表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/24

07.デスと死神の鎌

「今日から剣術を教えます」

 朝、弟子たちに走り込みをさせた後に、レイチェルは言った。


 ルインが、喜びの声をあげる。

 カルスも、声には出さないがうれしそうだ。


 二人が、レイチェルに弟子入りしてから、二週間が経った。

 その間、午前中は、基礎トレーニングで体力と筋力をつけさせ、午後は、瞑想で集中力を養った。


 子供たちは、ずいぶんとたくましくなった。

 食事がいつも栄養たっぷりなのも、効いている。


 レイチェルは、二人に刃をつぶした剣を持たせた。

 レイチェルからしたら短めだが、二人には、ちょうど良い長さである。


 剣の握り方から始まり、構え、重心の移動、とひとつひとつ手取り足取り、丁寧に教えていく。


 カルスは、レイチェルに密着されるたびに、顔を赤くした。

 思春期に突入し始めた男子として、肌もあらわな美女に触れられて動揺するのは、仕方がないことである。

 

 対してレイチェルは、少年のそういう部分にはうとかった。

 レイチェルの母の蔵書は、女性視点のものが大半だったのだ。

 身近に男の子がいなかったレイチェルが、わらかないのも無理はない。


 レイチェルは、顔を赤くしたり、挙動不審になったりするカルスを、単に緊張しているだけだと思っていた。


 ルインの方は、まだ異性を意識するようなことはなく、レイチェルの教えを少しでも多く吸収しよう、と気合を入れていた。


 結果、ルインの方が、剣の覚えは早かった。


 昼食を挟んで午後。

 ルインは、もっと剣をやりたいと文句を言ったが、レイチェルは魔法の講義にした。

 適度に体を休めていかなくては、痛めてしまう。

 それに体と心を交互に鍛えた方が効率が良いことを、自身の経験から知っていた。


 毎日、魔力の感知を鍛えてきただけあって、二人とも、自分の魔力を感じ取ることができるようになっていた。


 弟子二人はもとより、師のレイチェルも知らなかったが、実はこの過程でつまずくことが多いのだ。

 魔力を感じられずに、魔法の道を断念する者が、多数いるのである。


 魔力を感じ取れたら、次は魔力の操作である。

 体の、どこか一点に魔力を集める。

 レイチェルは、右手の人差し指に魔力を集めさせた。


 魔法の鍛錬で筋がいいのは、カルスである。

 もともと、魔法使い志望だったが、今では魔法戦士にその夢を変えている。


「冒険者をやるのなら、魔法使いでも近接戦闘ができた方が良いです」とレイチェルに言われたからである。


 また、ルインも魔法の鍛錬をしているのに、自分が剣をやらないのはおかしいという気持ちもあった。


 レイチェルの魔法の師は、ソレルである。剣はもちろんのこと、魔法も上級魔法まで使いこなした。

 冒険者としては、超一流の腕前だった。


 彼女の教え方は、魔法使いギルドのそれとは大きく違っていた。

 理論よりも感覚を重視し、座学よりも実地に重きを置いた。


 当然、レイチェルも、その教え方を踏襲とうしゅうした。

 自分の経験を踏まえ、より効率的に、簡略化したものを、である。


 結果、魔法使いギルドで一年かけて身に着ける技術を、たった二週間で、習得させることになった。


 カルスは、魔力操作の後段階である魔力放出を習得した。

 人差し指から、魔力の赤い光を放出してのけたのである。


「素晴らしいです」


 レイチェルは、思わずカルスを抱きしめた。


 真っ赤になるカルス。

 レイチェルは、抱きしめながら彼の黒髪を撫でた。


「カルス君はとても優秀です」


 レイチェルの心に、これまでなかった感情が込み上げてきた。

 嬉しくて、とても堂々とした気持ち。

 冒険者でSランクになっても、凶悪なドラゴンを倒して称えられても、こんな気持ちにはならなかった。


 それは、レイチェルが何年も感じることができなかった、誇らしさであった。


「俺だって、それくらいすぐできるようになってやらあ」とルイン。


 カルスに先をこされという思いが奮起させたのか、ルインもそれから魔法のトレーニングに、一生懸命取り組むようになった。




◇◇◇




 三週間、四週間と時が経ち、やがて二人が弟子になってから一ヵ月が経った。


 この頃になると、二人が剣を構える姿も、ずいぶんと様になってきた。


 素振りのほかに、丸太を木剣で打つ打ち込み稽古。さらには、一対一で対戦する立ち合い稽古を、取り入れるようになった。


 戦士志望のルインはもとより、カルスもずいぶん剣が使えるようになってきた。


 最低ランクのEランク魔物ならば、もう問題なく退治できるだろう。

 Dランクでも、よほど多勢に無勢でなければ、対処できそうだ。

 とにかく二人とも筋がいいのだ。

 

 この一ヵ月の間に、ルインのレイチェルをあなどる気持ちは、すっかり無くなっていた。


 むしろ、Cランクの冒険者はこんなにすごいのか、と圧倒されることが多い。


 いつの間にか二人は、『レイチェルさん』ではなく、師匠と呼ぶようになっていた。


 最初こそ、それに戸惑っていたレイチェルだったが、次第に、それが心地よく感じるようになってきた。


 カルスが初めて魔力放出を成功させたあの時に感じた、あの誇らしさ。

 その後も、たびたびあった。


 ルインが、教えた剣の形を見事に習得した時。


 カルスが、魔法について鋭い質問をしてきた時。


 二人がレイチェルの走り込み(当然二人の体力に合わせていたが)に、ついてこれた時。


 レイチェルも、二人の鍛錬だけをしていたわけではない。

 なにしろ、王国に三人しかいないSランク冒険者である。


 次から次へと仕事がやってくる。

 だが、レイチェルは、それらをさっさと片付けてしまっていた。


 隣国からの要請で、ドラゴン退治を依頼されれば、二時間ほどで撃破して戻ってきた。

 サイクロプスの集団が現れたときも、二時間で片付けて戻ってきた。


 要人の護衛や、異界迷宮ダンジョン攻略など、時間の掛かる依頼は断った。

 上ランクの冒険者にしてみれば、そちらの方がおいしい仕事なのだが。


 それでも、これは断るわけにはいかない、というものもある。


 Aランクパーティが異界迷宮ダンジョンで消息を絶ったので、救助に向かって欲しい、と言われたときは、数日掛かるのを承知で引き受けた。


 異界迷宮ダンジョンで死んだ場合、蘇生が可能なことが多い。

 頭骨とうこつさえ残っていれば生き返らせることができるのだ。


 異界迷宮ダンジョン内は、ことわりがあやふやである。

 そのあやふやさが蘇生を可能にするのだ。


「できるだけ早く戻ってきます。二人とも留守をお願いします」


 食料は余分に買い込んだ。

 干し肉や干物など、保存の利く旅用の物ばかりである。

 豆やイモなどもある。

 そちらの料理は、レイチェルよりも二人の方が知っていたくらいだ。


「はい、任せてください」とカルス。


「子供じゃないんだからさ。大丈夫だぜ」とルイン。


 レイチェルは後ろ髪引かれる思いだった。

 それに、もっと心配して欲しい、という邪心も芽生えた。


「もし、私が帰ってこなかったら……」とか言ってみる。

「私のベッドの下にお金や宝石があります。それを使って暮らしをたててください」


 蓄財のためというよりも、貰ったので、とりあえず放り込んでおいたものである。

道具箱アイテムボックス』を開くのも面倒くさいというような時に、ベッドに寝転がる前に、ポイっと投げてそのまま、というようなものである。


「そんなに危険な仕事なんですか?」

 カルスが、顔色を変えて言った。


 ルインも、なにか言いたいが驚いて言葉が出ない、という様子である。


「大丈夫です。数日で戻ってきますよ」

 言って、二人の頭を撫でた。


 弟子たちの心配そうな顔に、なんだか、とても癒されたレイチェルだった。


「あの……、戻って来いよな、絶対」

 ルインが言った。


「僕たち、師匠にまだまだ教わりたいんですから」

 カルスが言った。


 大丈夫です、とレイチェルは言って、『転移ワープ』した。

 さっさと片付けて戻ってきましょう、と思いながら。




◇◇◇




 Aランクの異界迷宮ダンジョンだけあって、魔物も強く、たくさんの罠があった。


 通路も複雑で、幾多の異界迷宮を(ダンジョン)を攻略してきたレイチェルでさえも、何度か迷った。


 人骨も多数あった。

 Aランク冒険者の場合は、こうして捜索依頼をギルドが出してくるが、大抵は家族や友人が、ギルドを通して依頼してくることが多い。


 そういった相手のいない場合は、そのまま放置されることもある。


 とはいっても、冒険者のマナーとして人骨(頭骨)を見たら拾えというものがあり、『道具箱アイテムボックス』に余裕があれば、ギルドカードとともに、とりあえず拾って、ギルドに渡す。


 死ねば『道具箱アイテムボックス』の中の物は、その場所にあふれるので、死体の周辺が、腐った食べ物や道具類で埋め尽くされている、ということも多々ある。


 ちなみに、それらを取得するのは、発見者の権利として認められている。


 大切な物があった場合、蘇生してもらった後に、発見者やギルドから買い戻す形となる。


 Aランクの異界迷宮ダンジョンに来ているだけあって、ほとんどのパーティが『道具箱アイテムボックス』を持っていた。

 死体の周辺に物があふれている。


 魔法が付与された武具。

 貴重な魔法道具。宝石や金貨。そういった物もあったが、レイチェルは置き去りにした。


 惜しかったら、戻ってきて勝手に拾えばいい、と思ってのこと。

 死者の持ち物に手をつけるというのが、どうも性に合わないし、面倒臭くもある。


 Aランクの異界迷宮ダンジョンに現れる魔物は、当然Aランクが多い。

 ごくごくたまに、Sランクの魔物が現れることもある。


 立ちはだかる魔物をバッタバッタとなぎ倒し、斬り捨て、石造りの迷宮を駆けていたレイチェルの前に、その魔物が現れた。


 最初は、黒い影の塊のように見えた。

 近づくにつれて、それが黒いボロ布をまとった人骨だとわかった。

 大鎌を構え、フードをかぶった上半身のみの人骨。


 デスという名のSランク魔物。

 名前の通り死を象徴する強力な魔物である。


 さすがのレイチェルも足を止めて、剣を構えた。

 幾多の異界迷宮ダンジョンを攻略したレイチェルだったが、デスと出会うのは初めてである。


 噂では、即死の攻撃をいくつも持っているという。

 強い魔法抵抗のある魔法使いや神官ですら、それらを防げないという。


 もうそろそろ帰らなくてはならないというのに、とレイチェルは舌打ちしたい気分だった。


 異界迷宮ダンジョンでは、時間の流れ方が外とは違う。

 時計でさえ、狂ってしまい当てにはならないのだ。


 レイチェルの感覚では、だいたい三日間が経った頃だが、それでさえ、正確ではない。

 ダンジョンでの三日間が、外では三週間ということだってありえる。


 ゆらゆらと飛んでくるデスに、レイチェルは斬りかかった。


 先制攻撃で畳みかける。

 五メートル近くの距離を一気につめて、横薙ぎの斬撃。


 デスはそれを鎌の柄で弾いた。


 レイチェルは止まらない。

 そのまま上からの切り下ろし。

 これも鎌で弾かれる。


 さすがにSランク。手強い。


 レイチェルは、攻撃の手を休めなかった。次々と斬撃を放つ。

 どれもが、必殺の威力を秘めた鋭い一撃だ。


 デスは防戦一方。

 徐々に、レイチェルの刃が、ボロ布のようなローブを裂いていく。


 ついに、レイチェルの剣が、デスの首を跳ねた。

 デスの髑髏どくろが、フードごと宙に飛ぶ。


 レイチェルは油断しなかった。

 相手はSランク。ただでは終わらないだろう。


 レイチェルの更なる斬撃。

 首を失ったデスの肋骨を叩き折り、背骨も割る。


 ついに、デスが地に転がった。

 頭骨とうこつ、胸部、腹部に別れた骸骨。

 石畳に落ちたまま、ピクリとも動かない。


 レイチェルは、剣を構えたたまま観察を続けた。


 魔物との戦いは、半ば自分との戦いである。慢心や油断が、致命的なミスを生む。


 大鎌が動いた。

 閃光のような斬撃。


 レイチェルが、油断して近づいていれば、胴から真っ二つに割れていたことだろう。


 だが、レイチェルに油断はなかった。

 瞬時に高く跳んでそれをかわす。


 そこに黒い弾が飛んできた。

 転がっていた頭骨とうこつが吐き出したものだ。


 黒い粘性の球。

 レイチェルは、それを反射的に左の手で払った。


 激痛が走る。

 レイチェルの左手は、肘の先から消えていた。


 レイチェルは、即座に『完全回復フルリカバー』の恩恵能力スキルで、怪我を治した。


 その間も、大鎌の斬撃と、頭骨とうこつが吐き出す黒い弾を、かわし続ける。


 左手を治した後も、レイチェルは防戦一方だった。

 それほど敵の攻撃は鋭く、間断なく続いた。


 そこにさらなる攻撃が加わる。


 デスのまとっていたボロ布のような黒衣が、溶けて霧のようになったのだ。

 黒い霧は瞬く間に広がり、レイチェルの動きを制限する。


 絶体絶命。

 もう間もなく『狂乱戦乙女バーサクバルキリー』は殺される。

 もし、第三者が見ていたら、そう思ったことだろう。


 誰が見ても、レイチェルは押されており、ここから攻勢に転じることは不可能。

 ピンチは焦りを生み、ミスにつながる。いつまで、デスの死の攻撃から、逃れつづけられることか。


 だが、当のレイチェルに焦りはなかった。

 実際、押されているように見えて、彼女は挽回ばんかいする手を、いくつも残していた。


 レイチェルは、敵の攻撃をかわしながらも、ただ観察を続けていた。

 頭骨とうこつの動き、胸部の動き。動かない腹部までも。


 やがて、レイチェルは一つの結論を導き出した。


 跳び回りながらも、右手の薬指で輪を描く。


 青い光の輪が大きく広がり、レイチェル包む。

 輪が半透明の青い球に変わった。

絶対防御パーフェクトガード』の恩恵能力スキルである。


絶対防御パーフェクトガード』の、青い半透明の球体に包まれたレイチェルは、通路に広がり、障害物と化した黒い霧の中に、踏み込んだ。


 青い球が、黒い霧を弾く。

 黒い霧の除かれた先に、赤い塊が見えた。


 レイチェルの剣が赤い塊を斬る。


 布を破るような音が響いた。

 浮き上がっていた胸部の骨と、大鎌が、床に落ちる。

 頭骨とうこつがコロンと転がった。


 霧は晴れ、骨が、サラサラとちりとなって消えていく。

 最後に残ったのは、不気味な大鎌だけである。


 レイチェルは右手の小指で輪を描いた。

 青い光の輪が現れる。それが大きく広がり大鎌を包む。


 宙に文字が浮かび上がった。

 魔法語である。


――――――

『死神の鎌』

 あらゆる障壁を裂き、命を刈り取る。意志を持ち、自律して動く。主の命令に忠実。

 戦神いくさがみの生み出した最強の武器の一つ。

 その魔力からデスという名の魔物を生み出した。デスは異界迷宮ダンジョンを渡り、様々な異界迷宮ダンジョンに現れ、幾多の冒険者の命を刈り取っていた。

 現在の大鎌の主の名はレイチェル・サンダーワンド。

――――――


鑑定エキスパートオピニオン』の恩恵能力スキルである。

 この世のあらゆる知識があるという、知恵神ちえがみの書物庫にアクセスして、武器や道具の情報を、得ることができる。


「私の手の中に来てください」

 レイチェルは、試しに命じてみた。


 大鎌が、フワリと浮き上がり、レイチェルに向かって飛んできた。


 長い柄が、レイチェルの手に収まる。


 今度は投げてみる。

 頭の中で、飛んでいった大鎌が止まり、回転する様を思い描く。


 大鎌が、宙でピタリと静止。高速で回転する。


 これは使えそうですわ、とレイチェルは思った。




◇◇◇




「デスを倒した?」

 金髪の美女が大きな声をあげた。


 王都の冒険者ギルドにある応接室である。


 レイチェルは、黒い革張りのソファに腰かけ、最近、模様替えをしたらしい室内を見回している。


 目の前の美女の、絹糸のようなサラサラの金髪の間からつきでた尖った耳が、ピクピクと動いている。

 興奮している証だ。


「デスってのは、要するに死神のことだぞ。分かってるのか。ただの魔物とは違うんだぞ」


 ギルド長のリフレッサ・メリン・ルー。華奢で小柄な体に長い耳。

 エルフである。

 

「『鑑定エキスパートオピニオン』で調べました」


 言ってレイチェルは、目の前の大きなテーブルに、取得した大鎌を出した。


 リフレッサが、おお、と身をのけぞらせた。 それから、恐る恐る、といった様子で、鎌を観察する。

 高速で呪文を唱え、宙に魔法陣を展開する。


「『上級鑑定ハイエキスパートオピニオン


 赤い魔法陣が弾けて、キラキラと輝く紙が現れた。

 その輝く紙を手にして、大鎌に近づける。

 輝く紙に青く光る文字が記されていく。


 おお、おお、うおっ、と、次々と記される文字を読みながら、リフレッサが声をあげる。


「隠し機能、異界迷宮旅行ダンジョントラベルって。使いこなせるのか、こんなもん」

 などとつぶやく声。


 リフレッサは、最後に、輝く紙を宙に放った。紙が溶けるように、宙に消えた。


 どかり、とソファに腰かけて、呆れた顔でレイチェルを見る。


「お前、本当にデスを倒しやがったな」


「強かったです」


「そりゃあ、そうだろ。伝説級の魔物だぞ。今までこいつに遭遇して、死んでいった冒険者の数といったらなあ」


 Sランクとは、要するにAランク以上のことである。強さの判定ができないために、Sランクとされている。

 これは冒険者も同様。一口にSランクといっても、その強さはピンからキリなのである。


「だがまあ、これで上位ランクの冒険者が死ぬことも少なくなるかもな。大手柄だよ。勲章でもやるか」


「いらないです。代わりにエルフの男を、紹介して欲しいです」


 エルフは、男女ともに美形ぞろいである。長寿で老化も遅い。小柄なのがたまに傷だが。


「馬鹿。紹介できる男がいたら、今頃、結婚してるよ」とリフレッサが返す。


 毎度お決まりのやりとりである。


『死神の鎌』は、このままレイチェルの所有で問題ないということになった。

 レイチェルは、それを『道具箱アイテムボックス』に、戻した。

 

「そうえば、ヴァヴリスから聞いたが、弟子をとったんだってな」


「二人とりました」


「お前、倫理に反するようなことはしてないだろうな」


「意味がわからないです」


「たまに、モテないエルフがやるんだよ。人間の異性を子供の頃から育ててさ。成長過程を楽しみつつ、最後は結婚みたいな。人間の成長は早いからさ」


「エルフはエルフと結婚すれば良いのでは」


「森に引きこもってる連中はいいんだが、外に出たエルフはなあ。欲求不満になるというか、欲望むき出しになるというか。人間に影響されるんだな、どうも。羽目を外す奴が多くなる」


「ガツガツとしたエルフ。……いい」

 レイチェルは、肉食系のエルフ男子を想像して、ポッとなった。


「まあ、ガキに手を出すほど落ちぶれちゃいないか。しっかり鍛えろよ。強い冒険者は、いくらいたっていいんだからさ」と話題を戻して、リフレッサ。


「はい、しっかり鍛えます」


 言ったレイチェルは、昨日、屋敷に帰還した時のことを思いだした。



 結局、四日間も留守にしてしまった。

 食料は十分に足りたはずだが、二人とも心細かったのだろう。カルスはもとより、ルインでさえも涙ぐんで出迎えた。


「無事で良かったです」と目に涙を浮かべ、声をつまらせるカルスに、レイチェルはたまらなくなって、彼を抱きしめてしまった。


 ルインの方は、「だから言ったじゃねえか。ピンピンしてるってさ」と強がったが、上を向いて涙をこらえている様がいじらしく、レイチェルは彼も抱きしめた。


 心に広がる温かい気持ち。

 これも、レイチェルが本当に久しぶりに感じる感情だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ