いギルドだったら、天才、と大いに持ち上げられるところだろう。


 そろそろ、実戦を積ませた方が良いのでしょうか、とレイチェルは迷っていた。


 どれだけ、剣術が様になっていても、実戦では、役に立たないこともある。

 一対一、時には二対一の立ち合い稽古はしているが、それすら実戦の経験とは比べられない。

 

 だが、まだ早い気もする。

 自分がついているにしても、もしものことがあったら、と考えてしまうのだ。


 レイチェルは、師のソレルと違い、スパルタに向いていなかった。

 弟子たちに情も湧いており、つい甘くなってしまうのだ。


 ただ、客観的に見れば、ソレルの教え方があまりにも厳しすぎたので、これでちょうど良い具合だともいえる。


 昼食を食べた後、レイチェルは、ふと思いついて言った。

「雪遊びをしましょう」


「雪遊び? 今日は魔法の練習はしないんですか?」

 カルスが、不思議そうな顔をする。


「せっかくの大雪です。雪で遊びたいでしょう?」


 レイチェルも、両親が健在の頃は、庭でソリ遊びや雪像造りをしたものである。

 なんだか、それらが懐かしくなったのだ。


 当然、弟子たちも大喜びで乗ってくるだろうと思ったが、彼らの反応は悪かった。


「ガキじゃあるまいしさ。雪くらいではしゃぎゃあしないよ」

 ルインが生意気に言った。


「僕は魔法を教わりたいですね」

 カルスまで、そんなことを言う。


「雪遊びをします」

 レイチェルは今度は断言した。

「絶対にします」


「まあいいけどさあ」


「師匠がそう言うのなら」


 二人は、しぶしぶ従った。


 庭に出た。

 一面銀世界。

 踏み出した一歩が、膝まで雪に埋まる。


 ルインとカルスは、厚手のフード付きのコートと手袋、それにブーツ。

 レイチェルは、いつも通りの露出狂鎧ビキニアーマーである。


「師匠さ。そんなかっこうで寒くないの? つうか、今まで聞かなかったけどさ、なんでいつもそのかっこうなの?」

 ルインは言った。


 雪の中を、露出狂鎧ビキニアーマーで歩くレイチェル。

 見ている方が寒くなる。

 

「この鎧には、『自動洗浄オートクリーン』を付与エンチャントしています」


「だから?」


「着心地も抜群に良いのです。慣れてしまうと、もうもっさりとした服など着られなくなります」


「それで、寒くないんですか?」


「鍛えてますから問題ありません」


 呆れる、ルインとカルスだった。


「さすがに寝るときは脱いでいますよ」とレイチェルが付け足すと、カルスの顔が赤くなった。


 乗り気ではなかった弟子たちだが、レイチェルが、倉庫から壊れた馬車の荷台を持ってきて、ソリ代わりにすると、大はしゃぎして楽しんだ。


重量管理ウェイトマネージメント』と『衝撃波ショックウェーブ』の魔法を使い、猛スピードで雪の上を滑空する。


 屋敷の周りを回ったり、屋根の上に乗ったり。

 最後には、衝撃に耐えきれなくなったのか、ソリはバラバラになってしまった。


 ソリ遊びの次は、雪像を作った。


 ドワーフ製の彫刻か、と見まがうほどのクオリティの作品を造るレイチェル。

 丁寧だが、作業がなかなか進まないカルス。すぐに飽きて、寝転がってしまうルイン。


 ルインは、フワリフワリと雪が降ってくる空を、しばらく眺め続けた。


 実家にいるときも、雪が降ったら、子供たちばかりで遊び回った。

 みんな、元気にしてるかな、と友人や家族の顔が思い浮かぶ。


 ルインは、口減らしに追い出されたようなものだが、家族を恨む気持ちはなかった。

 むしろ、ちゃんと食べられているんだろうか、と心配になる。


 冒険者になって、金を稼げるようになったら仕送りしよう。

 そう心に決めていた。


 ホント、ラッキーだったよな、俺たち。


 レイチェルに弟子入りした当初は、こんな奴の弟子になって大丈夫か、と思ったが、結局は大正解だった。


 鍛錬は厳しいが、自分が、目に見えて成長していくのがわかる。


 衣食住に不自由しないどころか、過分すぎるほどのものを与えてくれる。


 この境遇が相当に恵まれていることは、さすがに理解できた。

 普通の冒険者が、弟子にここまでのことをするはずがない。


 変な人だよ、師匠は。


 立派すぎる女神の雪像の隣で、カルスが真剣な顔で、何か城のようなものを造っている。

 レイチェルは、それに手を貸して、あれやこれやと言っている。


 なにを考えているかわからないような無表情が、基本のレイチェル。

 時折、そこに表情が浮かぶと、とても強い印象を周囲に与える。


 この時もそうだった。

 レイチェルが、ふいに破顔し、子供のような笑顔を浮かべたのだ。


 カルスは、雪像に夢中で見ていなかったが、ルインはそれを偶然、目にした。


 ドキッとした。


 白い風景の中、赤毛にいろどられた相貌はとても美しく、頬を流れる雪解けの雫すら、宝石のように見えた。


 ルインは、なんだか妙に落ち着かない気持ちになって、雪に顔を埋めた。




◇◇◇




 三月の二週目には、春の到来を祝い、その年の豊作を願う祭りが、開かれる。

 国内のどこでも、お祭り騒ぎになり、都市部でも農村部でも、なにかしらの行事を行う。


 王都では、国王が騎士団を引きつれてパレードしたり、魔法使いギルドが派手な魔法を披露したりして、民衆を楽しませる。


 通りには、たくさんの露店が並び、音楽家たちが、楽し気な音楽を奏でる。


 そんな春祭りの朝、カルスが目を覚ますと、枕もとに大きな四角い包みがあった。赤いリボンが巻いてある。

 プレゼントだと一目で分かった。


 目をしょぼしょぼさせながらも、プレゼントを手に取る。結構重い。


 なんだろう、開けていいのかな、と迷っていると、ふいに、部屋の隅の人影が、目に入った。


 レイチェルが立っていた。

 じいいっとカルスを見ている。


「あっ、おはようございます」


「おはようございます」


 挨拶を返して、また、じっとカルスを見るレイチェル。


「あの、これは?」


「プレゼントです。子供は春祭りの朝にプレゼントを贈られるものですから」


「ありがとうございます。開けてもいいでしょうか?」


 カルスは、感激するタイミングを逃してしまったことを悔いながら、プレゼントの包装を解いた。

 なにを貰っても大げさに喜ぼう。


 包み紙の下には、箱があった。


 箱を開ける。

 分厚い本が入っていた。

 茶色い革表紙で、表表紙の中央に、なにか金属の紋章が埋め込まれている。

 題名のようなものは見当たらない。

 開いてみると、中は白紙だった。


「あの、これは一体?」


 喜ぼうと思っていたが、プレゼントの内容が謎すぎて、またしても機会をいっしてしまった。


「『自動日記オートダイアリ』です。その日に起こった出来事や、感じだことを自動で記してくれます。ページが足りなくなると、二冊目を産んでくれます。裏表紙の内側に名前を記入する欄があります。それを記入すれば、自動記入が始まります」


 へえ、とカルスは『自動日記オートダイアリ』を、上にしたり下にしたり開いたりとして眺めた。

 カルスは魔法道具に目がないのだ。


 そんなことをしていると、ルインが大きなあくびとともに目を覚ました。


「あれ、俺、寝坊した?」

 ルインが、言って上体を起こした。


 枕もとのプレゼントには、まだ気づいていないようだ。


「おう、師匠、おはよう。起こしに来てくれたのか」


 ボリボリと頭をかいて、またあくび。

 それから、ようやく、カルスの持っている分厚い本に目をとめた。


「なんだよ、朝から読書か?」


「後ろ、見てみなよ」

 

 カルスの言葉に、ルインが上体を後ろに向ける。

 おわっ、と声をあげた。


「なんだこれ」


「プレゼントです。春祭りの朝に、子供はプレゼントを贈られるのです」


「……マジかよ。俺、そんなもん貰ったの、初めてだぜ」


 リボンの巻かれた箱を手にして、ふるふる、と感激に打ち震えるルイン。


 カルスは、自分もあんな感じのリアクションがしたかった、と思った。


「なあ、師匠。開けてもいいか?」


「もちろんです。気に入ってもらえれば良いのですが」


 ルインが、プレゼントの包みを開ける。

 箱の中から出てきたのは、こちらも本だった。

 だが、カルスのものと違って、表紙にはタイトルが描かれている。


「『武器と防具図鑑』だ。すげえ」


 さっそく開いて、パラパラとめくる。おお、おお、と声をあげる。


「魔法武器まで載ってるじゃんか。最高」

 大喜びである。


 農村にいた頃は、読み書きができなかったが、レイチェルに弟子入りして字も習った。

 図鑑は彼の好きな本だ。


 レイチェルが、うふふ、と嬉しそうに笑った。


「冒険者ギルドが発行した最新のものです。気に入ってもらえて良かったです」


「あの、僕も本当に嬉しいです。ありがとうございました」

 カルスは言った。


 タイミングを逃してしまったが、ちゃんと気持ちを伝えたかったのだ。


「『自動日記オートダイアリー』は私も愛用しています。とても便利です」


 言って、レイチェルは五歳の時に両親から、『自動日記オートダイアリー』を贈られたことを話した。

 勝手に物事を書きとめてくれるので、重宝しているとも。


「日記かあ。お前にはちょうどいいんじゃねえの」とルインが言った。

「俺はこっちで大正解」


『武器と防具図鑑』を眺めて、かっこいい、だの、これいいな、だの言っている。


 カルスは、きっと値段を比べたら二桁くらい差があるんだろうな、と思った。


 片や冒険者ギルド発行の図鑑。片や魔法道具である。

 その辺りに頓着とんちゃくせずに、それぞれにあった物を贈るあたり、レイチェルの人柄が出ている。


 レイチェルが、一度、自室に戻って、『自動日記オートダイアリー』を持ってきた。

 同じ革表紙の分厚い本だ。

 中央にはまった金属の紋章の下に、『レイチェル・サンダーワンドの日記⑫』と書かれている。


「だいたい二年で一冊終わります。最後のページが書かれると、勝手に次の一冊が産まれます」

 レイチェルが、大切そうに本を撫でる。


 カルスは、レイチェルとそろいのものを手にしたのが、なんだか嬉しかった。


 さっそく、レイチェルに言われた通り、裏表紙の内側に、ペンで名前を記入する。

 すると、『自動日記オートダイアリー』が光った。

 表表紙の金属紋章の下に、『カルスの日記①』とタイトルが現れた。


 一ページ目を開いて見ると、すでに日記が書いてあった。


――――――

 朝、僕が目を覚ますと、枕もとにプレゼントがあった。


「子供は春祭りの朝にプレゼントを贈られるものです」と師匠。


 プレゼントはこの『自動日記オートダイアリー』。

 僕は大好きな師匠と同じ物をもらったのが、とても嬉しかった。

――――――


 カルスは、真っ赤になって日記帳を閉じた。

 これは、すごく危険だ。

 ルインに読まれないように、どこかに隠しておかないと。


 レイチェルにスキンシップされると、心臓がドキドキとする。

 レイチェルの大きな胸や綺麗な足なんかに、ちょくちょく目がいってしまう。

 寝る前に、レイチェルの姿が浮かんできて、なんだかいてもたってもいられなくなる。


 師匠はなんであんなに強いのに、綺麗で柔らかいんだろう。そんなことばっかり考えてしまう。


 カルスは、そういう変な考えが浮かぶたびに頭を振って、習った魔力放射を練習したり、筋トレをしたりした。

 

 たまらないのが、入浴で、これは相変わらずルインと二人して、レイチェルに洗われる。


 最近では、ルインも恥ずかしく思っているらし、二人して抗議したこともある。


 だが、レイチェルがあまりにも悲しそうな顔をするので、諦めてされるがままになっている。


 レイチェルに体を洗われると、恥ずかしくもあり、しかし確実に気持ち良く、わけのわからない衝動が付き上がってきて、たまらなくなるのだ。


 ほかにも、レイチェルのことで、困っていることがある。

 料理屋で食事をしている時や、街を歩いている時。カッコいい男がいると、レイチェルはやたらと意識する。

 あからさまに凝視したり、髪形を直したり、ソワソワとしたり。


 その時に嫌な気持ちになる。

 不愉快な、苛立つような、そして切ないような。


 それがなぜなのかわからなかったカルスは、この『自動日記オートダイアリー』により、その感情を知ることになる。


――――――

 僕は彼に嫉妬した。師匠が、ほかの男に気を取られているのが、とても悔しかった。

――――――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ